2015/04/24 - 2015/05/02
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willyさん
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長い間、強い憧れはあったものの現実感の薄かったイランに、ついに行くことができました。
昨年同時期、ウズベキスタンのサマルカンドでであった、イラン人のローラさんがトリガーとなりました。
ローラさん、ありがとう。あなたのおかげで夢が一つかなえられました。あなたの言葉通り、そして期待した以上に素晴らしい国でした。
直前でイスラム国による日本人人質事件などもあり、周囲はネガティブでしたが、
きっといくという思いは揺るぎなく、何の迷いもなく、思い出に残る素晴らしい旅となりました。
本格的な記録は自ブログにまとめています。
http://kiminiyomu.cocolog-nifty.com/blog/2015/06/post-191a.html
以下データです。
チケット:HISにて1月6日発券、12万弱
現地エージェント:イラン・トラヴェリング・センター(阪野様)$24700
・国内便(テヘラン - シラーズ)
・ヴィザ(イマーム・ホメイニ空港受け取り)
・全行程専用車、スルーガイド
・全泊、全食事、各施設入場料、おやつ、お茶、
4/24 22:20 成田発 カタール航空 QR807
25 04:45 ドーハ(+6h)
07:20 ドーハ発 カタール航空 QR488
10:55 テヘラン
15:35 テヘラン発 イラン航空 IR426 シラーズ泊
26 08:30 シラーズ市内、ナスィール・アル・モスク、
ペルセポリス、ナグシェ・ロスタム、パサルガダエ
(終日専用車にて移動)
19:30 ヤズド泊
27 09;00 ヤズド市内
マスジェデ・ジャーメ、バザール、ゾロアスター寺院、
沈黙の塔、ケーキ屋さんでお買い物
(午後専用車にて移動)
18:30 イスファハン イマーム広場
イスファハン泊
28 09:00 アーリー・ガープー、マスジェデ・イマーム、
シェイフ・ロトフォッラー・モスク、バザール、
ハージュ橋、市内散策、スィー・オ・セ橋、
イスファハン泊
29 09:00 イスファハン発(終日専用車にて移動)
11:30 ガムサール 薔薇水工房、薔薇園
14:00 カーシャーン タバタバイー、薔薇水屋さん
19:00 テヘラン市内散策
テヘラン泊
30 09;00 王宮、国立博物館、バザール、ダルバンド地区(離宮等)
テヘラン泊
01 08:30 ホテル発イマームホメイニ空港
11:55 テヘラン発 カタール航空 QR489
12:30 ドーハ
02 01:50 ドーハ発 カタール航空 QR806
18:10 成田
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- タクシー
- 航空会社
- カタール航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ボケボケですが・・・
宵闇迫るころやっとヤズドに到着。
お宿は古い貴族のお屋敷を改造したというお宿。
荷物をおいてさっそく探検にでかけます。 -
ここは旧市街。ウズベキスタンのブハラと建造物やその素材や迷路のような町のつくりが酷似。ほんのりともる灯りがとてもきれい。
ゴミ一つ落ちていないし、看板や旗などもなくてとても綺麗な町です。
ひとりでブラブラそぞろ歩くのがとても心地よいです。 -
お宿のパティオ。建物自体がすでに迷路のよう。
-
散歩していたらであったおじ様。なんて粋なんでしょう。
遠慮しながら急いで撮ったのでぼけてしまってほんとに残念。 -
夜は9時も過ぎているのに、お祈りに来る人ためにお勤めしているおじさん。親切にモスクの中を案内してくれました。
-
この日のディナーは、これも古い館を改造したホテル(泊まったところではない)のレストランにて。ここでいただいたローカルフードが一番おいしかったです。
伝統的な麦のスープ、具材のはいった卵焼き、鶏肉のクルミとザクロソース煮込み・・・。おなか一杯で食べきれないほど。
イランの家庭では伝統的にこうして座って食べるようです。寝るのもお布団で床の上。親しみを感じます。 -
翌日。朝チェックアウトしてから町の散策へ。すぐに囲まれたのは、今度は工業学校で写真を学ぶ女学生さんたち。手にするのはNIKONとCANON半々というところでした。
イランでは高校までは厳然とした男女別学。大学では共学になるそうです。
ところが一時期から私立大学が雨後の竹の子のように増えて、自由恋愛で結婚したカップルが多くなった結果、少子化と離婚率の数値が上がって憂慮されているそうです。
イランはこのように手に職をもったりして社会進出している女性が多いのです。その経済力も離婚率上昇に一役買っているようです。しかも経済制裁でインフレが苛烈になって、働いてもなかなか生活に余裕が持てないのも若いカップルの問題のようです。
まぁ、経済制裁も今後はすこし明るい見通しが立ってきたようなので、好転を祈りたいものです。 -
詳しいことは聞けなかったけれど、どこやらの民族衣装に身を固めたおじいさん。
おだやかな笑顔が素敵です。
このように、イランでは伝統をかなり頑固に守る気質があるようでした。
見習いたいものです。 -
これまた開けてみたらぶれていてがっかり。
ヤズドのモスクに多用される美しい、明るく冴えたブルーのタイル。ヤズドブルーといわれるそうです。
ほんとにきれいでうっとりします。
これはマスジェデ・ジャーメ(金曜モスク)の壁面です。
このマスジェデ・ジャーメはイランで一番高いミナーレ(尖塔)を持つことでも有名ですが、モンゴル支配時代の特徴をもっています。
それはぐっと高いドーム天井と、シラーズに比べるとずいぶん骨太の男性的なデザインです。
タイルも手書き装飾はなく、ウズベキスタンでみたような、タイルひとつひとつをモザイクのように使った装飾でした。 -
お祈りが終わった直後のミフラーブ。ほかほか湯気がでていそうです。
小さなハンカチの上にのった丸い石は、シーア派独特のお道具だそうで、
ここに額を乗せるのだそうです。
イスラム寺院は、偶像崇拝を禁じることから、キリスト教や仏教にあるような祭壇、内陣、アプスなどという構造がありません。あるのはミフラーブとお坊さんが座ってお話をする背の高い階段だけ。 -
シンプルだけれどすっきりと綺麗です。
-
これもぶれていて残念。
というのもあまり邪魔できない雰囲気で焦っていたの気がします。
ここは、人に見られずひとりでお祈りしたい人用の小部屋だそうです。
こういうところが、気配りがこまやかというか、本当に祈りのスペースとしての寺院なのだなと感心させられます。 -
イラン特産のテルメという織物。金糸銀糸をつかった煌びやかな織物です。
これも機械織りと手織りの違いがあるそうで、わたしには見分けがつかなかったけれど、20年ものという作品がとてもきれいで、阪野さんと半分こ(2枚一組だった)することにしました。
そこで阪野さんが値段交渉をしてみてくれましたが、吹っかけているわけではないのでおじいさんは困り顔。どうしよう、うーん、それではこっちが損をしてしまうのだが・・・というようなもごもごした会話をへて、ほんのちょっとお勉強してくれました。 -
イランのケーキ屋さんにて。これ、直径30?はあろうかという巨大なホールケーキです。家族が多いから当然だそうです。しかも、イランではケーキはキロ単位での購入とのこと。1キロとかいったら、「ケチね」といわれるほどだそうです。
フランスと交流が深かったせいなのかどうなのか、とてもおしゃれで綺麗な飾りつけ、お味もとっても繊細で柔らかくて甘すぎず、おいしかったです! -
プチフールも、チョコレートも、キャンディも・・・
-
クッキーもペストリーも、それぞれ驚くほどの種類が、これでもかというほど積まれていました。いったい誰が食べるのでしょう?
イランの若い女性はみんなほっそりスレンダーです。男性は筋トレでマッチョむきむきが良しとされます。
ということは、おじさん・おばさんが主たる消費者なのでしょう。
おじさんはおなかがでていて恰幅がいいほどお金持ち、実力者とみなされますし、おばさんは無敵のチャドルを身につければ、三段だろうが四段だろうが、おなかの地層も怖くないというわけですね。 -
だれでも飲める水場です。
イランは他の中東の国などと同一視されて、水は飲んではいけないといわれているようですが、ふつうに生水も飲めておいしいそうです。
わたしは試す機会はなかったのですが、あれだけ高い、雪を頂く山脈があるのですから、雪解けの良い水があるのです。
イスラムの教えは他に施しを、ということで、街角にも募金箱がたくさん設置されています。旅人や客人をもてなす気質もそこに根を発しています。 -
旧市街の民家のドアです。イスラム圏でよくみられる、男性用・女性用と別れたドアノッカーがついていて、趣のある重厚なドアです。
あまり装飾がないのが意外でした。
このような古いドアは、建て替え時にヨーロッパ人がやってきては買いあさっていったので今では貴重なのだそうです。なんだかわけもなく悔しいです。 -
これは何だと思いますか?
死亡告知版(街角掲示板)です。
イスラム教では(イランでは?)なくなってから24時間以内に埋葬しなければならないそうです。今でも土葬です。
ですので、死亡が確認されたら大急ぎでこのように告知してその日のうちに葬儀が行われます。モスクでも何はさておき、葬儀ができるとそれが最優先されるそうです。
日本でもありますが、花輪が用意され、その数で故人の人格や実力がわかるそうです。
さすがに広い国土といえど、最近では埋葬場所に苦慮するようで、一定の年月を経た墓所は公園へと改造されるそうです。
ちなみに埋葬時には完全融解できる薬品を一緒に使うのだそうです。 -
ヤズドといえばゾロアスター教の聖地です。ゾロアスター教寺院の聖なる火は表紙画像に載せましたが、1500年燃え続けているのだそうです。
炭に使うのはレモンの木が最もよいそうです。
こちらはゾロアスター教の鳥葬に使われていた場所、沈黙の塔。私たちのほかは誰もいない、荒涼としたところでした。右側の低いほうの塔にのぼってみました。
なかは結構な広さの円形広場となっていて、真ん中に一団低い穴がありました。
あらかた鳥葬が住んだ人はそちらへ移されたのだそうです。
亡骸はゴミとされるチベット仏教の鳥葬と違い、ゾロアスター教では遺骨は持ち帰ります。そのため、持ち帰れるようになるまで、1か月以上も、鳥葬場所の近くで待機したのだそうです。鳥だけでなく、1.5mほどの壁を飛び越えて、猛獣やオオカミも参加したそうです。
ちなみにこのほかにも数か所、鳥葬場所はあります。 -
ヤズドを後にして、イスファハンへと向かう途中、ナイーンという町で昼食をとりました。ナイーンは絨毯の産地の一つでもあります。
白っぽい色使いと絵画的なデザインが特徴のようで、このレストランにも多数かざってあり、目の保養となりました。
ごはんは鱒です。乾燥した国で鱒?とおもいますが、近年養殖技術がやっと定着して、おいしい魚料理がたべられるようになったそうです。
この時に飲んだのはヨーグルトですが、イランのヨーグルトはトルコなどと同様、塩味です。特に違和感はありません。 -
夕暮れ、イスファハンに到着しました。
ザッレさんはここからシラーズまで戻るとのことで、ありがとう、さようならとお別れしました。
しばし、休憩した後、夜のイスファハンに繰り出しました。
前述したようにイランは夜更かしです。レストランも8時ごろからしかあかないし、お店も10時まではあいています。 -
ライトアップされたマスジェデ・イマーム。三脚がないのでこれで精いっぱいです。
1000年前のこのイマーム広場を、大学者イブン・スィーナも闊歩していたのかと思うと感無量です。世界の半分。美しい古都です。
あしたは一日ゆっくり見て回ります。
この日の晩ごはんは、モダンなホテルの野菜たっぷりビュッフェ形式につれていっていただきました。
お肉はおいしいのですが、レストランのメニューには野菜はほとんどありません。出てくるのも付け合わせのトマトときゅうりのみ。
だからこの日は飢えたように各種サラダやフルーツばかりいただきました。
フルーツも野菜もイランには豊富なのですが、この季節は何といってもスイカとメロン。でも形がよくておいしいものは全部アラビアのお金持ちのほうへ輸出されるので、庶民にはあまりものしか回ってこないの、と阪野さんが嘆いていました。
ニンジンジュースを試そうとおもっていましたが、これはとうとうできませんでした。ぜひ次回に期待です。
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