2014/07/09 - 2014/07/09
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2014年7月に訪れた北海道旅行記です。
6では、稚内の駅を訪れて、日本最北端の地、宗谷岬に向かいます。
この辺は「最北端」に満ちています。「最北端の郵便局」にも行って来ました。
5では、「最北限のトイレ」に行きましたが、「最北端のトイレ」にも行きまし
た。なんで、一番北というだけで、こんなに盛り上がるんでしょうね。
今回は、こうした「最北端」巡りの旅です。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
JR宗谷本線の稚内駅は、複合施設「キタカラ」を併設して新しく生まれ変わりました。函館駅に似たガラス張りの外観です。
ここに道の駅と、映画館とバスターミナルが共存しています。観光案内所もありました。
早朝のため、どの施設も開店しておらず、ちょっと心残りです。 -
稚内駅の前にある「日本最北端の線路」のモニュメントです。
「前稚内駅(昭和40年9月〜平成23年4月)の線路は、現在の位置よりも北側に設置されていました。(中略)その当時の記憶を継承するモニュメントとして稚内市が平成24年3月に元の位置へ復元したものです。
また、かつて北防波堤ドーム横にあった稚内桟橋駅(昭和13〜20年)までの線路をこの車止めから北側に延びている線で表しています。」
と書かれていました。
私が以前、稚内を訪れた時は昔の駅でしたから、このモニュメントの場所で、ホームに立っていたのでしょう。さすがに稚内桟橋駅は知りません。 -
こちらは、現在の駅です。モニュメントから真っ直ぐに伸びた線路はこの扉の下を通り、現役の線路へと続きます。扉は閉鎖中でしたが、「押」のシールにも汽車と線路の絵が描かれていました。
宗谷本線は電化されておらず、気動車が走りますから、電車ではなく汽車(ディーゼル車)です。 -
「最北端の線路」の看板です。「最南端から北へ繋がる線路はここが終点です。」
その最南端の駅は鹿児島県、指宿枕崎線西大山駅だそうで、そこまで線路は繋がっているのですね。といっても、西大山駅までいったい何本の電車を乗り継いで行くことになるのか・・・線路は繋がっていても、路線が繋がっていません。JRだって5つの会社を跨ぎ越すのですから。気の長い話です。
余談ですが、最東端の駅には行ったことがあります。同じ北海道の根室市、東根室駅です。根室本線の終着駅根室から一駅戻った所です。北北東に向かって走ってきた線路は東根室でぐいっと曲がり、西に向かうため、最東端は根室ではないんです。最北端の稚内と違い、ホームがあるだけの無人駅です。駅舎もありませんでした。駅を探すだけで一苦労・・のような場所です。呆れるほど違いますね。
そういえば今月始めに書いた「長崎8(佐世保・九十九島遊覧」では、最西端の駅の話をしました。残すは最南端のみ。いつ行けるかなあ。 -
「KANE POPPO(鐘ぽっぽ)」と名づけられた彫刻。
「(前略)1993年JR東日本の車輌を改修して、サハリン鉄道に無償で譲り渡すことで基本合意、32両が船で運ばれた。ロシア側から友好の返礼として鐘の寄贈を受けた」とあります。
鐘じゃなくて、島をもらえば良かったのに。 -
ハートランドフェリーのサハリン(樺太)航路のポスターです。
右下に小さく地図が描いてあります。稚内から延びる赤い線が航路です。こうして見ると随分と近いですね。札幌より余程近い。
離発着時間は稚内9:00発、サハリン16:30(日本時間14:30)着。
日本とサハリンは時差が2時間あります。ほぼ真上なのに変に思えますが、広大なロシアの時差は9つのブロックに分かれていて、モスクワと日本の時差は5時間になります。
サハリンはウラジオストク時間のブロックに含まれているので、2時間の時差となります。ちなみに、ウラジオストクは島根県松江の北にあります。
今回調べてみて面白いことがわかりました。サハリン(樺太)が2時間の時差なら、日本と同じ時間帯の地域は?なんと、イルクーツクなのです。バイカル湖のある地域で有名ですが、モンゴルの北に位置します。随分遠い場所なのに、日本と時差が無いのです。
時差の無い国は他には韓国しかありません。真南にあるオーストラリアはブロック分けで0.5時間の時差が一番少ないです。首都キャンベラやシドニーは1時間。意外ですね。 -
稚内駅のホームです。いろいろな駅からの距離が、柱ごとに掲示されています。
以前の木造だった頃の柱に取り付けてあったのと同じです。一枚一枚読んでは、どの辺だろうかと思いを馳せたものでした。 -
気動車が入ってきました。一両だけの編成(?)でした。
改札付近の発車時刻案内には、10:51発、普通・名寄行きの次は13:42発、臨時快速・旭川行きとありました。本数が極端に少ないんですね。 -
「間宮林蔵渡樺出港の地」の碑。間宮林蔵は、1808年にここから樺太(現サハリン)へ渡り、間宮海峡を確認しました。
これにより、樺太が島であり、ロシア本土とは繋がっていないことを証明しました。
間宮林蔵の像が宗谷岬にあります。こちらの方は、誰もが目にする像ですが、彼が何をしたのか知る人は少ないかもしれません。 -
こちらが、宗谷岬の間宮林蔵像です。
彼は2度も樺太へ行き、本土のアムール川流域にまでも達しました。それを記した記録は、現在でも当時の様子を知る貴重な資料となっています。 -
「日本最北端の地」の碑。「この碑は、現在、私たちが自由に往来できる日本の領土としては最も北に位置する宗谷岬の突端、北緯45度31分22秒に建てられています。北極星の一稜を象徴した三角錐をデザインしており、中央のNは北を、台座の円形は平和と協調を表しています。」とあります。
ここからは、樺太(現サハリン)も見ることが出来るそうです。
隣には「宗谷岬」の歌詞と楽譜を刻んだ石碑も建っていました。ここに来ると、どうしても口ずさみたくなります。 -
宗谷岬全景。国道238号を挟んで、土産物屋が数件並んでいます。
一番左の白い建物が最北端のトイレで、この前に観光バスは停まります。なので、団体さんは大抵目の前の水色の尖がり屋根の店に吸い込まれます。「日本最北端到達証明書」を発行してくれるので、尚更なのですが、この他の店でも発行(販売)しています。
この日7/9の気温は10:20で、16.7度でした。 -
「日本最北端の郵便局」は「宗谷岬郵便局」です。「宗谷郵便局」ではありません。宗谷岬から東に1km程度行ったところです。
ここの窓口でお願いすると、この写真の茶色い北海道に、丸く押されている図柄の風景印を押してもらえます。
この地ならではの絵葉書も売っているので、その場で書くこともできます。切手は北海道のご当地切手をいろいろ揃えてくれています(もちろん1枚から販売可)。 -
北海道の海岸線は、独特の岩が良く見られ、人の住んでいない大地がそのまま海に接しています。この風景を見るために、私は毎年北海道に来ているんだなと思います。
もちろん、山の風景も好きなのですが、「北の荒々しい大地」を感じる海岸線が最も好きです。 -
こうした風景は、観光バスではなかなか見られません。これだけの広さに建物一つ見えません。
-
国道38号線を南下して、猿払(さるふつ)村浜頓別(はまとんべつ)から国道275号で内陸に入り、中頓別(なかとんべつ)に向かう途中、寿公園というところに、F104戦闘機が置いてありました。「この飛行機は、自衛隊第2航空団より借り受けたものです。」とありました。
最大速度2,164(マッハ2.0)km/h、航続距離2,500km。上昇限度約20,000m。乗員1名。 -
脇の階段を上って、中を覗きこむことが出来ます。
キャノピーが雨ざらしですっかりキズだらけになっていて、尚且つ、天気がいいので反射して、あまりよく写せませんでした。 -
そしてここには「49648」がいます。北海道は鉄道の歴史が古いので、国鉄以前の鉄道院の9600シリーズが多いようです。これから当分9600シリーズです。
9600の449番目のSLです。百の桁が「96」の頭に付くのが特徴です。なお、「00」号機があるため、ナンバーと号機がずれます。 -
「49648」。川崎造船所大正9年9月7日製造。
昭和初期に北海道に配属、宗谷本線・天北線・名寄本線を経て、追分機関区にて昭和51年3月31日に廃車となりました。
運転走行距離2,440,905.6km。
保存状態はよく手入れされていて、綺麗でした。 -
こちらは紋別(もんべつ)郡雄武(おうむ)町の道の駅の隣にあるAコープで見つけた不思議なものです。大きな字で「マフラー」とあります。
親切にも下に説明書きがありました。「マフラーは北海道地方でのさつま揚げの名称です。長方形の形がマフラーに似ていることからという説があります。」
但し、北海道どこでもこう呼ぶわけではありません。知り合いの道民はまったく知りませんでした。 -
同じAコープの魚売り場に、で〜んと居座っていた「オオカミウオ」の頭です。
インパクトありますね。びっくりして、おののいている私に売り場のお兄さんは、「鱈のようで、美味しいんですよ。」と教えてくれました。ちょっと食べてみたかったような・・・地元の人は食べるんですね。
この売り場では、魚市場から直接買い付けて来るそうで、タラバガニが信じられない値段で売っていました。思わず、ここから宅急便で送ってしまいました。売り場でお願いすると宅配の手続きまでしてくれます。 -
「69644」紋別(もんべつ)市渚骨(しょこつ)町の旧渚骨駅跡に保存されています。駅の跡らしいものは何も無いのですが。
大正11年12月1日、川崎車両により製造。戦前は東海道本線を走ったが、戦後は名寄本線で貨物輸送で活躍した。昭和50年7月18日廃車。走行距離2,301,095km。 -
近くの渚骨小学校の校門を入ってすぐのところに、こんな場所があります。
「鉄路復元について。網走管内でハッカの生産が隆盛を極めた頃、産業・文化の動脈として渚骨・滝上間の鉄路は活躍してきた。以来60余年校庭を横断していた全国で唯一の鉄路を復元することにより、永く郷土学習の資料として活用を願うものである」 -
紋別郡滝上(たきのうえ)町にある郷土館。右手にあるドーム型のガラスの中に、SL「39628」とラッセル車キ277が保存されています。
残念ながら16時で閉館してしまったので、ガラス越しに外から覗き込むしかありませんでした。 -
ガラス越しならではの、ちょっと不思議な写真になりました。左側は中のSLが写っていますが、右側は、ガラスに写った建物の後ろの様子が一緒に写りこんでいます。
SLは前にラッセル車を付けていて、足回りは赤や青に塗られています。
かなり錆びも見受けられるので、屋内に入ったのは随分後なのかもしれません。 -
「北見滝ノ上」駅舎記念館。駅舎の後ろには青い小さな機関車があり、線路に沿ってかつての駅名板が3つ。北見滝ノ上・濁川・滝ノ下の駅があったことがわかります。濁川駅跡は、ゲートボール場になっているようです。
さて、明日は北海道の観光の代表格。美瑛・富良野へ行きます。
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