2009/06/14 - 2009/06/14
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sallyさん
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写真を整理していたら、『あ〜行ったなぁ、そういえば。』が出てきたので旅行記にしてみたシリーズの第一弾。(次があるのか?)
長崎に出張があった週末、ちゃっかり軍艦島を見に行くツアーを申し込んでおいた。(会社には内緒) そういえば、この間の”007”(なんとMが死んでしまうという、あの。)で、ここにそっくりな廃墟の孤島にボンドガールが囚われて・・・というシーンがありましたが、あれは、やはり「軍艦島」からインスパイアされたんだそうです。
- 旅行の満足度
- 5.0
-
今ほど有名ではなかったと思う。
ツアーはかつてその島で子供時代を過ごしたという男性が自ら世界遺産目指して細々と、しかし、しっかりとした志を持ってガイドをされていて。
乗客はマニアっぽい人多かったかな。 -
まず資料館がある高島に向かった。
長崎は三菱の岩崎弥太郎が開いた街(といっても過言ではない?)で、造船所やらグラバー亭やら岩崎さんに絡んでいる。
ということで岩崎さんにご挨拶。 -
その時代、長崎本土から離れた島まで電話線を引かせた岩崎さんの話を聞いた記憶がある。 -
軍艦島、いや、端島(はじま)というのが本当の島の名前だけれど、その、”端島”の模型。
ありえない人口密度っぷりを知る。
ここに炭鉱で働く人たちが住んでいた。
緑の少なそうな街、もちろん平地はほとんどないし、確か小学校の校庭は屋上とか(その時代に)だったのではなかったか。
炭鉱労働者の島。 -
あれが軍艦島。いよいよ向かう。 -
船が島に着きました。
が、波が荒くて埠頭に船を寄せるのにかなり手間取り、揺られて待ってる間に気持ち悪くなってしまったのを覚えている。
島には浜辺はなく、島はぐるりとこんな岸壁が回されている。それが遠くから見ると軍艦船に見える仕組みのひとつになっている。 -
炭鉱の島の悲しい話を聞きました。
写真右側にある建物が炭鉱にもぐっていく渡り廊下、この廊下を通るときに『家族のところにまた帰って来よう』と願い労働者は潜っていくと。
炭鉱事故はしょっちゅうで、それを知らせるサイレンがなる度に子供たちは『自分の父親か』と思う、と。
左下にある建物はお風呂で、炭鉱労働者が労働から帰ってまっすぐお風呂に入れるようになっているとか言ってたような。 -
ひしめくように建物が建っていた。 -
帰りの船から。
日本の近代化の一途で、炭坑ニーズに一気に膨らみ急激に過疎化し廃墟になった島。 -
長崎市内。 -
チンチン電車、いいなぁ。
長崎ちゃんぽんも美味しかった。 -
坂道に情緒があって雰囲気のある街でした。 -
後日追加:
そういえば、ハガキがあったなと探してみたら出て来ましたんで、
スキャンして載せます。 -
Photo by "軍艦島を世界遺産にする会”(2010年当時)
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