2014/06/29 - 2014/06/29
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junemayさん
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個人旅行は何度も経験済みですが、海外の一人旅は久々。友人からフランスのトゥールーズから1時間位の距離にあるロット川のクルーズに誘われたのをきっかけに、その前後にイタリア、スペインを旅しようと計画したのが今回のたび。どこを歩くかは余り深く考えないで、大雑把な計画と宿泊先だけを決めていざ出陣です。スーツケースをなるべく持たなくて良いよう、駅近の安いホテルにこだわりました。ガイドブックも必要な分だけコピーして、途中で捨てられるよう準備。衣類も最低限に抑えたつもりでしたが、旅行中毎日快晴に恵まれたため、結果的には無駄な衣類が随分と出ました。昼はともかく、夜一人でレストランに入る勇気がないため、簡易クッカーを購入。スーパーで購入した食料で自炊もしました。好きな場所に好きなだけいたいという希望が叶った1ヶ月のたびとなりました。
日程表
6月3日(火) 羽田→フランクフルト→ベネチア
6月4日(水) ベネチア
6月5日(木) ベネチア
6月6日(金) ベネチア→フレンツェ
6月7日(土) フィレンツェ→シエナ→サンジミニャーノ→フィレンツェ
6月8日(日) フィレンツェ
6月9日(月) フィレンツェ
6月10日(火) フィレンツェ→ルッカ→ピサ→ラスペチア
6月11日(水) ラスペチア→チンクエテッレ→ラスペチア→ポルトベーネレ→ラスペチア
6月12日(木) ラスペチア→サンレモ
6月13日(金) サンレモ→ベンティミッリヤ→サンレモ
6月14日(土) サンレモ→ニース→トゥールーズ
6月15日(日) トゥールーズ→アルビ→コルドシュルシエル→アルビ近郊
6月16日(月) アルビ近郊→カオール→船旅開始(Le Lot)
6月17日(火) 船中泊(Le Lot)
6月18日(水) 船中泊(Le Lot)
6月19日(木) 船中泊(Le Lot)
6月20日(金) 船中泊(Le Lot)
6月21日(土) ラロックデザルクス→フィジャック→ロカマドール
6月22日(日) ロカマドール→フィジャック→カオール
6月23日(月) カオール→トゥールーズ→フィゲレス
6月24日(火) フィゲレス→カダケス→フィゲレス
6月25日(水) フィゲレス→ファルサ→プボル→ジローナ→フィゲレス
6月26日(木) フィゲレス→バルセロナ
6月27日(金) バルセロナ
6月28日(土) バルセロナ→モンセラ→バルセロナ
6月29日(日) バルセロナ
6月30日(月) バルセロナ→フランクフルト→
7月1日(火) →羽田
バルセロナのモデルニスム建築見て歩き後編です。相変わらず、パセジ・デ・グラシア通りの東側、アシャンプラ地区L'Eixampleを歩いています。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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マジョルカ通りの一本南、ヴァレンシア通りに建つこの建物はカサ・リョピス・ボフィル Casa Llopis Bofill。1902年から03年にかけて建てられた、アントニ・マリア・ガリッサ・イ・ソケAntoni Maria Gallissà i Soquéの作品です。ガリッサは、リュイス・ドメネク・イ・モンタネー等とともにバルセロナ建築学校で教鞭をとっており、アントニ・ガウデイの協力者として有名なジョセップ・マリア・ジュジョールはその生徒の一人です。心臓病の持病があり、若くして亡くなっているためか、日本ではほとんど知られていないみたいです。
外装のスグラッフィートと煉瓦の絶妙なコンビネーションはお見事! ほかにも外装にはスタッコ、ガラス、鉄、表面に釉薬をかけたタイルなど、様々な材料が取り入れられています。 -
1階部分のファサードを見ると、ムデハル様式の影響を強く感じます。タイルの使い方が心憎いですね。特にタイルの青色は、アンティークのような味わい。申し訳ないけれど、下の薬局の商品が陳腐に見えてしまいます。
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こちらが正面玄関かな? ムムム・・・ガラス扉がなかったら、モスクと間違えてしまいそうです。
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2階から上はご覧のとおり。この建物も、各階ごとにデザインが異なって、いつまで見ていても飽きを感じません。錬鉄製のバルコニーの手すり、中央部分のガラス出窓上部のステンドグラスが素晴らしい。
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本日見た建物のベスト3の一つに入るかも・・・正面とは異なるスグラッフィートに注目!それから最上階の3つのアーチに施されたタイルの色にも魅了されました。
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お城のような塔を持つこの建物は、コンセルヴァトリ・ムニシパル・デ・ムシカConservatori municipal de musica、バルセロナ音楽院です。なぜ、2本ある塔が見える正面から写さなかったのかなあ? と撮った本人自ら首をかしげてしまいます。あと数十メートル歩けば、ファサード全体像が綺麗に撮れたのにねえ。中途半端な写真でごめんなさい。
建築家はアントニ・デ・ファルゲラAntoní de Falguera。ジュセップ・プッチ・イ・カダファルクの生徒の一人です。 -
ヴァレンシア通りを西に進むと、今度はカサ・サントゥルセcasa santurceが見えてきました。六角形を半分に切ったような出窓が目立ちます。2階のバルコニーの造花だけがいただけませんが、3つ並んだバルコニーの手すりの曲線は実に優美です。
最初の所有者の爵位からカサ・サントゥルセ、または実名からカサ・パブロ・ウバリCasa Pablo Ubarriとも呼ばれるこの建物は、1905年、Miquel Madorell i Riusにより建てられました。 -
1階の、うねるような曲線美の錬鉄製の扉にもご注目! 扉の上には、爵位(サントゥルセのサン・ホセ伯爵)の紋章が彫られています。
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少し離れてみた全体像です。二つの砲塔のタレット(円筒形の小塔)の先は王冠の形をしていて、黒いセラミックの上に植物や花をあしらったアイアンワークで飾られています。間近で見れないのが非常に残念です。
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なおもヴァレンシア通りを進みます。ジェロニ・グラネル・イ・マンレサJeroni Granell i Manresa建造のカサ・ジャウメ・フォルンCasa Jaume Forn が見えてきました。
こちらの砲塔は八角形かしら?クリスタルガラスとアイアンワークの巧みなコラボには脱帽です。 -
この建物、大通りのコーナーに面していて、数えたらなんと8階建て!ファサードはなぜか3階が一番ゴージャスです。バルコニーから突き出しているポールは仕切りの役割を果たしているのでしょうか?
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カサ・ジャウメ・フォルンと向かい合わせで建つカサ・ジョセファ・ヴィリャヌエヴァCasa Josefa Villanuevaも負けてはいません。こちらはJuli Maria Fossas Martínezの作品。1904年から09年にかけての建造です。
一番右端に尖塔が見えますが、元々建物はシンメトリーで、塔はファサードを挟んで左右二つあったそうです。それが、道路の拡張というつまらない事業のために、「野蛮な切断」が行われたのだそうです。 -
現在塔はひとつのみ。現地ではモデルニスムの最重要建造物が失われたと考える人も多くいるみたいです。よく見ると、塔の手前から外装の色が少し変わっていますね。あれが「切断」の名残なのでしょうか?
屋上のモールディングを見ると、確かにモデルニスムを感じさせる曲線の連続です。 -
ロジェル・デ・リュリア通りでみつけた美しい扉にも心惹かれました。
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こちらの建物には、高級なデリカテッセQueviures Murriaが入っていることで有名なのですが、本日定休日のため、気が付きませんでした。1890年に開店し、歴史的なモデルニスタの店として知られています。1階のショーウインドーの横に、かすかにラモン・カサスRamón Casasの絵が見えました。Queviuresとは食糧のこと。直訳すれば、(あなたを)生かしつづけるもの だそうです。
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パセジ・ダ・グラシア通りに出てきました。カサ・ヴィウダ・マルファCasa Viuda Marfa の前には工事用車両が停まっていて、そばまで近づくことができません。この建物は1901年から1905年にかけてマヌエル・コマス・イ・トス Manuel Comas i Thosによって建てられました。写真ではよく見えないのですが、面取りされたファサードの両側には、細身の切り妻屋根を持つ2本の塔が建っています。ファサード最上階に並んだ縦仕切りのある窓が中世を匂わせていますね。
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パセジ・デ・グラシアに戻ってきた証拠写真、ガウディ作の歩道タイルです。アンモナイトが特に印象的です。
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パセジ・デ・グラシア通りを横切ってなおもヴァレンシア通りを行きます。見えてきたのは、カサ・ドメネク・イ・エスタパCasa Domènech i Estapà。1908年から1909年にかけて、建築家ドネネク・イ・エスタパが自宅用に建てた建物です。この人物覚えていらっしゃいますか? パラウ・モンタネーを請け負った最初の建築家です。
http://4travel.jp/travelogue/10978906
彼はアール・ヌーヴォに敵対心を持っていたらしく、この家は当時の美的規範に対して保守的な解釈を示す代表例なのだそうです。と言われましても何のことか私にはチンプンカンプンですが・・・ -
保守派?のドメネク・イ・エスタパは他の建築家よりはるかに多くの公共施設を受注しています。ランブラス通りの中ほどにある王立芸術科学学院Reial Acadèmia de Cièncias i Artesや裁判所Palau de Justícia、カタルーニャガス電気会社Sociedad Catalunya de Gas i Electricidad等々 1913年にはモデル刑務所を建設する際に最先端プランを立案したということでも知られているそうです。
改めて依頼品を、いや、彼の建物を見てみましょう(○○鑑定団風)。
うーん、非対称の建物です。出窓が続く左側と、右側の縦一列の窓枠は中央のより横に膨らんでいるように見えます。中々ユニーク。立派なモデルニスムの一員ですね。 -
この辺から道がわからなくなって、ここはどこ?私はだ〜れ?という状態に陥りました。上ばかり見て歩いていたので、方向感覚が失われたようです。この丸いバルコニーがカサ・ドメネク・イ・エスタパの隣の家だということは覚えているのですが・・・
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下から見上げたこんな写真ばかり撮っています。モデルニスムの家でなくとも、辺りは装飾過剰の邸宅がひしめき合っています。
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道路の真ん中が歩行者用プロムナードになっているランブラ・デ・カタルーニャ通りRambla de Catalunyaに出てきました。地図にはない建物ですが、4階にある三角形のバルコニーが新鮮に映りました。
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これも無名の建物ですが、Hospital Veterinari Balmesという名の病院でした。うねったバルコニーのアイアンワーク、最上階の縁装飾、なかなかいかしていると思うのですが、いかがでしょう?
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結構気に入ったのか、ズームして撮っていますよ。この建物は、ランブラ・デ・カタルーニャ通りの1本西側の通りBalmesにありました。
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この教会を見つけて、ようやく自分の居場所がわかりました。助かりました。恩人の名前は、Parroquia de Nuestra Señora de los Ángeles。カトリックの教会です。
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またしてもこの落書き!モデルニスタの子孫達しょうもない連中ですねえ。
こちらは、やはり定休日で非常に残念なのですが、ファルマシア・ボロスParmacia Bolosという古い薬局です。最初の所有者で薬剤師のNovellas i Roig氏は、建築家のAntoni Falguera i Sivillaに内装のデザインを依頼。薬剤師はその後1927年に現在の所有者Bolos氏に売却しました。なお、この建物本体の建築家は前述のドメネク・イ・エスタパなのだそうです。この薄汚いシャッターの向こうには、チーク材でできたステンドグラスのある美しい扉があり、店内には、モデルニスム時代を彷彿させる窓、天井画、マホガニーの調度品、ステンドグラスなどがあるそうで、一目見たかったですねえ! -
落書きを入れないようにして撮ると、こんな写真になってしまいます。
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1992年 文化オリンピアード(バルセロナ・オリンピックの年ですね)という年号が入っているプレートには、ドメネク・エスタパではなく、内装を担当したアントニ・デ・ファルゲラ・イ・シヴィリャの名前が刻まれていました。
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こちらは、ランブラ・デ・カタルーニャ通りに面して建つカサ・フンコサCasa Juncosa。19089年にサルヴァドール・ヴィニャールSalvador Vinyalsにより建てられました。
完全なるシンメトリーで、石造りのバルコニーは植物できっちり飾り付けられています。今まで見てきた建物からすると、一見面白味には欠けるように見えるでしょう? -
木が邪魔だったので、前の写真では一番のハイライトをお見せできませんでした。それがこちら中央のトリビューンと呼ばれる半円形の大きな出窓。これがあるとないとでは大違い。インパクトが全く違ってきますね。
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一昨日も紹介した出版社ムンタネー&シモンの前を再び通過します。
http://4travel.jp/travelogue/10971313
見る角度により、建物の屋上の「雲と椅子」はその姿を変えます。 -
カサ・ドロール・カルムCasa Dolors Calmの特徴も、中央のトリビューンにあります。これは出窓という範疇を超えていますね。2階から6階までのデザインはすべて異なっていて、窓の一部にはステンドグラスがはめ込まれています。
こちらの建物は、1903年ジョセップ・ヴィラセカ・イ・カサノヴァJosep Vilaseca i Casanovasの作品。 -
建物壁面を飾る花模様のスグラッフィートの一部のデザインが、なぜか出窓の下の部分にも使われていました。但し、こちらは、茎がうんと長いです。幾何学模様と花模様の意外な取り合わせは初体験です。
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ランブラ・デ・カタルーニャ通りの最後を飾るのは、カサ・ファルガスCasa Fargas。ファルガス邸の建築を請け負ったのは建築家エンリック・サニエ・イ・ヴィリャヴェッキアEnric Sagnier i Villavecchia。1904年の作品です。
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一目でモデルニスムとわかる、曲線と手の込んだ装飾が特徴です。右側に見える扉の部分を除き、建物はシンメトリーになっています。
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ファサードには珍しく、顔入りのプレートが取り付けてありました。この家の初代オーナーの子息、ラモン・トリアス・イ・ファルガス氏について書かれています。彼は、この家で生まれ、暮らし、亡くなりました(1922年〜1989年)経済学者であり、政治家(バルセロナ市の副市長、カタルーニャ政府の上院議員を務めました)だったようです。現在、この家の1階にはラモン・ファルガス財団が置かれています。
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ランブラ・デ・カタルーニャ通りを離れ、1本裏の道を行くと、現れたのは通称MMCATと呼ばれているカタルーニャ・モデルニスム博物館Museu del Modernisme de Catalunya。バルセロナで非常に多くの有名な建物やデザインを作成したモデルニスムのアーチスト達の活動を披露するために作られた個人所有の博物館で、2010年4月にオープンしました。
博物館の入っている建物は、カサ・ファルガスを作ったエンリック・サニエ・イ・ヴィリャヴェッキアにより、1902年から1904年の間に建てられました。
普段の日は20時まで開いていますが、今日は日曜日。残念ながら14時でここも閉まっていました。 -
この辺りは、アシャンプラL'Eixampleと呼ばれ、都市の拡大に伴い、19世紀中頃にバルセロナを囲んでいた城壁が取り除かれた後にできた町なのだそう。少々くすんだ赤が外壁に使われた建物は街の至る所で見かけますが、カタルーニャの赤と黄の縞模様の旗が一番よく似合う建物のような気がします。
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モデルニスムの建物一覧の地図には載っていなかったけれど、こちらカサ・ベレンゲールCasa Berenguerもモデルニスム時代の建築です。1907年から1908年にかけて建てられたBassegoda i Amigóという三人兄弟の作品。繊維業で財を成したブレンゲール氏が経営する会社の本社として建てられました。
屋根飾りの中央にいるミューズは繊維業の象徴である糸巻を持っています。最上階にある2つの曲がりくねったバルコニーがとても印象的ですね。 -
中央のトリビューンの上部には、こちらも繊維業にまつわると思われる寓話的な彫刻が見られます。窓の色ガラスのモザイクも思いっきり凝っていますね。
両側の窓が、上に行くほど小さくなっているような気がするのですが、気のせいでしょうか? -
ブレンゲール邸の1軒置いて隣にあるのが、カサ・ガリガ・ノゲCasa Garriga Nogues。こちらは、本日たびたび登場しているエンリック・サニエ・イ・ヴィリャヴェッキアの作品で、自宅兼賃貸用アパートとして1899年から1901年にかけて建てられました。現在はフランシスコ・ゴディア財団が管理しています。
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この写真では3体しか写っていませんが、1階には全部で4体の女神像があり、これらはエウセビ・アルナウによる人生の4段階を表した彫刻なのだそうです。彫刻が支えているのが2階にある優雅なバルコニー。アールヌーヴォ様式にバロック様式が加わった気品ある建物ですねえ。
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パセジ・デ・グラシア通りに戻ってきました。もう日暮れも近づいてきたし、さすがにお腹いっぱいです。バルセロナの建物見て歩き、十分満喫しました。モデルニスムの代表作だけでも、この2倍以上ありそうなので、とても1日では無理でしたね。それでも、グエル別邸でいただいた地図のおかげで、素晴らしい収穫がありました。最終日の最後の最後まで、精力的に歩くことができて、満足です。
最後はお腹いっぱいでも楽しめるデザートで、もう一度グラシア通りを歩くとしましょう。まずは、カサ・マラグリダ。
http://4travel.jp/travelogue/10971313
一昨日、道路の向かい側から写した不完全な写真を載せましたが、またまた不出来な写真になってしまいました。 -
車道側に思いっきり出て、街路樹の間から頑張って撮ってみたものの、これが精いっぱい。アシャンブラでも最高のロケーションであるこの地にふさわしい美しい建物です。1908年、Joaquim Codina i Matalíの作品。
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メインフロアである2階の石造りのバルコニーの中央部分のふくらみが本当にお見事!どこを見ても調和のとれた曲線で構成されていて、宮殿のような気品が感じられる佇まいです。
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3階、4階部分のバルコニーは、一つ一つ形状が異なっているにも関わらず、同じ模様のアイアンワークスで統一感を出しています。
文句なし!! 本日のベスト建物賞はカサ・マラグリダに決定です。 -
そして、カサ・リェオ・モレラの前までやってきました。こちらも一昨日しつこいほど紹介したけれど、再登場してもらいましょう。おなじみリュイス・ドメネク・イ・モンタネーの傑作です。
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同じような写真を前に見たよって、その通り! 構図もワンパターンなのです。バルセロナの最後を飾るフィナーレに相応しい、デザートのオンパレードです。
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夕闇が迫るカサ・バトリョ。少々不気味です。
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そしてカサ・アマトリェールにも登場してもらいましょう。「不協和音のりんご」たちの揃い組です。
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これが、2014年6月の「イタリア、フランス、スペイン勝手気ままな街歩きのたび」の最後の写真です。さらば! バルセロナ! 4日間の滞在では、あまりにも短かったなというのが正直な感想です。
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翌6月30日は、朝のフライトでフランクフルトへ。滞在先のホテルに「空港まで10ユーロ!」というタクシー会社のパンフレットが置いてあったので、それを頼もうとしたら、スタッフに「沢山のホテルを回って、乗り合いで空港に行くので、時間ばかりかかるからお勧めはしない」と言われてしまいました。だったらパンフレット置いておくなよ!!
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仕方なく、通常のタクシーで空港に向かいましたが、ヴィラデカンスから空港までは15分かからずに到着。早朝出発の時は、やはり空港近くの宿泊が便利ですね。
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フランクフルトからはANAで快適な空の旅。帰りはエクジィット・シートを予約していたので、足が延ばせて楽ちんでした。
軽い気持ちで書き始めた今回の旅行記。昨年8月から始めて、なんと6か月もかかってしまいました。やることなすことこの調子なので、時間ばかりかかってなかなか前に進みません。読んでいただいた方には、長い間のお付き合いを心から感謝いたします。ありがとうございました。 -
バルセロナでやめとけば良かったのですが、最後はANAの機内食で〆ることになってしまいました。
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もうじき日本。おいしいものが待ってるぞ〜! ともあれ、危険な目にも会わず、元気に帰国でき、めでたしめでたし〜なのでした。
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