2014/07/06 - 2014/07/06
438位(同エリア1787件中)
玄白さん
美瑛滞在最終日、まだ行っていない美瑛南西部地域をちょっと回ったあと、ファーム富田へ。富良野と言えばラベンダー、ラベンダーといえばファーム富田と言えるほどのメジャーな観光花畑です。まだ見頃には1週間ほど早いせいか、大渋滞にはなっておらず比較的スムーズに駐車場に入ることができました。しばし、ラベンダーをはじめ色とりどりの花の色彩と香りを楽しんだあと、富良野ワイン工房、そして名作ドラマ「北の国から」のロケ地を巡ってきました。
なお、今回の北海道旅行の概略スケジュールは以下の通り。
7月1日〜2日 フェリーさんふらわーさっぽろにて大洗港→苫小牧港
道央自動車道経由で旭川へ ビジネスホテル1泊
7月3日〜5日 半日、旭山動物園でかわいい動物達に癒され
美瑛をうろついて美しい丘の風景撮影、大雪山旭岳登山
レンタルハウス「絵織の丘」で自炊生活3泊
7月6日〜7日 富良野の花々、星野リゾートトマムでゴルフと
のんびりリゾートライフ2泊
7月8日 屈斜路湖、摩周湖周辺観光、川湯温泉1泊
7月9日〜11日 ウトロに滞在して知床の大自然満喫、 民宿3泊
7月12日 午前中、知床五湖散策、午後、鶴居村へ移動
ホテルTAITO1泊
7月13日〜14日 釧路湿原散策 湿原の中心部キラコタン岬へのガイドツアー
餌付けされていない夏のタンチョウの姿を観察
釧路市内ビジネスホテル2泊
7月15日 苫小牧へ移動、途中池田ワイン城立寄り、船中泊
7月16日 午後、大洗港着、帰宅
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
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シーズン中のファーム富田は付近の道路が大渋滞になるというので、混雑する前に行こうと、今朝も早起き。
美瑛の北の端にある「絵織の丘」から富良野に移動する途中、まだ行っていない美瑛南西部の丘を少し巡ってから、ファーム富田へ。
木の上部が星型に見えるというのでクリスマスツリーの木と名前がついたトウヒの一本木。夕日をバックにしたシーンが絵になるところだが、それはまたの機会に。 -
美馬牛駅前の道から花人街道(国道237号)を横切り、通称、ジェットコースターの道を走りながら、ところどころで丘の風景を撮影。
東の空はまだ朝焼けの朱色がかすかに残り、朝もやがたなびいている。 -
どこまでもまっすぐで、アップダウンが続くジェットコースターの道。
この両側にも美しい美瑛の丘の風景が続いている。どこで見ても美瑛の丘は見飽きることがない。 -
イチオシ
朝日に照らされた小麦畑の黄金色がひときわ輝いている。
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広大なじゃがいも畑
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じゃがいも畑にカメラを向けたのは何回目だろうか。似たようなシーンだと分かっていてもついついシャッターを押してしまう。
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左端に見えるのは深山峠の観覧車だろうか
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イチオシ
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キカラシの畑の畦には自生したルピナスの花が一本咲いている。
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8時にファーム富田へ。駐車場へはすんなり入れた。
まずは、一番の見所「彩りの畑へ」 -
ここは、ラベンダーシーズンになると、朝早くからカメラマン達が三脚を並べてスタンバイするところだったが、今年からついに三脚使用禁止になった。大勢の観光客が訪れるところなので狭い通路に三脚を立てるのは迷惑この上ない。当然の処置だろう。
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ファーム富田を紹介するパンフレットやガイドブックには必ず登場する彩の畑。
色々な花が丘の斜面に帯状に植えられていて、色彩のコントラストは見事だ。ただ、肝心のラベンダーは、まだ蕾で見頃には時期尚早。やはり、中旬以降が見頃になるようだ。 -
彩りの畑の真下から撮影。
右から順に、ラベンダー、カスミ草、花菱草(カリフォルニアポピー)、ビール大麦、ムシトリナデシコ、オオカッコウアザミ -
イチオシ
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オオカッコウアザミ
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ムシトリナデシコ
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カリフォルニアポピー(花菱草)。この花は四季彩の丘でも見た花である。
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マーガレットとラベンダー
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彩りの畑の隣りの森の彩りの畑のラベンダーは少し開花しかかっている。
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森の彩りの畑のカスミ草
カスミ草はバラの花束の添え物というイメージだったが、これだけまとまると存在感がある。 -
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トラディショナルラベンダーの畑に行ってみる。こちらもまだ開花しかかっている状況、もう少しで満開になりそうだ。
この畑はファーム富田発祥の畑。昭和12年フランスからラベンダーの種が輸入され北海道で試験栽培がはじまった。昭和33年、富田忠雄氏が、この畑でラベンダー栽培を始め、昭和45年に栽培のピークを迎え富良野全体で250戸の農家がラベンダーの栽培を手がけていたそうだ。しかし、2年後に輸入香料解禁、合成香料の技術進歩で富良野のラベンダー栽培は壊滅状態に陥った。しかし、富田氏はなんとかラベンダー栽培を残したいという思いで稲作で生計を立てながら模索を続けていた。昭和51年、国鉄のカレンダーで富田氏のラベンダー畑の写真が採用されると、一躍カメラマンや観光客が訪れるようになった。そこで、富田氏は旅行者からラベンダーのポプリや匂い袋の作り方を教わり、販売を始めた。その後、自力でラベンダーオイルの蒸留抽出を始め、化粧品製造業の免許を取得し、オリジナルブランド香水「フラノ」、オリジナル石鹸「ソープラベンダー」を販売。
いまや、ラベンダーオイル製品製造販売、花卉栽培による観光花畑事業で多くの観光客を呼ぶ富良野を代表する観光スポットに成長している。
まさに、苦難の末、第6次産業としての農業を成功させた先駆者と言えるだろう。 -
美瑛の丘の前田真三の写真、富良野のラベンダーの国鉄カレンダーの写真と、北海道の無名の農村の苦境を、一躍有名な観光地に押し上げた写真というものの大きな力に思いをあらたにしたのであった。
よちよち歩きの初級アマチュア旅行写真家の玄白としても、こういう逸話を知ると、もっと写真の腕を上げたいという気持ちにさせられる。 -
ラベンダーのつぼみは膨らんできて、紫色も明るく濃い色になって来ている。開花はもう直ぐ。トラディショナルラベンダーは、そろそろ見頃かな
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イチオシ
開いた花には、蝶が蜜を吸いに来ている
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ファーム富田の中心部に位置する倖(さきわい)の畑のラベンダー
ここには、4品種のラベンダーが植えられている -
イチオシ
並木道の奥の花人の畑に植えられたマリーゴールドやサルビアの黄色と赤の帯とラベンダーの紫の鮮やかな色彩のコントラストが美しい
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畑のそばの木のてっぺんに小鳥を一羽発見。
アオジのオス(潮来メジロさんに教えていただきました) -
花人の畑。こちらは色とりどりの花が植えられている。
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イチオシ
ラベンダー色の作業服を着た職員が、いつも畑の手入れをしている。雑草一本生えていない畑は、職員のこうした毎日の努力のおかげだ。
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倖の畑の前の売店で、ラベンダーを見ながらラベンダーソフトクリームを味わう。色だけでなく、ラベンダーの香りがする。
ソフトクリーム評論家の連れ合いによると、乳脂肪成分がちょっと少なめでコクが足りないという評価。 -
蒸留の舎という建物の中では、刈り取ったラベンダーを蒸してエッセンシャル・オイルを抽出する設備を展示している。8月になれば、フル稼働するのだろう。
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まだ2〜3分咲きほどかな
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イチオシ
それでも、倖の畑のラベンダーはもう見頃と言ってもよいだろう。良い香りがあたり一帯に漂っている。
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ミツバチも蜜を集めに飛んできている
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ドライフラワーの舎に入ってみる。
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ラベンダーをはじめ、各種ドライフラワーを使ったリースなど、ドライフラワーアレンジメントが展示されている。花の国オランダの著名なフラワーアレンジメントデザイナーを招聘して作ったそうだ。
土産として買うこともできる。 -
ということで、我が家の土産として購入したドライフラワーアレンジメント。ラベンダーと麦を組み合わせたもので、一番センスが良いと、珍しく夫婦で意見が一致したので、迷わずこれに決めた。今は自宅のリビングのサイドボードの上に鎮座している。
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次に向かったのが、富良野ワイン工房。
1972年に道立中央農業試験所と富良野市が富良野の農業振興策として富良野ぶどう果樹研究所を設立しワイン専用ブドウ品種2つを指定し試験醸造開始、1978年からワインの市販を開始したという歴史を持つ。
北海道のワインというと十勝ワインの池田ワイン城が有名だが、そちらより歴史は新しいが、ぶどうの栽培からワイン販売まで全てをやっているワイナリーである。 -
ワイン工場は瀟洒なレンガ作りの建物。入口から地下に降り、ワイン醸造工程を自由に見学できる。
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樽詰めされ熟成中の樽が並んでいる。
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1階に上がる階段の踊り場に飾られていたステンドグラス
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二階には、試飲コーナーとワインショップがある。自由に試飲できるのだが、車なので飲むことができない。代わりに連れ合いが試飲に挑戦。
しかし、試飲できる種類は赤が甘口のテルという銘柄とふらのワイン(白)の一番安いもの2種類だけ。 -
とりあえず赤と白2本を土産として購入。ともに「バレルふらの」という銘柄。試飲できないので、味は飲んでのお楽しみというところだが、これを選んだ理由は、使用しているぶどう品種がセイベル種という富良野ぶどう果樹研究所が最初にワイン用品種として採用した品種だからである。いわば富良野ワインの原点ともいうべきワインなのである。
ちなみにセイベル種というのは、フランス人アルベール・セイベル氏によって開発された交配品種で、寒さに強く、特に赤のセイベル13053は北海道産赤ワインの主力品種である。交配品種なのでカベルネ・ソーヴィニヨンやピノ・ノワールなどの一流銘醸ワインにはなり得ないが、テーブルワインとしては飲み心地がよいのではないかと期待している。(旅行記執筆中の現在、まだ抜栓していない。) -
次に向かったのが、富良野市麓郷地区。ここには倉本聰脚本によるドラマ「北の国から」のロケに使った黒板五郎の住んだ家が残されている。富良野の知名度を上げた名作ドラマである。あまりテレビドラマは見ない玄白だが、このドラマだけはスペシャル版も含めてほとんど見ており、あのドラマの感動をもう一度思い起こしてみたいということで訪れた。
最初は、最後のスペシャル版「北の国から、2002遺言」で登場する「純と結の家」、「雪子おばさんの家兼アトリエ」、「正彦とすみえちゃんの家」のセットが遺されている「拾ってきた家−やがて町−」へ。 -
これは黒板五郎の義妹、雪子の家。スキー場のゴンドラや電話ボックスなどの廃物利用の家。内部も天井には卵の紙パック、台所の床はワインのコルクを敷き詰めたりと、とてもユニークな作りで面白い。ドラマの中では五郎が作るのだが、もちろん実際にはフジテレビの美術デザイナーによる設計である。このユニークな廃物利用の家のセットで何かの賞をもらっているはずだ。
なお、家の中に入ることもできて内部の撮影もしたのだが、「撮影してもよいが、インターネットなどで公開するな」という注意書きがしてあったので、旅行記にはアップしないでおく。
入場券売り場の人に理由を聞いたところ、このセットの中の写真をインターネット上で営利目的に使われたことがあったため、撮影は良いが公開するのを禁止したということらしい。商売目的に使うのでなければ、ブログに使ってもよいような口振りだったが、注意書きに従うことにしよう。 -
地井武男扮する製材業を営む中畑和夫の娘すみえと正彦の新婚の家。
ドラマでは、中畑の奥さんのみずえが、癌を患い余命幾ばくもない中で娘の結婚と新婚の家が出来るのを楽しみにしている。そこで中畑和夫は、一刻でも早く完成させようと夜中に薄明かりの中で一人で家の工事をしている。不審に思って見に来た五郎に、奥さんの余命が残っていないことを打ち明け、慟哭するシーンは泣かせる場面であった。地井武男は、この時、実生活でも奥さんが同じ状況にあり、鬼気迫る迫真の演技だったことを鮮明に覚えている。 -
4番目の家。「北の国から、’92巣立ち」で、純と蛍が麓郷を離れて、五郎が愛犬アキナと住んでいた家。
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廃車になったバスを使った「純と結」の家。「北の国から、2002遺言」では、純と結は町のアパートで暮らし、ドラマの中では登場しなかったと記憶しているが、どうだったか?
北の国からのシリーズでは「2002遺言」が一番見応えがあり、視聴率も高かったそうだ。エンディングの五郎の遺言の言葉が、このロケ地の入口に石碑として建てられている。
「遺言、
純、蛍 俺にはお前らに遺してやるものが何もない。でもお前らには、うまく言えんが、遺すべきものはもう遺した気がする。金や品物は何も遺せんが、遺すべきものは伝えた気がする。・・・・・(中略)・・金なんか望むな。倖せだけを見ろ。ここには何もないが自然だけはある。自然はお前らを死なない程度には充分毎年喰わしてくれる。自然から頂戴しろ。そして謙虚に、つつましく生きろ。それが父さんの、お前らへの遺言だ」
新自由主義経済だの、グローバル化の中の競争社会だのと、ある意味殺伐とした方向に突き進んできた21世紀の日本が、東日本大震災を機に今までの生き方を考え直そうという機運が芽生え始めている。そんな今の世の中で、五郎の遺言は色あせることがない重みを持って我々に訴えかけてくる言葉ではある。 -
五郎の友人、中畑和夫が営んでいた中畑木材のロケに使われた材木店。
本来の店の名前が書かれたガラス戸の脇に、今でもドラマで使われた「中畑木材工業株式会社」の看板が掲げられている。
地元の人達にとって、ドラマ「北の国から」はかけがえのない資産だということがうかがい知れる。 -
次に麓郷の森へ。ここには、2つの五郎が住んだ家のセットが残されている。
こちらは五郎の丸太小屋。ドラマの中では連続ドラマシリーズの17話から五郎が作り始め、24話で完成したことになっている。SPシリーズ「’84夏」で五郎が出稼ぎで東京から戻った日に、純と純の友達の正吉の火の不始末で焼失したことになっている。火事のシーンは別のセットで撮影したので、現存しているということである。 -
3番目の家。
SPシリーズ「’84夏」、「’87初恋」、「’89帰郷」で登場している。五郎の誕生日に、純がフライパンを使った風車の風力発電機をプレゼントした逸話があるが、そのフライパン風車も屋根に残っている。
傷みが激しく、この家は中に入ることはできなかった。 -
「北の国から」広場にある資料館のような建物。
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中には、ロケの様子を伝える写真などが展示されている。
シリーズ第1話「廃屋」がビデオで流されている。懐かしくて、しばし見入ってしまった。 -
次に向かったのは、五郎の石の家。
石の家に向かう通路の入口に掲げられたドラマの名シーン。 -
道の途中には熊避けのラジオが置かれている。
北海道では、どんなところにもヒグマが出てくる -
「2002遺言」で五郎が一人暮らしをしている家として登場する。畑から出てきた厄介物の石を組み上げて作った石の家。
ドラマの中で登場する五郎の家では、一番立派な家である。 -
石の風呂と煙突。
ドラマの中では、宮澤りえ扮するシュウが、純と別れ神戸に嫁に行くことを伝えに訪れ、風呂に入っている五郎と、薪をくべて湯を沸かすシュウの会話が印象的だった。
21年間、同じキャスト、スタッフで続いた名作ドラマを思い出しつつ、富良野を後にして、次の目的地トマムへ。
以下、北海道旅行記(9)へ続く
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