2014/12/28 - 2015/01/04
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jsbachさん
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イランで正月を迎える。感慨は特にない。そもそもアラブの暦では正月ですらない。朝食後、出発まで少し時間があったのでホテルの敷地を散歩してみる。ふと足元に落ちているタバコの吸い殻をみて気がついたのだが、イランでは街頭でタバコを吸っている人を見かけることがほとんどない。チャイハネでは水タバコが吸えるが、あんな大仰なもの一日に何回も吸えるものではないだろうし、テヘランでガイドに聞いたところによれば、イランではタバコには特に年齢制限がない(!)そうだから、子どもが吸っても補導されることはないのだが、途上国ほど喫煙率が高いという私の経験からはちょっと違う次元にあるようである。
ガイドにピックアップしてもらって出発。今日はバンダルアッバースに向かう。
イランの人々にとってもバンダルアッバースとはそれほど有名な街ではない。テヘランのガイドもイスファハンのガイドも行ったことがないという。現在車を運転しているシラーズのガイドも行ったことがないそうで、そもそもイランに初めて来て、テヘラン、イスファハン、シラーズときたら、次はヤズドだろうとかぶつくさ言っている。ヤズドは今回の私の旅程には入っていないが、ゾロアスター教の遺跡で有名な街らしい。
バンダルアッバースとは、ペルシャ湾岸にある港湾都市で、大航海時代にポルトガルが占領したこともあったそうだが、イスファハンでイマーム広場やスィー・オ・セ橋を築いたアッバース1世がイギリスと組んでポルトガルを追い出し、バンダルアッバースと名付けたという。バンダルとは港という意味なので、アッバースの港、ということになる。ちなみにサファビー朝以降のペルシャにとって、西に控えるオスマントルコは眼の上の巨大なタンコブだったらしく、なにかというとオスマントルコと対峙していたヨーロッパ諸国と組むことが多かったらしい。近代ではフランスの影響が強かったとはテヘランのガイドの弁。
シラーズの街を出てから小一時間ほど走ると、左手に巨大な湖が見えてきた。塩湖なんだそうで、ここで採れる塩がシラーズの産業に活用されているという。このあたり、風景もこれまでとすこし変わって、平地は耕作地帯となっている。いまは冬なので土がむき出しになっているが、夏にはまったく違う風景になっているだろう。背後の山並みは相変わらずのごつごつした岩山だが。
耕作地帯が途切れると荒れ地になるが、灌木も北のテヘランやイスファハンあたりより多いように見える。羊の放牧も初めて見かけるようになった。このあたりでは石油もとれるらしく、遠くにプラントが見える。
ガソリンスタンドに立ち寄る。給油のあいだ、車の外に出て手足を伸ばす。陽射しも少し強くなったように感じる。ガイドに訊くと、1.3ドル/リットルだそうである。日本より少し高いくらいだが、当地の物価水準からすればとんでもなく高い。日本の水準になおせば800〜1000円/リットルといったところだろうか。世界屈指の産油国なのになぜだ、と私でなくても思うだろう。欧米の経済制裁が効いているのだろう。ちなみにガイドの経験では、トルコでは2ユーロ/リットルだったそうである。
昼ごろ、DARABという街を通る。かつてササン朝の首都だったという。もっとも走る車の中からはそれらしき遺跡が見えるわけでもない。ササン朝の頃のDARABは現在の街から離れたところにあって、それも地震で破壊されてしまったのだという。ちなみにDARABとは水の都という意味だそうで、かつては水の豊かな土地だったらしい。今はヤシやトウモロコシの畑が広がっているが、乾燥地帯であることには変わりない。どうもイランの遺跡にはこの手の話が多い。数千年の間に気候変動に見舞われたのだろうか。
DARABの街から小一時間ほど行ったところにある街で昼食。ガイドの友人がこの街に住んでいるらしい。やがて友人のモハマド氏がレストランに現れた。久しぶりの邂逅らしく大仰に腕を広げて抱擁し頬ずりを3回繰り返す。テレビで中東の政治家がこんな感じの挨拶をやっているのを見たことはあるが、本物を見たのは初めてである。おヒゲがじゃりじゃりいうのが聞こえてきそうで軽く食欲を喪う。
ガイドが事前に手配したのかどうか知らないが、モハマド氏はぜひ我が家に招待します! と言っているらしく、お宅訪問と相成る。レストランから5分ほど走った住宅街の中にモハマド氏の家はあった。庭先で草むしりをしていたモハマド氏のお父上から胡散臭げな一瞥を浴びるが、通された居間ではモハマド氏の細君のモーディマさんとヤーシド君以下3人のお子さんの歓迎を受ける。モハマド氏はオレンジ農家をやっているらしい。ナツメヤシとともに供されたオレンジは手でむけるほど皮がやわらかく、ジューシーだった。
ところでイランの人々はたいそうな紅茶好きだが、飲みかたはちょっと独特である。ティーカップを手にすると、あいた手で角砂糖をつまんでちょっと紅茶に浸してそのまま口に放り込むのだ。それを一杯につき2〜3回やる。イラン人の虫歯の罹患率がどれほどか知らないが、いくら酒を飲まないからって糖分取りすぎである。
何か日本語で書いてくれといって立派なノートを持ってきたので、一家の名前をカタカナで書いたり私の名前を書いたりする。ついでに写真を撮るが、真ん中の女の子は最後まで写真に写るのを拒否してソファの後ろに隠れていた。(そしてそのまま寝入っていた)
2時間近くお邪魔してから出発する。ふたたび車中の人となってひたすらバンダルアッバースを目指す。やがて日が暮れてきた。
イランの地図を見ると、大部分が標高の高い茶色に塗りつぶされている。大部分が標高1000メートル以上にあって、標高の低い緑色に塗られているのはペルシャ湾岸のごく狭いエリアとイラク国境くらいである。ということは海が近づくと一気に標高が下がるわけで、それまでの平地と遠くの岩山という風景から一転して急峻な岩山の間をヘアピンカーブやトンネル、橋梁で駆け下る。バンダルアッバース方面から登ってくる車は圧倒的にコンテナを積んだトレーラーが多い。バンダルアッバースが物流の拠点であることを強く感じさせる。
陽が落ちたころ、ようやく平地に出てバンダルアッバースの市街地に入る。けっこう大きい街である。
ところでガイドはホテルの場所が分からないらしい。何度も広場に止まっているタクシーに車を寄せて訊いたり、2度ほど通りすがりの人を同乗させたりもして市内をさ迷うこと一時間半、ようやくホテルにたどり着いた。ガイドによれば、ホテルは市街の西にあり、シラーズからの道は東から市街に入るので横断するのに時間がかかったとのことである。こうしてシラーズからの9時間のドライブが終わった。
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