2015/03/28 - 2015/03/29
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morisukeさん
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オッサンネコです。
休みを利用してカンボジアのプノンペンに行って来ました。
1日目は街歩きやサンセットを堪能。
2日目からは王宮などの華やかな場所と負の遺産を巡っていきます。
今回訪れた個所はこちら。
トゥールスレン博物館
王宮&シルバーパゴダ
AEON プノンペン
キリングフィールド
王宮やシルバーパゴダは外観メインの見学になりますが、
大理石造りの荘厳な建物はプノンペン観光のハイライトかと思います。
対照的に、トゥールスレン博物館やキリングフィールドはカンボジアが抱える負の遺産であり、人の奥底に眠る狂気と向き合ってきました。
内容は結構ヘビーですが、お付き合い頂ければと思います。
その時の記録です。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 自転車 バイク 飛行機
- 航空会社
- エアアジア
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
昨日泊まったのはパシフィック・ホテル・プノンペン、
テラスの風景から2日目スタートします。
シングル30$で朝食付き、快適な夜を過ごしました。
即寝だったので、快適も何もないのですが…
唯一の惜しいところは部屋までWifiが届かないところでしょうか。
ロケーションは街の中心を走るモニボン通りに面しており、
観光には非常に便利なロケーションです。 -
さて朝っぱらから本日の移動手段、チャリを探しに行きます。
目論見通りゲストハウスが多い界隈に沢山のレンタサイクルショップがありました。
中でもおばさんが店を仕切っているところをロックオン。
なんとなくおばさんの方が信頼できるもんね。
一日貸切で2$、デポジットは40$、まぁこんなもんでしょう。
写真は伝説とまで言われる安宿、キャピトルホテルです。
シングルだった5$から泊まれる、バックパッカーご用達のゲストハウスです。 -
チャリにまたがり進むこと15分くらいでしょうか、
本日の最初の目的地、トゥールスレン博物館に到着です。
7時半過ぎに到着ですが、オープンするのは8時からとのこと。
入場料も3$に値上がりしていました。
建物は地元の民家の中に突然ポツッと現れますが、
塀の上の有刺鉄線が、ここが異常な場所であったことを露骨に表しています。
あまり知られていませんが、2009年にUNESCOの記憶遺産に登録されています。 -
トゥールスレンとは、元々この辺りの地名をを差します。、
刑務所自体はS21(Security Office 21)と暗号コードで呼ばれており、
存在自体が秘密厭離に扱われていました。
元々ここは高校だったのですが、1975年にカンボジアを掌握したポルポトは
原始共産主義を掲げ教育を放棄。
必要のなくなった建物は政治犯収容所として使用され、
3年の間に14,000-20,000の人が収容されて、生還できたのはわずか8人だったそうです。
ここで収容者は拷問の元に罪を被せられ、次々に刑場(キリングフィールド)に運ばれていきました。
施設はA〜D棟で構成されており、A棟は尋問室(左)、
B棟(正面)には犠牲者の写真が展示されています。 -
最初の建屋(A棟)は尋問室、取り調べが行われた場所になります。
部屋の中にはポツンと取り残された鉄製の冷たいベッドが置いてあるだけ。
収容者はここでベッドに縛り付けられ、
拷問されてありもしない自白を強要されたわけです。
タイルの床には染みが生々しく残っていますが、血の跡なのでしょうか…
とにかく、部屋の空気が鉛のように重い…
窓から差し込む光が、まるで部屋の陰鬱さを強調しています。
オッサンは霊的なものを信じていませんが、
部屋中に犠牲者の怨が染みついているようで、背筋が冷たくなりました。 -
B棟の犠牲者の写真です。
番号を持っているところから、収容者であることが分かります。
表情を見る限り、まだ10代でしょう。
彼の未来はここで終わっていることを考えると、やるせない思いに駆られます。 -
大声で騒いだり、笑わないでと看板があります。
笑えませんよ、ここは。本当に。 -
なぜここまで収容者が膨れ上がったのか、
当時社会主義支持者に莫大な影響を与えたのがマルクス・レーニン主義で、
当時の世の中の仕組み、即ち資本階級(ブルジョワジー)が不当にプロレタリア階級(労働者)から賃金を搾取しているのに意義を唱えたわけです。
マルクス・レーニン主義は資本主義の次の段階として、
全ての生産手段が社会化される労働階級こそが最も上位に来るべきであり、
その為に資本階級であるブルジョワジーを淘汰しなければならないと考え、
労働階級の革命が必要だと訴えているのです。
理想の共産社会は成熟した資本主義があって初めて成り立つものだと論じているのですが、
何を思ったのかスターリンや毛沢東、ポルポトは、成熟した資本主義なんか無くても
「革命的情熱」があれば共産主義が成り立つと自分で解釈し無謀な政策を次々に実行しました。
まさに情熱があれば何でもできる、国の指導者が本気でそんなことを考えたわけですよ。
当然根性論だけなので成果が出るはずもなく、革命は成功したのに成果は出ないのは
革命に対する反乱分子がいるからだと、
結局収容者は拷問などでありもしない事をでっち上げさせられ、
自白をすると、やっぱり反乱分子がいた、だから革命がうまくいかなかったんだ、
という意味の分からない負の環状連鎖に陥ったわけです。
静粛しても静粛しても、反乱分子なんて元からいないんで、
タレこみ・密告が合わさるとネズミ算的に犠牲者は増えていったのです。 -
C棟は収容者の独房と雑居房。
有刺鉄線で覆われた異様な光景が広がります。
昨年2014年8月、カンボジア法廷はクメールルージュ幹部二人に
人道に対する犯罪として終身刑を宣告し、一連の裁判は遂に幕を閉じました。
ポルポト政権No2 ヌオン・チア88歳。
元国家幹部会議長 キュー・サムファン83歳。
被害者にとってはあまりにも遅く、空虚な結果だったのではないでしょうか。
裁判に時間がかかったのは、今の政府の中に元ポルポト派のメンバーも多くいて、
裁判にあまり積極的でないというのが隠れた理由になります。
現在10年以上も首相を務めているフン・セン首相も
元はクメールルージュの一員としてプノンペン侵攻の最前線に立った軍人ですが、
制圧後はポルポトの過激な政策について行けず、クメールルージュを脱退。
その後ベトナムに亡命して、今度はカンプチア救国民族統一戦線を立ち上げ、
ベトナムと一緒にプノンペンに攻め入り、ポルポトを敗走に追い込んだのです。 -
独房の写真です。
食事もトイレも全てこの狭い独房の中。
ここからどれだけ出たかったんだろう。
窓から漏れる光を見て、そう思いました。 -
外の日差しは相変わらず強く、上空には青い空が広がり、
庭には南国のヤシやマンゴーの木が青々としています。
建物は暗く非現実の世界に対して、一歩外にはいつもの日常の風景が広がっている。
胸の中のもやもやはこのギャップのせいでしょうか、
トゥールスレンの所感ですが、ここには人の道徳観を説くような
強烈なメッセージ性はなかったような気がします。
ただ事実を事実として捉えて、当時のありのままの姿を自分で見て感じて、
そこから自分が何を受け止めるか、そこに尽きるのではないでしょうか。
今日ここで体験できたこと、自分は本当に良かったと思います。 -
少しどよーんとした気分を盛り上げるべく、次は王宮の見学に向かいます。
昨日の噴水ショーがあったところ。
この辺一帯は高級住宅地でもあり、建物も華やかできれいに整備された公園になっています。 -
南国の夏季を告げる花ラーチャプルックと 白いストゥーパの対比が美しかったのでパシャリ。
癒されます(*'▽') -
イチオシ
王宮に到着です。シルバーパゴダと合わせた料金になっており、6.5$也。
なぜか料金所窓口でリエルは使えませんと頑なに受け取りを拒否される…。
自国の通貨が使えないって何でやねん、と激しい突込みを入れたくなりますが。
料金所を過ぎると即位殿がドーンと見えてきます。
うおっ、デフォルメ最高ですね w(゚∀゚)wオオッ! -
ナーガとシンハが仲良く入口に登場です。
カンボジアはタイやラオスと同じく上座部仏教ですが、
クメール(ヒンドゥー世界)の流れを汲むモチーフが多いですね。
特にナーガとシンハが人気です。 -
中は少ししか入ることが出来ませんが、オッサン的には外観を眺めるだけで満足です。
空の青 屋根のオレンジ 柱の白 コントラストが最高ですね。
屋根の形とか、尖塔の三面の顔とか、独創性があって面白いです(;・∀・) -
王宮は公開されているのがこの即位殿と他が少しくらい。
他にも見学できる建物は少しあったのですが、
この即位殿を見てしまうと印象あるものはありません。
暑さもジリジリしてきたので、次のシルバーパゴダに移動します。あじぃ。 -
シルバーパゴダに向かう門。
蓮の上のブッダを表しており、特に指先のあたりが精緻で思わずパシャリ。 -
イチオシ
シルバーパゴダです。
元はノロドム王の時代、プノンペンに遷都をした際に建立された由緒ある王室寺院です。
シルバーパゴダ(銀寺)の由来は寺の床面に銀の板を敷き詰めた事。
今でも一部が公開されていますが、オッサンには薄汚れた銀色の板にしか見えませんでした。
すいません、罰当り者です(*´з`)
中にはエメラルドブッダなど貴重なものが多く置かれていますが、
残念ながら写真撮影は禁止とのこと(ノД`)・゜・。
またまたやる気が一気になくなり、あんまり記憶にございましぇん。 -
敷地内をプラプラ探索(=゚ω゚)ノ
王宮の中で最も美しいと言われているカンタ・ボーファ王女のストゥーパ。
クメール様式ですが、彫り物がめちゃくちゃ繊細です。 -
アンドゥオン王のストゥーパ。
この敷地にあるストゥーパは彫刻がどれも精緻で、よくここまで細かく作ったなと感心します。 -
ブルーロータス。
青の色が絶妙。パシャリ。 -
赤いプルメリアですね。
珍しい赤色だったので、思わずパシャリ。 -
国立博物館。
王宮のすぐ裏手にあります。
アンコール遺跡から発掘された実物が何点かここに展示されているようなのですが、
実際にたどり着くと大陸からの御一行様で溢れかえっていました。
むむむ。
写真撮影が出来ないところはあまり興味がないのに加えて、
クソ暑い、人混み、大陸からの御一行様の三重苦(´゚д゚`)
その中を突撃していくガッツがオッサンにはもうありません。
どうしても行きたい場所がもう一つあるので、ここは潔くさらばです。 -
どうしても行きたい場所、それはこちら。
AEON プノンペン です。
2014年6月にオープンしたばかりの出来立てホヤホヤ。
王宮(ソティアロス通り)をひたすら南下して、
ロシアの大使館を通り過ぎると、すぐに左手にドーンと出てきます。
なんだイオンか…と思ったあなた、大間違いです。
そこはまさにリトル日本が広がっているのです。
駐輪するのに1000リエル≒0.3$ 簡単なセキュリティチェックあり
イオンなのに、金持ちしか入れないハイソな雰囲気がプンプン匂ってきます。 -
店内散策。
構造や配置は日本のものと全く同じ。すげーな。
そして寿司を発見 w(゚∀゚)wオオッ!
サーモンの寿司が3$くらいなので、やっぱ安いですね。
手前の寿司の色合いが若干不自然な気がしますが…。 -
野菜や果物売り場も日本のフェースとそっくりです。
果物が南国チックなのを除いてですが。
ドリアンも見つけました。日本じゃ絶対見られん光景…。
0.75$/100g。
オッサンはドリアンがあんまり好きではないので、高いか安いかも全然わかんねっス。 -
カンボジアを代表するビール、Angkorビールです。
330ml*24缶で10.3$、これは安いっ。
さてまったり過ごした後で帰ろうとしたら、
チャリのゲートで入る時に支払った領収書(半券)をなくしちゃったんですね。
罰金3000リエル。
いやいや、ちょい待て。払い直すのは分かるが何で3倍になっとんねん。
そんなこと僕に言われても…って困った顔をしているカンボジアのにーちゃんに
ギャースカわめいていたら、奥からホワイトカラーのダンディーなおじさまが出てきて、
お客様ちょっとこちらへ、みたいな感じで手招きされる始末…。
ぬおおっ、これはイカン。日本人の品格が疑われると感じ始め、
素直に罰金を支払って出てきました。
すいません、無くしたおいらが悪いんです。
チケットマジック、皆様も十分気を付けてください。
と言っても良く考えると3,000リエル≒1$なんですけどね(-ω-)/ -
王宮からソティアロス通りを南下していくと、突然スラム街が出現します。
プノンペン最強のスラム街、ブッディン地区です。
ここはやばいですね。身の危険をひしひしと感じます。
写真を1枚撮るだけでも、住民のギラギラした視線が突き刺さってきます。
よそ者に対する敵愾心といいますか、排他的なオーラに他とは違う緊張感が走りました。
外から眺めるだけで早々に退散します。
皆様も興味本位での立ち寄りはお控え下さいマセ。 -
街へ戻ってきました。
チャリを返却し、本日最後の目的地、キリングフィールドへ向かいます。
ホテルの前にダベッていた人のよさそうなおやじを捕まえて、価格を交渉。
ホテル → キリングフィールド → 空港 で15$だと言うのでまぁまぁ悪くなし。
時間もなかったので少し悩むふりをして即決しました。
昼食はここ。 Lucky Burger…
ネーミングが少し怪しかったのですがご入店。
フィリピンのジョリビーを少し彷彿させる味とだけ言っておきます。 -
さておやじのトゥクトゥクに揺られること40分、キリングフィールドに到着です。
街中の停車中に寄ってきた物乞いの子供たちに飴をあげていたら、
トゥクトゥクのおやじがボソッと一言、
カンボジアは良くない、ストリートチルドレン多い、ありがとう。
よくよく見るとこのおやじも40代半ばくらい、ポルポトの苛烈な時代を生き抜き、
苦労も多くあったんだろうな、としみじみ思っていると再び一言、
ライフル、パンパン、どないや?
おい、おやじ。人がいい気分で感傷に浸っているのに、やめい( `ー´) -
さてキリングフィールドですが、入場料は7$。
入る前に国籍を問われ、日本語の音声ガイダンスを貸出してくれます。
これはうれしい。
この辺一帯は元々チュンエクと言い、のどかな果樹園が広がっていたそうです。
トゥールスレン刑務所から直結していた処刑場であり、収容者は他の場所に連れて行くと嘘を言われ、このチュンエクで次々に殺害されて行きました。
ここで殺害された人は10,000〜30,000人にもなると言われており、
強いスコールが降ったりすると、まだ未発掘の犠牲者の骨や衣服が表面に出てくるそうです。
ポルポトの進める原始共産主義というのは、食料を分けて暮らしていた原始時代に戻ろうとする動きで、表向きは労働者(農民)中心の社会を形成する事でした。
しかし結局は、政策の矛盾に気付く知識のある人を全て抹殺して、
自分の基盤を盤石なものにする事が目的であり、
役人、教師、医者、技師、宗教関係者などが次々に静粛対象になりました。
眼鏡をかけている人、滑らかな手をした人も対象になったので、
いかにポルポトが猜疑心と狂気にまみれていたか分かります。 -
敷地内は建物と言うものがほとんどありません。
ガイダンスの案内に従って、各ポイントで何が行われていたかを知ることが出来ます。
至る所に地面に穴が開いています。
夜になると収容者をこの穴の前に連れてきて、
鍬や鋤、あらゆる農機具で撲殺し、埋めていったそうです。
末期には穴を掘るのも収容者の仕事にさせ、
自分が殺される穴を自分で掘るという事が茶飯事になってきました。
埋めた死体からはガスが発生するので大地は盛り上がり、耐え難い異臭を放っていたそうです。 -
周囲は遊歩道のようになっており、
ベンチに腰かけてガイダンスの音声を聞く人がたくさんいました。
良く見るとフェンスの外側は収容者が逃げないように有刺鉄線が張りめぐされているのです。
ほとんどが欧米人で、アジア系の人たちはあまり見かけませんでしたね。 -
金網の向こう、カンボジアの原風景が広がっています。
元々カンボジアは有数の農業国で周囲に輸出が出来るほど豊かな土地でした。
ポルポトの侵攻で立場は逆転。
静粛や飢饉で亡くなった数は300万人にも上ると言われており、
割合で見ると4人に1人が亡くなった計算になります。 -
キリングツリー。
ガイダンスによると小さな幼児は特に邪魔だったようで
即座にこの木に頭を打ち付けられ、殺害されたということです。
鎮魂のために木には多くのお守りが掛けられています。
クメールルージュの敗走後、この地を新たに開墾しようとした農夫が
なぜこの木に血糊や骨、皮膚が張り付いているのか疑問に思いました。
近くの盛土から赤ん坊や幼児の破壊された頭蓋骨が大量に出て来たので発覚したそうです。 -
マジックツリー。
これはただの菩提樹(ブッダが悟りを開いた)なのですが、
虐殺の時の声が漏れないようにスピーカーがこの樹に取り付けられ、
昼も夜もカンボジアの共産のテーマ(歌)を流し続けました。
ガイダンスでは処刑された人がおそらく最後に聞いたであろう音楽を流してくれました。
照明を灯すためのディーゼル発電機の後ろで勇ましく流れるカンボジアの歌…。
今回のトゥールスレン、キリングフィールドの中で、
ここまで心が動揺するものはありませんでした。
写真や風景は客観的に眺められる、心のどこかでは非現実の世界を感じていたのでしょう。
音から浮かんで来るのは本当にリアルな世界であり、
頭の中が真っ白になっていくのが自分でも良くわかりました。 -
慰霊塔の中にはここで発掘された頭蓋骨が17段になって保管されています。
17段と言うのはポルポトがプノンペンを制圧した1975年4月17日を意味しており、
3年8か月と2日の間、ポルポトの悪夢は続きました。
ここでは写真撮影もOK、そのわけはやはりここで起こったことを
もっと多くの人に知ってほしい意図があるのだと思いました。
窓からの陽光に照らされて、たくさんの犠牲者が眠っています。
不思議と恐怖は全くありません。
献花を捧げて、冥福をお祈りしてきました。 -
イチオシ
最後にもう一度慰霊塔の写真を。
何もなかったのなら、本当に美しい場所だったんでしょうね。
キリングフィールドは音声ガイドもあるので、
じっくり説明を聞きながら公園を回ることが出来ます。
この刑場の事は元より、ポルポトの事、当時の看守の証言、
生き残りの証言、集団農場での生活など、詳しくこの悲劇を学ぶことができます。
今回の見学は本当にヘビーな内容でした。
なぜ同じ民族でここまで残虐な殺戮が繰り返されたのか…。
同じ過ちを繰り返さない為にも、多くの人がここを訪れて、
人間の狂気や残虐性と正面から向き合って欲しいと個人的に思います。
、
空港へ向かうトゥクトゥクに揺られてしみじみ思いました。 -
空港にて、おやじと固い握手でお別れして時間までプラプラします。
プノンペンの空港は国際空港ですが、規模は小さく就航会社も限られています。
空港では吉野家も進出してました。
お客がほとんどいないのが気になりますが。
牛丼とサイドメニュー、1ドリンクで6.25$。
うーん、価格的に見合った価値はなさそうですね。
これにてプノンペンは終了。色々考えさせられる街ではありますが、
人々はどこまでも陽気で、発展に向けたエネルギーを感じる事ができました。
さようなら、プノンペン。また来るね。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- yachtさん 2015/06/14 22:44:03
- はじめまして
- morisukeさん
こんばんは。
約7年前にトゥールスレンに行きました。
当時はツーリスト気分で缶ビールを持参し入場しまし
たが全く飲む気になれませんでした。
そんな光景とは逆に、カンボジア人の活気は印象的で、
プノンペンの不思議な魅力に魅了されました。
アンコールには行ったことはありませんが、カンボジ
アに再訪するチャンスがあれば、またプノンペンに行
きたいと考えております。
morisukeさんの旅行記、とてもなつかしく、当時感じ
たことを思いだしました。
今後ともどうぞよろしくお願いします。
yacht
- morisukeさん からの返信 2015/06/16 00:34:10
- RE: はじめまして
- yacht さん
こちらこそ初めまして。
トゥールスレンは本当に考えさせられますね。
訪れた後、数時間は何も口に出来ないくらい気分が落ち込みました(笑)
カンボジアは今でも貧富の差が激しくて、決して華やかな街ではないんですが、
彼らの底抜けの明るさを見ていると、どこか救われたような気がしたのを覚えています。
アンコールには数年前に行ったきりなので、是非もう一度訪れてみたいと思っています。
またyachtさんの旅行記にも頻繁にお邪魔させて頂きます。
これからもよろしくお願いします。
Mori Neko
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