2014/07/06 - 2014/07/06
2984位(同エリア10425件中)
ケーさん
横浜マリンタワーを登った後に氷川丸の見学をしました。
写真が多かったのでマリンタワーとは別の旅行記で☆
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山下公園に係留されている氷川丸。
中を見学するのは初めてです。 -
氷川丸は、1930年に建造された日本を代表する豪華客船です。
【氷川丸のデータ】
竣工:1930(昭和5)年4月25日
総トン数:11,622トン
全長:163.3m
船幅:20.12m
最高速力:18.38ノット
船客定員:289名
主機:B&W複動4サイクルディーゼル機関2機2軸
出力:11,000馬力
文化財指定:2003(平成5)年11月横浜市指定有形文化財に指定されました。 -
氷川丸について
「氷川丸は、戦前にシアトル航路の豪華貨客船として活躍した後、病院船、引揚船、そして戦後再びシアトル航路に復帰。1961(昭和36)年5月、この地に係留されました。
氷川丸が竣工した当時は、豪華客船の建造が続き、客船文化が花開いた時代でした。船内では、そんな客船黄金期を彷彿させるアール・デコの美しい装飾や、当時の最新鋭ディーゼル機関を間近に見ることができます。
また、展示室では戦前の華やかな船旅の様子、時代とともに変わっていった氷川丸の役割を解説しています。」 -
氷川丸のプロペラ。
「氷川丸にはエンジンが2基搭載されているので、プロペラも2基ありました。最後の航海を終えた後、係留改装工事に際してプロペラは取り外されたので、現在はありませんが、就航当時は目の前に見える舵の下に2基ついていました。」 -
受付で入館券を買います。
しまった!この角度からの氷川丸撮らなかった〜 -
エントランスロビーへ。
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エントランスロビーには氷川丸の歴史を大きな画面で座って鑑賞できるスペースがあり、写真も展示されています。
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船銘板。
1930(昭和5)年
「氷川丸を建造した横浜船渠(現・三菱重工業株式会社横浜製作所)の"証明書"にあたるものです。177は、横浜船渠での建造番号を示します。」 -
一等児童室。
「一等船客専用の遊戯室です。ここには"スチュワーデス"とよばれる子どもの世話をする女性乗客員がいて託児も行いました。ディナーの時もここで子どもをあずかったので、大人はゆっくり食事を楽しむことができました。
マルク・シモンの設計の部屋で、天井下に描かれた子どもの絵は竣工当時のものです。」 -
一等食堂室。
「一等船客専用のダイニングサロンで、タキシードとイブニングドレスの紳士淑女が豪華なディナーを堪能した場所です。
船幅いっぱいにスペースをとった広い部屋、アール・デコの装飾、中央の高い天井などにより、メインダイニングとしての豪華なしつらえが、限られた空間の中で実現しています。」
一等食堂の内装デザイン
「一等食堂は、マルク・シモン設計の主要な部屋の1つで、カラースキームを見ると竣工当時はほぼ設計通りに仕上がっていたことがわかります。特に、柱彫の左右の装飾と扉のガラス文様は、典型的かつ上質なアール・デコとして、そのままの姿で残されています。」 -
秩父宮両殿下乗船時の特別ディナー。
メニューも展示されていました。 -
一等社交室。
「氷川丸のメインホールで、船内の公式レセプション会場として使用されていました。夜はイスやじゅうたんを片付けて、ダンスパーティの会場になるなど、一等客船の社交場ともなっていました。喫煙室に対して、女性の社交場としての性格が強いので、一段と優雅な装飾が施されています。」 -
優雅なアール・デコの装飾。
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ピアノが置いてあります。
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え〜と、今どこにいるんだろう〜
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展示室「シアトル航路の旅」。
横浜を出航してシアトルへ向かう船旅の様子を、実物資料とエピソードで紹介されています。 -
チャップリンが1932(昭和7)年6月に乗船したそうです。
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41名の宝塚少女歌劇団が1939(昭和14)年7月4日に乗船したそうです。
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展示品
■「氷川丸」「日枝丸」「平安丸」船内設備案内パンフレット。
■シアトル航路の航行スケジュール。 -
展示品
■バロメーター(気圧計)
■シグナルミラー(信号鏡)
■セキスタント(sextant)(六分儀) -
当時の煙突やプロムナードデッキ、航行中の氷川丸の写真。
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乗組員の仕事。
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展示品。
NOTICE(船からのご連絡) -
大切な貨物を守る仕事
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豪華客船の乗船みやげ
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グレート・ノーザン鉄道路線図
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船旅の終わりに・・・
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一等喫煙室。
「一等喫煙室は一等船客専用の男性中心の社交場です。世界最上級のお酒やタバコが揃い、食後の一服を吸いながらグラスを傾け、カードゲームなどを楽しむ姿がありました。高い天井にすっきりとしたアールデコの装飾を見ることができます。」 -
一等喫煙室の窓からの眺め。
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一等客室。
「一等客室には、冷温水の出る洗面台がついていました。ベッドはアメリカ製でスプリングのついた寝心地のよいもの、換気・空調設備も船客が自由に調節できる、当時としては最新式の装置が導入されていました。」 -
飾り毛布。
「当時、客室のベッドには、給仕(サービスを担当するスタッフ)が折った「飾り毛布」が置かれ、長い船旅の乗客に喜ばれました。「飾り毛布」は何十種類もの折り方があり、その技術は代々、給仕から給仕へと受け継がれました。そのうちに花や植物に見立てて折りたたまれたものは「花毛布」と呼ばれました。」 -
一等特別室。
「一等特別室は、チャップリンや秩父宮両殿下をはじめ、各国の貴賓や著名人が利用したスイートルームです。この部屋は、三代川島甚兵衛のデザインとされ、テーブルと椅子を除き、壁紙など、竣工当時の姿そのままに残されています。」 -
一等特別室の寝室。
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一等特別室の浴室。
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一等特別室の居室。
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艙口蓋(Hatch Cover)。
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操舵室。
「操舵室は船の総司令室。運転士が24時間体制により船の安全航行を見守る場所です。船内の各部署の状況が把握できるよう、さまざまな装置が集まっています。」 -
エンジンテレグラフ。
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「天気のいい日は、ここからスカイツリーがご覧いただけます。氷川丸からスカイツリーまで直線距離で約32.6kmあります。」
と書いてあります。 -
磁気羅針儀。
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レーダー。
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クリア・ビュー・スクリーン。
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汽笛。
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伝声管。
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風向・風速計。
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水密扉閉鎖器。
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操舵機制御装置。
「この装置の舵輪と船尾の操舵機は水で満たされた細い管でつながっています。この管内の水圧変化で、離れていてもここから遠くにある舵を操作することができます。」 -
操舵機制御装置の舵輪は、回してもOK。
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煙管式火災探知装置。
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転輪羅針儀(ジャイロコンパス)。
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航海灯点滅表示板。
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モールス信号発信機。
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モールス符号表。
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氷川丸無線電信局。
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「氷川丸運行当時の無線室は、この下のボートデッキにありましたが、その主な機器をここに移設し、展示いたしました。(この場所は「海図室」でした)」
と書いてあります。 -
操舵室から見た船首。
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次は船長室に向かいます。
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船長室。
「船長専用の居室兼寝室です。何か起こったときにはすばやく対応できるよう、操舵室から最も近いところにあります。また、船長室と操舵室は「伝声管」という連絡用のパイプでつながっており、いつでも操舵室の航海士が船長に連絡をとれる仕組みになっていました。」 -
屋外デッキからの眺望。
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煙突と山下公園方面の眺望。
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マリーンシャトルが出航していきます。
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機関室。
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8つの気筒で構成されるディーゼルエンジンが、右と左に1基ずつ設置されています。
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機関室最下部。
「ここは機関室の最下部。ここから約4.1m下が船底です。」
この頃から閉館時間が迫ってきたため焦って写真をあまり撮れませんでした。 -
三等客室。
「三等客室のあるエリアは、一等ツーリストの船客エリアと区画され、自由に行き来することはできませんでした。三等船客が一等デッキに行くには、見学申し込みが必要でしたし、また、食事も焼き魚など、日本の家庭料理でした。
けれども、長い航海中に仲良くなった船客が、給仕から果物をもらったり、じゃがいもの皮むきを手伝うこともありました。一等船客の華やかさとは違いますが、三等船客の旅はアットホームなものでした。」 -
展示室「氷川丸の航跡」からNYKラウンジへ行くと出口があります。
閉館時間の17時近くなり、船内には蛍の光が流れていました。 -
白灯台。
「横浜港山下埠頭側の内防波堤に1896(明治29)年に設立されました。1963(昭和38)年、現在の位置に移設されるまで船舶の通行標識をつとめていた灯台です。現在使われている、氷川丸前方に見える赤灯台(横浜港北水堤灯台)とペアーで活躍していました。」
氷川丸はとても見応えがありました。
途中で休憩したり寄り道したりせずに順路通りにスイスイ進んでサラッと見学しても40分かかったので、じっくり見学するのなら時間に余裕を持って行った方がいいですね。
またいつかゆっくり見学しに行きたいです。
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