2014/10/09 - 2014/10/09
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frau.himmelさん
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ベルリン・オリンピックスタジアム。
ベルリンにある陸上競技場です。
2006年に開催されたFIFAワールドカップドイツ大会で決勝戦が行われた球技場として、まだ皆様の記憶に新しいことと思います。
しかし過去に目を向ければ、1936年に開催されたオリンピックベルリン大会で、ナチスが全世界に向けてドイツの国力を見せ付けた「ヒトラーのオリンピック」でもあったのです。
(作成中)
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ユダヤ博物館からUバーンとSバーンを乗り継いで、オリンピック・スタジアムへやって来ました。
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駅の周りは黄色や紅色に染まっています。
すっかり秋色のベルリン。 -
Sバーン駅舎を出ると・・
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駅前には、オリンピック・スタジアムの歴史写真が説明付きで展示されています。
このスタジアムは、ナチスドイツが1936年のベルリンオリンピックのために、1934年から2年の歳月をかけて建造されたものです。 -
右手に見えてきましたねー、オリンピックスタジアムの大きな建物が。
駅から近くて良かったー。
朝から歩き詰めでもうクタクタなのです。 -
ところが、入り口はここではないらしい。
犬を散歩途中の通りがかりの人に尋ねると、ここをぐるーっと大回りしなければならないらしい。
ガーーーン!です。
それにしても誰も通っていません。 -
この石像は、スタジアムのものですよね。
これが見えたらもう少しってことよね・・、って思ったのにここからまたかなりありました。 -
やっと駐車場が見えてきました。
あそこにはUバーン(地下鉄)が。
地下鉄のほうが近いのかしら、帰りは地下鉄にしよう。 -
オリンピックの五輪のマークの入り口。
やっと着きました。 -
時間は4時を指しています。
1936年ベルリンオリンピック当時は、右の柱にはナチスのハーケンクロイツ(カギ十字)が描かれていたのです。 -
これが1936年当時のオリンピックスタジアムです。
(Wikiより)。
記念写真とっている人。 -
入り口でチケットを買います。
案内板に、オープン時間や入場料、それにツアーの時間・料金などが提示してあります。
今日は7時まであいているそうですが、11月1日から4時で閉館されるそうですからお気をつけください。
ところで入場料を見てシマッタ〜〜!と。 -
ベルリンウェルカムカードを持っていれば5ユーロでチケットが買えるはずでした。
私は正規値段の7ユーロで買ったのです。 -
そんなことを旅行記を書くときに判っても後の祭り。
ここがチケット売り場。
せめてここでウェルカムカードは持っていないの?って聞いていてくれたらねー(笑)。 -
オリンピックスタジアムの地図。
一番下にSバーンが見えます。
私はそこから林の道を入って左折して、更に林の道を進んでオリンピックポールが立っている入り口に着きました。(赤印) -
これがさっき林の道から背中だけ見えた石像の正体ですね。
大きな像!
なんとなく、東ドイツっぽい像です。 -
回廊を柱で取り囲んだギリシャ・ローマ風の建築は、ナチスが好んだ建築様式だそうです。
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ここにも1936年当時のベルリンオリンピックの歴史が。
ヒトラーは、国威宣揚のためにベルリンオリンピックを成功させることを強く望んでいました。
そのために、今まで取って来たユダヤ人に対する人種差別や虐待、弾圧がオリンピック期間中だけは外国人の目に触れないように、いろいろな工作をしました。 -
ミュンヘン郊外のダッハウ収容所やその後建設されたベルリン郊外のザクセンハウゼン強制収容所には、大勢の不穏分子やユダヤ人が拘束されいました。
オリンピックのマスゲーム。 -
ブルーとグリーンの鮮やかなグランドの色。
広いですね。 -
76000人の観客が収容できる球技場。
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2006年FIFAワールドカップ・ドイツ大会の決勝戦を飾った競技場でしたね。
あの時は私もチケットをゲットするために頑張ったけど、決勝戦のチケットなんて夢のまた夢でした。 -
サッカーファンでも何でもない私でしたが、大好きなドイツでワールドカップが開催されるのなら、これは見に行くしかないでしょう。
ということで夫とパソコン2台に張り付いて、やっとカイザーラウテルンの日本対オーストラリア戦のチケットを取ったのでした。
あのときが私にとって生まれて初めての、球技場で観戦するサッカーデビューでした。
あの時見たスタジアムの美しさと広さには感動しました。
あれ以来私もサッカーファンになりました。と言っても大きな試合だけですけど。 -
スタジアムのあちらこちらでガイドツアーの団体が説明を受けています。
私は疲れてぐったり椅子にもたれて、それをボーっと眺めながらもの思いに耽っています。 -
さてそろそろ私も椅子から立ち上がり、のそのそと動き出します。ここに来た本来の目的を探し出さなければなりません。
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サッカーのファンショップ。この球技場はヘルタ・ベルリンのホームグランドです。いえ、私が探すものはここではありません。
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回廊の柱には各々に松明型の照明がズラーリ!。圧巻です。これもナチスが好んだ擬似古典主義の建築だそう。
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ところどころに1936年のオリンピックの様子が展示されています。上段真ん中にはヒトラーの姿が。ヒトラーは民族の祭典を利用して、ナチスの残虐なユダヤ人などの民族差別から世界の目を背けようと考えていました。
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優勝者にはヒトラーが一人ひとり握手をしてねぎらったそうです。
しかし黒人嫌いのヒトラー、米国のオーエンスが3つの世界記録、4つの金メダルを獲得したのに、握手をしたとかしなかったとか・・・。
光が入って見にくい写真で申し訳ありません。 -
私の探しているものの一つがここにありました。
ちょっと錆がきている大きな鐘。
ドイツの鷲の紋章が五輪のマークをしっかり掴んでいます。 -
この鐘は1936年のオリンピックで、スタジアムの西側に建てられた高さ77メートルの鐘楼にかけられていたものです。
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反対側はブランデンブルク門の浮き彫りが。
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1936年というオリンピックが開催された年号が。
その下はなぜだか穴が開いています。
さっきから子供たちが覗いていたのはコレだったのですね。
私は一番下のハーケンクロイツ(カギ十字)に注目しました。 -
見えますか?カギ十字の下のほうが潰されているのが。
ドイツでは、公共の場でナチスの紋章であるカギ十字を展示されることは禁じられているので、一部分が潰されているのです。 -
こちらは上の部分が潰されたカギ十字。
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コレがそうですね。
オリンピックが開催された8月1-16日の日付の下のハーケンクロイツ。
この大きな鐘は今では、疲れた子供が寄りかかって休憩する格好の場所です。 -
さて、もう一つの探し物を。
近くにいた女性係員さんに私の旅の虎の巻(観光コースでないベルリン)の写真を見せて「これはどこにあるの?」って聞きました。
そしたら「さあーー」って言われたのです。
夕方のことであんまり人も通りかからないし、他の人に聞くこともできない。
どうしよう・・・。
もう私の足はヘロヘロ・・。
無理もありません、ずっと朝から食事もしないで歩き詰めなのですから。 -
この広いスタジアムをヤミクモに探し回る元気は、もうこれっぽちも残っていません。
いつも私はそうなのよねえ。
一体何しに来たんだか・・・。 -
ところがです!
私より少し後にスタジアムに行かれたペコリーノさんの旅行記にバッチリ写真が写っているではありませんか!
ペコリーノさんにお願いしてその写真をお借りしました。
私が探していたのは、この1936年の金メダリストの名前が刻まれた記念碑だったのです。
「前畑がんばれ!」で前畑秀子選手が水泳で優勝したのもこのベルリン大会でした。
その他にも三段跳びの田島選手など日本選手のJAPANの文字がいくつも見えます。
その頃の日本は、ドイツと日独防共協定を結んで、ナチスドイツとも大変友好的で、選手団を大勢送り込んだのです。 -
また当時の日本は朝鮮半島を植民地として統治していました。
ここにマラソンの優勝者に【SON JAPAN】と刻まれています。
植民地朝鮮出身の孫基禎(ソンギジョン)選手は日本選手としてベルリンオリンピックに出場し、マラソン競技で優勝しましたが、彼が獲得した金メダルは日本の記録とされたのです。
当時の朝鮮の人々は、孫選手が身につけているユニホームの胸に日の丸が輝いているのは大変屈辱的なことでした。
遠いベルリンの地で、日本の植民地政策がアジアの人々に暗い影を落としていたことを浮き彫りにした出来事でもありました。 -
ペコリーノさんの旅行記で聖火台の写真を見つけました。
現在のように、ギリシアで採火された火が人々のリレーによってオリンピック開催地に運ばれるという聖火リレーが行われるようになったのはこのベルリン大会からだそうです。
このお写真もお借りしました。
ペコリーノさん、ありがとうございました。 -
ここにもベルリンの熊がいました。
カップルの熊ですね。
左のオス熊は2006年のワールドカップドイツ大会のTシャツをつけています。 -
これがそう。懐かしいですね。
あれから9年。月日が経つのは早いですね。 -
全世界にさまざまな歴史の影を落とした1936年のベルリンオリンピック。
ヒトラーが威信をかけて造ったオリンピック会場を後にします。 -
帰りは地下鉄で。
Sバーンよりこちらが近いと思ったらとんでもないことに気が付きました。
このUマークがあるところに駅があるのかと思ったら・・・。 -
近いはずの地下鉄はどこ!?
後ろを振り返ります。
ポールが並んでいます。ここに国旗を掲げるのですね。 -
矢印の先はまたもや林の小路。
通る人も少なくて心細い限りです。
あの大勢の人たちはみなさんツアーバスで来たのですね。 -
やっと地下鉄の駅。ふうーー!
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ガラガラ・・・
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お腹が空いたので何はともあれお食事を。
いろいろレストラン候補も考えていましたが、1本でいけるポツダマープラッツ駅で降りました。 -
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ベルリンの壁
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旧東ドイツの制服をつけた案内人。
手前のサドルがいくつもついている乗り物は、大勢の人でこぐ自転車です。 -
超高級5星ホテル、リッツカールトンの前にはなにやら大勢の人だかり。
有名人が来ているのでしょうか。
カメラを構えて誰かが出てくるのを待っているようです。 -
誰だろう?
私も興味津々・・・、野次馬の仲間に加わります。
しばらく待ったけど、何も変化はなさそう。お腹が空いたー。 -
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今日は間違わないで『リンデンブロイ』に入ります。
シニア3人組で訪れたとき間違ってお隣のお店に入ってしまったのでした。
結構満席でしたけど、あいている席に座りました。 -
自家醸造のビール。
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ドイツに来たら一度は食べたいと思っているザウアーブラーテンがないといわれたので、シュヴァウネブラーテンを。
付け合せはキャベツの酢漬けとクヌーデル。
お腹が空いていたのでペロリと完食。 -
ソニーセンターの屋根の色が刻々と変わっていく。
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すっかり周りが暗くなりました。
ソニーセンターを後にします。 -
ライトアップされたポツダマープラッツ。
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さっきのリッツカールトンの前を通ったら、まだ野次馬の人だかり。
よかったー、待っていなくて・・・。 -
逆立ちをしたポツダマープラッツ駅のモニュメント。
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ブランデンブルク門で降りてブランデンブルク門のライトアップを見に行きます。
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ブルーにライトアップされた門とクアドリガ。
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今度はワイン色に。
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U55線で中央駅まで戻ります。
今日も朝から夜遅くまで歩き回り、私の足は悲鳴を上げています。
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この旅行記へのコメント (4)
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- 横浜臨海公園さん 2015/07/13 17:54:37
- 美の祭典・民族の祭典
- frau.himmelさま、こんにちは。
ドイツからご帰国お疲れ様でした。
ベルリン・オリンピックと言えば、レニ・リーフェンシュタール監督に依る映画 美の祭典、及び、民族の祭典で見る事が可能です。
リーフェンシュタールは、スポーツを映画化させても単純で面白くないと云う理由から作品を2部に分け、結果的に芸術的な作品が完成したと言っても過言では無いと思います。
また、ベルリン・オリンピック賛歌は、当時のドイツのレコード会社でも録音され、映画で使用されているのは、ドイツ・エレクトローラ社録音のブルノー・ザイドラー=ウィンクラー指揮 ベルリン国立歌劇場管弦楽団合唱団の演奏で、旅行記にも登場する例の鐘は、映画の冒頭部分と最後に登場し、ドイツ・テレフンケン社に録音が残されております。
横浜臨海公園
- frau.himmelさん からの返信 2015/07/15 21:06:52
- RE: 美の祭典・民族の祭典
- 横浜臨海公園さま、こんばんは。
毎日暑いですね。
ドイツも38度39度の日が続き、ものすごく暑いと思いましたけど、日本より湿度が少ない分、まだましだったかしら、なんて、喉元過ぎれば何とやら・・。
まだ時差ボケでぼーっとしております。
さて、またまた興味深いコメントありがとうございました。
レニ・リーフェンシュタールのベルリンオリンピックの映画、「美の祭典」「民族の祭典」はテレビのドキュメンタリー番組で見たことがあります。
たしかヒトラーの愛人とも噂された女性ですよね。
それを見て興味が湧きこのスタジアムに行ったみたいと思ったのでした。
あの映画はまさにヒトラーのプロパガンダのために作られたもの・・・ですものね。
この後、ベルリンの映画博物館にも行きまして、そこではオリンピックスタジアムが再現されており、レニ・リーフェンシュタールはどの場所からどの角度からこの場面を撮ったか、などのシュミレーションができるようになっていました。
残念ながらこの部分は写真データが消えてしまったので(不注意で消してしまった)発表する機会はなくなりましたが、とても面白かったです。
ところでハーケンクロイツが潰されたあの鐘が映画にも使われていたのですか?
ほんとによく詳しくご存じですね。
次回「民族の祭典」を見る機会がありましたら、そんなところも気を付けて探してみたいと思っています。
どうか暑さ厳しき折、お身体を大切になさってくださいませ。
himmel
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- ペコリーノさん 2015/06/02 21:51:25
- オリンピアシュタディオン
- frau.himmelさん、今晩は
オリンピアシュタディオンの旅行記拝見しました。歴史的な背景もしっかりと調べていらして、私の拙い写真も使っていただき、ありがとうございました。
私は、スイス人の叔母とそのボーイフレンドの3人でここへ行き、彼女たちは道をよく知っていたので、何も考えずに行ったのですが、一人で行ったら迷ってしまったろうし、帰りの地下鉄駅までの道も寂しい通りですよね。
叔母達と行っておいて良かったなあ、と思いました。そして、いつかサッカーを見に行ってみたいですね。
どうしても、サッカーの話になってしまう、ペコリーノでした。
そして、himmelさん、良い旅を!
- frau.himmelさん からの返信 2015/06/14 15:28:48
- RE: オリンピアシュタディオン
- ペコリーノさん、こんにちは。
写真を使わせていただいたのに、お礼もろくすっぽ申し上げませんでごめんなさい。
その後、私のPCの外付けHDが故障して、ベルリンでとってきた写真がほとんど使えなくなりました。
わずかにSDに残っていたのがありますが、ハッケーシャマルクトのユダヤ人工房の写真もみんな消えてなくなってしまいました。
旅行記アップの手間が省ける・・(笑)、なって、でも悔しいです。
明日からまた1か月ほど行ってまいります。
ありがとうございました。
himmel
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