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奥の院での予定は滞りなく終わり、今日は4時過ぎまで高野山を観光することにします。<br /><br />1200年ならではの高野山をたんのうすることにしました。<br />私見ですが1200年記念プロジェクトの中で、ビッグイベントは中門の復元だと思います。

開創1200年で賑わう高野山へ ②記念大事業・中門再建

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2015/05/23 - 2015/05/23

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kinomukumama

kinomukumamaさん

奥の院での予定は滞りなく終わり、今日は4時過ぎまで高野山を観光することにします。

1200年ならではの高野山をたんのうすることにしました。
私見ですが1200年記念プロジェクトの中で、ビッグイベントは中門の復元だと思います。

旅行の満足度
5.0
交通手段
私鉄
  • 再び「奥の院前」から高野山駅前行きのバスに乗り「千手院前(東)」で下車。<br /><br />ここは町のほぼ中央にあたり飲食店を始めお店がたくさんあるところです。<br /><br />夜のお楽しみが待っているので昼は簡単に。

    再び「奥の院前」から高野山駅前行きのバスに乗り「千手院前(東)」で下車。

    ここは町のほぼ中央にあたり飲食店を始めお店がたくさんあるところです。

    夜のお楽しみが待っているので昼は簡単に。

  • 夫はきつねうどん。

    夫はきつねうどん。

  • 私は焼き餅と、よもぎもち。

    私は焼き餅と、よもぎもち。

  • 昼食をすませ歩いて直ぐの金剛峯寺へ。<br /><br />「金剛峯寺」という名称は、お大師さまが『金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇経(こんごうぶろうかくいっさいゆがゆぎきょう)』というお経より名付けられたと伝えられています。<br /><br />シャクナゲの参道を歩きます。<br /><br /><br />

    昼食をすませ歩いて直ぐの金剛峯寺へ。

    「金剛峯寺」という名称は、お大師さまが『金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇経(こんごうぶろうかくいっさいゆがゆぎきょう)』というお経より名付けられたと伝えられています。

    シャクナゲの参道を歩きます。


  •  「金剛峯寺」という名称は、お大師さまが『金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇経(こんごうぶろうかくいっさいゆがゆぎきょう)』というお経より名付けられたと伝えられています。<br /><br />屋根の上には火災に備えて水桶が配置されています。

    「金剛峯寺」という名称は、お大師さまが『金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇経(こんごうぶろうかくいっさいゆがゆぎきょう)』というお経より名付けられたと伝えられています。

    屋根の上には火災に備えて水桶が配置されています。

  • 境内におもしろいオブジェが・・。<br /><br />高野霊木に1人1人が復興の祈りを書いて積み上げたもの。

    境内におもしろいオブジェが・・。

    高野霊木に1人1人が復興の祈りを書いて積み上げたもの。

  • いったん解体して福島に運び冷泉寺で組み立てられるそうです。

    いったん解体して福島に運び冷泉寺で組み立てられるそうです。

  • 壇場伽藍(だんじょうがらん)<br /> <br />お大師さまが高野山をご開創された折、真っ先に整備へ着手した場所です。<br />

    壇場伽藍(だんじょうがらん)

    お大師さまが高野山をご開創された折、真っ先に整備へ着手した場所です。

  • 壇上伽藍はかつて天保14年(1843年)の大火により、西塔のみを残して、ことごとく焼き尽くされました。

    壇上伽藍はかつて天保14年(1843年)の大火により、西塔のみを残して、ことごとく焼き尽くされました。

  • 標高の高い場所だけに落雷による火災がたびたびあって・・でもそのたびに再建されてきたのです。<br /><br />つまり朱塗りの鮮やかなこの根本大塔も比較的新しい再建だということですね、

    標高の高い場所だけに落雷による火災がたびたびあって・・でもそのたびに再建されてきたのです。

    つまり朱塗りの鮮やかなこの根本大塔も比較的新しい再建だということですね、

  • 壇上伽藍から見える蓮池。開創1150年記念事業の一環として丹塗の太鼓橋へと変更されました。<br /><br />かつては修行僧達が瞑想にふけりながら散策していたことでしょう。<br /><br />写真を撮った場所から左に降りていくと「中門」です。<br /><br />中門は「聖域の壇上伽藍と外界を結界する重要な門」です。<br />

    壇上伽藍から見える蓮池。開創1150年記念事業の一環として丹塗の太鼓橋へと変更されました。

    かつては修行僧達が瞑想にふけりながら散策していたことでしょう。

    写真を撮った場所から左に降りていくと「中門」です。

    中門は「聖域の壇上伽藍と外界を結界する重要な門」です。

  • 天保14年の火災により中門は焼失し、礎石のみとなっていました。<br /><br />このたび一大プロジェクトとして中門が172年ぶりに再建されたのです。<br /><br />そしてこの中門に四天王が勢揃いしました。<br /><br />

    天保14年の火災により中門は焼失し、礎石のみとなっていました。

    このたび一大プロジェクトとして中門が172年ぶりに再建されたのです。

    そしてこの中門に四天王が勢揃いしました。

  • 中門焼失時、二天王は救い出され、損傷の修復を受けた後長らく西塔に仮安置されていました。そして平成11年に根本大塔へと移され、現在に至っていました。<br /><br />元の場所に落ちついた東方の守護神:持国天。<br /><br />

    中門焼失時、二天王は救い出され、損傷の修復を受けた後長らく西塔に仮安置されていました。そして平成11年に根本大塔へと移され、現在に至っていました。

    元の場所に落ちついた東方の守護神:持国天。

  • 横から見上げた持国天。

    横から見上げた持国天。

  • 多聞天。持国天と多聞天の二天王は、中門再建にあたり京都の作業場において一度解体され、7回漆をぬられた後、再び高野山に戻り中門に安置されました。<br /><br /><br />

    多聞天。持国天と多聞天の二天王は、中門再建にあたり京都の作業場において一度解体され、7回漆をぬられた後、再び高野山に戻り中門に安置されました。


  • 横から見上げた多聞天。

    横から見上げた多聞天。

  •  現代の大仏師松本明慶師により新たに制作された広目天。胸元に「蝉」のブローチを付けています。

    現代の大仏師松本明慶師により新たに制作された広目天。胸元に「蝉」のブローチを付けています。

  • これは、蝉が音を遠くへ届ける生物であることから、【威嚇】の姿勢を表現しています。

    これは、蝉が音を遠くへ届ける生物であることから、【威嚇】の姿勢を表現しています。

  • 新たに制作された増長天は胸元に「とんぼ」のブローチを付けています。

    新たに制作された増長天は胸元に「とんぼ」のブローチを付けています。

  • これはとんぼがまっすぐ前に飛ぶ生物であることから、【後ろにしりぞかない】という姿勢を表現しています。<br /><br />素晴らしい中門をじゅっくり見学できました。

    これはとんぼがまっすぐ前に飛ぶ生物であることから、【後ろにしりぞかない】という姿勢を表現しています。

    素晴らしい中門をじゅっくり見学できました。

  • こちらも1200年ならではの秘宝が公開されている霊宝館へ。

    こちらも1200年ならではの秘宝が公開されている霊宝館へ。

  • 一日乗車券に付いていた2割引入場券を利用しました。<br /><br />特別公開の高野山3大秘宝を見ることが出来ました。<br />なかでも重文 金銅三鈷杵(飛行三鈷杵)の一部が欠けているところがリアルで感動しました。http://www.reihokan.or.jp/tenrankai/specially/150402.html<br /><br />21日までとありますが23日でもまだ公開していました。

    一日乗車券に付いていた2割引入場券を利用しました。

    特別公開の高野山3大秘宝を見ることが出来ました。
    なかでも重文 金銅三鈷杵(飛行三鈷杵)の一部が欠けているところがリアルで感動しました。http://www.reihokan.or.jp/tenrankai/specially/150402.html

    21日までとありますが23日でもまだ公開していました。

  • 下山までの時間調整は大門で。<br /><br />明治28年(1895)に屋根の部分修理および二階の縁廻り、一階側柱の根継が行われており、昭和61年(1986)には、全面解体修理が施されました。この時、白木の状態であった表面を丹塗りとし、昔の状態に戻しました。

    下山までの時間調整は大門で。

    明治28年(1895)に屋根の部分修理および二階の縁廻り、一階側柱の根継が行われており、昭和61年(1986)には、全面解体修理が施されました。この時、白木の状態であった表面を丹塗りとし、昔の状態に戻しました。

  • 大門の仁王像(金剛力士立像)は、その大きさからすると、奈良の東大寺南大門の仁王像に次ぐ、我が国二番目の巨像となるようです。<br /><br />阿形像の像高は 546.0センチメートルあります。京都の仏師であり高野山大仏師をも名乗った康意が造立しました。

    大門の仁王像(金剛力士立像)は、その大きさからすると、奈良の東大寺南大門の仁王像に次ぐ、我が国二番目の巨像となるようです。

    阿形像の像高は 546.0センチメートルあります。京都の仏師であり高野山大仏師をも名乗った康意が造立しました。

  • 吽形像は558.0センチメートル京都五条の仏師、運長が造立したことが胎内の背位置に留められていた銘札から判明しています。<br /><br />

    吽形像は558.0センチメートル京都五条の仏師、運長が造立したことが胎内の背位置に留められていた銘札から判明しています。

  • 高野山駅行きのバスは1時間に1本しかないので、あちこち散策します。<br /><br />門をまっすぐ降りたところからは下界の景色が見えますし、周囲の山の中で森林浴もできます。<br /><br />バス停前の茶店です。

    高野山駅行きのバスは1時間に1本しかないので、あちこち散策します。

    門をまっすぐ降りたところからは下界の景色が見えますし、周囲の山の中で森林浴もできます。

    バス停前の茶店です。

  • おみやげにごま豆腐を買いました。

    おみやげにごま豆腐を買いました。

  • おいしそうなのでついつい・・1本100円。

    おいしそうなのでついつい・・1本100円。

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