2014/12/04 - 2014/12/04
345位(同エリア971件中)
belleduneさん
- belleduneさんTOP
- 旅行記839冊
- クチコミ134件
- Q&A回答177件
- 1,379,405アクセス
- フォロワー62人
神戸にいる間に甲子園会館を見学したいと思い、見学を申し込んでいましたが、当日は生憎の雨。肌寒い雨が降る中、阪神甲子園駅からバスに10分乗り、バス停から歩いて、4、5分で甲子園会館に到着しました。昭和5年竣工の旧甲子園ホテルで、設計はフランク・ロイド・ライトの愛弟子、遠藤新です。当時、帝国ホテルのマネージャーで、ホテル界の第一人者と言われた林愛作の理想に基づいて計画されました。「東の帝国ホテル、西の甲子園ホテル」と並び称されて、皇族、政財界人、上級軍人などの社交場となっていたそうです。最初は、もっと海岸に近い場所が予定されていましたが、遠藤新は甲子園に来て、実際に景色を目の当たりにし、大阪と神戸の中間点という地の利の良さを考慮して、海岸近くより鉄道路線に近いこの場所に決定したと伺いました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 交通手段
- 高速・路線バス JALグループ 私鉄 徒歩
PR
-
正面玄関の両脇に聳える塔が特徴的です。
-
門を入って右手に大きな楠は元々ここにあったものです。
-
向かって左翼棟
-
正面玄関中央は回転ドアで左右に扉があります。
-
こちらが向かって右翼棟
-
玄関前の車寄せから右翼棟を見たところです。
-
玄関上の縁飾りのデザイン
-
玄関から左翼棟を見たところです。
-
中央の回転ドア
-
回転ドアには日本語で「おす」とありますが
-
両サイドのドアには英語で「push」と書いてありました。ちょっと暈けていて見えないかもしれません。
-
入って数段上ったメインロビーから玄関を見たところです。竣工当時は壁になっていて、こういうオープンスペースにはなってなかったそうです。
-
エントランス脇のクローク。ここで映画「ALWAYS 三丁目の夕日」のロケが行われました。私はまだ見ていないので、お正月に見るつもりです。
-
エントランスから左右に延びる廊下
-
1階の見取り図です。
-
東翼棟からエントランス方向を見たところです。
-
柱の照明器具も全て竣工当時の姿です。
-
エントランス横の現在、事務所として使われている部屋のガラスが素敵です。左右2枚ありますが、左側が少し大きい長方形となっていて、勿論デザインもほんの少し違っています。
-
銀の丸の上にある逆三角形の数が、この小さなガラス窓と左の大きなガラス窓とは、異なっています。
-
-
事務室の内部からガラスを見させて頂きました。凹凸が良く分かります。
-
-
女子トイレの内部ですが、このタイルは、新しく焼いたものです。
-
甲子園ホテルだった時代には、大きな池がありました。現在の池とは全く比べものにはなりません。昭和19年にアメリカ軍の海軍病院として接収されましたが、翌年、終戦後は米進駐軍の将校宿舎、クラブに使用されました。昭和32年、米軍引き揚げ後は、大蔵省の管轄となりました。
-
昭和40年、武庫川女子大学が譲り受けた時の写真です。これから、復元改工事が始まりました。
-
1階ロビー横の廊下にある噴水
-
その上部の照明器具
-
1階ロビー横にある噴水には、シンボルの打ち出の小槌の文様が刻まれています。
-
打ち出の小槌だらけのレリーフ
-
この噴水に光が当たるように計算されて開けられた小窓
-
太陽光が低くなる冬の時期だけですが、この写真のように噴水に光が当たります。今日は生憎の天候で、太陽は出ていませんが、もし、お天気だったら...
-
1階廊下から見た噴水と旧支配人室
-
5段下りたところにある部屋は現在、資料を展示してだけの部屋となっていますが、ホテル時代には支配人室だったそうです。これは暖炉です。
-
-
-
ホテルには当時の資料が残っていなくて、この甲子園ホテルのパンフレットは嘗ての従業員が持っていたものだそうです。
-
これもそうです。
-
ホテル当時使われていた食器、グラス類には、甲子園ホテルのマークが入っていました。
-
西翼棟の大ホールへ
-
廊下から階段を数段下りるのですが、下りる前に目に付くのがこのシンボルマーク・打ち出の小槌です。
-
-
-
大ホールの中央の天井は、採光を考えた光天井になっていて、市松格子の障子が使われています。
-
-
-
素焼きタイルの壁と日華石の組み合わせ
-
西ホールでは、舞踏会などが開かれました。オーケストラボックスは、ホール2階にあるボックスで弾いたということです。山田耕筰(作曲家)がオーケストラを指揮したこともありました。
-
正面上に見えるところが所謂オーケストラボックスです。後で、2階から下りる時に
そこを通りましたが、弦楽器を弾くとなると少人数の編成だったと思われます。 -
今日は雨でしたが、お天気が良いとこのホールは、ライトなしで、明るいんでしょうね。
-
-
隅の方には装飾がたくさん付いているので、背の高い人は気を付けないと頭をぶつけそうです。
-
梁があるので、その南側は、四角い光天井に市松格子の障子です。
-
-
-
-
この西ホールには各窓の下に暖房が取り付けてあります。
-
-
窓ガラス上部はまだ昔のガラスでした。これが割れてしまうと、もう昔の歪みのあるガラスはありません。
-
まだ雨が降っていましたが、大ホールの南側の大扉を開けて庭に出ました。
-
-
建物外部に取り付けられたアールデコ文様の彫刻は大扉の反対側にも取り付けられています。左奥に窓ガラスが嵌め込まれていて、採光が考慮されています。
-
写真の四角い中央部分の口から、当時は水が流れるようになっていました。
-
-
-
-
庭の眺め
-
-
こちらが反対側の壁面彫刻ですが、アールデコ文様は異なっています。
-
庇部分に取り付けられている照明
-
ロビーに展示してあった当時の天井照明用グローブ
-
庇から身を乗り出してみると、西翼棟の2階の庇が長く張り出しているのが分かります。
-
大ホールの南側の出入り口は上部もガラスになっています。
-
-
先程外から見アールデコ文様の壁面彫刻があった建物内部で、脇のガラス部分がこちらから見るとこうなっています。晴れているともっと良く分かると思います。
-
大ホールの窓周りの天井も光り天井で市松格子の障子が嵌め込まれています。
-
窓からロビー方向を見上げたところです。両翼の大ホールが1階廊下部分より大分下がって設計されています。高さのバランスでしょうか。
-
ホールに戻って来ました。今はオープンになっていますが、竣工時は壁になっていたそうです。
-
大きなガラス扉が4ヵ所あり、とても開放的なパブリックスペースになっています。
-
ここにも南側からの太陽光を利用した小窓がありました。この窓から入った光線が各シャンデリアに当たるようになっています。
-
右は日華石で、石川県小松で産出する流紋岩質溶結灰岩。。通気性が良く、耐火性が強い軟石で、加工し易いため、国会議事堂の内装材や平城京跡の復元工事にも使用されているそうです。赤、白、青の3色があり、温もりのある色味が特徴となっています。レリーフ、庇、列柱、階段、幅木などに赤石が使われています。左は、竜山石で、高砂市宝殿周辺に産出する流紋岩質容結凝灰岩。割れ難く、加工し易い特質のため、古代より石棺材に使用されていました。黄色、赤、青の3色があります。ここでは、補修石材として部分的に黄竜石を使用しているそうです。
-
勿論、このロビーにも暖房設備があります。
-
カバーを上げて、見せてくださいました。
-
2階からロビーを見下ろせるようになっています。
-
甲子園ホテル時代のロビーの様子
-
-
エントランスを入ると、明るく、開放的なロビーを通して、庭の木々が目に入ります。素敵な眺めです。
-
ロビーの出入り口からテラスに出てみます。
-
レリーフテラコッタが雨に濡れて美しい。
-
ロビー横の東翼方向にある小部屋です。西翼棟方向にあった小部屋の暖炉とは形が少し異なっています。
-
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
belleduneさんの関連旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
90