2012/12/25 - 2013/01/10
22位(同エリア44件中)
ちゃおさん
ジャール平原は広大な盆地状の高原地で、その広さは甲府盆地や奈良盆地よりも広いだろう。海抜の高い山中にあり、朝夕の冷えは厳しい。京都の真冬の底冷え程はないとしても、年末の冬の季節、当地でも当然冬の気候であり、人々は冬の衣服を纏って、寒さを凌いでいる。当方も東南アジアの旅行では長袖など着たことは無いのだが、この土地では、半袖では流石に肌寒い。夕方には又綿のジャンパーを買うことにした。
人の名前とか、場所の特徴、何を食べた等のメモ書きをどこかに無くしてしまい、今日バイクで案内してくれているGHの若経営者の名前も覚えていないが、この広大な盆地の中には、「ジャール」の遺跡が3か所に分かれていて、それぞれ第1サイト、第2サイト、第3サイトと区分されていて、これ等「ジャール」が作られた年代や、種族も異なっているようである。
先刻見たのは第1サイトで、ポーンサワンの町からは一番近い場所にあり、旅行日程の忙しい人はこの第1だけを見て帰ってしまう人もいるようだが、当方はこれから第2サイト、第3サイトと、順繰りに案内してもらうことにしている。舗装されていない田舎の道を、バイクの後部座席でバウンドしながら進んでいくが、前方に現代のお墓、「Tomb」が見える。「Jar」ではない。西日を受ける斜面に真っ白な大理石か漆喰、コンクリでできたお墓が並んでいる。この町の名士、銘家、お金持ちの家柄なのだろう。
いつの時代も死後の栄誉、死後の安泰を願う。1700年前の人間も現代人も、その思いは同じだ。功なり名遂げた人々は、立派なお墓に納まり、人生を全うし、死後の天上世界に平安を求めている。
この立派に作られた現代のお墓を通り過ぎると間もなく、第2サイトだ。ここは先刻の第1サイトよりも更に多くの「Jar」が転がっていて、又、その石も巨大だ。この土地には巨石はなく、はるか先の山の麓から巨石を切り出し、数十キロの道のりをここまで運び、死後の安住の場所を作った。期限2−3世紀の頃のことだ。まだ仏教が漸進する以前の、古代種族の送葬儀式だ。今はその種族はここには住んでいない。1700年も以前にどこかに消えて行ってしまった。今、その巨石を撫で、古代人を思った。
- 旅行の満足度
- 5.0
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この旅行記へのコメント (2)
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- motogenさん 2016/06/06 14:03:00
- バイクが必要?
- 第2サイト、第3サイト、ムアンクーン遺跡と、この平原にはたくさんの遺跡があったんですね。
これじゃ、歩いて回るのはちょっと無理で、バイクが必要なのか。
レンタルバイクやレンタル自転車があると良いのですが、そんな観光用のものがある地域ではなさそうですね。
残念。
- ちゃおさん からの返信 2016/06/06 14:28:58
- RE: バイクが必要?
- Motogenさん、これ等のサイトはかなり広範な地域に点在していて、昔の人は歩くしか方法はなかったと思いますが、今は、歩いて行く人は殆どいないでしょう。
当方は、GHの親父に言って、バイクを1日借り上げて、後部座席に乗って、サイトを回りました。自分でバイクを借りても良かったですが、道も分からないし、危ないので、そうしたましたが、確か1日借り上げて20ドル位だったかと思います。
自転車は、ビエンチャンではレンタルショップがあちこちありましたが、この街では見当たりませんでした。バイクタクシーが安くて便利だと思います。
> 第2サイト、第3サイト、ムアンクーン遺跡と、この平原にはたくさんの遺跡があったんですね。
> これじゃ、歩いて回るのはちょっと無理で、バイクが必要なのか。
> レンタルバイクやレンタル自転車があると良いのですが、そんな観光用のものがある地域ではなさそうですね。
> 残念。
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