2015/05/25 - 2015/06/03
140位(同エリア357件中)
まりあさん
イタリア旅行記10 パドヴァ
ペルージャから、いったんボローニャに戻り、また荷物の整理をしたのちに、パドヴァに行きました。ほんの短い時間の乗車でしたが、特急のフレッチャダルジェントは、観光客で超満員でした。
これ、どうやら飲み物と新聞のサービスがあるようで、車内アナウンスで、「ボローニャから乗られた人は、申し出て、飲み物サービスを受けてください」とありましたが、飲み物をテーブルに置かれたら、出入りに不自由するなぁと思い、とくに何も飲みたくなかったのでスルーしました。
パドヴァで降りた人は、数人ぐらいで、他の乗客は、明らかにベネチアをめざしていたようです。
私のホテルは、まさに駅の目の前のホテルでした。
今までの町では、ホテルは必ず、旧市街のど真ん中に、簡単に歩いていけるところでしたが、ここでは駅前のホテルです。
なぜなら、8泊という、最長滞在して、天気のいい日に、ここから日帰りでベネチアに行こう、という魂胆です。
ローマのホテルもひどかったですが、ベネチアにいたっては、値段がひどい(笑)。
何度か試みましたが、あまりの値段にめげました。それに、ブッキングコムでの予約で、私は必ず、少し高くても、「キャンセル可能」のプランで予約しますが、ベネチアは強気なので、コレと思った多くのホテルが、「返金不可」のプランしかないのです。あるいは「キャンセル可」だと、さらに高くなって、とてもとても予約する気になりませんでした。
もともとは、ローマと同じで、私の貧乏長期滞在旅には、大都市は節約のために外す、という戦略で、ベネチアも対象外の町でした。でも、イタリア鉄道がこんなに便利なら、日帰りする、という手があると気づき、パドヴァの滞在を延ばしたのでした。
ひとつには、予想通りでしたが、三日ごとに移動する、というのもけっこう疲れるので、後半は疲れがたまることも考慮して、都市あたりの滞在日数を増やす、という作戦でもありました。これは、ほんとに大正解で、後半に三日おきの移動を予定していたら、けっこう精神的にしんどかっただろうと思います。
今回のホテルは、珍しく4つ星でした。でも、値段は3つ星レベルで、期待してませんでしたが、部屋も朝食も、それまでの3つ星よりは、明らかにワンランク・アップでした。
日本人の利用も多かったです。
イタリア一人旅の大先輩の日本人女性と、朝食会場でお話しする機会があり、いろいろ情報をいただいて、4つ星ホテルは、まあまあ、このレベルが平均だといいます。
そうか、やっぱりそうなのね。
私の今までの苦労の多くは、3つ星ホテルで、ホテル代を節約したことによる、ともいえるのね、と学びました。
旅をしていると、より楽をしたい、より贅沢をしたい、けど、そうなると予算が足りない、旅そのものに出られない。
人生って、つねに、このジレンマが連綿と続くものですが、旅は人生の縮図のようなものですね。帰宅してから、じっくりとそのあたりを哲学して、次からの旅に反映しようと思いました。
さて、この居心地のいい4つ星ホテルが安い理由。
勝手な私の想像ですが、ここに今のイタリアの、ちょっとした社会問題があります。
このホテルの前のスペースに、移民たちがたむろするのです。黒人が中心で、アジア系移民もまたたくさんいます。
私の部屋まで、ざわざわ、ざわざわと、彼らがしゃべる声が届きます。彼らは、とくに週末や、平日でも夕方以後、ここに集まってきて、ああでもない、こうでもないと、日常の愚痴やら生活の情報交換をしているのでしょうか。
でも、ほんとに真面目に働いている移民なら、たむろってる時間はないと思うので、彼らには、退廃ムードがあり、不良っぽい雰囲気があります。服装や格好にはけっこうお金を使い、奇妙な髪型をしたり、そして必ず携帯はもっていて、あれこれと声高に電話します。
つまり、見ていても不愉快になるような連中なのです。この感覚、最初はなかったのですが、日夜彼らを見ていて、だんだんと不快感が募っていきました。
だから私、差別する気はもうとうありませんが、この手の移民に対しては、知らず知らず嫌悪感が募りました。
そして、いつも思いました。なぜ、せっかくイタリア社会に入れて、パドヴァに住んで、そこそこの服装を身につけるにいたっているのに、郷に入っては郷に従えで、イタリアの社会で、容認され、受け入れられるような、態度を身につけられないのだろうか、と。
襲いかかってくるかもしれない、と怖がるほどのひどさではないけど、「なんとかしてよね」と言いたくなるような、退廃ムード。彼ら自身の明るい未来図のために、改めていってほしいです。そういう気づきができれば、イタリア社会に、真の意味で受け入れられるのではないでしょうか。
初日に、この現象を初めて見てびっくりして、ベネチア行きの電車を、6時台は、避けて、7時台の列車にしました。7時にもなると、ふつうのイタリア人も動き出したからです。
ホテルのフロントで、「移民が多いのに、びっくりしました」というと、ホテルの人たちは、「駅の周辺というのは、どこでも、こういうもんですよ」と言いました。
私が、「でも、とくに治安上の問題はないですよね」と確認すると、「ああ、そんな心配はありません。どうぞ、安心してください」との返答だったので、その手の心配をするのは止めました。
ただ、同時期にトリノに一人旅した年上の女性の友人は、やはり駅前のホテルに泊まって、最初に注意されたことが、旧市街への道で、明るいうちはいいけど、帰り、暗くなってからは、この道は通るな、と注意されたとのことでした。そして、彼女がその道を、まだ明るい時に歩いていたら、通りがかりの女性が、「日本人は狙われやすいから、この道を歩くのはやめたほうがいい」と注意を受けたそうです。
たぶん、何らかの日本人や観光客を巻き込む事件があったのかな、と想像しました。
その後、検索した情報や、また、私の体験で、このあとに行く、ヴィチェンツァやフェラーラでも、駅前に大きな公園があり、それゆえ、店舗が少なく、やはり、暗くなってから駅周辺を、女一人で歩くのは、やめたほうがいい、というニュアンスを感じました。
イタリアは、安全です。とくに北イタリアは、今まで私が旅した国に比べたら、ほんとにトップクラスに安全な国だと感じました。それでも、移民問題が深刻化して、これから先は、この手の事情は、増えていくのだろうと想います。やはり、その場その場で、フロントから、安全情報を得ることは、大切だと感じました。
パドヴァの旧市街は、到着直後の週末は、がら〜んとして活気がない印象でした。最初の三日間は、ベネチア通いが忙しかったので、パドヴァのことがわからなかったからかもしれません。
四日目から、パドヴァのカードを買って、博物館めぐりをしました。
パドヴァといえば、スクロベーニ礼拝堂が有名です。礼拝堂の内側が、ジョットの絵が覆われているという豪勢な空間です。
ただ、保存のため、という大義名分で、ずいぶんややこしい予約方法をとっています。予約だけならいいのですが、ここの予約は、ネットであれ、電話であれ、クレジットカード情報を入れて、チケットを購入する、という形です。
アホかぁ〜、と言いたいです。
ブッキングコムにカード情報を入れる時も、ずいぶん悩みましたが、ホテルの予約は、絶対に必要な手順ですし、また金額も大きいですし、しかたのないことと、今では、あまり抵抗なく、カード情報をインプットしています。でも、じつはけっこう抵抗感があります。
メリットが大きいから、そして、長年の付き合いで、サイトの信頼性も増しているから、カード情報を入れますが、ただ礼拝堂のチケットを買うためだけに、どんなセキュリティかわからないサイトに、カード情報を入れるなんて、バカバカしい。
と、思う人が多いのでしょうね。当日に行けば、ガラガラで、予約なしに入れます。でも、それはそれで、「もし、入れなければ」という思いもあり、やはり、ネットであれ、電話であれ、お金を介さずに、予約だけできる仕組みを作ってほしいです。
加えて、ここでは、貴重品を入れた、小さなポーチでさえ、持ち込み禁止で、向こうでくれる、ビニール袋に財布などを入れて、ポーチは預けます。これ、「地球」にちゃんと説明されていたのに、うっかり忘れていました。
しかも、受付では、ちゃんと説明してくれないから、大きな荷物だけ預けて、ポーチは持ったまま、礼拝堂の入り口まで行き、他の人々が、ビニール袋を提げているのをみて、思い出したのでした。
また、受付に戻って、ポーチを預けます。
でも、私の心情を吐露しておきました。
「日本という遠いところから、単身やってきて、もし、万が一、この貴重品がなくなったら、私は、家に帰れなくなる。だから、ポーチを預けろ、と言われたら、心理的にとっても落ち着かないです」と。
オバサンが、「大丈夫、私が、ちゃんと預かるから」と言いますが、ちょっと大げさに、「イタリア滞在一月で、泥棒が3件。それでどうやって、イタリアを信じろというのですか」と。オバサンは、「泥棒3件」という言葉に絶句してましたが、「タクシーの大回り、いい加減なフロントの管理、切り売りピザのごまかし値段」など、少なくとも、3件ぐらいの、信頼性に関する事件には遭遇してます。
オバサン自身の管理は疑いませんが、時間が来たら、別の人にバトンタッチするし、確実に管理しているかどうかといえば、私は信頼できません。
スクロベーニ礼拝堂は、どのみち、たった15分で追い出されるので、預けている時間は短いのですが、その後にいく、絵画館や博物館なども、セットになっているので、絵画館をゆっくり見てしまったため、けっこう長い間、私のポーチは、取られたままでした。
あとで、日本人の人に聞いたのによると、博物館だけ別に行った場合は、ポーチまで預けなかったとか。
別の町の、たいして興味のない博物館でも、ポーチを預けろ、と言ったので、私はさきほどの説明を繰り返して、「ポーチを預けろ、というなら、私は、もうこの博物館に入るのはやめます」といって、出てきました。
訪問客を泥棒扱いして、ポーチまで取り上げるなら、まず、観光客をだしにして、細かい小遣い稼ぎをする人を、制圧してほしいと思います。
さて、一刻も早くポーチを取り戻したい、と思いながらも、長々と絵画館を見たのは、そこの学芸員さんたちが、とても親切だったからなんです。彼らは、もちろん、ポーチの件は知りません。ただ、訪問客に、いい絵を見せてあげよう、という熱意から、最初のおじいさんは、そのエリアの見どころを説明してくれたり、いろいろ教えてくれました。
奥の方で立ち話したオジサンは、私が日本からだというと、東京に「市電ファンクラブ」のような団体があり、そこからの依頼で、パドヴァの市電の映画を撮影して、東京に送った、というのです。
なるほど、パドヴァの市電、私も大のお気に入りになりました。
おしゃれで、冷房が効いていて、たくさんの頻度があり、車内の混雑も適度で、利用しやすいのです。
パドヴァ・カードに市バスや市電も含まれていたので、この日から使用を開始したのですが、とても素敵な市電です。
しかし、東京にそんな市電のファンクラブのようなものがあるんですね。
私は、少し慣れてきたイタリア語会話で、オジサンに、「日本の広島には、各地でリタイヤした市電が、博物館的に仕事している」と説明しました。最初、おじさんは、古い市電の車両が、博物館に飾られている、と解釈したようでしたが、「そうじゃなくて、今でも、現役で、市電として活躍しているのです」というと、びっくりして、その話を楽しんでました。
私は、そうした世間話を、少しですができるようになった、自分の成長ぶりが嬉しくて、ポーチの一件を忘れるぐらいに楽しかったです。
ポーチは、さきのオバサンが待ち構えて、うやうやしく返してくれました。預け時に、抜いたと思っていた現金、たくさん入れたままに、渡してました(笑)。いくら入っているか、私も覚えてないのですが、まあ、このオバサンは、それをくすねたりする人でないことは、よくわかります。
今回の旅で、イタリアの食事やら、たまぁに出くわす、邪な心の何人かには嫌気もさしますが、イタリア人全般は、大好きになっていきました。スペイン人が好きだから、隣接文化圏のイタリア語を学ぼう、と思ったのですが、その目論見は、まったく外さず、各地で、100人近くのイタリア人と、初級イタリア語での会話を楽しみました。
パドヴァでの行動は
Brekのセルフサービスレストランでランチ
最初の三日間はベネチア通い
スクロベーニ礼拝堂
市立博物館
パドヴァ大学のガイドツアー
旧市街中心のレストラン、Marechiaroでランチ
町を歩き回って、インド料理店と和食店をチェック
オラトリオ・サンロッコ フレスコ画
オラトリオ・サンミケーレ
ドゥオモの洗礼堂
ラジョーネ宮
カフェ・ペドロッキ
市電の試し乗り
市電が真ん前に止まるシネコンで「E arrivata mia figlia」を見る
市電で、町の北の端まで行ってね折り返す
サンタントニオ聖堂
サン・ジョルジュ礼拝堂と、同信組合 フレスコ画
和食とタイ料理のフュージョンの店でランチ
シネコンで、映画「Le Revole di Caos」を見る
まだ歩いていない道を網羅しながらサンタントニオ聖堂
インド料理店Buddhaで、焼きなすのカレーに大感動
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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駅前のホテルから、旧市街の中心へは、こういう市電の道です。
到着の日は、なんかがら〜んとしていて活気がなく、最初の頃は、パドヴァが、あまり好きではありませんでした。 -
レストランが見つからず、閉店時間は迫るし、多くはカフェでパニーニぐらいしかない。困り果てて、飛び込んだのは、セルフサービスの店でした。それも閉まりかけ。
マネージャーが、使い方を教えてくれて、なんとかなりました。
spiediniは、チキンの串焼きで、指さしてから、料理人が香ばしく焼いて、テーブルまで持ってきてくれました。野菜がたっっっぷり。
Primoのパスタも大盛り。パンはいらない、というと、マネージャーが、袋に入った、グリシーニをくれました。
グリシーニって、好きじゃなかったけど、せっかくの好意なので、ホテルに持ち帰り、お腹がすいたときに、おやつ代わりに食べたら、けっこう美味しかったです。 -
広い店内で、好きなものを選んで、最後にキャッシャーで払う式です。
お得なセットもあり、上記のセットが、10ユーロでした。 -
日曜日なのに、セントロががら〜んとヒトケがなく、活気がないなぁ、との印象でした。後日、フリーマーケットがでると、うって変わったヒトデになりました。
皆さん、フリーマーケットの情報で、近隣の街を移動するのかしら。 -
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ドゥオモと洗礼堂
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広場は2つ3つが隣接してあり、人が多い時にはかなり賑わうのですが、この日は、どこもがら〜ん。
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ジェラートも、またまた、ビスタチオとココナッツ
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ベネト州は、このライオンちゃんの像が多いです。
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ホテルの前の駅舎です。
夕暮れのライトアップ -
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これ、2日目に、ベネチアから戻って食べたのですが、子牛のステーキ、あまりに肉がまずいので、ぶち切れました。なのに、席料までとられて、デザートを注文したため、30ユーロにも。
これで、よけいに、イタリア料理離れが進んでしまいました。
この店、ツアーの団体さんが入ってました。もしかしたら、その残り物の肉だったのかも。しかし、大阪のおばちゃんには、許せない味と値段でした。 -
好物のパンナコッタも、ひつこすぎて、甘過ぎる。
やっぱり、日本のイタリアンの方が美味しいです。(← 本音) -
店の雰囲気はいいんですけどね。
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スクロベーニ礼拝堂。
いろいろ、規則が厳し過ぎます。
鳴門市の大塚国際美術館には、スクロベーニ礼拝堂と、同じサイズの礼拝堂に、ジョットの絵も、陶板の写真というニセモノですが、でも、大塚の方が、ゆっくりじっくり鑑賞できます。 -
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これは、ベネチア探索を終えて、パドヴァを真剣に観光しはじめて、見つけた店です。
セントロの回廊のところで、ちょっと見つけにくい店ですが、中庭があり、雰囲気もいいし、料理の工夫もあり、美味しかったです。
探せば、いい店もあるのですね。なかなか観光客には、探し出すのが難しいです。 -
Primoは、サフラン風味のパスタ。
Secondoは、チキンですが、中に、チーズなどの詰め物をしていて、その味付けもきつすぎず、レモンの輪切りを少し添えて食べると、爽やかで美味しかったです。 -
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パドヴァは、川が流れていて、水辺の景色は、やっぱりいいんですよね。
町を歩き回って、被写体ハントです。 -
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パドヴァ・カードを買って、せっせと美術館や礼拝堂をめぐりました。
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これは、セントロにあるラジョーネ宮。
階下は、市場のようになっていて、この二階にあがる階段が分かりにくくって、ウロウロしました。 -
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二階のベランダにあるアーチ
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今までの町では、町のすぐ外にシネコンがあったりしましたが、そこへの足がなく、マイカーをもつ国の人は、自分の車で行きますから、車無しのアクセスが難儀です。
ところが、パドヴァは、市電があり、このシネコンの真ん前に市電がとまります。しかも、ホテルの真ん前にも電停あり。
おかげで、たくさんの映画が見れて、ハッピーでした。 -
パドヴァの市電に惚れました。
8分おきぐらいに運行しているので、待つのが大嫌いな私にも待てます(笑)。
方向音痴で、迷いやすい私でも、間違わない、たった一本の市電。 -
プラートと呼ばれる円形の広場を、市電がぐるりと走ると、教会が見えて、公園が見えてと、景色もいいのです。
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町のあちこちを歩き回った時に、マップ検索で見つけていたインド料理店をチェック。セットメニューの少ないイタリアですが、ここには、いろいろついても安いメニューがありました。
たった10か12ユーロのランチメニューに、パパード(豆の煎餅)までついてきて、大感動。 -
店内も、安いインド料理店ではなく、高級感がただよいます。
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これが魚カレーのセットで、魚がしっかり入ったカレーと、レンズ豆のダルカレー、野菜のカレーと3つもついて、山盛りのご飯に、ナンもつき、さらにデザートとコーヒーまで入って、12ユーロ。
いやあ、感激しました。 -
タンドリーチキンも食べたかったので、9ユーロのチキンを注文しようとしたら、店の人が、「それは多過ぎて、食べられない」と説得されて、タンドリーチキンを、ハーフポーションで、4.5ユーロにしてくれました。
これ、そんなに大きくないので、私には充分食べられるのですが、大量のパスタを食べるイタリア人、インド料理は、たくさん食べられないんですって。 -
ココナッツのデザート。
甘すぎず、おいしい -
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市電の中です。
座席もお洒落。陽射しがきつくても、中は、冷房が心地いいです。 -
電停も、アートで飾られてます。
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個々の電停の絵が、すべて違っていて、お洒落
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聖地である、サンタントニオ聖堂に向かって、市電が走って行く時も景色が最高
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プラートです。
川があり、像があり、緑があり・・・ -
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サンタ・ジュスティーナ教会
こちらもプラートにあるので、市電が走るにつれ、その姿がきれいに見えます。 -
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ブラートで見つけた和食の店。
セントロで食べた和食もそうですが、中国人頑張ってます。
日本とタイ、日本とイタリアのフュージョンなどとうって、斬新な料理を提供してます。イタリアの伝統一辺倒に飽きた人は、こちらに行きます。 -
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濃いブルーのきりりとした車体
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少し蛇行する路線もエレガント
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サンタントニオ同信組合
Scuolaは、ふつう学校の意味ですが、「講」のような意味合いもあるようで、ベネト州では、この名前の美術館があります。今でも、教区の信者の結婚式などをする場合もあるようで、宗教画がふんだんに描かれてます。 -
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これが、セントロの和食の店。
タイ料理とのフュージョン。
これは、タイのビジネスランチのプレート。
スパイシーな海老料理と野菜、ライスがついてます。
これぐらいの量がいいです。 -
私以外のイタリア人は、やっぱ寿司なんですよね。
私は、刺身が食べられない変な日本人なので、寿司はパス。 -
料理が少ないので、デザートが食べられるのが嬉しい。
ここには、ジェラート・ジャボネーゼがあったので、試します。
左から、抹茶、黒ごま、生姜のジェラート。
しかし、その味がしっかり出ていたので、感激しました。おいしかった -
アモーレ・ミオ、市電ちゃん
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サンタントニオ聖堂は、写真は禁止ですが、それはここが聖地で、たくさんの信者さんがくるので、人の流れを止めないためのようです。
日曜日は、ミサが毎時行われて、ツーリストにも門戸を開いてくれてます。
たしかに、ほんとの聖地のようで、観光地とはまた別格の重みを感じました。 -
中の回廊
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回廊越しに、聖堂の建物をのぞみます
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プラートの川と像
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プラートの噴水
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この町も、ボローニャ的に、ポルティコの道がたくさんあります。
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とある広場で、趣味の絵画が売られてました。
さっと見ましたけど、なかなか個性的、独創的な絵があり、さすが、アートの国、イタリアとうなりました。 -
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ラジョーネ宮の前では、クラシックカーのイベントです。
これ、ヨーロッパの人、好きですね。
スペインでも遭遇したことがあります。 -
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ここでは、中庭のあるイタリア料理、タイ料理の和食、そしてインド料理と、三件も気に入った店ができました。
残る一日のランチ、考えに考えて、インド料理再訪。
よほど気に入ったみたいです。 -
ここで試したかった料理が、ベイガンバルタ。baigan bhartaは、焼き茄子のカレーで、焼き茄子のあの、お焦げの風味が残る茄子のカレーなんですよね。
インドでも巡り会わず、日本のインド料理にもなく、過去にマレーシアのインド料理店で遭遇して惚れ込みました。
それを食べにだけ、マレーシアに行こうか、と思うぐらいに美味しかったです。そして今回もまた、イタリア2ヵ月での、最高の味がこれです。
イタリアでは、三件のインド料理店に存在していたし、もう一件のも美味しかったです。おそらく、これに適した、でっかい茄子があることと、インドからの移民がそこそこいて、けっこう本格的なインド料理がある、ということのようです。
スパイシーさは、さすがにおさえられてますし、けど、本格的なので、ある程度はスパイシーでちょうどいいです。
チキンティカも美味しい。 -
ナンは、チャパティー的ですが、それでもグッド。
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そして、これまた感動したのですが、クルフィーという、インド独特のアイスクリームは、これまた、日本でもインドでも、取り扱う店が少ないのです。
それを、この店は、カルダモン味と、ピスタチオ味と、マンゴー味のクルフィを持ってました。
カルダモン味が、あまりに美味しかったので、ピスタチオ味も追加しました(笑)。
見た目は、2つともほとんど同じです。 -
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最初の店のジェラートは、ひつこすぎてイマイチだったのですが、近くにGROMを見つけて、再チャレンジ。
GROMは、フルーツ味がさっぱりしていて美味しいです。また、苺とピンクグレープフルーツです。 -
8泊という、最長の滞在を果たしたパドヴァの夕陽・・・
しみじみ、旅愁・・・
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