2014/01/27 - 2014/01/29
484位(同エリア1203件中)
traveldogさん
- traveldogさんTOP
- 旅行記52冊
- クチコミ180件
- Q&A回答2件
- 190,980アクセス
- フォロワー3人
一度は行ってみたい世界遺産の上位にあるマチュピチュ遺跡。ワイナピチュ山をバックにした光景は、人口に膾炙されている。ペルーに行くなら是が非でも行かねばなるまい、が、ひとつ心配なこと、高山病である。行った人に話を聞くとみな高山病に多少はかかったらしい。マチュピチュに行くには、まずリマから空路クスコに飛ぶ。一気に3400メートルの高地に上昇するため、身体が適応できなくなり、頭痛、下痢、腹痛といった症状がでる。だから慎重な旅行会社は、クスコに長く滞在しないで、すぐに高度2000メートル程のマチュピチュに下り、身体を慣らす工夫をする・・・と、いったことを勉強し、ダイナモックスという薬も処方してもらい日本から持参した。あとは成り行きのままだ。
リマから飛行機に乗った。アンデスの山々が雪を抱いてるのが見える。飛行機は、アンデスの山々に向かって飛んでいる。
クスコに着いた。美しいレンガの色が心地よい。サントドミンゴ教会ーかつてクスコの中心、神殿があったーを見学。巨大なインカ時代の城壁が残る。街角にはケチュアの婦人たちがベビーアルパカを抱えて写真のモデルに立っている。幼い少女ははにかんで、母親の後ろに隠れている。こんなとこが我々日本人に似ている。広場の周りをかわいい電車が走っていた。写真撮影に夢中になる。歩みも軽い。すっかり高地であることを忘れている。昼食もしっかり食べた。クスコは本当に美しい街だ。
クスコで乗ったバスはペルーレールの駅オリャイタイタンボに向かった。そこから列車に乗り替えてマチュピチュ村に。大きく天井に向けて窓が開かれている。パノラマカーだ。列車が高度を下げると、周りの景観が変わり、熱帯雨林が現れた。
車内販売が廻ってきた。ハットとベストを売っている。帰りの列車で記念にベストを買った。ハットはすでにクスコ空港でケチュアの婦人から買ったので、買わなかった。
その空港でのこと。5ドルのところを4ドルに負けてもらった。相手はいやではないらしい。微笑んでいる。これに旨味を得て、あとで後悔した。2日後、クスコのサクサイワマン遺跡で同じハットを婦人が売りに来た。同じ5ドルだったのでディスカウントを要求したら、婦人の顔がとても悲しそうに変わった。彼らが安価の売上でギリギリの生活をしているということを忘れていた。ガイドから旅行の楽しみとして値引き交渉があると聞いていたけど、負けさせれば良いというものではない。苦い思い出が残った。
列車はマチュピチュ村に着いた。すっかり日は沈んで暗い。森の中のホテル、インカテラ・マチュピチュ・ホテルに入った。母屋の他に複数のコテージが森の中に点在している。コテージまで懐中電灯の明かりを頼りに石の坂道を辿った。明日は、いよいよマチュピチュ遺跡だ。
-
リマをたったLAN航空機の窓外に夏というのに白雪を戴くアンデスの山々が見えてきた。
アンデスとは、もともと段々畑のこと。スペイン人が高くそびえる山々を指さして尋ねたところ、原住民が段々畑アンデネスのことと勘違いして答えた、とか。 -
クスコが見えてきた。いよいよ高度3400mのインカ帝国の都に着陸!
-
マチュピチュと書かれたハットをクスコ空港でケチュアの婦人から買った。5ドルのところを4ドルに負けてもらった。相手はいやではないらしい。微笑んでいる。写真を撮らせてもらった。
2日後、クスコのサクサイワマン遺跡で同じハットを婦人が売りに来た。同じ5ドルだったのでディスカウントを要求したら、婦人の顔がとても悲しそうに変わった。彼らが安価の売上でギリギリの生活をしているということを忘れていた。ガイドから旅行の楽しみとして値引き交渉があると聞いていたけど、負けさせれば良いというものではない。苦い思い出が残った。 -
クスコのアルマス広場、中央に建っている像は、インカの皇帝パチャクテク、征服し拡大した帝国を4つに分けて統治し、クスコやサクサイワマンを建設し、インカを大帝国にした英雄、ということを帰国してから知った。現地では、散漫な気分で綺麗な町だなと思いつつ、撮った写真にパチャクテク像の台座だけが写っていた。
パチャクテク像は、クスコを出て空港に向かう道路に、またマチュピチュ村に、と何度か目にした。現地ガイドが、こうして今の私たちがインカ遺跡を観光できるのも、我々ガイドが仕事をできるのも、みなパチャクテクのおかげです、と言っていたことが忘れられない。 -
大聖堂 外観を見たにすぎない。ただ綺麗な町だなあとつくづく思い、高地であることを忘れていた。
息切れしないように、ゆっくり歩こうといわれたこともすっかり忘れていた。ただ、空気が清々しい。 -
アルマス広場の大聖堂の向かって右側にある教会
-
広場を電車が走っている、が、よく見るとレールがない。これは正面にtranvia(トラム)と書かれているが、電車型バスというところか。
-
写真で見ると確かに軌道がない、路上を直に走っている。
-
アルマス広場
-
アルマス広場から入った道、クスコにはこんな石の道が残っている。車道と歩道のように段差がある。自動車が走ってきて、人は上に追い上げられた。
何故段差があるのだろう。インカには車輪がなかった。スペイン時代の馬車道か? よくわからない。ガイドに聞いておけばよかったと思うことがままある。 -
アルマス広場から入った坂道を途中で振り返る。レンガ色の屋根が美しい。
-
ベビーアルパカを抱いたケチュアの婦人たち。写真撮影代に1ドルを払った。小さな少女は恥ずかしそうに母親の後ろに隠れてしまった。お母さんたちも物静かで、こんな人たちの気質が何か共感を呼ぶ。
-
大司教の館と書かれた博物館前の通りに人だかりがしている。というのも、ここにある城壁にクスコで最多の角を持つ石−12角の大石があるからだ。
インカの石垣は大小の石の組み合わせで構築されている。俗にカミソリ一枚入らないと言われる石が隙間なく積上げられている。
スペイン人がインカを征服したとき、ことごとく建物を破壊し、その上に石垣を築いた。やがて地震がきたとき、スペインの築いたものは崩れ去り、インカの石垣はびくともしなかった、というこんな話を現地で聞いた。 -
最も多くの角を持つ大石。12角ある。これ以上の角がある石を探したがやはり見つけられなかった。
-
この石は角が多いように見えたが、数えてみると9角だった。
-
インカの石垣の上にスペイン人の石垣が造られている。技術力の違いを感じざるを得ない。
-
クスコには、このような石垣の道が至るところにある。
-
サント・ドミンゴ教会
ここにインカ帝国の太陽神殿があった。 -
教会に入ると列柱に囲まれた中庭にでた。細い柱が写真でしか知らないアルハンブラ宮殿を思わせる。
-
中庭の回りの回廊に窓が空いていて、石の台座に上ると一直線になる。ただし、あがってよい石はここだけ。
-
窓の下にある石、これに乗って窓を覗く。
-
また、中庭に出た。
-
サント・ドミンゴ教会から見たクスコの風景
-
サント・ドミンゴ教会から見た同教会
-
回廊を抜けると再びクスコの家並みが見えた。
-
サント・ドミンゴ教会の外観
ここからバスに乗り、ペルーレール鉄道に向かう。 -
サント・ドミンゴ教会の前で乗ったツアーバスは、ペルーレール鉄道の駅オリャイタイタンボに向かった。バスはクスコを見下ろす高原を走った。
-
クスコを出て、昼食に入ったmunaというレストラン
-
レストランの敷地に観光用にか民俗衣装を着た女性たちが座っていた。
-
南米の国々は食材が豊富だ。ビュッフェ形式の昼食。
-
周りには畑があり、庭には草花が植えられて、農家を思わせるレストランだった。
-
オリャイタイタンボ駅、ここからペルーレールに乗ってマチュピチュ村に行った。タンボとはケチュア語で宿場のこと。古今変わらぬ交通の要衝なのだろう。
-
オリャイタイタンボ駅前には、土産物店が並んでいた。
-
ペルーレール鉄道の列車。ペルーレールは、オリエント急行の会社が経営に参加していると聞いた。
-
車内の窓は、パノラマで明るい。見上げると空が見え、このようにアンデスの稜線が目に入ってくる。
-
車内販売が回ってきた。帽子やベストを売っている。帽子はすでに買ったので、ベストを買おうかと悩んだ。18のポケットがついている。マチュピチュの文字が入ったベストを記念にと考え帰りの列車で買った。
-
終点のマチュピチュ村に着く頃には、すっかり日は落ちていた。
今夜宿泊するホテルは、インカテラ・マチュピチュ・ホテルという。森に囲まれたホテルで、レストランやロビーがある母屋の回りに複数のコテージがある。 -
夕闇のマチュピチュ駅の風景
今夜の宿の母屋は線路を横切ったところにある。そこで部屋の鍵をもらい、また線路を渡り、懐中電灯の明かりを頼りに石畳の坂道を上りコテージに向かった。明日は、いよいよマチュピチュ遺跡に行く。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
traveldogさんの関連旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
38