2014/08/14 - 2014/08/17
5位(同エリア67件中)
のまどさん
ヨーロッパ北部の人たちは夏休みになるとイタリアやフランスなど一斉に南に向かうので、ドイツ国内はホテルが格安です。今回はアコールグループのキャンペーンでアーヘン、ハーメルン、デュッセルドルフのメルキュールホテルにいずれも一泊朝食付き53、59ユーロで宿泊しました。
温泉の出るアーヘンと世界で最も有名なドイツの童話ハーメルンの笛吹き男の舞台ハーメルン、ドイツのリトル・トーキョーとも言われるデュッセルドルフを回りました。
夏のドイツは工事渋滞があるので車での移動は注意した方がいいです。電車の旅は快適かもしれません。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
例のごとく、会社帰りに直行したのはアーヘン。目的はスパ・センター。
https://www.carolus-thermen.de/go/bad_aachen/english.html
温泉プールに多種多様なサウナ。水着やバスローブのままビールも飲めて食事もできて至福の一時です。3時間過ごして食事代含めて2人で70ユーロ。 -
アーヘンでは夜11時以降店でアルコールを売ってはいけないようです。10分前滑り込みでビールを購入し、今夜の宿泊先メルキュールホテルで堪能します。
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翌日の昼食はサービスエリアでニシンのサンドウィッチ。今回、全般的にサービスエリアの食事のレベルが上がったという感想を持ちました。
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ハーメルンまで3時間の予定が倍も掛かってしまいました。夏場は交通量が少ないので工事が多く、車だと渋滞にはまるというのが難です。
さてここで、ドイツに来たなーと実感するもの。好きか嫌いかは別にして。
①ラジオからオンパレードで流れる80年代の懐メロ
②テレビで放映される「木こり腕自慢大会」や「強い男世界選手権」などの筋肉番組 -
ハーメルン到着。本日もメルキュール泊。
ホテルの自販機は水よりビールの方が安い。1本買って飲み歩きながら街に繰り出します。 -
道を90度間違えて、気が付いたら旧市街の反対方向に。
ヴェーザー川です。 -
笛吹き男以前の歴史記述があまりないのですが、ハンザ同盟と南部ドイツの中継地点として川沿いに町が発展したのだと思います。諸事情あって撮影できなかったボニファティウス修道院が最古の建物のようです。
右側のピンクの建物は粉ひき小屋。現在はチェコ料理レストラン。 -
左側の橋の上には金色のネズミ。
こうしてみるとかつては脅威だったネズミは今や町の守り神なのか。 -
イチオシ
川を背に町の中心に向かって歩きます。
市長の家(Burgerhus)。1560年竣工。ビール醸造所だったようです。落ち着いた色の木材が使われている一方、装飾が色鮮やかです。 -
30年戦争の最中に建てられたリュキングの家。
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ライオンの薬局。1300年竣工とされるが、現在の構えは改装を経たものだと思います。切り妻屋根の一番上にはダヴィデの六芒星があります。ということは施工主はユダヤ人だったのでしょう。建物の名前になっているライオンもアルハンブラ宮殿で見た通りユダヤ民族の象徴です。
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マルクト広場までやって来ました。
デンプターハウス。1607年に市長デンプターの意向で建設されたようです。王冠のような装飾を載せた出窓を含めた2階までの部分が石造り、その上の切り妻部分が木材と漆喰でできていてユニークです。デンプターハウス 建造物
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イチオシ
結婚式の家とマルクト教会。教会の中には笛吹き男のステンドグラスがあるようですが、残念ながら到着時間が遅かったので見られませんでした。
右側の結婚式の家の側面は -
こんな感じです。
1617年竣工。横にずっしりと構えたルネサンス様式です。市民のための多目的ホールの役割を果たす一方、ワイン貯蔵や薬局として建物の一部が使われてきたようです。薬局ではモルヒネの発明者、ゼルチュルナーが働いていたこともあるそうです。結婚式の家 建造物
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気になるわ〜、アヒル史料展
http://www.duckomenta.de/index.htm
というのは置いておいて -
結婚式の家。
13:05、15:35、17:35という何とも中途半端な時間にからくり時計が動き、この町を有名にせしめた童話の概要が上演されます。誰しも聞いた話だと思ったのですが周りには知らないという声が結構多いので、ざっと概説しておきます。 -
1284年。ネズミの被害に悩んでいた町にまだらな服を着た一人の男がやって来ます。男は報酬を見返りにネズミ退治を引き受けます。
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男が笛を吹くと町中のネズミが出てきて、一匹残らず見事にウェーザー川で溺死しました。しかし、市長は約束を破って男にお金を支払いませんでした。
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怒った男は町から一度去り、ヨハネとパウロの日6月26日に再び町にやって来ます。
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笛を吹くとネズミの代わりに今度は町中の子どもたちがやって来ます。そして男とともに一斉にどこかに消えていきました。
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後に残されたのは笛の音が聞こえなかった耳が不自由な子どもと何が起きているのか見えなかった目の不自由な子ども。
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現在広く知られているこのバージョンはグリム兄弟が19世紀に著したものです。XX歳のワタクシにとってはツッコミ所満載、邪気が薄かった幼年期に初めて聞いた時も恐怖感が勝り、話の教訓が何なのか疑問に思いました。
オスター通り沿いを歩きながらもう一歩深入りしたいと思います。 -
マルクト教会の裏。
こういう口承の話は歴史的事件の証言や後世への教訓などの重要なメッセージが秘められ、人から人に伝わる過程で内容が変わっていきます。
子どもたちが消えた理由として以下3つの歴史的背景が考えられます。
①黒死病説
②少年十字軍説
③東方移住説
賢いオタクの英文サイト
http://www.wisegeek.com/is-the-pied-piper-of-hamelin-based-on-an-actual-event.htm
とウィキペディアを読みながら検証していきたいと思います。 -
①黒死病節
子ども失踪事件が最初にあり、笛吹き男がネズミ退治をしたというエピソードはちょうどこの建物が完成した1500年ごろに付け加えられたと言われています。
ちなみにドイツ語では笛吹き男ではなくネズミ捕り男と呼ばれています。 -
ネズミが媒介したペスト(黒死病)の発症源は中国で、西方遠征したモンゴル帝国によってヨーロッパにもたらされたと言われています。その結果、全ヨーロッパの人口が3分の2に減少してしまうほど猛威を振るいました。
しかし、それは14世紀半ばの話。1284年にこの町で流行っていたとは考えられません。なので、被害を忘れないために事後追加された戒めであって、子どもたちが消えた理由にはなりません。 -
かつては病気の媒体だったネズミは今や町のマスコット。
ネズミ・トレイルと題して、敷石の中に埋め込まれているこの妙にリアルなマークを辿っていくと、名所を回れます。 -
こちらはネズミパン。あちこちで売られていましたが、食べたいと思いますか?
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Rattenkillerと書いてあったので殺鼠剤かと思ってしまいましたが、二日酔い防止のための薬膳酒(アル度50%)のようです。小瓶で2ユーロ。試してみたかった・・・
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聖堂参事会議場(Stiftsherrenhaus)。
1556年に議員の要請で建てられました。当初は4階建てにする計画だったそうです。この建物には神やキリストをはじめ聖人たちをかたどった彫刻が多数見られます。 -
ライストハウス(Leisthaus)。商人ライストの依頼で1589年に竣工。現在は博物館になっています。
壁の色がピンクで左側に石造りの出窓があるので、デンプターハウスと似ていますね。屋根の傾斜に沿って配置された彫刻が凝っています。 -
さて、ここで2説目。
②少年十字軍
イスラム教徒に奪われた聖地エルサレムをキリスト教徒が奪還すべく派兵されたのが十字軍。11世紀末から13世紀後半にかけて教皇や神聖ローマ皇帝が9回の派遣を命令しました。 -
第4回の後に神の啓示を受けたフランスの少年が呼びかけたとされるのが少年十字軍。ハーメルンの子供たちも駆り出されたというのが当説です。しかし、派兵があったは1212年。失踪事件の70年も前なので時代設定が合いません。
-
笛吹き男は定職のないさすらい人で人を移送するブローカーのような仕事をしていたと言われます。まだら服についてはつぎはぎを縫い合わせたものという説があります。
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それで、ネズミ捕り男の家。無職の放浪者がこんな立派な屋敷に住めるはずないでしょ。
1602年に評議員が建てたようです。上で紹介したヴェーザー・ルネサンス建築はいずれも16世紀から17世紀に完成しています。ペスト禍が去った後、ハーメルンがハンザ同盟に加入したことで経済的成長を遂げたため、イタリアの様式を取り入れた豪華な建築が流行したのでしょう。
そしてネズミ捕り男が屋敷の名称になったということは17世紀には既に童話が他の地域にも知られ、観光材料になっていたのかもしれません。
現在この屋敷はレストランになっていてネズミのしっぽ料理を出すそうです。といっても豚肉の細切り煮込みらしいのですが。 -
1284年6月26日に130人の子どもたちがいなくなったのはまさにこの通りです。通りの名前はBungelosenstrasse、音のない通りという意味で音楽の演奏や踊りは今でも禁止されています。
③東方移住説
1284年当初、ドイツでは人口が増加する一方で北欧との交易を断ったことで食糧不足が蔓延していました。人口抑制のため財産の相続権を長男に限定し、それ以外の者はエルベ川以東、現在のポーランド、チェコ、ルーマニアへの移住が奨励された。 -
いいでしょう、このギャップ。
斡旋者に導かれて子どもたちが小さな通りに集合して入植地に旅立って行ったという説は現在最も広く支持されています。観光案内のパンフレットにも記載がありました。そして東欧では現在もハーメルン近辺由来の苗字を持つ人がいるそうです。 -
「そろそろ一杯飲もう」
いつもながらの同行者の言葉にいや〜な予感がした。それでも、断ると面倒なことになるので「ネズミ宿(Rattenkrug)」へ。 -
ビールだけ飲んでいる人が多かったので食事なしでも大丈夫だと思いました。パウラーナーはピルスよりヴァイセンの方がおいしいです。
-
風情のある内装でしたが、なんか居心地悪い。私たちの後に入ってきた日本人の熟年夫婦はここで食事をするという意思が固いようで奥に入っていきましたが、店の人の対応は冷淡でした。
ドイツでは食事処を探すのに苦労するので、予め決めておいた方がいいかもしれません。ドイツ人は食事の時間が早く、しかも馬のようなスピードで食べるので、我々のようにフランスボケをした人間(=行動が遅い)は食いっぱぐれる羽目に遭います。 -
欧州食の「発展途上国」(=食事の評判がいまいちの国)ではその国の人口マイノリティの店に行くのが無難です。オランダだったらインドネシア料理、イギリスならインド料理、そしてドイツではトルコ料理。ということでケバブ屋に入店。
ところが。アットホームな雰囲気の店だったんだけど、時間は掛かるし、出てきたものは部分的に冷めているし、そして高い。従って×。ホテルで食べればよかった。 -
ホテルは静かなところにあり、マットレスも素晴らしかったので快眠できました。
翌朝、出発間際にホテル前の公園に出ていた市場を散策していると、まほうのべるさんのブログにあった失踪した子どもたちの像を偶然発見しました。
滞在中疑問に思ったこと。この町では高齢者を多く見かけました。若者もいましたが、子どもを見かけた記憶が全くありません。これも、830年前の笛吹き男の仕業なのでしょうか。
と、ここで結んで後半に続く予定だったのですが、骨ある旅行記が書けそうにないのであと5コマ酒気帯びのおまけにお付き合い下さい。 -
町の郊外のスーパーReweにて。
ワールドカップ記念のビットブルガー。ポイントは30%引きで、FIFAのロゴやワールドカップの表記が一切ないこと。
思い起こせば12年前、日本開催の大会時は「神様、仏様、カーン様」(準決勝!)だった。今はそんなに熱い思いはないけど、今大会ではドイツチームの変わらぬ魅力である堅さが光り輝いていた。遅ればせながら優勝おめでとう! -
どうです、このセレクション。気に入りました。
合計40本お買い上げ。現在我が家にはベルギーやチェコのビールもストックがあるのだけど…冬までは、確実に、、もたない、、、 -
デュッセルドルフ到着。この町には私のアイデンティティを回復するための巡礼(?)として3か月に1回来ております。
必ず予約して入るのが串亭。
http://4travel.jp/overseas/area/europe/germany/dusseldorf/restaurant/10418551/
値段はともかく本格的な日本の居酒屋の雰囲気。適度な緊張感の中で季節ごとに変わる料理を肴にチューハイ、日本酒、焼酎と一通り楽しみます。
この日の当たりは小ブドウエビの刺身。相方に感想を聞いたところ、「僕が日本人だったら絶賛できるのだけど」だそうです。生のミソはきついようです。 -
更に行きつけのシューマッハー。
蛇足ですが創業者は彗星発見者とも意識を取り戻したF1ドライバーとも血縁関係はないと思います。
昔ながらのたたずまいを生かした質素なドイツ居酒屋。ドイツ料理を食べるならばここがお勧めです。
http://4travel.jp/overseas/area/europe/germany/dusseldorf/restaurant/10429333/
席を確保するのが難しいですが、一たび着席すると、20世紀の宮崎アニメに出てくるようなシブいアニキたちがアルトビールを置いてくれます。店の地下でビールを醸造しているようで、お土産用に買って帰ることもできます。 -
帰宅前にはラーメン。
私が頼んだコチラ。キャベツの葉が丸ごと入っているのかと思ったが、口に入れた瞬間、ティッシュだった。しかも2枚。その瞬間味覚がなくなり、旅の疲れがどっと出て怒る気力もなくなる。さて、どういう反応に出るか見てみましょう。(その場では黙っていてブログにしたためる私の性格・・・)
事情を話すと、
「大変申し訳ありません。すぐにお作りし直します」
↑もう半分食べたし食欲ないんだけど
会計時
「大変申し訳ありませんでした。本日のお会計30.80ユーロになります」
↑全額請求するのか。せめてティッシュ麺だけ帳消しにしていたらブログに書かなかったぞ
おつりが来ないようにぴったり払う
「本当に申し訳ありませんでした。次回お使いください。」
渡されたのは2枚の餃子無料券。
↑よくできたマニュアルだこと。餃子券は6.80ユーロ相当、ティッシュ麺は10.80。次回なんてある訳ないから店側の損失はゼロ
まったく、私の旅行記に打ってつけのズッコケネタを提供してくれたものだ。お返しに「珍味♪食べれるティッシュ入りラーメン、おトクな餃子券付き☆」という口コミを投稿するか。
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この旅行記へのコメント (3)
-
- jijidarumaさん 2014/09/08 23:43:50
- ハーメルン
- のまどさん
ハーメルン観光、十分すぎるほどに拝見しました。
昔に比べると、観光客向けに、ネズミ印のルートや銅像がたくさんありますね。日本人客も少なそうに見えましたが・・・。
ハーメルンの笛吹き男については第3説が、お書きになっておられたように一番納得できます。
観光しながら、あれやこれやと考えるのも楽しみの一つです。
また楽しませてください。
jijidaruma
- のまどさん からの返信 2014/09/09 20:04:57
- RE: ハーメルン
- jijidarumaさん、こんにちは。
ご丁寧に読んでいただいた上、コメントまでいただき大変ありがとうございます。
ドイツには観光街道が150もあるんですね。ハーメルンはおっしゃる通り観光インフラ整備に力を注いでいるようです。ちらほらと個人旅行の日本人がいましたが、やはりロマンチック街道ほどの数はいませんでした。
近くに住んでいながらドイツは旅行することが少ないのですが、jijidarumaさんの旅行記を拝見する度にドイツは素敵な国だと実感します。特定のテーマについてトラベラーさんが考えながら調べて書かれた旅行記は本当に面白いので、今後の更新を楽しみにしています。
私はしばらく居住地周辺の芸術作品にクローズアップしようと思いますので、またご来訪いただければ幸いです。
-
- 鼻毛マンさん 2014/09/01 16:21:31
- 笛吹き男
- ひゃっほー のまどさん。
今日も美人に磨きをかけていますか〜。
大阪へののぞみの中、きれいなワゴン販売のお姉さんからスジャータバニラアイスを買い、2回目読み返したところです。
ネズミ男は小さいときに聞いた記憶があります。
ネズミは増え過ぎると、集団自殺すると言うことも小学校で習いました。
だから、ネズミ男は高周波の笛を吹いて、ネズミをだまして集団自殺に追い込んだだと思います。
さて、子供達はいかに。
高周波は子供にしか聞こえないから、絶対これを利用して連れ出した。
だけどどこに連れ出したのかな〜
って疑問は残ります。
やはり東に連れ出したのでしょうか?
これでまた、眠れない日が続きそうです。
鼻毛マン
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