2014/06/25 - 2014/06/25
48位(同エリア83件中)
junemayさん
- junemayさんTOP
- 旅行記226冊
- クチコミ42件
- Q&A回答0件
- 191,567アクセス
- フォロワー41人
個人旅行は何度も経験済みですが、海外の一人旅は久々。友人からフランスのトゥールーズから1時間位の距離にあるロット川のクルーズに誘われたのをきっかけに、その前後にイタリア、スペインを旅しようと計画したのが今回のたび。どこを歩くかは余り深く考えないで、大雑把な計画と宿泊先だけを決めていざ出陣です。スーツケースをなるべく持たなくて良いよう、駅近の安いホテルにこだわりました。ガイドブックも必要な分だけコピーして、途中で捨てられるよう準備。衣類も最低限に抑えたつもりでしたが、旅行中毎日快晴に恵まれたため、結果的には無駄な衣類が随分と出ました。昼はともかく、夜一人でレストランに入る勇気がないため、簡易クッカーを購入。スーパーで購入した食料で自炊もしました。好きな場所に好きなだけいたいという希望が叶った1ヶ月のたびとなりました。
日程表
6月3日(火) 羽田→フランクフルト→ベネチア
6月4日(水) ベネチア
6月5日(木) ベネチア
6月6日(金) ベネチア→フレンツェ
6月7日(土) フィレンツェ→シエナ→サンジミニャーノ→フィレンツェ
6月8日(日) フィレンツェ
6月9日(月) フィレンツェ
6月10日(火) フィレンツェ→ルッカ→ピサ→ラスペチア
6月11日(水) ラスペチア→チンクエテッレ→ラスペチア→ポルトベーネレ→ラスペチア
6月12日(木) ラスペチア→サンレモ
6月13日(金) サンレモ→ベンティミッリヤ→サンレモ
6月14日(土) サンレモ→ニース→トゥールーズ
6月15日(日) トゥールーズ→アルビ→コルドシュルシエル→アルビ近郊
6月16日(月) アルビ近郊→カオール→船旅開始(Le Lot)
6月17日(火) 船中泊(Le Lot)
6月18日(水) 船中泊(Le Lot)
6月19日(木) 船中泊(Le Lot)
6月20日(金) 船中泊(Le Lot)
6月21日(土) ラロックデザルクス→フィジャック→ロカマドール
6月22日(日) ロカマドール→フィジャック→カオール
6月23日(月) カオール→トゥールーズ→フィゲレス
6月24日(火) フィゲレス→カダケス→フィゲレス
6月25日(水) フィゲレス→ファルサ→プボル→ジローナ→フィゲレス
6月26日(木) フィゲレス→バルセロナ
6月27日(金) バルセロナ
6月28日(土) バルセロナ→モンセラ→バルセロナ
6月29日(日) バルセロナ
6月30日(月) バルセロナ→フランクフルト→
7月1日(火) →羽田
86段の石段を踏みしめて、上っていったサンタ・マリア・デ・ジローナ大聖堂でしたが、聖堂内は殺風景だという噂だし、何よりもお宝が撮影禁止というので、気持ちが萎えてしまって、外に出てきてしまいました。高いところに建つ、威風堂々の大聖堂。外から見るだけでも満足です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
大聖堂の石段上からの景色を楽しみます。大聖堂の次に高い塔が目立つサン・フェリウ教会Collegiate Church of Saint Feliuはジローナの守護聖人ナルシスが祭られている教会です。後で行ってみよおっと。
その手前にある屋根の上には、なにやら人影が・・・ -
イチオシ
ラッパを吹いている兵隊さんの風見鶏でした。一本足だよ!
これ、結構お気に入りです。 -
もう一度360年もかかったファサードの彫像達を見上げてと・・・
-
周囲をきょろきょろ。目に付いたものを撮り捲ったみたいです。
なにせ、どちらに行くにも坂しかありません。車でここには来られませんね。右は階段、左は進入禁止。一体どうするんじゃあ! -
大聖堂の石段を上ったら右手に進んだところにある広場で一息入れます。ここからだと、大聖堂の鐘楼と東の入口、そしてバットレスのある壁が見えます。それにしても大きいです。写真じゃあこの大きさは伝えられません。
-
一休みした後で、大聖堂の裏のほうにも道が続いていたので、アーチをくぐって更に進むことにしました。
-
大聖堂の北側部分をぐるりと廻っていくと・・・
-
おお〜、更に道は高いほうに続いています。左の壁は、カロリング朝時代の城壁かなあ・・・ジローナをイスラム勢力から奪還したのは、722年から始まったレコンキスタ運動の初期の時代のことです。フランク王国の二番目の王朝がカロリング朝、西暦751年に出来た王朝です。レコンキスタは1492年、グラナダ陥落によって終わりを告げるのですが、こんな昔の歴史は忘却のかなた・・・・
-
随分と上ってきましたよ。城壁からの眺め、町とは反対の方角だけれど、気持ち良いです。よく見ると、画面中央あたりにも、別の城壁が山に向かって作られているのがわかります。
-
城壁を歩いていると時間がかかりそうなので、途中で降りることにしました。
-
案内板が極端に少ないのでご注意。どこに通じる階段なのか・・・行ってみないとわかりません。城壁のそばにフランス庭園とか、ドイツ庭園といった庭があると地図には出ていたのですが、アップダウンを繰り返しているうちに、方向がわからなくなってしまいました。
-
ようやく大聖堂の裏に帰ってきました。ここではたと気がつきました。鐘楼は二つあったんですね。画面左側は18世紀の建造。右側はロマネスク時代の鐘楼。中方立て窓がチラッと見えますね。この塔はシャルルマーニュ塔と呼ばれているそうです。
高いほうの塔の上に人影発見!、いや天使でした。こちらは、風見鶏ではありませんよね。 -
別の道を辿ろうと思ったのですが、城壁に阻まれて、結局元の大聖堂のある場所に戻ってきてしまいました。これから、町の西側をもう少し歩いてみようと思います。
-
大聖堂広場からフォルサ通りCarrer de la Forçahを更に西へ進み、修復ほやほやのような城門をくぐると・・・
-
サン・フェリウ教会の裏にぶち当たります。手前の城壁は、ローマ時代の城壁だそうです。
-
サン・フェリウ教会の向かいにあったサン・ルカ教会La església de Sant Llucの壁に、「マナスジローナの展示会 入場無料」という紙が貼ってあったのでお邪魔することにしました。教会は1729年建造。
-
わおぅ! これは何?
鎧、甲冑、やり等がずらりと並んでいるのは圧巻でした。どうやら、復活祭の前の1週間(Holy Week)にジローナで行われるel castrum dels Manaies de Gironaというお祭りのときに身に着ける衣装のようです。1751年から続いているお祭りのようです。しかし、教会の中とは思えない光景ですねえ。 -
高低差の激しい道を更に進んでいくと・・・
-
12世紀建造のアラブ浴場に到着です。
これと似たような施設は、スペインでは以前ロンダとグラナダで見ているのですが、何故か「浴場」を見ると、惹きつけられてしまいます。 -
まあ、物は試しと入ってみることにしました。
ウィキペディアによると・・・
フランク王国カロリング朝は785年頃からイベリア半島に侵攻。ジローナを攻略してスペイン攻略の橋頭堡としました。フランク軍はその後も南下を続け、801年にはバルセロナを攻略。ムーア人勢力の後ウマイヤ軍の迎撃によって間もなく侵攻は停止しましたが、獲得したバルセロナはその後のフランク軍の軍事拠点となりました。865年、フランクはバルセロナ伯を置いて、カタルーニャを統治させました。
とあります。
となると、12世紀にはこの地にはムーア人勢力はいなかったはず、と思うのですが、この浴場は一体どなたが作ったのでしょうか???
どうやら、アラブ人(ムーア人)が作ったものではなく、後世の地元の方々がアラブ人の浴場を真似て作ったというのが真相みたいです。
な〜んだ! -
建築様式は、ロマネスク様式のアラブ浴場なのだそうで、もうどんどん、頭の中が混乱してきました。ローマ風呂なのか、アラブ風呂なのか 訳わかりません。
現在は観光名所となっているこの浴場は、1194年にオープンし、15世紀に一旦廃業しましたが、1617年以降はカプチン会女子修道院に統合され、1929年になってから、公的機関が管理するようになりました。 -
こちらは、入口の横にある脱衣場apodyteriumです。脱衣場の隣には、コールドルームfrigidarium、その隣にはウォーム・ルームtepidarium 、そしてホット・ルーム caldarium があり、その横にはかまどが設置されていました。
-
コールド・ルームの八角形をした水風呂です。まずコールド・ルームで冷水を浴びるんですな。
-
周りの8本の円柱がそれはそれは美しい!!
-
この形状を見ると、水風呂に浸かるというよりは、体に水をかける場所というイメージですねえ。
-
続いてのお部屋。これがウォーム・ルームだったかな? 記憶が定かではありません。
-
ホット・ルームは、今で言うスチーム・サウナのようなものだったと思われます。
-
かまぼこ型の屋根には、お馴染みの星型の明かり取りの窓が開いています。
-
こちらが、多分、かまどの焚口でしょう。
-
あっという間に外に出て来てしまいました。この後は、階段を上ったところに、上から浴場を見下ろすことの出来る見学通路が設けられています。
しかし、見事な石組みの建築ですね。 -
見学通路を上ってきました。手前からかまぼこ型の屋根のcaldarium、中央のtepidarium、そして一番奥に見えるのが八角形の水風呂のあるfrigidariumの天井と塔です。
-
後方には、サン・フェリウ教会の純白の塔がそびえていました。
-
この八角形の塔とそれを支える円柱を見ただけでも、良しとしましょう。ここまで来たら、柱頭飾りが一つ一つ違っていることが確認出来ました。
-
内部の水風呂の柱頭デザインとも違っていましたね。
最後まで、誰が、何のために作ったのかよくわかりませんでしたが、アラブ浴場はこれにて終了です。 -
アラブ浴場の先を、もう少し歩いてみましょう。階段を下っていくと、殆んど水のない川岸に出ます。
-
対岸にあったのが、考古学博物館museo de arqueologia。サン・ペレ・デ・ガリガント教会と同じ敷地に建っていました。この時は訪問するつもりは全くなかったのですが、今調べてみると、素晴らしい回廊や柱頭のコレクションがあって、今更ですが、心惹かれるものを感じました。
-
再び、サン・フェリウ教会周辺に戻ってきました。カタルーニャの旗が唯一色を提供しています。
階段というのか坂道というのか、まことに悩ましい道が奥の教会まで続いていました。 -
サン・フェリウ教会の塔の真下までやってきました。非常に変わった形の鐘楼で、真下から撮ると大変迫力があります。
-
表に廻ってもう一度全景を収めようとしましたが、大きすぎて無理!
-
ここまで下がって、ようやく全景が入りました。まるで要塞か城のような外観です。
10世紀になるまで、ジローナの大聖堂だったこの教会は、内部の後陣はロマネスク、身廊はゴシック、ファサードはバロックと様々な様式の集合体です。スレンダーで力強い鐘楼は14世紀〜16世紀にかけての建造。
教会は聖人ナルシスSt. Narcisusに捧げられていますが、この聖人は別名蝿の聖人と呼ばれています。1285年のフランス軍の襲撃の際に、聖人ナルシスの墓から大量の蝿が出てきて、フランス軍を撃退するという「奇跡」が起こったのだそうです。数ある聖人の話を聞きましたが、蝿を操った聖人の話は初めてです。 -
サン・フェリウ教会傍の広場には、もう一つ面白いものがありました。
ロマネスクの柱に上っているというか、しがみついたやや貧弱な動物、一体何だと思われますか?
実は、これライオンなのだそうです。思うに、一度もライオンを見たことがない人が作ったに違いありません。 -
「ライオンの像のお尻にキスするまでは、あなたはジローナの住人になれない。」
"you can't be resident in Girona until you've kissed the backside of the lioness"
元々は、人通りの多いこの辺りに、11世紀からあったライオン・ホテルHostal de la Lleona のために作られた彫刻と言われています。ライオンが地上からあまり高くない場所にいたこともあり、ライオンに触ろうとした人達が柱に上り、タッチしたりキスしたりを繰り返しているうちに、いつしか旅人や市への転入者の間で儀式化し、上記のような伝説が生まれたのだそうです。しかも、雄ライオンであるにもかかわらず、いつの間にか雌になってしまったのだそう。
1986年、ライオンは生まれ変わり、元いた場所からすぐの今の広場に引っ越してきました。「儀式」を行いやすくするため、新しい柱にはステップがついています。オリジナルは現在、市美術館にあるそうです。
粋な計らいですね! -
ジローナに来てから、何回目の階段かしら? 階段自体は緩やかで、上り下りに苦労することはありません。
-
この辺りの壁 というか建物は、ローマ時代の壁の一部だと書かれていました。ジローナはローマ人が作った町。今でも当たり前のように使われていることに驚きを禁じえません。
-
帰り道に見たSpaの広告。ドクター・フィッシュ。小さな魚が悪いところをツンツンとつついてくれるというのは、東南アジアで見たことがあるけれど、スペインにもこんなスパがあるんですね。
-
ジローナで最後に寄りたかったカサ・マソは、残念ながらもう閉館していました。
ラファエル・マソは19世紀から20世紀にかけてのカタルーニャが生んだ偉大な建築家の一人。彼の作った代表作の一つがここカサ・マソです。この建物は、彼の生家であると同時に、オニャール川沿いの有名な美しい建物の中で、唯一一般公開しているものだったのです。 -
マソは、生涯の殆んどをここジローナで過ごしたため、彼の作品は市内に多く残されています。室内を覗き込みましたが、チラッと見えたのは、カサ・マソの平面図だけ。
内部は、外からは想像できないくらい広いことがわかりました。 -
仕方がない、オニャール川にかかるサン・アグスティ橋の上から、せめてものカサ・マソを撮ります。
中央よりやや左よりのオレンジ色の日除けが沢山ぶら下がっている白い建物がカサ・マソです。いわゆるモデルニスモとは少し違うかもしれないけれど、バルセロナに行く前にみておきたかったので、残念でした。 -
対岸も美しい家並みですが、どちらかと言えば、北岸に軍配があがりますね。
-
橋の反対側に行き、下流方面の北岸を撮りました。こちらも美しい家並みが続いています。
そして、注目は川にかかる赤い鉄橋。あれは、エッフェル塔を作ったエッフェルGustave Eiffel が作った橋なのです。正確に言えば、エッフェル塔よりこちらが先です。歩行者専用の小さな橋で、古い魚屋橋 Pont de les Peixateries Vellesと呼ばれています。 -
イチオシ
サン・アグスティ橋を殆んど渡り終える頃に、この位置からのショットが一番だと確信しました。二つの教会の塔にカサ・マソ、そして、歴史博物館に翻るカタルーニャの旗! 完璧ですねえ。
-
サン・アグスティ橋を渡るとすぐにあるのが独立広場。ジローナの独立広場は、1808年から1814年のフランスのナポレオン軍との闘いに勝利したことを記念した広場です。
広場の周りには、カフェやレストランが立ち並び、夜はとても賑わいそうです。 -
いつかカタルーニャ独立の広場になるのかなあ・・・ちょっと複雑です。
-
駅までゆっくり歩いて20分くらい。途中で見かけたピンクの壁が美しい建物です。
-
そして、こちらは、ホアン・ブルグエラという学校の建物。色タイルとレンガの配列に遊び心が感じられます。
-
ようやく駅まで戻ってきたら、旧市街行きの電動汽車とすれ違い。またまた乗るチャンスを逸してしまいました。
-
昨日のカダケス、そして今日のプボルでお世話になったSarfaのバスが駅前に停まっていました。
-
さて、帰りに乗った列車は通勤電車のような近郊型車両。明日、バルセロナに移動するには、やはり朝乗った列車が良さそうです。
-
フィゲレスの宿に戻って一休み。今日はよく歩きました。流石にぐったり!
そういえば、まだ宿の写真を撮っていなかったことを思い出して1枚。ホステル・バルティス。安宿でしたが、綺麗で安全で、親切な主人のトニーとおかみさんが経営しているBarは、いつも満員。居心地の良い宿でした。 -
バスタブはありませんが、夏のたびなら十分です。今日は早めに寝るとしましょう。
明日はいよいよ、今回のたびの最終目的地バルセロナ。この続きは、イタリア、フランス、スペイン勝手気ままな町歩きのたび その60 バルセロナ(1)で。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
ジローナ(スペイン) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
60