2014/05/21 - 2014/05/21
3位(同エリア6件中)
さんしぇさん
またまたルーヴシエンヌ。
前年、完遂せず仕舞いだったピサロの絵画板探しをすれば、それは並行して当地の遺構「マシンの道」を辿る事になります。
昨日の水道橋の源、セーヌ河畔にあったと言う水揚施設跡に、ルイ14世を偲びました。
今日のメニュー
・まずは、ピサロの宿題果たさなきゃ
・マシンの道を愛でるのは、ピサロにシスレー
・波乱万丈つるっつるな傾斜道
・セーヌ河畔、マシンの跡地に憩うのは
・川の堰、エクリューズなるもの
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
“アパルトマンの・・”とタイトルする割にちっともそれらしい事に触れない拙記事。
ここらで、日常感ありありの食事模様でも上げてみますと。
今朝も、いつも通りいそいそとバゲット半分を買ってきました。
アパルトマン至近の名も無いパン屋さん、ここのバゲットが美味しいの。
国民主食のバゲット、それがどこの街角のご大層でないパン屋でも水準以上のが
手に入る、それが当たり前なフランス。
そのまた半分を朝ご飯にして。 -
お昼用にサンドイッチ、そしてポットにコーヒーを詰めたら準備万端。
今日も昨日と同じ、ルーヴシエンヌまでまずは。 -
同じく、サン=ラザール駅始発。
-
今日は一番西外れの1番線ホームからの発車です。
サン ラザール駅 駅
-
今日は、昨日と反対側の方向、線路高架を潜り絵画板を辿ります。
-
ヴェルサイユ通りと並行したサン・マルタン通りへやって来ました。
前年は、表のヴェルサイユ通りでぷっつりと終わってしまい、ここからがその続きです。
既に4トラのwizさんが踏破されていて、とても懇切な紀行を残しておいでなので、私は
緩〜くどこかお気楽に書き留めていきます。
因みに、このどこまでも続きそうなアヴェニューのずっと先がマルリ公園、反対の今立っている
背中側がヴォワザン通りへ繋がります。 -
「ヴォワザン村の入り口」1872 ピサロ
このアングルだと、街路樹の連なりが・・。
上の画像の方がまだ絵の風情に近いでしょうか。
この同じ通りに、さほど探すでもなく、見っけ。 -
「マルリーの水道橋」1874 シスレー
木々が大きく茂り過ぎて視界を遮ってしまっています。
この自然満々な中に巨大な人工物が覗いたら、当時も今もさぞ壮観でしょうね。 -
「ルーヴシエンヌ、1本の村の道」1871 ピサロ
-
「ヴェルサイユの道」1895 ルノワール
さっきのサン・マルタン通りの一筋西のバス通り。
名前の通り、手前側真っ直ぐ行けばやがてヴェルサイユ宮です。
先年やって来て辿り損ねた「ピサロの道」(注:ピサロだけでなく同じ地域で
描いたシスレーやルノワールなど他の画家の作品もラインナップされています。)の続き。
既に絵画板を何点も見つけてとても嬉しい私です。
ピサロの道(実際は、この界隈はシスレーが多いですが。)まだまだ続きます。 -
さて、いよいよ「マシンの道」の入り口です。
このお屋敷、かのデュ・バリー夫人(ルイ15世の愛娼)が、15世の亡くなった後の20余年、
断頭台の露と消えるまでを過ごした館。マダム デュ バリー城 城・宮殿
-
館の来歴が刻まれた銘盤。
Pavillon des Eaux (水の館)は、長くルイ14世とモンテスパン侯爵夫人(昨日のドニ美術館のかつての持ち主)の所有で、多くの貴顕の手から手へと貸し出ししてたんでしょうか。
その水の館を、アルノー・ドゥ・ヴィルと言う水揚マシンの設置の為にはるかベルギーから
招いた技術者に住まいとして貸与しています。
「水の館」の名称は、マシン造りから来ているものかもしれませんね。
そしてその後、件の夫人の館へと落着きます。 -
「ルーヴシエンヌ ヴォワザン」1872 ピサロ
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「ルーヴシエンヌ、マシンの道」1873 シスレー
緑のこぼれんばかりの今の季節は、絵のように麓が見通せるような風情では全くありません。
右手に見えている瀟洒なお館は。 -
ここまで40mほど塀に沿ってやって来ました。
美しい佇まいのここも館の一部です。 -
“デュ・バリー夫人(ここでは“公爵夫人”とあります。)の音楽館”
デュ・バリー城、主亡き後、日本人に売却され荒廃するも、現在は音楽館として年数回
公開されているとか。
通り過ぎた辺りに、草むらから覗く何やら。 -
このパイプ状のしろもの、どうやら水道管?
ひょっとして水道橋へ繋がる給水管かしら? -
例の“自然道”のご案内看板がここにも。
-
先日も見かけた“自然道”の道しるべ二つ。
ん?テーブルオリエンテーションって?
この後、小高い見晴台みたいなのがあるけど、それかしら。
併せて下の矢印では、セーヌ河畔へはこちら、と。 -
石畳続き、眼下には肝心なセーヌは見えませんが、方向からするとセーヌ右岸の街々です。
で、このマシンの道の“マシン”なるもの、案内板には。 -
マシンとは、セーヌに面した取水・揚水機構を言い、ここから昨日見た水道橋までを結んで
マシンの道と。
最上部に水道橋、駐留なんたらは私の勝手意訳ですが、位置からしてさっきのデュ・バリー城に
近いんですね。
と言うか、お城はまんま設備の真っ只中に建っていて、何でも水を汲み上げる水車の音が
“咆哮”と言われるほど凄まじかったらしく、マダム・デュ・バリーには、日々かれこれ煩かったんではないかしら -
-
で、ご案内ありがたく更に先に進むのですが、この石畳、これが実はクセモノ、
後に脅威となるのですが、今はまだ・・。 -
おやぁ。
-
「ルーヴシエンヌ、マルリーの丘」1873 シスレー
ここには、廃屋が今だに廃れた姿のままに在るのですが、さっき見た案内板の位置からしても
往事の鉄工所(こうして見ると鍛冶屋ですが。)に違いなく、絵画板にもそう触れてありました。
シスレーは、このマシンの道をセーヌまで降りては又登り、もやった景色や、静けさの中生い茂った植物の佇まいなど、恰好な絵の題材とした、とあります。
今この場所をシスレーその人が行き来をしていた実感が込み上げて来た瞬間でした。 -
さて、道は俄かに傾斜がきつくなって、雨に濡れた石畳の恐ろしさたるや・・。
奇しくも、wizさんも雨の中を行かれたと。
つくづく怖かったですね・・。(涙) -
因みに矢印が鉄工所の位置、この勾配を降りたと後から知りました、後からで良かった・・。
もっとも、ここまでの急坂では無かったとは思います。
なるべく土の見えるところを踏んでいくのだけれど、涙目でしたホント。 -
とまぁ、一人でわあわあ言いつつも、向こうにはセーヌが。
目の前の景色の美しさに慰められながら、下界到着。 -
いやぁおもろかった〜。(汗)
-
今しがた難行苦行した急坂を振り返りますと。
-
この麓に開くゲート、ここです。(実際はこのゲートは閉じられたまんま保存され、
新たに向って右隣に開口部が開けられていて、それが上の画像です。)
丘の頂上に聳える水道橋、壮大ですねぇ!
因みに地名、この辺り込み合ってまして、水道橋の建つ辺りは、マルリー・ル・ロワ、
そして中腹部から麓近くがルーヴシエンヌ、今立っているセーヌ河畔はブージヴァルと
往事は判りませんが、少なくとも絵画の描かれた頃には、一連の施設は三つの地域に
亘っていました -
もう少し舞台裏を覗き見させて頂きますと。
お〜、のたうつ給水管。
上で見かけたパイプは、やはりここからの延長でした。 -
「サンジェルマンからマルリーへの道」1872 シスレー
-
建物の佇まい、あんまり変わってないみたい。 -
ん?
ガチョウのご夫妻?
絵をそっちのけ、後を付いて行けば。 -
ガチョウのご一家いたぁ。
-
ヒナ達にランチのパン屑をお裾分け、お〜い、ヒナにだってば。
-
そお〜っと。
-
和んだ〜、ありがとう。
-
-
この畔には、ブージヴァル市の後押しする絵画板、趣が異なりますね。
-
「マルリーのマシン」1873 シスレー
-
あいにく画のような施設は跡形も無く。
-
かつて、すさまじい轟音を発しつつ操業していたと言う、12mの直径14基あった水車は、
シスレーの描いた頃にすら既に無く、川の中洲に僅かばかりの堰の跡。 -
マシンの跡地と思しい辺りには、今は小さくて美しい公園が。
-
「マルリーのマシンの堰」1876 シスレー
-
堰き止められて泡立つような水流の様子が描かれています。
-
この案内版の挿絵・・。
-
シスレーが描いたのはこの施設ですね。
-
-
こちらは、使われることの無いまま、かと言ってきっちり保存されている風でもなく
残っています。 -
さて、続いて中洲のロジュ島へ渡ります。
と言うのは、先端にもう一つシスレーがあるそうですので。 -
橋の半ばから。
今日は、マシンの道を歩き始めた頃から断続的に雨が降り、お天道さんは厚い雲の向こう。
ピクニックを諦めて、持参のサンドイッチは傘の中で頬ばるとしましょう。 -
ロジュ島に渡ってすぐ大きな看板。
-
この画像をお借りしてルートを描いてみました。
赤い点が絵画板の置かれた地点。(ブージヴァル市のは省略) -
このエクリューズ(堰・水門)と言う施設、セーヌ川流域ではおよそ20箇所もあるらしく
船の規模に応じて3箇所の堰に誘導して時間を見計らって順次出帆させていました。
今一つ理解が及ばないのですが、川の水深に拠り3つの水路が設けられている様でした。 -
これが最も古くから稼動している3番堰。
-
「ブージヴァルの船の水門」1873 シスレー オルセー所蔵
やって来ました、ロジュ島のほぼ突端。
さっきのエクリューズの最も東の3番堰だけが、シスレーの描いた30年も前から稼動して
いて、後の2つはその10数年後に加わったと言う事のようです。 -
この先がパリ方面。
川はぐっと左に蛇行、その先は先年歩いた“モネの道”の辺り。
これから、そのモネの道の近くで一つ見たいものがあります。 -
橋から眺める、マシンの丘一帯。
-
バスで行けば2停先なので歩き出したところ、折りよくやって来たので飛び乗って
1停だけ運ばれました。
6,7停先にナポレオンとジョゼフィーヌゆかりのマルメゾン城があります。
因みにこのバスの行きかうレヌカン・スアレム通り、マシン設置の際にベルギーから
招聘した職人集団の親方の名前からの命名です。
また同様に招かれた、先ほどのデュ・バリー城の前身「水の館」に住まいを与えられた
アルノー、こちらは職人ではなく、水利に明るい技術者であり弁護士だったといいます。
さて、セーヌに架かるブージヴァル橋にやって来ました。
この橋が面白いのは、川の半ばまではブージヴァル橋、その先は対岸の名前でクロワッシーに変わります。
先年は、そのクロワッシー橋を行って帰りました。
さて探し物は、確か橋から程無かったはず。
4トラのコクリコさん、ブージヴァル橋を渡って後、見つけたとの仰せだったけれど・・。 -
あったぁ、ようこそブージヴァル市へ、と言わんばかりに。
ルノワール描いた「ブージヴァルのダンス」昨年名古屋の“光の賛歌”展でまみえたところです。
絵画の生まれた現場を追っかけする内に、描かれた当時に思いを馳せるきっかけを頂いて
今日もおもしろかった。
印象派画家の皆さま、ありがとう〜。
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この旅行記へのコメント (4)
-
- コクリコさん 2014/10/09 17:06:29
- ハラハラしながら懐かしがっている私
- さんしぇさん、こんにちは、
wizさんは今日出発されましたよね。
短期間のパリ滞在とのことですが、ぎゅっとエキスが凝縮された旅になりそうですね。
旅行記のっけから「マルリーのマシンの堰」(シスレー)の絵看板のある小さな公園の写真。
うわ〜〜懐かしいです。
あの場所にお互い立ってシスレーと一緒にセーヌを眺めたのですね。
同じ道を歩きながら、それでもお互い(wizさんも含めて)違う道も歩き、それでも見足りないという。
それほど広範囲ではないけれどひとつひとつ確かめながら歩くと時間かかりますよね。
ルーヴシエンヌはなかなか良い町ったのに時間がなくてあまり見られなかったのは心残りですけれど、パリから近いし年とっても行けそう〜なんて先延ばし。
デュ・バリー夫人の館の辺りもまだ歩いていないし、ロジュ島も未踏。
例のwizさんも歩かれたセーヌ川への下り坂(シスレーの絵の坂道)もまだですが、さんしぇさんも滑りながら下ったのですね。
雨だから余計滑ったでしょう。
あの坂を実際下らなかった私ですが、その前後は歩いたので想像つくから私も一緒に恐々歩いている気分になりとっても楽しかったです。
お昼は傘を差しながら手製のサンドイッチを頬張るという快挙もなしとげられたのですね!
私もwizさんと同じくポール・マルリーまで歩いてしまいましたが、「ポール・マルリーの洪水」の絵、ルーアンの美術館にもあるのですね。
ここにもあった!とシスレーと再会したような気分になりましたよ。
- さんしぇさん からの返信 2014/10/10 08:14:05
- ハラハラ・・、ありがとう、実体験しないでね〜。
- コクリコさん、おはようございます♪
こうしてコメント頂いたり、ご評価下さったり、ありがとうございます!
>
> wizさんは今日出発されましたよね。
> 短期間のパリ滞在とのことですが、ぎゅっとエキスが凝縮された旅になりそうですね。
あぁ、もうご出立でしたか。
今頃、濃厚な時間をお過ごしでしょうね。^^
>
> 旅行記のっけから「マルリーのマシンの堰」(シスレー)の絵看板のある小さな公園の写真。
> うわ〜〜懐かしいです。
> あの場所にお互い立ってシスレーと一緒にセーヌを眺めたのですね。
コクリコさんの出掛けられた、きれいに晴れ上がった日の河畔が一番
でしょうけれど、小雨もまた良し、と思うことにしました。^^
かつてあっただろうスペクタクルな光景を想像しながら、ツワモノどもの
夢の跡を偲びました。
>
> 同じ道を歩きながら、それでもお互い(wizさんも含めて)違う道も歩き、それでも見足りないという。
そうそう、まだ足りない。
wizさんの“ルーヴシエンヌ愛”に導かれ、コクリコさんが先だって
歩かれたブージヴァルのセーヌを眺め、一人でこの地に立っていても
心細さが毛ほども無く、心によぎるのは共感でしたね〜。
先達お二人の後をトレースして納得し、一方で己の拙いながらの目線で
現場を見る、楽しみが幾重にも重なって味わい深いマシンの道歩きでした。
雨の日の急坂は、絶〜対に実体験なさらないでね。^^;
傘の中のピクニック、反応くださり嬉しい。
「ワイルドだせぇ自分・・。(古〜。)」いやはや、逞しくなりました。
>
>
私もwizさんと同じくポール・マルリーまで歩いてしまいましたが、「ポール・マルリーの洪水」の絵、ルーアンの美術館にもあるのですね。
> ここにもあった!とシスレーと再会したような気分になりましたよ。
ルーアンの“洪水”、私も見ましたがその頃は、まだシスレーにそれほど
思いも無くて、当時はあららオルセーにこんなのあったよね?な感じ。
それが、描かれた現地を訪ねるまでとは、旅も重ねるもんですね。^^
さんしぇ
-
- wiz さん 2014/10/07 08:21:54
- 雨の中の同じ体験・・そして急坂下り! ^ ^;
- さんしぇさん、おはようございます♪
パリからのメッセージで興奮が伝わってきましたが、
こうして、お写真で見ていると、同じ場所を歩いたのを思い出します!
もう6年前になってしまいましたが鮮明に覚えています。
何せ、さんしぇさんと同じ雨の中の急坂下りでしたので^ ^;
シスレーの「マシンの道」や、ピサロの「ヴォワザン村の入口」は、
私の行った時期だと木々の葉も落ちて、けっこう絵に近くて嬉しかったです!
デュ・バリー夫人の館は、そこの庭から見渡す景色もきれいみたいですね〜。
フランス語で検索をかけると色々情報が出てきますよね。
ルーヴシエンヌとブージヴァルの間あたり(セーヌ川沿い)にある
ヴラマンクの絵の看板あたりは歩いて行けたのに、
私は(マシンの急坂の後)ポール・マルリー方面へ行ってしまったので
ちょっと惜しいことをしたと思いました。。。
ブージヴァル橋のところにある島にモネの絵の看板があるみたいですが、
わかりにくい感じ、ですよね?!
wiz
- さんしぇさん からの返信 2014/10/07 10:06:14
- 雨の味わい。^^;
- wizさん、おはようございます。^^
つぶさにご覧頂いて、コメント嬉しく拝見しました!
wizさんと共感体験できて、雨もまた良しです。^^
当初は、絵画板の追っかけの副産物だったマシンのみちゆきでしたが、
これが知り始めると面白いったら。
wizさんからも数々の情報を頂きながら、ルイ14世や15世辺りに
ちょっとばかりお近づきになれた気分です。
パリからちょっと外れたこの辺り、季節変わればまた風情も大きく変り
それをまた見に行きたいと果てがありません。
ブラマンクの足跡かれこれ残ってますね、こちらも目下手薄、いずれ
追えるといいな。
> ブージヴァル橋のところにある島にモネの絵の看板があるみたいですが、
> わかりにくい感じ、ですよね?!
橋から中洲に降り立ったそこから半径50m(曖昧ですね^^;)で
見つかるはずです。
モリゾの絵画板よりも先に見つかったので難易度はそれほどでもないと
思います。
もう間もなく出立でしょ?プレ旅の今、どうか楽しんで下さいね〜。
さんしぇ
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