2015/05/04 - 2015/05/06
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spitfirebuzz90さん
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GW最終日もすっきり晴れ渡り今日も485あいづ、SLを撮影して
帰途につきます。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
遠征最終日もすっきり晴れ渡り今日は9:02発のあいづ2号から
撮影スタートなので朝はゆっくりと。朝食をとった後に昨夜
確認していた朝7時から開店する駅構内のお土産屋さんで自宅への
お土産を買いに駅へとやって来ました。
前夜もスナップをしてましたが暗かったので改めてスナップ。
鉄道の街、歴史の街ということもあって駅舎は鶴ヶ城を模して
いて駅前には幕末の悲劇、白虎隊象、SLの動輪がモニュメント
としてあります。 -
会津人の教え、”ならぬことはならぬのです”
八重の桜の中でも度々出てきた言葉ですね。 -
さてあいづ2号を撮影に今日は会津若松から2駅、東長原駅付近の
ポイントで会津若松の街並みをバックに走る姿を撮影。 -
追い撮りをして、SL撮影に移動します。
-
本日は山都駅付近の一戸鉄橋で撮影すると決めて
いましたがSLが山都駅を発車するのが12:47。
あいづ2号が東長原を通過したのが9:10頃。
だいぶ時間が空きますので、どうしようかと
思案をし、会津の街観光も今更ですので、そうだ!
日中線記念館に行こうと考え会津若松から車で約30分。
20年ぶりに来ました。 -
日中線は旧国鉄時代に喜多方から熱塩までを走っていた
ローカル線で昭和59年3月31日まで走っていました。 -
廃線後はこの終点の熱塩駅が当時の記憶を風化させない
ようにと地元の方々が大切に残してきた貴重な遺品です。
駅は今でも掃除が綺麗に行き届き、当時の面影を残して
います。 -
昔のローカル線の駅はこんな感じでしたね。
今の若い子には自動改札でない事に新鮮さを感じるかも
しれないですよね?
その証拠に私が訪れた際も若い子達、しかも女の子のGrも
写真を撮っていました。 -
今では線路は外されていますが、かつてここから喜多方までの
線路が通っていました。 -
ホームには山桜の木があり、殆ど散っていましたが、
何十年も毎年、花を咲かせていたんだなと。
賑やかだった頃、寂れていった姿、廃線と日中線の
歴史とともに咲いては散ってと繰り返されてきたんだと
思うと、感慨深いものがあります。 -
構内には当時、日中線で活躍したラッセル車と
客車が展示されています。
大概、このように屋外に展示されている車両は
雨風で錆びてしまったり、年月の経過でぼろぼろに
なってしまっている車両が多い中、車内も含めとても
保存状態が良かったです。
ちゃんと地元の方々が、整備、掃除を欠かさないん
だろうなと思います。 -
正面から撮影。
車両の横にある羽で雪をどかしてゆくんですよ。 -
仙台鉄道管理局、熱塩駅常備。
-
車内に入り、歴史を感じます。
-
今度は後ろに連結されている客車をスナップ。
-
仙台鉄道管理局、福島客車区所属。
-
オハフ61。旧型客車。
懐かしい、自分が中学生位までは東北や山陰
地域では走っていました。
中学生の時に東北本線黒磯付近、北陸本線等に
最後の旧型客車鈍行の撮影に出掛けた事を思い
出しました。 -
車内に入ると、予想以上に状態はよくちょっと
座ってみたりと、この板張りの背もたれ。
本当に懐かしい。 -
昔はこのような客車が当たり前のように全国を走って
いました。
今でも旧型客車は大井川鉄道、上越線(高崎〜水上)、
信越線(高崎〜横川)でSLに牽引される姿を見る事が
出来ます。 -
分かる人にはわかると思いますが、板バネ台車。
今の電車は殆どが空気式バネ台車が採用されて
います。 -
再び、旧駅舎を見学。
当時の待合室。
壁には昔の写真や資料、新聞の切り抜きが
沢山貼られていました。 -
待合室にある大きなのっぽの古時計です。
今でも正確に時を刻んでいます。 -
駅長事務室も見学ができ、
-
これもめっちゃ懐かしい。
自販機のない駅はこのように各行先方面の
切符がこのように出札箱に入っていて
お土産用に切符が入っていました。 -
勿論、購入。
これも平成生まれの子には分からないかもしれませんが
切符に日付を印刷するラッチです。
残念ながら壊れているようで日付は入れられませんでしたが
気分だけでもと思い疑似体験。
この横に日付スタンプが置かれているのでこちらで日付を
押して自分へのお土産としました。 -
室内には当時の新聞記事が沢山はってありました。
-
日中線は混合列車というのが走っており、
貨物と客車を一緒に連結して走っていました。 -
当時、駅で使われていた備品や駅名表が展示されております。
-
最終日にさよなら列車に使用されたヘッドマークや
最終日の写真も沢山展示されています。 -
当時使用されていたサボ。
今では行先表示はLEDばかりですが昔は大きな駅に
行くと各方面ごとのサボが沢山置かれていて列車が
到着する度にサボの交換などが行われていました。 -
タブレット。 いわゆる通行手形。
単線のローカル線では衝突防止を
防ぐため交換駅では上下列車でこの
タブレットの交換が行われていました。
今でも地方のローカル線でも見る事が
出来る場所が残っていますがだいぶ
少なくなってますね。 -
この日中線を走っていたC11-64号機は
現在、梅小路機関車館に保存されている
ようです。梅小路機関車館には何度か
行ってますが、初めて知りました。
その梅小路機関車館も2016年春にリニューアル
オープンするのに向けて2015年8月で一度、閉館
してしまいます。
ずいぶん、長居してしまいそろそろ山都に移動しないと。
写真はありませんが撮影ポイントへと移動する前に一度、
喜多方の街へと戻りラーメンで腹ごしらえしていきました。 -
本日のSLの撮影ポイントは山都駅から喜多方方面に
少しきた一戸鉄橋です。
この鉄橋周辺には沢山の撮影ポイントがありますが、
前日に続き飯豊山麓の雪山が綺麗に見えたのでこの
アングルで撮影することに決定。 -
12:47。 山都駅を発車するSLの汽笛が聞こえテンションは上がり、
今日は爆煙で来てほしいと願っていたところ木々の合間からSLが
吐く煙が見え、来たーっ!
予想以上の爆煙にテンションMAX!
今回の遠征ではカメラを3台駆使して2台で動画、1台で写真と実は
使用しています。 -
煙を吐きながら喜多方へと向けての最後の峠越え。
もう連写しまくり。 -
イチオシ
更にアップで寄せて
-
イチオシ
もう最高にいい!
-
撮影地に居合わせた人達とSLに手を振って
お見送り。 最後のカットに最高の写真と
動画を撮ることが出来ました。
さてこれから会津若松を通り、自宅へとひたすら
ロングドライブです。 -
大満足で車を走らせ会津若松駅付近へと差し掛かった時に
時計を見るとSLが会津若松駅へ到着してから間もない
時間でしたので駅横にあるホームセンターの駐車場に車を
止めて見たら、ちょうど折り返しに備えて構内を入れ替え
作業が始まったところでした。 -
客車から切り離されて機関庫に引き上げられた
姿をスナップして、自宅へと向けて450kmの
ドライブが始まりました。
今回の遠征は天気にも恵まれ、子供の頃、夢中になった
485系を思う存分、追いかけ、初めて磐越西線を走る
C61の勇姿、大好きなソースかつ丼も満喫と充実した
遠征になりました。
久しぶりに旅行記をアップしましたが撮り溜めた旅行記も
追々アップしていきます。
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