2014/12/30 - 2014/12/30
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ソフィさん
2014年12月30日(火)伊勢4 参詣は信仰と癒しと遊びだった
おはらい町に入ろうとすると、人の流れにぶつかった。
それは単に流れというものでなく、奔流と言おうか、いや勾配の緩やかな滝かも知れない。
大阪の心斎橋筋や、京都の新京極以上の勢いである。
しかし、ふと気が付くと、これだけの混雑なのに、どこにもトラブルの気配がない。
各人が穏やかな、温かい雰囲気を持っている。
こんな不思議な人の怒涛は、私が今まで見てきた世界五十数か国では、一度も経験しなかった気がする。
神宮の境内では、どこか身の引き締まるものを感じる。
神域といった言葉が、ぴったりだ。
このような、自然や庭から受ける神聖な感じも、世界に思い当たらないものだ。
おはらい町を歩く人にも、神域の影響があるのだろう。
こうした人間の変化は、ここに限ったものではなく、まちまちな濃度で薄れこそすれ、日本の国全体に及んでいるのだろう。
しからばこれを世界に及ぼすことができないものだろうか。
おはらい町は、もともと門前町として自然発生したものだろうが、最近になって往時の雰囲気を取り戻そうと、沿道の建物を昔の形にし始めた。
新たに「おかげ横丁」を開発し、寄席も作って、賑わいの重層化に成功した。
その努力は実り始め、いくら今日のように混雑していても、昔の道を歩いているような雰囲気を感じる。
建物や道の復古努力だけでなく、各商店も商品の質を高め、同時に地方の個性を出そうと努力が見られる。
もっとも昔でもピークには、道は大混雑したようだ。
1771年の記録では、通行人が多くて道の横断ができなかった。
江戸時代の伊勢詣では、社会勉強や遊びも兼ねていた。
遊女が参詣客を男にしたとの記録も残されている。
親や雇用主に黙って伊勢詣でが許された「抜け参り」もあった。
その背景に、沿道の「施し」を忘れてはならない。
柄杓を腰に挿しただけで通行手形に代わったこともあった。
「エージャナイカ」と囃し合いながら歩いた記録も残っている。
おかげ横丁の出口で「にゅうめん」で腹ごしらえする。
赤福餅を三つも食べたのちの過食を懸念しながら・・・。
この店はもともと甘味茶屋だったが、「にゅうめん」も加え、さらにこの日から地酒も売り始めた。
歴史ある伊勢神宮は変貌し、発展しつつある。
神を考え、人を考え・・・。
充実した一日が終わった。
2015.1.7片瀬貴文記
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ショッピング
- 4.0
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