2014/07/16 - 2014/07/22
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ねいちゃさん
今年の祇園祭は「観光か、信仰か」の議論を経て、古の後祭を復活させた記念すべき祇園祭となっております。
これは是非とも行かねばなるまいと、老体に鞭打って、人でごったがえすお祭りに参上した次第。
などと言ってはおりますが、そこは京都人。なんだかんだと言いながら毎年行くんだけどね~。(笑)
「コンコンチキチン、コンチキチン」の調べが、やっぱり好きで、大変心地よいのです。
この調べを聞かないと、夏が来ないって何故か思うわけでして。。。
もちろん、去年の祇園祭とは一変しているようなので、かなりワクワクして見て参りました。
何より露店数が激減してますし、後祭の鉾や山はまだ「鉾立て」もしておりません。
行った感じだと、例年よりもスムーズに動けたかな~って感じで、結構良い感じだと思うのですが・・・。
長年、観光優先で祭りの本質を見失っている感のあった祇園祭。
今年はどっしりと本来の祭の有り様を見せてくれるものと期待しておりました。
タイトルはみなさんご存じの俳人、正岡子規の一句。
つまらないアレンジは一切排して、そのまんまの一句を拝借いたしました。
祇園祭には例年カメラなんて、持ち込まないんですけど、今年は特別、えぇ頑張って撮ってきましたよ。
みなさんのお目汚しでなければ・・・最後までご笑覧いただける嬉しいです・・・。
手持ちの夜景撮りなんで、ISOはオートにしていますし、画質はザラザラ感満載ですけど、そこはピント合わせ重視ってことで、是非肝要なお気持ちで・・・。
そして、今回もまた「お勉強」です。
蘊蓄語りまくりなので、例によって文章すっ飛ばして、ご覧下さいませ・・・。(笑)
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 徒歩
-
というわけで「長刀鉾」です。ご存じ山鉾巡行の「くじ取らず」の1番手。
長刀UP画像をおまけでつけました。(笑)
ここで、一蘊蓄。
長刀の刃の向きにご注目、南に向いてますよね。刃が御所や八坂神社に向かないようにつけられているんですな〜。「へぇ〜」でしょ。。。 -
まだ暗くもなっておりませんが、もう大変な人・人・人。
東に「長刀鉾」、西に「函谷鉾」「月鉾」が見渡せる「四条烏丸」です。 -
このまま西にいけば「室町通り」で、通称「鉾の辻」。
でも今日はこのまま北にむかいます。 -
「孟宗山」(もうそうやま)
「筍山」ともいいます。名前の由来は、病身の母を養う呉の国の孟宗が、雪の中で筍を掘りあてた姿をあらわしているそうです。
胴懸は平山郁夫筆「砂漠のらくだ行」、とてもインパクトのあるものですが、山の名の由来と「砂漠」のイメージがちょっとかけ離れております。 -
イチオシ
祇園祭は7月1日から31日まで、一ヶ月にもわたる八坂神社のお祭りです。
宵山や山鉾巡行などが主に取り上げれていますが、ホントはとっても長ーいお祭り。 -
今からおよそ1100年前の清和天皇の貞観11年(869年)に、京都中に疫病が大流行して、庶民の間に多くの病死者がでました。
これは牛頭天王(ごずてんのう)の祟りに違いないと、祗園社(現八坂神社)の神を慰め、病魔退散を祈願したことがはじまり。 -
人間を守ってくれるのが神様じゃないのって、いつも思うのだけれど、神様の役割は必ずしもそうではないらしい。
荒ぶる神を神域に押しとどめ、外へでないようにし、人間がコントロールする行為そのものが「祀り」の由来なんです。 -
だから「祀り」=「祭り」は、時の為政者にとっては大切な行事。
以後、祭りを司ることが「まつりごと」となって、これに「政」って字を当てます。「政治」の語源となるんですが、祇園祭なんかに来るといつもそういうことを強く感じてしまいますね。 -
牛頭天王は素盞鳴命(すさのおのみこと)と同一とされていて、八坂さんのご祭神であらせられます。高天原で暴れ回り、八岐大蛇を退治した天照大神の弟さんですね。
日本神話と仏教が習合していく過程は、大変面白いのですが、長くなりそうなので今回はパス・・・。(笑) -
「占出山」(うらでやま)
身重の神功皇后が朝鮮出兵の際、肥前国の松浦川で鮎を釣り上げ、戦勝の吉兆としたことに由来しています。
出兵後、神功皇后は無事に皇子を出産されたことから、安産の神様とされ、山鉾巡行のくじ順が早いと、その年のお産は軽くて安産が多いとされています。 -
今年、身内に出産予定の子がいるので、お守りをもらいに来ました。
占出山の今年のくじ順は、なんと1番・・・吉兆じゃないですか!
御利益があるといいねぇ〜とヨメとも話しておりました。 -
占出山の懸装品は日本三景の綴織・・・写真では見づらいかもしれませんが、手前から「天橋立・安芸の宮島・松島」となっています。
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錦小路通からは見えませんが、路地奥に町会所があって、神功皇后をお祀りする立派な社殿もあります。
路地門脇には「吉兆あゆ」のお菓子も売ってますよ。 -
占出山でのミッションを終え、次に毎年購入している郭巨山の粽を買いに行きましょう。郭巨山は財運の神様でもいらっしゃるんで、ウチは毎年ここの粽に決めております。
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イチオシ
室町通と錦小路通の交差点・・・鉾の辻の一つ上の所です。
提灯が良い感じでしょ。背景はごちゃついてますけど、祇園祭らしい一枚です。 -
遠方に「霰天神山」が見えてます。
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ここも路地奥に町会所があります。結構な長さの行列ができているんですが、私の祇園祭の楽しみ方は、町会所巡りでもあるんで、やっぱり並んでしまうんですね。
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細い路地には美しい提灯の列が並んでいます。うまく撮れればいい被写体なんでしょうが、私の腕ではこれくらい・・・。
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町会所には可愛い女の子が「粽どうですかぁ〜」「ろうそく一本しんぜましょう」と、これまた可愛らしい声で売っております。祇園祭はこういうのが楽しいんですよねぇ〜。
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足が痛いのか、ぐずっている幼い女の子。綺麗なお母さんが優しく声をかけて・・・素敵ないい光景ですね。もう眠いのかな???
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「霰天神山」(あられてんじんやま)
室町時代の永正年間、京都に大火があった時、この町に霰が降って類焼を免れました。その時、一寸二分(3.6cm)の小さな天神様が霰と一緒に降ってきたそうで、「町内が助かったのはこの天神様のおかげ」と町衆はお宮を建ててお祭りしたのが始まりとか。 -
天明や元治の大火の折にも、火事の被害から免れて、今は火除け天神と崇められております。愛宕さんと同じ御利益がある神様なんですね。
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祇園祭は山鉾だけが注目されているんですが、山鉾巡行はいわば「先払い」で、本質はその日の夜に行われる三基の御輿巡幸にあるんです。これが「神幸祭」。
八坂さんの南楼門から出立した御輿が、町じゅうを練り歩き四条御旅所に到着し、ここに7日間留まります。 -
7日後の24日。後祭の巡行が終わった後、御輿は神泉苑に立ち寄ってから、氏子区域をくまなく巡って、再び八坂さんに戻ります。これが「還幸祭」。
この49年間、観光優先のため、後祭が無くなっておりました。これでは還幸祭の先払いができないんですが、山鉾巡行の観光が優先されてしまった。
今年はその後祭が復活、とりを飾る大船鉾も150年ぶりに再建された、祇園祭史上、とても大切な年となっています。 -
「観光か信仰か」というのは、どの自治体にもある避けられない問題ではあるんですが、祇園祭がようやく本来の姿に戻りつつあることは、歴史に興味をもつ私のような人間には大変嬉しい出来事でもあるんですね。
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イチオシ
今回、表紙にさせてもらった写真です。
放下鉾の文字のインパクトと後ろの駒形提灯のボケ具合が良い感じだと思うんですが・・・。
どうでしょうか? -
「放下鉾」(ほうかぼこ)
放下というのは放下僧のことで、真木の天主座に放下僧を祀ることから放下鉾と呼ばれる事になりました。放下僧は町で芸をしながら仏法を説く僧で、その前身は田楽法師などと呼ばれています。 -
鉾頭には日・月・星の三光をあらわす三つの輪があって、上の写真の駒形提灯にもその紋様がつけられているのが、わかるでしょうか?
赤字で描かれている○が三つ並んでいるものなんですが・・・。 -
四条通りに出ると、やっぱり大勢の人ですね〜。
このまま郭巨山まで行っちゃいましょう。 -
当初は神泉苑で当時の国の数66カ国と同数の矛を立てて、疫病退散を祈願していた祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)が祇園祭の起源です。
今日の「山鉾」が出現するのは、室町の南北朝の頃だそうで、神泉苑の「矛」が下京の町衆の「鉾」になっていくわけですね。 -
室町時代は土倉や酒屋といった豪商が居りましたから、その経済力が「山鉾」に注がれ58基(新説では60基)もの鉾が巡行していたそうですよ。
今は前祭で23基、後祭で10基の33基。約半分ですね。 -
先の大戦である応仁の乱(1467-77年)では、祇園祭は33年間中断。山鉾の多くも焼失しましたが、明応9年(1500年)には華麗に復活を果たしたそうです。
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江戸時代には、宝永の大火(1708年)・天明の大火(1788年)・元治の大火(1864年)と三度の大火に見舞われ、鉾町一帯も罹災しますが、その都度不死鳥の如く蘇って来るのです。
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太平洋戦争時にはさすがに中断していますが、戦後の昭和27年には戦前の姿の巡行を行っています。
昭和36年には巡行路が寺町通から河原町通に、昭和41年には前祭と後祭の合同巡行にされてしまうのですが、平成26年7月24日実に49年ぶりに後祭が復活を果たしました。 -
これからは巡行路を以前の寺町通や三条通に戻すことが検討されているようですが、今やアーケードができ、路面もタイル張りなので、これは長い時間がかかるようです。
私が生きてる間に、かつての祇園祭って見ることができるんでしょうかね〜。 -
「四条傘鉾」(しじょうかさぼこ)
四条傘鉾は明治4年に巡行に参加して以降、ずっと途絶えていましたが、昭和60年に町内の人々の努力が実り傘鉾の本体が再興され、昭和63年から巡行に加わっています。 -
形式的にはとても古いスタイルで、傘と棒振り囃子が巡行します。
巡行には小学生が、棒振りと鉦・太鼓・ササラなどの楽器を鳴らしつつ、踊りながら練り歩きます。 -
棒振りの様子は、素戔嗚尊が八岐大蛇を退治した際、大蛇の僕だった鬼たちが尊に従い、北インドまで送った様を表しているそうです。
四条傘鉾の傘の下に入ると、病気にならないと言われているのですが、巡行の折には警備が厳重で近くに寄れませんよね。 -
などと「祇園祭うんちく」を語ってるところですけど、唐揚げ屋の呼び込み(知り合いの子でした?!)につかまり、生ビールと冷酒をいただき、気分良く夜町そぞろ歩きとなってます。(笑)
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イチオシ
「月鉾」(つきほこ)
私ね、この鉾の「祇園囃子」が一番好きなのです。「え?どれも一緒じゃないの?」って素人はこれだから・・・・。(笑)
山鉾によって20曲ほどのお囃子があるそうで、60名程度の囃子方が居られるそうですが、後継者不足で困っているようなことも耳にした記憶もあります。 -
あぁ、月鉾の解説でしたね。(笑)
鉾頭に「三日月」が載っているから「月鉾」。あら、簡単でしたね。
天主座に月読尊(つきよみのみこと)が祀られています。この方も天照大神の弟さんですね〜。
32基の山鉾中、もっとも重く高い鉾なのです。高さ26m、重さ12t、と言われてもピンときませんが・・・。 -
月鉾は屋根回りの飾りつけが大層綺麗で、太陽の使いの八咫烏が屋根に居たり、左甚五郎作と言われる白ウサギの彫刻があったり、見ていて飽きないものです。
もっとも宵山は夜なんではっきり見えませんが、巡行の時には美しい姿を見せてくれますよ。 -
おや?なんだか囃子方の練り歩きがあるようですね。
四条傘鉾の「棒振り踊り」です。宵山限定のパフォーマンス。
ちょうどいい時間に通りがかれたみたいです。 -
この辺りは「鉾の辻」なので、あちらこちらに人の流れが出来上がっています。
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人の流れに逆らわず、流されていると・・・函谷鉾が見えてきました。
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「函谷鉾」(かんこぼこ)
正確には(かんこくぼこ)なのでしょうが、普通は(かんこぼこ)って呼びますね。なんででしょ。
函谷関を王の怒りをかった斉の猛嘗君が逃げてきた所、関所が閉まっていたので、家来が鶏のマネをしたら無事開けられて逃げられたという故事から来ています。 -
イチオシ
祇園祭の山鉾には、中国由来のお話から名前が付いていることが多いのですが、理由は定かではありません。単に私が知らないだけなのかもしれませんが・・・。
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この鉾の前懸はつとに有名。「イサクに水を供するリベカ」というタイトルで、旧約聖書から題材を得ています。重要文化財に指定されている、文字通りの「動く文化財」なんですね〜。
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このタペストリーには、宵山に町会所の2階で見ることができますので、是非ホンモノをご覧下さい。函谷鉾は女性も上がれますし、写真撮影もOKだそうです。
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私は何度か上がったこともあるので、今回は「ほろ酔い」のためご遠慮しておきました。(笑)
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イサクの嫁としてふさわしい優しい乙女を求めた所、水を惜しみなくらくだにも与えるリベカを発見。アブラハムの家来、エリアザルはこの人から主人が求めている女性だと確信した・・・こういったお話がタペストリーになっているんです。
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それはいいのですが、猛嘗君はどうなった?って話ですよね。
このように祇園祭の山鉾に関しては、色んな時代や色んな国の歴史が雑多に混じり合っているんで、それをひっくるめて肝要な心で眺めることが大事。 -
下京の町衆が「これ、綺麗じゃん?!」で、金にいとめをつけずに選んだ芸術品の数々。
山鉾に似合う似合わないは、この際ちょっと置いといて、綺麗に着飾る山鉾を愛でる・・・これが祇園祭の楽しみ方なんでしょうねぇ。
世界中でこれら山鉾にしか残っていない、絨毯やタペストリーがあるって話です。欧州で失われた幻の絨毯が、さりげに飾られている所が祇園祭なんですね。 -
とかなんとか言ってるうちに、長刀鉾が見えてきました。
この鉾が氏子区域と八坂神社の神の領域の限界点。
あの鉾から先には、鉾も山もありません。 -
毎年、写真撮るのも大変な人混み必至の場所なんですけど、今日はなんでかスムーズに歩けています。
おっと、ボヤボヤしてる間に今度は綾傘鉾の「棒振り踊り」のお囃子パフォーマンスが始まるようです。 -
「綾傘鉾」(あやがさぼこ)
この傘鉾も古い形態をもつもので、洛中洛外屏風にもその様子が描かれていますから、500年以上も歴史があります。
ですが多分に漏れず、蛤御門の変で焼失。その後、町内の人々の熱意で昭和54年に巡行に戻ってきました。 -
巡行の時には、6人の綾傘鉾稚児行列が徒歩巡行を行います。長刀鉾以外で「生きた」お稚児さんはこの鉾だけ。
その後に、赤熊を被った棒振りがお囃子を披露。最後に2基の傘鉾が続くという仕様となっています。 -
豪華絢爛で、巨大な鉾がぎしぎしと、都大路を進むのは圧巻の光景ですが、こういう原初的な巡行にある「風流」を感じてみて下さいね。
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宵山では、衣装をつけず浴衣姿のパフォーマンス。歩きながらお囃子を演奏するさまは見事ですね。
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それにしても祇園祭の歴史を追いかけていくと、何らかの形で「蛤御門の変」って出てきますよね。薩摩・会津を中心とした幕府軍と長州の争い、その兵火が洛中に広がり、京都の約半分を燃やした大乱でした。
その被害の大きさは応仁の乱と匹敵するもので、山鉾の多くが失われてしまいました。 -
その時に罹災した「菊水鉾」は昭和28年、89年ぶりに「昭和の鉾」として復活しました。
そうして今年「大船鉾」がついに150年ぶりに復興を遂げたんです。
今年の祇園祭は例年とは大きく異なっていて、新聞にも連日ニュースで取りあげられています。 -
ですから後祭の巡行は、見ておきたかった所なのですが、宮仕えの身、24日はお仕事です。
でも何とか時間作って、蘇った「大船鉾」の雄姿だけでも・・・と密かに企んでおります。(笑) -
「長刀鉾」(なぎなたぼこ)
鉾頭に長刀をいただく、「くじ取らず」のもっとも有名な鉾。山鉾の中で唯一「生き稚児」が禿を従えて乗り込み、注連縄きりを行う様子は、TVでご覧になられた方も多いでしょう。 -
あの注連縄きりって、何をしていると思われます?
「よぉーい、スタート!」って感じですよね。
あの縄は四条麩屋町に張られていて、あの縄の先からが八坂神社の神域、縄の内側が氏子の区域。そう「結界」なんですよ〜。 -
イチオシ
神の使いであるお稚児さんだからこそ、結界を断ち切れるわけなんですね。
でもお稚児さんも大変なんです。13日に「神の使い」になる「社参の儀」からは、食事は火打ち石で清め、父・祖父としか食事をとれず、祭壇を設けた注連縄が張られた部屋の中で過ごすことになります。 -
17日巡行後、八坂神社で「お位返しの儀」が行われ、禿とともにようやく少年に戻れるんだそう・・・それにここだけの話、大層お金もかかるそうですよぉ〜。
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長刀鉾の長刀は、平安時代の三条小鍛治宗近が、愛娘の病気平癒を祈願しつくったものと伝わります。
盗られるとえらいことになりますから、今あるのは竹で作ったレプリカ。ホンモノは町宝として、秘蔵されているます。見ることはできないのだそうです。 -
長刀鉾の胴懸は、チベット辺りのカモシカの毛をもちいて作られた絨毯で、世界を探してもここにしかない程の貴重なもの。
世界の様々な文化や様式が、この祇園祭に結実しているのは大層興味深いお話です。 -
やっぱり長刀鉾はいいっすね〜。鉾の中の鉾たる重量感に溢れています。この鉾にも登れますが、今でも女人禁制。
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どうでしょう?祇園祭、堪能していただきましたでしょうか?
一度も「ナマ」で見たことないという方は是非一度ご覧下さいね。
むっちゃ暑いし、人並みにかなり疲れてしまいますが、その価値は絶対にありますよ。 -
では、今回はこの辺で・・・といいたい所なのですが、やっぱり「大船鉾」の写真がないと「画竜点睛を欠く」ってもんで、なんか落ち着きが悪いです。
・・・ちょっと待ってて下さいね。 -
・・・・・7月22日(火)
おまちどおさまでした。行って参りました。(笑)
祇園祭後祭でございます。 -
「大船鉾」(おおふなほこ)
150年振りに巡行に復活を果たす大船鉾。2012年には神功皇后の神面を入れた唐櫃のみ、巡行に参加しましたが、今年になって「鉾」が再建されて、立派な姿を見せてくれます。 -
祇園祭前祭には別に「船鉾」もありますが、あれは神功皇后が身重ながら朝鮮半島に出兵する「出陣の船鉾」。ですから、皇后も鎧をつけた装束なのですが、こちらは「凱旋の船鉾」なので、戦いに勝って鎧もお脱ぎになっておられます。
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「船鉾」は前祭のしんがりを、「大船鉾」は後祭のしんがりを勉めることになってます。
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イチオシ
船首には大金幣。文化11年(1814年)に製作されました。縦2.3m、幅1.5mもあり、和紙に金箔を貼って作られています。
かつては船首飾りに竜頭もあって、この金幣と隔年で使用していたそうですが、今は金幣しか残っていません。 -
復活が成ったと言っても、ご覧のようにまだ「白木」の状態です。
前祭の「船鉾」のように、黒漆に金箔が貼られているような煌びやかなものではありません。 -
そうなんです、「大船鉾」の新しい歴史は、まだ端緒についたばかり。
これから本格的な復興が始まっていくんでしょうねぇ〜。 -
ともあれ、150年振りの復活鉾だけあって、平日の昼間だというのに大勢の観光客が足を運んでおられます。
「大船鉾」に登るのにも長蛇の列だし、「粽」はもう完売しているとのこと。
私のようなアマチュアカメラマンもたくさん来ておられます。 -
全身汗まみれになりながらも、何とかミッション終了。
午後から代休いただいて、チャリ走らせてやってきた甲斐がありました。 -
新しい歴史が今ここから始まっていくという現場に立てたことは嬉しいですねぇ。
スケールは全く違うけれど、ゲーテもこんな高揚感だったのかな〜? -
さて、堪能しました。
これで帰ってもいいんですが、折角の後祭、残りの9基がどんな状態か、くるりと見てきましょうか。 -
「南観音山」(みなみかんのんやま)
蛸薬師通をはさんで、新町通の南に位置するのがこの山。山と言ってますが、形態は鉾と同様で囃子方も乗られます。
ご神体は南北とも「楊柳観音」、薬草の柳の枝を一振りして人々の病苦を取り除いてくださる観音様です。 -
戦国期から蛤御門の変までは、南北の観音山は隔年で巡行に参加していたそうです。
それと、7月18日の京都新聞に面白い記事が載っていました。
大屋根に乗る「真松」に両観音山ともに木彫りの「鳥」が置かれているんですが、去年までは南が「尾長鶏」、北が「白鳩」だったんですが、今年は逆にするんですってね。 -
江戸時代の絵図にはこのように描かれているんですけど、文献では逆・・・保存会で相談がなされ、結局絵図が間違いだろうと判断して、元に戻すことで一致したそうですよ。
なので、今年は南観音山が「白鳩」、北観音山が「尾長鶏」を伴って巡行いたします。両理事長とも「本来の姿に戻ってよかった」と仰っています。
こんなことがあるんですね〜、面白いです。 -
「北観音山」(きたかんのんやま)
かつては後祭の先頭で、南観音山がしんがりを努めていましたが、今年からは「橋弁慶山」に続く2番手で巡行をします。
両観音山の胴懸の絨毯はペルシヤやトルキスタンのものだそうで、西洋絵画によく描かれている星形紋様が特徴。でも欧州にはもう現物は残っておらず、世界広しと言えども、これが見られるのはこの両観音山のみという貴重なものなのです。 -
イチオシ
観音山が曳き山だった頃、山の上に天幕をはって囃子方が演奏したそうですが、真夏の炎天下、暑すぎっ!ってことで、鉾のような屋根を持つようになったとか。
ほんと、山鉾には色々な歴史があるものですが、その沿革についての詳細は不明なんですね。 -
ちなみに「鳥」が置かれるのは、「真松」の左、下から三本目の枝だそうです。
後祭巡行に行かれる機会がありましたら、左側にご注目ですよ。 -
後祭3基を制覇しましたね。
新町通には南北に4基並んでいて、残すところあと1基。 -
「八幡山」(はちまんやま)
町内に祀られている金箔張りの八幡宮を山の上に移して巡行が行われます。ご神体は騎馬像の応神天皇、神功皇后が三韓征伐をした折、生まれたお子様。鎌倉仏師の運慶作だそうです。 -
巡行の際には、鳥居上に置かれる夫婦鳩にもご注目、左甚五郎作だそうです。
しかし、すごい名前がゴロゴロでてまいりますねぇ。夫婦鳩の図柄は八幡山のシンボル、上の写真の赤提灯にも描かれております。
そういや、三宅八幡に行った時も「鳩」が狛犬でした。「鳩」は八幡さんのお使いなんですね〜。 -
「役行者山」(えんのぎょうじゃやま)
修験道の開祖役行者が、山伏たちのために山の頂上に石橋を架けさせた伝説がテーマとなってます。
修験道の本山聖護院の山伏らは、巡行前日、般若心経を唱えつつ、この山の前で護摩たきをするんだそうです。 -
イチオシ
「黒主山」(くろぬしやま)
謡曲「志賀」に出てくる、薪に座って休む老若二人が、大伴黒主も反り返って山桜を愛でていることを引用したシーンを表したもの。
何ですが、、、謡曲はよく知らないし、大伴黒主も歌人であることくらいしか知らないので、何のことだかよくわからない山でした。 -
ただ中央にどーんと置かれた桜は見事なもので、真夏の日差しにあっても、鮮やかなものです。この造花の桜、粽と同じで戸口に飾ると、悪事が入ってこないそうです。
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「鯉山」(こいやま)
中国の故事「登竜門」をテーマにしています。鯉が龍になるお話で、日本でも鯉のぼりをあげるのと同じ発想ですね。山上に飾られる木彫りの大きな鯉も、左甚五郎作と伝わっています。
鯉山の見送りはベルギー製のタペストリー。徳川幕府に献上された品らしいのですが、どういう経緯があったのか、今はこの山を飾ることになっています。全部で5連作の壮大なタペストリーだったそうですよ。 -
イチオシ
赤の「五瓜紋」が見事な駒形提灯です。織田氏と同じ紋ですよね。
これは八坂さんの素戔嗚尊の神紋で、形がキュウリの切り口に似ている所から、祭の関係者は期間中はキュウリを食べないと言われてます。
確かめたわけではありませんけど・・・。 -
「橋弁慶山」(はしべんけいやま)
これも謡曲「橋弁慶」から、牛若丸と弁慶が五条大橋で戦うシーンを題材としています。このお話は有名なので、「黒主」さんよりはるかに馴染みがあります。 -
山の中で唯一のくじ取らずの山で後祭の1番手です。以前は北観音山の2番手に甘んじてましたが、大船鉾復興によりかつての決まり通り1番手に復帰しました。
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この山は「八方正面の山」でどこから見ても絵になります。くじ改めの折には、各山は奉行に回してお見せするのですが、芸裏がないと言われているこの山は「橋弁慶山通ります」と宣言するだけで回さないそうです。
色んな所で、この山には何かの特権?があるみたいですね。 -
「浄妙山」(じょうみょうやま)
「平家物語の橋合戦」で先陣を狙う筒井浄妙の後から、一来法師が浄妙の頭上を飛び越え先陣を奪ってしまうというシーン。山の中でもっとも躍動感溢れるお山です。
でも先陣を失った方の名前が、なんで山の名前になったんでしょう?一来法師山でもよかったんじゃない?やっぱズルいんでダメかな? -
「鈴鹿山」(すずかやま)
鈴鹿峠で悪さをする鬼を退治した鈴鹿権現「瀬織津姫神(せおりつひめのかみ)」のお話をテーマにした山です。山一番の美女だった神様だそう・・・ただ烏丸通りにポツンと1基だけあってちょっと寂しげなお山でした。 -
どうでしょう、後祭10基堪能していただけましたでしょうか?まったく、知らなかったお話ばかりで、旅行記作りはやっぱ勉強になります。
今回は、山鉾連合会理事長の吉田孝次郎さん監修の「イラスト祇園祭」に多大にお世話になっています。千円なのにすごい情報量・・・助かりました。
みなさんもここまでお読みになるの、大変だったでしょうね。
ホント、お疲れ様でしたっ。(笑)
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この旅行記へのコメント (7)
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- 三乃丞さん 2014/07/25 22:40:56
- D5100
- 初めまして、私もD5100を使っています。手持ち撮影で夜間の写真がノイズもなく
撮れているとうれしくなります。ちなみに、ISO感度はいくつ位で撮影されておられるのでしょうか?私も挑戦したいと思います。これからフォローさせて頂きます。よろしくお願いします。
- ねいちゃさん からの返信 2014/07/26 02:13:29
- RE: D5100
- こんばんは、三乃丞さん。
この度は「祇園祭編」「彦根編」にご訪問ならびにご投票ありがとうございました。
さらにフォローまでしていただいて感謝いたします。
> 初めまして、私もD5100を使っています。
手頃なデジカメ入門機ですね、軽いのと後ろパカパカがコンデジみたいで、使い勝手がいいです。これに中望遠つけても、1kg弱なので海外旅行もそんなに負担なく移動できるので結構重宝しています。
反面腰をすえて、三脚などで風景写真を撮るには、やっぱフルサイズ機なのでしょうが、まだ腕がないもので、当面はこの入門機で色々覚えてからと思っています。
> ちなみに、ISO感度はいくつ位で撮影されておられるのでしょうか?
基本は絞り優先モードで、ISOはオートにしています。夜間で手持ちだと思い切り感度が上がってざらつきは目立つのですが、4トラ旅行記レベルだとまぁ誤魔化せるんで・・・(笑)。
旅行記向けにはピントと構図重視と割り切っての撮影しかできていません。
後はRAWで撮っておいて、ソフトでの加工が一般的な流れです、私の場合。
レンズのせいかもしれませんが、D5100はコントラストが弱い気がするので、RAW現像は必須になってますね〜。
これからもよろしくお願いいたします。 ねいちゃ
- 三乃丞さん からの返信 2014/07/27 22:39:13
- RE: RE: D5100
- ご丁寧なお返事を頂きましてありがとうございました。私もJPEG+RAWで撮影するようになって、解像度が上がったような気がしています。
祇園祭はちょうど、NHKスペシャルで放送があったばかりで、興味深く拝見しています。あのタペストリー大変な歴史的価値のある美術品だったんですね。
-
- レイジーガーデナーさん 2014/07/25 16:35:46
- こんにちは(^^)
- おっと! もう祇園祭をUPされてたんですね。
先日、全国ニュースで後祭が復活したと伝えられていて
よくわからないままに(笑)、「本来の姿に戻るのなら
よかったよかった」と喜んでおりました。
祇園祭の歴史が1100年って、もう、すごすぎ!
1カ月にわたって行われるということも初めて知りました。
先日、世界の人気観光地ランキング?みたいなので
京都が1位になったと発表されてましたね。
日本人にとって、まさに誇りですね!
祇園祭は、もちろん見たことないのですが(汗)、むかーし
読んだ有吉佐和子さんの「和宮様御留」の冒頭で
祇園祭を楽しみにする少女の描写が印象的で。
読み終わっても頭の中で「コンコンチキチキ?」と聞いたこともない
メロディーがグルグル回ってて。勝手に親しみを感じていました。
お祭りの人ごみも暑いのも超苦手の私にとって、エアコンの
利いた仕事場で(←こらこら)、これほど詳しくお祭りの様子が
見られるなんて、ねいちゃさんの頑張りのお陰です。(^^)
あ、先日、年齢の話にお答えまでしていただき、
ホント恐縮でした。
ご夫妻のノリの良い会話とフットワークの良さに
40歳前後のカップルかと思っちゃいましたよ〜。
で、自分のことは知らんふりしておくのは失礼千万。
というワケで、その続きは…ウェブで!(爆)
…じゃなくメールにて! ではでは! ^m^
- ねいちゃさん からの返信 2014/07/26 02:34:53
- RE: こんにちは(^^)
- こんばんは、レイジーガーデナーさん。
> おっと! もう祇園祭をUPされてたんですね。
早々と失礼します。もうちょっとかかるかな〜と思ってたら、さくっとできちゃいました。
> 祇園祭の歴史が1100年って、もう、すごすぎ!
> 1カ月にわたって行われるということも初めて知りました。
勉強になるでしょ、私の旅行記。(笑)
写真がもう一つなんで、文章力でカバーしてます。(爆)
> 読み終わっても頭の中で「コンコンチキチキ?」と聞いたこともない
> メロディーがグルグル回ってて。勝手に親しみを感じていました。
祇園祭のお囃子はとってもいいものですよ。変でしょうけど、近所のスーパーでもこの時期はずっと鳴ってます。あれを聞かないと夏が来ないというのは、京都人ならどなたでも思われるんじゃないでしょうかね。
> これほど詳しくお祭りの様子が見られるなんて、ねいちゃさんの頑張りのお陰です。(^^)
お褒めに預かり光栄です。
基本的には京都の著名な観光地の旅行記は、本当の旅行者さんにお任せして、京都在住者ならではの視点と旅行者があまり訪れないような所のご紹介をコンセプトにしているので、祇園祭はちょっと「邪道」なんですけどネ・・・。
今年は後祭復興記念でもあるので、ここいらで祇園祭の沿革を自分なりにおさらいしておきたいなぁ〜と勝手に思った次第です。
慣れ親しんだ祇園祭ですが、結構奥深いので面白かったですよ。
> ご夫妻のノリの良い会話とフットワークの良さに
> 40歳前後のカップルかと思っちゃいましたよ〜。
「気」だけは若いんで・・・^^;
> …じゃなくメールにて! ではでは! ^m^
こちらの方も後ほど御返信をさせていただきまーす。
ではでは〜。 ねいちゃ
-
- るなさん 2014/07/24 23:04:10
- ただいま兄貴♪
- むっちゃ暑いでぇ〜--;
なんっすかこの日本の暑さは???ってあちらも暑かったんですが、こんなに湿度がないのでカラッとしてて焦げそうでした(笑)
昨日今日の暑さは殺人的な東京です。
日本の夏風景ですねぇ!
「夏祭り」私の友達に神輿やら太鼓やらが大好きな人がいるんですが、足を骨折してしまい、今年はおとなしくしていることを余儀なくされました。可哀想に。
いやぁ〜見てるだけで暑そう。汗が出てきそうですよ(笑)
すんごい暑くて人も多いけど、見る価値ありっていう兄貴ですが、何せ私こう見えても(知らんって?笑)、マツリゴトってどうも好きじゃないんです。
だからきっと参加は出来ないだろうな〜と思いながら、兄貴の旅行記を拝見しておりました。
でも、提灯風景はいいね。
ノーマルな色もいいけど、ピンクやブルーも素敵。
欧米人が見たら喜びそうだ♪
我が街渋谷のお祭りは毎年9月なの。
かつては地元の中学の同窓会のように、同級生が集まったものだけど、年々その数は減ってしまいました。
もう渋谷に残っている友達も数少ないしね。
それでも神輿担ぎに帰ってくる子もいてね。何となく今年はまた集まるかも!って期待しています。
何はともあれイベントごとは明るい話題でいいね。
楽しませてもらいました〜
るな
- ねいちゃさん からの返信 2014/07/25 02:35:35
- RE: ただいま兄貴♪
- お帰りなさいませ、るな姉さん。
> むっちゃ暑いでぇ〜--;
毎日暑いねぇー、京都は連日36度越えで、体温と同じ。
暑苦しいおっさんの肌に全身で触れてる感じです。(笑)
> いやぁ〜見てるだけで暑そう。汗が出てきそうですよ(笑)
祗園さんは人多すぎだけどね〜、歴史を学ぶにつれ、大層面白いものだと改めて感じた次第・・・祭りごとはお嫌いなんですか?
なんかこう、人情とかしがらみとかで、個の自由を阻害される封建的な部分もあって、私も何とか保存会とかそういう輪に中に入るのは嫌いです。
地域の自治会にも距離置いてしまってます。姉さんもそういう感じなんかな〜と勝手に思ってますが・・・。
まぁ祗園さんは、見るだけっちゃ見るだけで、参加型ではないから、好きな時に行って好きなように見てくるだけですけど。
> でも、提灯風景はいいね。
> ノーマルな色もいいけど、ピンクやブルーも素敵。
ピンクやブルーの提灯はありません。あれはこっちで勝手に色変えた、ぱっちもんです。(笑)欧米人の期待に添えなくて申し訳ない。
> 我が街渋谷のお祭りは毎年9月なの。
姉さん、渋谷住まいでしたか!はじめて知りましたです。(今頃?)
同窓会って最近してないなぁ。あんまそういうのにも参加しないんだけれど、現実問題としてこの歳になると、いつ死んじゃうかわからないもんで、今は参加するようにはしてます。
東京の方の地元のお祭りはなんか賑やかそうで楽しそうですね。
法被姿は姉さんには似合いそうな気もします。マジ姉御。。。
いつも見てくれて、、、、ありがとうございました。
ねいちゃ
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