2009/01/28 - 2009/01/28
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kubochanさん
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相国寺・下鴨神社
阪急電車と京都の地下鉄に乗り換え「鞍馬口」で下車、上御霊神社か
らスタート、どこへいっても冬季であることと平日であるため我々一行
の20 名のみでゆっくりと見ることができました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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御霊神社(上御霊神社)
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御霊神社(上御霊神社)
祭神:崇道天皇(早良親王)、井上皇后(光仁天皇の皇后)、他戸親王(光仁天皇の皇子)、藤原太夫神(藤原広嗣)、橘太夫(橘逸勢)、文太夫(文屋宮田麿)、火雷神、吉備大臣(吉備真備)。(諸説あり)863 年悪疫退散の御霊会が勅命で催された。 -
応仁の乱勃発の地
神社の鳥居の前にありました。室町時代の文正2 年(1467)失脚した管領の畠山政長と畠山義就との私闘が当社境内の森で行われ、御霊合戦は翌年勃発の応仁の乱の前哨戦となり、応仁の乱発祥の地となった。 -
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新村 出歌碑
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松尾芭蕉の句碑
元禄3 年(1690)に松尾芭蕉がこの地を訪れたときに詠んだ歌が境内にありました。 -
猿田彦神社
今では小社であるが、かっては広大な境内で、将軍家により神事料として小山郷柏木田が寄進されていた。桓武天皇はこの神の神宣により平安遷都を決意した。平安時代に桓武天皇により建てられた由緒ある神社代々の天皇の信仰が厚く、御所などの地鎮の祭儀には猿田彦神社の土が用いられたといわれている。 -
猿田彦神社
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同志社大学構内に「石組水路跡」
昔の石を組んでその間に水を流した跡 -
相国寺
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「瑞春院」
水上勉の小説「雁の寺」のモデルとして知られている。
相国寺塔頭。足利義満が相国寺落慶前後に創設した禅堂「雲頂院」を起りとし、後に塔塔瑞春軒と合併。江戸時代中期に焼失したが再建され、その後客殿が棄却したが、1898 年に再興し、現在に至る。「雁の寺」の小説は瑞春院時代の襖絵を回顧し、モデルにしたことから瑞春院は別名「雁の寺」ともいう。 -
浴室
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大光明寺の枯山水庭園
塔頭の一つ大光明寺の枯山水庭園「心字の庭」
時代のロケでよく使われ、門から内部、堀まで頻繁に使用されるスポット。各藩の江戸屋敷、旗本屋敷、大岡忠則邸など大身の武士の屋敷として使われることが多い。 -
大光明寺の枯山水庭園
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禁門変長州藩殉職難者墓所碑
禁門の変で戦死した長州藩士約200 名のうち20 数名の遺体が葬られている。 -
相国寺墓地
藤原定家・足利義政(8代将軍)・伊藤若沖の墓 -
相国寺境内にある承天閣美術館は相国寺建立 600 年を記念して創設されたもので、相国寺や塔頭、末寺の金閣寺・銀閣寺の国宝や重要文化財、重要美術品の数多くの文化財を収蔵・展示しています
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法堂
法 堂 は 現 存 す る 法 堂 で は 最 古 の も の で無畏堂と称し、現在仏殿を兼ねる。 -
庫裏
天明の大火後の再建。禅僧寺院特有の切妻造、本瓦葺の典型的な建物 -
鐘楼
大 晦 日 の 夜 に は こ の 大 き な 鐘 楼 で も 除夜の鐘がつかれ、京の町々に響きわたります。 -
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相国寺
臨済宗相国寺派の本山で京都五山 1392 年足利義満が創建
金閣寺・銀閣寺は相国寺の末寺 -
幸神社(さいのかみのやしろ)
平安京造営の時御所の鬼門を護る役目として創られたもの -
幸神社(さいのかみのやしろ)
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幸神社(さいのかみのやしろ)
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御神体は「御石さん」(おせきさん)と呼ばれる石で、拝むと縁に 恵まれて幸せが訪れるといいます。
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野呂本店
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阿弥陀寺
織田信長とのゆかりが深い。
信長が本能寺の変に自刃したした時、その父子らの骨灰を集めてこの寺に埋葬したとの伝え。その後織田信長以下の120余名の墓も移設。 -
阿弥陀寺 本堂
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森蘭丸・力丸・菊丸の墓所
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織田信長・信忠・討死衆墓所
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西園寺神社
西園寺公望(第12・14代内閣総理大臣)など西園寺家代々の墓がある。 -
天寧寺
南北朝時代の天正年間に楠木正成の八男の傑堂能勝和尚が会津城下に創建したのがはじまり。天正年間に現在地に移した、その後、直江兼継や京都所司代板倉勝重の援助で宇堂を整備。現在の建物は江戸中期に起きた火災後に再建。 -
天寧寺
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天寧寺
山門は道路から山門を眺めると遠くの比叡山があたかも額に入ったように見えることから「額縁門」と呼ばれている。 -
天寧寺のカヤ
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上善寺
本尊は、阿弥陀仏坐像で行基作と伝えられる。京都六地蔵めぐりの一つ。 -
上善寺
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上善寺
本尊は、阿弥陀仏坐像で行基作と伝えられる。京都六地蔵めぐりの一つ。 -
上善寺
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大文字
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下鴨神社
正式には、賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)といい、上賀茂神社と並んで京都でも最も古い神社の一つです。古代豪族・賀茂氏の氏神社で、賀茂建角身命(かもたけのつぬみのみこと) と玉依姫命(たまよりひめのみこと)を祭神にしています。平安遷都後は王城の守護神としてあがめられてきました。 -
賀茂御祖神社境内
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下鴨神社
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下鴨神社
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下鴨神社
御手洗社と御手洗池
土 用 の 丑 の 日 に こ の 御 手 洗 川 に 足 を浸して疫病や病い封じを祈願して「足つけ神事」が行われます -
下鴨神社
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上鴨神社 舞殿
楼門をくぐると広場があり、その中央に建てられている「舞殿」が目につく。下鴨神社の中で特別な殿舎ではないように思われるが、目を引く場所に建てられているためか、妙に印象に残る建物である。
現存の「舞殿」は寛永5 年(1628 年)に建て替えられたものとされ、重要文化財に指定されている。 -
下鴨神社 舞殿
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楼門
「糺の森」を抜け、参道の行き着いた先にある大きな鳥居をくぐると、奥に朱塗りの鮮やかな「楼門」(左の写真)が建っているのが見える。
現存の「楼門」は寛永5 年(1628 年)に建て替えられたものとされ、重要文化財に指定されている -
上鴨神社
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上鴨神社
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下鴨神社 さざれ石
日 本 国 歌 に う た わ れ て い る 「 さ ざ れ石」とは、ちいさな石という意味です。
さざれ石は年とともに大きく成長し、岩になると信じられている神霊の宿る石です。
国歌の原典は「古今和歌集」にも詠まれた生き石伝説「さざれ石」です。下鴨神社の「鴨の七不思議」の中に、「泉川の浮き石」や「御手洗の神石」伝承が残っており、石に宿る神聖な力を現しています。 -
下鴨神社
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河合神社
下鴨神社境内にある摂社、河合神社は鴨長明ゆかりの社 -
河合神社
鴨長明 -
河合神社
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河合神社
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河合神社
「方丈記」で有名な鴨長明の方丈を再現したもの -
河合神社
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糺の森
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