2015/04/08 - 2015/04/09
86位(同エリア741件中)
玄白さん
名残り雪が降る日に出掛けた房総半島ドライブ旅行。旅の主な目的はいすみ鉄道、小湊鉄道沿線の菜の花、桜とローカル列車を撮影すること。そちらについては、
「房総一泊ドライブ旅行(1) 〜沿線に菜の花が咲き乱れるローカル列車を追っかける〜」
http://4travel.jp/travelogue/11000785
で紹介済み。
ガイドブックに載っている房総半島のポピュラーな見どころといえば、南房総のフラワーライン、鋸山、鴨川シーワールドなど多々あるが今回は、いずれもパス。あまり知られていないが、どうしても見ておきたい、撮影したいところが3ヶ所あった。それは、
1)行元寺の波の伊八欄間彫刻
2)夜明けの大波月海岸
3)木更津江川海岸の海の電柱列
である。1)は残念ながら撮影禁止だったので、その力強い作品を自分のカメラに収めることはできなかったが、こんな鄙びた田舎の寺に、こんなすばらしい作品があったことに感動。2)、3)は、日の出日の入りの方位のミスマッチや気象条件に恵まれず、意図した風景写真にはならなかったが、機会があれば季節を改めて訪れたいと思わせるところだった。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
朝方、季節はずれの雪が降り、自宅近くで桜と雪の写真撮影をやっていたので、房総半島ドライブ旅行に出掛けたのは当初予定より2時間半遅れ。
12時ちょっと前に東京湾アクアラインの名物PA、海ほたるに到着。 -
初めてアクアラインを利用した。海ほたるはPAであるが、売店やレストランなどはSA並みにたくさんある。海の上のPAということで、東京湾を行き交う船などが眺められるので、そんな風景も売りの一つである。あいにく、今日は雨と強風のため、展望デッキには人はいない。
マグロの頭?らしきオブジェが置かれている。 -
木更津方面の海上ハイウェイをバックに記念写真を撮る撮影ポイント。自撮り用にカメラを置く台も用意されている。
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今回の大事な旅の楽しみは、新鮮な海の幸を堪能すること。我が家は二人とも漁業が盛んな海の近くで育ったので、新鮮なシーフードが何よりの好物。
夕食まで待ちきれず、昼食から鮨三昧。海ほたるには、海鮮和食レストランと寿司屋が入っており、どちらにするか、迷ったあげく、鮨を選択。 -
さすがに房総では雪は降っていないが、冷たい雨が降ったり止んだりのあいにくの天気。初日はいすみ鉄道と菜の花、桜の写真の撮影スポットの下見に徹することにした。
城見ケ丘駅の下見を終えたあと、大多喜駅に立ち寄ってみた。駅前の道路に時代がかった門がかかっている。大多喜町は徳川家の側近、本多忠勝が初代城主となった城下町である。数年前から町起こしとして江戸情緒あふれる町並みを作ろうと官民あげて運動をしているそうだ。その一環で本多忠勝・忠朝親子を主人公にした大河ドラマを作って欲しいとNHKに働きかけているという。 -
いすみ鉄道大多喜駅構内を覗いてみた。
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ちょうど、黄色い車体のムーミン列車が入ってきた。
一時は廃線となりそうであったが、公募により採用された名物社長、鳥塚亮氏のアイデアでムーミンをイメージキャラクターにした列車を走らせたりして、地元民の足としてだけでなく観光列車としても知られるようになった。また、運賃収入の落ち込みを補填するために駅命名権の販売もやっていて、現在の正式駅名は「デンタルサポート大多喜」駅である。今度の旅行の計画で検討したグルメ列車も鳥塚社長の発案だそうだ。 -
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駅の改札口越しに、車体に描かれたファンタジー小説(?)or漫画「ムーミン」に登場するキャラクターを記念撮影。実は玄白は、ムーミンのことは名前しか知らない。
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この後、東総元駅、上総中川駅周辺の撮影ポイントの下見をしたあと、ぜひ見ておきたいところに向かう。行き先は行元寺(ぎょうがんじ)という寺。上総中川駅から県道151号を車で7分ほど走り、田んぼが広がる鄙びた農村の中にある。
ゆるやかな坂の参道を登っていくと鄙びた田舎の寺(失礼!)には似つかわしくない絢爛豪華な山門「慈雲閣」が見えてくる。 -
山門のいたるところに、極彩色の彫刻が施されている。江戸期寛永年間に建立された山門であるが、平成19年より4年の歳月をかけて修復し、当時の鮮やかな色彩が復元されたそうだ。
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行元寺本堂。
この寺は849年、慈覚大師円仁によって創建された。中国から帰朝した円仁が東日本で最初に開いた寺だという。円仁は天台宗宗祖の最澄の一番弟子で、我が栃木県生まれの高僧。
余談だが、関東、東北のいたるところに円仁が建てたと伝えられている寺が散在する。関東では209箇所、東北には331箇所もある。これだけの寺を一人で創建したとは思えないのだが・・・有名な寺では、浅草寺、山形の立石寺(山寺)、松島の瑞厳寺、恐山などがある。葛飾北斎にインスピレーションを与えたすばらしい欄間彫刻がある寺 by 玄白さん行元寺 寺・神社・教会
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創建後、たびたび戦火で消失したが、平重盛、冷泉家、武田氏らが再興してきた。1586年に徳川家康の側近、本多氏がこの地に城を構え統治してきたため、本多家の庇護を受けて隆盛を極めたという。
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そんなことから、徳川家との関係が深く、本堂の屋根には徳川家の紋、三葉葵が飾られている。菊の紋章も飾られているが、皇室とはどういう関係があったのだろうか?これは調べてもわからなかった。
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本堂の隣の客殿。小雨が降る中、藁葺きの屋根が情趣あふれていて、良い感じである。
この寺を訪れて、ぜひ見たいと思っていたものが、この客殿の中にある。 -
イチオシ
それが、これ! 欄間に飾られた彫刻「波に宝珠」。波の伊八、本名は武志伊八郎信由。波の伊八は毎日酒を飲みながら馬に乗って鴨川の海に入り、馬上から波のスケッチをしていたという。そんなスケッチをもとに彫り上げたのが、この作品である。大浪が盛り上がり、まさに波頭が崩れ落ちる寸前の一瞬を捉え、鑿一本で彫り上げた迫力ある見事な造形である。さらには西洋近代絵画の要素である動的遠近法、視点移動法による画面構成が見られるが、それが西洋より古い時代の日本史上さほと知名度が無い房総の片田舎の彫刻家が編み出していたというのが驚きである。伊八が、「波に宝珠」の欄間彫刻を完成させた20年ほど後に、葛飾北斎が、行元寺を訪れていたらしい。そして、この伊八の彫刻を見て、富嶽三十六景の中でも最高傑作と言われている「神奈川沖浪裏」を描いたのである。
伊八の彫刻の宝珠を富士山に置き換えれば、北斎の浮世絵の構図そっくりになるのである。
北斎の富嶽三十六景は、フランス印象派絵画、特にゴッホ、モネ、ゴーギャンの作品に大きな影響を与えたことがよく知られている。またドビュッシーが交響詩「海(ラ・メール)」を作曲したのも、神奈川沖浪裏からインスピレーションを受けたとドビュッシー自ら語っている。その北斎に影響を与えたのが、房総の片田舎の無名の欄間彫刻家、波の伊八である。伊八が存在しなかったら、ヨーロッパ近代絵画は別のものになっていたかも知れないと空想すると、日本の文化・芸術面の奥深さを感じ、痛快ですらある。
なお、彫刻の写真撮影は禁止されているので、行元寺でもらったパンフレットの写真を使わせてもらった。
また、彫刻の見学は一般客は土日祝日に限られている。平日は20名以上の予約した団体客のみ見学可能。今回は事前に電話連絡し住職の御内儀の好意で、平日にもかかわらず特別に2人だけの見学を許可してもらった。 -
伊八の欄間彫刻は5枚あり、2枚は松竹梅の作品で、残り3枚が波を描いたもの。これもパンフレットからの複写だが、波間から太陽が昇り鶴が舞っている図である。まさに崩れ落ちようとする怒涛の一瞬を切り取り鑿で彫り上げた迫力に満ちた作品は、「波に宝珠」に劣らない。
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「波の宝珠」欄間彫刻がある部屋に置かれていた五楽院等随という画家が杉戸に描いた「土岐の鷹」という作品。(これもパンフレットより転載)
五楽院等随という画家の師匠が堤等琳という町絵師で、葛飾北斎も、等琳から絵を学んだことがあり、北斎と等随は交流があった。そんなことから、北斎が上総の行元寺を訪れ、伊八の「波の宝珠」を見たことは間違いないということのようだ。 -
住職御内儀の案内で本堂の中も見学させていただいた。
本堂には、日光東照宮に引けを取らないと思える絢爛豪華な彫刻があった。本堂の彫刻は高松又八郎邦教という徳川家お抱えの御用彫り師の作品。江戸城改修工事のときに使われた彫刻、上野寛永寺、芝増上寺の6代将軍徳川家宣の霊廟に作品があったというが、東京大空襲で消失してしまった。今では高松又八郎の作品は、ここ行元寺に残っているだけだそうだ。写真は、そのうちの一つ「牡丹に錦鶏」(パンフレットより転載) -
行元寺で期待を超えるすばらしい欄間彫刻を見学した後は、明日の撮影に備えていすみ鉄道新田野駅付近の撮影ポイントの下見をし、今宵の宿である御宿に向かう。
宿泊先は、漁師民宿「マタエム」
今回の旅の楽しみの一つが房総の新鮮な海鮮料理を味わうこと。豪華な施設でホテルステイを楽しむわけではないので、民宿で十分。シーフード大好き人間の我が夫婦は、海の幸を楽しむなら民宿に限ると決めている。 -
お待ちかねの海鮮料理の夕食。
直径60cmはあろうかという大皿に盛られた刺身の数々。いずれも地元御宿の岸和田漁港に水揚げされたものである。40cmを越す大物のヒラメ、伊勢えび、キンメダイ、アワビ、ヒラマサ、カツオ、アジなどなど・・・ -
他にもキンメダイの煮付け、伊勢えびの鬼殻焼き、サワラの焼き物、サザエの壷焼きと、徹底してシーフードのみ。肉やデザートなんてものはなし。
どれも新鮮で美味この上ない。期待に違わず大満足! -
翌日は予報では天気は回復するという。であれば、ぜひ撮影してみたいと思っていたスポットが、御宿海岸の北800mほどにある大波月海岸。岸和田漁港から海洋生物環境研究所に向かって600mほど行き、そこから草を掻き分けながらぬかるんだ細い道を海岸に向かって歩くこと6〜7分。
ここは、日の出前、水平線が赤く染まるころ、陸側の断崖と海中の大小2つ三角岩に太平洋の荒波が打ち寄せる絶景が出現する。また、三角岩と断崖の間から朝日が昇るのも絶景。
日の出40分前に、現場に到着。まずは月明かりに照らされた大波月海岸の波。 -
ところが日の出のころになると、東の水平線上の雲が厚くなってきた。マジックアワーの朱に染まった水平線上の空と上空の紺色の空のグラデーションも、朝日も姿をあらわさず。残念!
ここは、地元のカメラマンたちの風景写真のメッカらしく、こんな条件の悪い早朝でも5人ほど撮影に来ていた。 -
三角岩をアップで。
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ときどき大波が押し寄せ海岸の岩場で砕け散る。
あまり波に近づくと危険でもあり、カメラが海水をかぶる恐れがあるので、ほどほどの距離で撮影。しかし、波の伊八の欄間彫刻のような迫力ある波の写真にはならず・・・ -
雲が晴れそうもなく、朝焼けも期待できないので撤収。宿の朝食の時間まで間があるので、御宿海岸をぶらぶら朝の散歩。
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月の沙漠記念像の記念写真。
朝焼けの雰囲気を出すためにWBをいじって、空を朱色に調整してみた。インチキ朝焼けである。
大正・昭和初期の叙情的挿絵画家の加藤まさをが、講談社の少女雑誌「少女倶楽部」に掲載した詩と挿絵の作品「月の沙漠」を発表。さらに当時若手だった作曲家佐々木すぐるが、曲を付け、童謡「月の沙漠」が生まれた。加藤まさおは、結核を患い、御宿で療養していたことがあり、御宿海岸の砂浜から月の沙漠を着想したことから、ここに記念像が建てられたということのようだ。
なお、「月の砂漠」という表記を目にするが、正しくは「月の沙漠」である。
このあたりの事情は、近くにある月の沙漠記念館に資料展示されているようだが、今回はパス。 -
2つの銅像は王子と王女という設定。王女様は、なかなかの美人である。
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銅像の手前には三日月のオブジェが置かれている。
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月の沙漠記念像の南側の松林がギャーギャーと騒がしい。近づいてみると、サギが松の枝に巣を作り、子育て真っ最中。
これは、チュウダイサギという種類のサギの仲間。(潮来メジロさんに教えていただきました) -
こちらはアオサギ。2羽の雛が親鳥の足元にいる。
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チュウダイサギの飾り羽がふんわりと風になびき、きれいだ。青い顔が印象的な鳥。初めて見た。
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チュウダイサギも子育ての最中。
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宿に戻り、朝食の時間。昨晩の刺身の伊勢えびを使った贅沢な味噌汁が絶品。
それ以外は、のり、生卵など普通の民宿らしい朝食。
8時半にチェックアウトし、いすみ鉄道、小湊鉄道沿線で菜の花とローカル列車の撮影三昧の一日。
撮影結果は旅行記前編「房総一泊ドライブ旅行(1) 〜沿線に菜の花が咲き乱れるローカル列車を追っかける〜」にてアップ済み。 -
小湊鉄道月崎駅での列車と菜の花の撮影を終えて、木更津へ。
木更津の海岸から見た東京湾アクアラインが夕日に輝いている。 -
木更津の江川海岸は潮干狩りで有名なところ。しかし、我が夫婦は潮干狩りのためにここに来たわけではない。この日も4時まで大勢の人たちが潮干狩りを楽しんでいたようだが、我々が到着した5時半には誰もいない。唯一、写真を撮りにきたカップルが居ただけ。
ここは、ちょっと不思議な風景が見られるのである。 -
何が不思議かというと、海の中に電柱が立っていて、はるか沖合いまで続いているのである。何のためにこんな電柱があるのかというと、密漁を監視する小屋が沖合いの海上に建てられていて、そこに電力を供給するためなのだそうだ。今では使われてはおらず、いずれ撤去される運命にある。やがて見ることが出来なくなる風景なのである。普通、風景写真では電柱は邪魔者の最たるものだが、夕日でキラキラ輝いている海の中に電柱が延々と沖合いに続いている光景は、意外性がある絶景となる。
しかし、事前の調査不足で、日の入りの方角が良くなかった。冬に来れば日の入りの方角が電柱列の方向に重なり、海面がオレンジ色に輝くシーンとなるのだが、今日は太陽が北側に偏っている。 -
到着したばかりのときは、干潮を過ぎ潮が満ち始めたばかりだったが、一時間ほどで、かなり満ちてきた。最初は干潟に入って撮影していたが、遠浅なので驚くほど早いスピードで水が寄せてくる。ぬかるみに足を取られないように気をつけながら、南東方向に回り込み、なんとか沈む太陽と電柱列の方向があうところまで移動して撮影。
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イチオシ
日の入り直後、わずかな間だったが、うっすらと空の薄雲が夕焼けに染まった。対岸の川崎の工場地帯にも少しずつ灯りが灯り始めた。
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日が沈む方向の海面は金色に輝いている。
春とはいえ、日が沈むと海岸に長時間立っていると体が冷える。一時間ほどで撤収、木更津市内の寿司屋で夕食を摂ったあと、帰宅の途についた。今回は最初から最後までシーフードにこだわった一泊旅行であった。 -
イチオシ
途中、海ほたるで夜景を撮影して、今回の撮影予定はすべて終了。
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