2013/09/13 - 2013/09/13
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ももんがあまんさん
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今回は、ルクセンブルグ編の最終回、ルクセンブルグの首都「ルクセンブルグ」です、要塞都市として、世界遺産にも認定されているそうで、ルクセンブルグの、ほかの町は知らねども、この町に来た人は多いはず、ワタクシも、26年前に、ヨーロッパ巡りをしたときに、来ておりますので、今回は二度目、と言って、別に前回と特別変わったアプローチは有りませんし、何も調べておりません・・・行きあたりばっり・・・
でも、この町の魅力はもちろん「景観」、高低差のある、スペクタクルで、ドラマチックな町並みだと思うので、26年前よりも、カメラ事情はずっと良くなった今回、前回よりは、ずっと良い写真を撮れるよう、頑張って町を歩きます、さて、良い写真が撮れたかどうか?
町の「景観」の素晴らしさは、表紙の写真を見て頂けるだけで、お分かりですよね・・・余計な説明は「無用」?
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 自転車
- 航空会社
- フィンランド航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
9月13日(金) E29号線
今日は、エヒテルナッハを出発して、首都「ルクセンブルグ」に向かいます、久々の「自転車道路」の看板がを発見。 -
田舎道
幹線道路を外れて、自転車用「サイクリングロード」を、森の中へ・・・・このあたり、ガイドブックによると「ルクセンブルグのスイス」と言う事で、一応、高原地帯ではあるんですけど・・・・スイス=森と言うイメージは、ワタクシには無いので、「何処が?」と言う感じが、昨日から続いてます。 -
田舎道 森の中
バスの停留所が有ります。 -
田舎道 森の中
森の国「ルクセンブルグ」を満喫できる「サイクリングルート」です。 -
田舎道 森の中
切り通しの「サイクリングロード」。 -
田舎道 森の中
木漏れ日の風景です・・・まあ、ルクセンブルグでなくても撮れるかな・・・ハハ・・・・一応、ルクセンブルグの「木漏れ日」。 -
田舎道
森を抜けて・・・朝靄が、まだ晴れていません・・・でも、ルクセンブルグのスイス・・・と言うのは、かなり大袈裟な「キャッチコピー」?だと思いますけど、一応、高原地帯であるという事の、解って頂けるかもしれない一枚。 -
ルクセンブルグ市
再び、幹線道路へ戻って、ルクセンブルグの町を目指します・・・遠くに見えてきました・・・・ルクセンブルグの町も、高原の町です、海抜約500m、まあ、たいしたことは無いですけど。 -
ルクセンブルグ市
此処はまだまだ、町はずれですけど・・・・だんだんと町らしくなってきました。 -
ルクセンブルグ市
丘の上の町と、下の家並みを右に見て、谷間の道を走ってます。 -
ルクセンブルグ市
鉄道の高架橋が見えます、この足もとに「ユースホステル」が有ったので、とりあえず荷物を降ろします。
宿の印象 ★★★★ 首都のユースなので、まあ、それなりに大きいです、特にすばらしいという印象も無いけれど、カフェも付いてて、設備はほぼ満点、チェックインは午後1時から、少し早く着いてしまったので、カフェでのんびり・・・・ -
ルクセンブルグ市
ルクセンブルグの町は、渓谷を這い上がった丘の上、谷間に架かる橋を渡って「旧市街」へと入ります。 -
ルクセンブルグ市
橋の上からの景観です、右サイドに「ユース」が有ります。 -
ルクセンブルグ市
森の国・ルクセンブルグの風景・・・・首都にして、これですのでね、森と緑の好きな方には、間違いなく、お勧めの国です。 -
ルクセンブルグ市
橋を渡ると、過っての城壁の内、写真は、その手前の城壁の「塔」、崩れてますけれど、周囲の景観と合わせて、なかなかに絵になる「塔」。 -
ルクセンブルグ市
「橋」に残る「城壁」と「旧市街」の街並みです、「橋」を渡った左サイドには、「ボックの砲台」と呼ばれて有名な「要塞群」=「世界遺産」があります。 -
ルクセンブルグ市
「城壁」の上の遊歩道、左サイドの「グルント」(低地)の眺望です。 -
ルクセンブルグ市
ルクセンブルグの「城壁」、この城壁の内側が「要塞」になっています。 -
ルクセンブルグ市 Grund
「城壁」の上から見下ろしたところ・・・「グルント」と呼ばれる「低地地帯」・・・・「ペトリュス渓谷」と呼ばれる「渓谷」に連なる「低地地帯」ですけれど、ここにも「城壁」が築かれて、教会などの街並みを防御しているようです、もともとは、台地のほうに、最初の「要塞」と「町」が築かれたのだと思いますけれど、町が大きくなるにつれて、下のほうまで、はみ出してきたのでしょうか?・・・・この「城壁」の感じからして、この「低地」も「旧市街」の内と言えるかも? -
イチオシ
ルクセンブルグ市
「城壁」の上から眺めた「低地地帯」(Grund)の街並みです、「塔」のある教会は「サン・ジャン教会」、川の流れは「アルゼット川」で、この先で「ペトリュス川」と繋がっています。 -
ルクセンブルグ市
「塔」の向こうに見える「高台」の街並みが「旧市街」ですけれど、結構、新しい立派なビルも多い感じです、「グルンド」の街並みのほうが、やや貧弱で「旧市街」に見えますね・・・ハハ・・・因みに、現在のルクセンブルグは、GDP世界一位の金持ち国だそうです・・・・まあ、それには、スイスと同じで「金融」≒「プライベートバンキング」≒悪名高い「タックスヘイブン」も一役買っていて・・・キム・ジョンイルさんの隠し口座とか・・・いろいろと、よからぬ話もあるのですけれど・・・ここでもやっぱり、小さいことは良いことだという感を強くいたしますですね、まあ、昔と違って、領土を広げるなどということは、農業が主体の時代の話だと思うので、単なる領土拡大の為の戦争など、ヨーロッパではもう無いでしょうね。 -
ルクセンブルグ市
「低地」(Grund)と「城壁」のある街並みです。 -
ルクセンブルグ市
絵になる「景観」です・・・・ルクセンブルグは、古代ローマ街道が交差する要衝の土地、中世前半は、現ドイツのトーリアの司教区だったところを、西フランク王国のルイ2世の息子「ジークフリート」が譲り受けたところから、独自の国(伯爵領)として発展をします。 -
イチオシ
ルクセンブルグ市
「城壁」(要塞)の眺めと、観光客です・・・・このあたりが一番、観光客の集まるポイントですね。 -
ルクセンブルグ市
「ボックの砲台」と呼ばれる「城塞」です・・・・14世紀中ごろには このルクセンブルグ家から神聖ローマ帝国皇帝「カール四世」(在位1355〜1378) が出て、そのおかげで、ルクセンブルグ家は「伯爵家」から「公爵家」へと、ランクがワンランクアップします・・・・しかしながら、その後、1443年には、ブルゴーニュ公領となり「消滅」・・・以降、スペイン領〜ハプスブルグ家の支配下となり・・・・1815年、ナポレオン戦争の後始末としての「ウィーン会議」のどさくさに紛れて、「ルクセンブルグ大公国」=オランダ王国との「同君連合」として「復活!」と言うのは、以前にも書いた通り・・・・・マア、ヨーロッバでは良くある、国家の歴史でしょうか・・・・ -
ルクセンブルグ市
マア、国が消えたり、再び出来たりなどと言うのは、近年の「東欧諸国」の例を見ても分かる通り、世界中どこでもよくあることで、固有の領土とかなんとかと言うものなども、所詮「戯言」でしか有りません、世界史を紐解けば、国家などと言うもの自体が、当てになるものでも無いし、たいした代物でも無いという事は、良く解るはず・・・・国家などよりも・・・ひとり一人の個人こそが、むしろ、永遠に変わらぬ「真実」の「存在」なのです・・・国家が有ろうとなかろうと、人は存在してきたし、これから先も、多分暫く? 国家よりも長く存在し続けるでしょう。 -
イチオシ
ルクセンブルグ市
石橋の上を電車が走ってます。 -
ルクセンブルグ市
「グルンド」(低地) の眺望です。 -
ルクセンブルグ市
同じく「グルンド」の街並み。 -
旧市街 ルクセンブルグ市
お次は、「旧市街」の街並みです・・・ -
旧市街 ルクセンブルグ市
ちょっと細い「路地」を抜けて・・・・・ -
大公宮殿入り口?
ブラブラ歩いてますので、何処が何処やら確信は無いのですけど、多分?大公宮殿の入り口だったと思います? 入り口に王冠の紋章が有るし、隣には、警察車両(パトカー)が二台・・・・しかし、それにしてもジミ・・・ひょっとしたら違うかも? -
宮殿前広場?
写真右側が、上の写真の「門」です、広場は、わりと広くて綺麗な広場ですけれど、公爵様の国ですから、ベルギーのフランドル地方の広場とは、感じは、だいぶ違います。
中央の建物は多分、大公宮殿の一部? 間違ってたらゴメン・・・? -
宮殿前広場?
皆さんが記念写真を撮ってたので、一応撮っておきます・・・・ひょっとしたら、ルクセンブルグの女大公様かも? ルクセンブルグ大公国は、1890年のオランダからの独立以来、現在は六代目(アンリ)、その間、女性の大公が二人(マリー&シャルロット)います。 -
Pl.Guillaume ルクセンブルグ市
こちらは「ギョーム広場」だったと思います・・・銅像は多分、「ギョーム2世」、「ギョーム」とは、「ウィレム=ウィリウム」の事、1815年に復活したルクセンブルグ大公国(オランダとの同君連合)の2代目の王様、ルクセンブルグにとっては、オランダ支配時代のルクセンブルグ大公(オランダ王)。 -
ギョーム広場
勿論、ベルギーの町の広場とはだいぶ違いますけれど、明るくて良い広場です。 -
ギョーム広場 Hotel de Ville
なかなかお洒落な「市庁舎」です、ルクセンブルグは、全体としては「ドイツ語圏」のようですけれど、お役所関係は「フランス語」と言う事で、「市庁舎」の建物も、なんとなくフランスの雰囲気を感じます。 -
旧市街 ルクセンブルグ市
旧市街をブラブラ・・・・旧市街とは言っても、建物はマア、それほど古くは無いですけど・・・まあ、そのあたりは、あまり固い事は言わず・・・・そこそこに雰囲気は有ります。 -
旧市街
町の「楽師」さんたちです、なかなか、良い演奏でしたので、コインを入れてあげました。 -
旧市街
こちらの人には・・・何もあげなかったけど・・・・ワンちゃんが憐れ・・・・近づく人は、あまりいません。 -
旧市街
賑やかで、お洒落な「ショッピングタウン」です。 -
旧市街
何せ、GDP・世界No1の国の首都ですから、良い街並みです・・・・でも、特に、派手じゃないし、見栄っ張りでも無い、首都と言うわりには、地味な「繁華街」なのです、まあ、世界遺産の町であっても、観光が売りと言うほどの町でも無いようですし・・・・結構、好感度は高いかも? -
Place de la Constitution 憲法広場
絶壁の上の「広場」です、中央には、第一次大戦の「慰霊碑」。 -
イチオシ
ペトリュス渓谷
「憲法広場」からの眺めです、緑の谷は「ペトリュス渓谷」、向こうに見える「塔」が何かは解りません。 -
Pont Adolphe ペトリュス渓谷
「渓谷」に架かる「アドルフ橋」です。 -
Cathedrale Notredam ルクセンブルグ市
「ノートルダム大聖堂」です、ガイドブックに依れば、17世紀建立のイエズス会の教会で、1935年〜1938年に再建されたのだとか。
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ノートルダム大聖堂
正面入り口の聖母子像・・・アート系ですね・・・因みに、マリアは、イエスの下に、四人の弟と二人以上の妹を生んでいるのだとか、生涯処女というわけでは無かったのですね。 -
ノートルダム大聖堂
アートな聖人像ですけど、誰でしょう? 「髑髏」を持ってます、中世の図象学に於いては、「髑髏」は、「この世の儚さ」の「象徴」なのだとか。 -
イチオシ
身廊 ノートルダム大聖堂
内部も「アート」です、さすが、首都の大聖堂ですね・・・かなり気合の入った「豪華」なカテドラルです・・・イエズス会が、お金持ちなのかも・・・? -
身廊 ノートルダム大聖堂
天井の預言者たち・・・角の生えてるのは、多分「モーゼ」、他は、良くわからない?・・・・預言者には詳しくないので・・・・上村静氏(聖書学)によれば、「モーゼ」と「出エジプト」の物語は、「天照大神」と同じレベルの「神話」なのだとか・・・・まあ、この教会は「イエズス会」ですし、カソリックの中でも、かなりな「原理主義」ですので、旧約聖書の預言者たちが並んでいるのは当然か?・・・・ホイジンガ曰く、中世とは、ヒステリー女が聖女となり、妄想男が預言者となる時代・・・・古代なら尚のことですね。 -
祭壇 ノートルダム大聖堂
祭壇です、中央は「聖母子像」・・・・上村静氏(聖書学)によれば、マリアは処女ではなかったし、イエスが「神の子」であるというのは、当然に「嘘」≒「神話」なのだとか・・・一刀両断してます。 -
祭壇 ノートルダム大聖堂
「聖母子像」のアップ・・・・「神の子」という観念は、ユダヤ社会においては「ダビデの家系」とつながっているのだとか、本来の「ユダヤ教」においては、人が人を支配するということは認められていないため、ユダヤ社会が「王制」となったとき、その支配の正当性を主張するものとして、宮廷預言者(第一イザヤ?)により、「ダビデ」=「神の子」という「神話」(王権神授説)が作られたとか・・・・実際の「ダビデの家系」は、バビロン捕囚の時代(BC597年)に途絶しているのですけれど、後年、ユダヤ社会の預言者たちにより、このダビデの家系が復活して「救済」がなされるという「メシア伝説」が生まれたという(エレミヤ・エゼキエル・第二イザヤ)・・・そしてこれが、更に後年の「黙示思想」へと引き継がれるようです。 -
ステンドグラス ノートルダム大聖堂
「受胎告知」のステンドグラスです、この天使の訪問のシーンは、四つの福音書のうちの「ルカの福音書」にあるのみ、最も古い福音書と言われる「マルコ」にも、「ヨハネ」にもなく、「マタイ」には、「精霊によって身ごもった」とあるのみです、この、神が人間に子を産ませる物語は、本来は「ギリシャ神話」において、よくある話なので、原始のキリスト教会が、ギリシャ世界に布教する際には、多分、「違和感」無く受け入れられたと想像できます・・・・ただ、「処女懐胎」というのは、他の三つの福音書にはありませんし、少し「脚色し過ぎ」かと思いますけれど?・・・・中世キリスト教世界では、このことが、キリストの「無原罪性」と、マリアの「聖性」を強調するものとして、主流の「イメージ」となるのですね・・・その意味では、「ルカの福音書」が、最も、「ローマ・カソリック」にとっては、理想の福音書だったかも・・・? -
ステンドグラス ノートルダム大聖堂
「エゼキエル」と「ダニエル」、有名な、旧約聖書の「預言者」です、この二人は、「イザヤ」と合わせて、「黙示録の預言者」と言われている方です・・・・黙示録は、この世の終わりにおける「神の裁き」の事であり、キリスト教の中軸の観念である「最後の審判」の元ネタです・・・・ -
ステンドグラス ダビデ&ソロモン
けれど「黙示思想」とは、本来の「ユダヤ教」には、無かったものだそうです、三年前に「聖書」を読んだ時も、そう思ったけれど、創世記の物語にしても、モーゼの物語にしても、本来の「ユダヤ教」は、極めて「現世的」であります、「ユダヤ教」は本来、子孫繁栄を望む、現世的宗教ですし、「約束の土地」もまた、現実の土地なのです・・・・
「黙示思想」は、この、ダビデとソロモンの王国が滅び、「バビロン捕囚」以降のユダや社会の「ルサンチマン」が生み出した「妄想」です・・・・この世の終わり(神の裁き)に際しては、この、ダビデの子孫が「メシア」となって、復活するのだとか・・・・ -
クリプト ノートルダム大聖堂
「地下礼拝所」です・・・・特に古いモノかどうかは何とも?
「黙示思想」は、その後の歴史「アレキサンダーによるヘレニズム化」と、その後の「ローマ支配時代」を通じて、常に、「ルサンチマン状態」に有った「ユダヤ人社会」に、広く深く広まり、ユダヤ社会における主たる「願望」となったのだとか・・・・ -
クリプト ノートルダム大聖堂
・・・ところで、「キリスト」と言う名前は、「メシア」のギリシャ語訳であり、「油を塗られた者」と言う意味だそうで、これは、ダビデ王朝の王位就任の「儀式」から来ているのだそうです、つまり、イエスをキリストと呼ぶことは、イエスが「ダビデの子孫」=「メシア」であるという意味で、ユダヤ社会に広く知られた「ダビデ王朝の権威」と「黙示思想」を結びつけたモノなのだとか・・・・但し、これは、イエス亡き後の、イエスの弟子たちが作り上げた「呼称」なので、現実の史的イエスは、そのことに、全く、関わってはいないし、彼自身は、ユダヤ教の改革を求める、単なる「一ユダヤ教徒」だったのだとか・・・・「キリスト教」を始めたのは、その弟子たちであり、イエスでは無いという事・・・・少なくとも、イエスが生きている間、弟子たちは、イエスを「神の子」=メシアだとは見ていないし、そう呼んでもいないのです(ヨハネの福音書を省いて)。 -
クリプト ノートルダム大聖堂
こちらは多分「王家の墓」ですね・・・両側に「ライオン」がいます。
多分、史的イエスは、「黙示思想」には、あまり興味はなかったのでは?・・・「ルカの福音書」に依れば、「神の国(終末)はいつ来るのだ」と問う「ファリサイ派」の人々に対し・・「神の国は、見える形では来ない・・・・「神の国」は、あなたたちの間にあるのだ」と語っています・・・・この意味は、なかなか難しい・・・・ -
クリプト ノートルダム大聖堂
「キリスト」と「イエス」の間には、だから、とてつもない「断絶」があるのですけれど、キリスト教は、この「イエス」を「キリスト」=(メシア)とすることから始まり、「黙示思想」=(終末論)を掲げて、勢力を伸ばしていった「ユダヤ教」の「一セクト」であったのだとか・・・・されど、いつまでたっても「終末」は来ないし・・・・そうなると、イエスはメシアでは無かったという事になるわけで・・・・次第に、ユダヤ共同体の中で孤立し、排除され、これ(ユダヤ社会)を憎むようになり、やむなく、他民族へと触手を伸ばしていったのだとか・・・・因みに、このあたりの心情は、「ヨハネの福音書」や「ヨハネの手紙」など、ヨハネ関係の書を読むと、よく解るらしい・・・? キリスト教社会における「反ユダヤ主義」の根っ子は、この辺りにあるようです・・・・ -
クリプト ノートルダム大聖堂
多分、王家の墓(礼拝堂)だと思う・・・? -
Pl. du St. Esprit エスプリ広場?
暗い教会を出て、再び、空の下へ出てきました・・・・ -
ルクセンブルグ市 エスプリ広場?
ゾウがいます・・・・町によってはね牛がいたり、ゴリラがいたり・・・・最近の流行ですね・・・・何か意味があるのかな・・・? -
ルクセンブルグ市 エスプリ広場?
何の建物だったか解りませんけど・・・・なかなか良い建物。 -
ルクセンブルグ市 エスプリ広場?
艶々の「アート」です・・・触っちゃいけないのだそうです。 -
イチオシ
Grund(低地) ルクセンブルグ市
丘の上の旧市街の次は、ちょっと、興味あふれる「グルント」(低地)へ降りてみます・・・・なかなか「スペクタクル」な街並みです。 -
ルクセンブルグ市(低地)
何処を撮っても、絵になる景観ですね・・・・遠くに見えるビルディングは「ヨーロッパセンター」の建物だそうです、欧州議会の事務局とか、欧州裁判所とかが有るらしいのですけれど、歩いて行くには、ちょっと遠い・・・・。 -
ルクセンブルグ市(低地)
空模様もイマイチで、だいぶ、陽も暮れてきました・・・・ -
ルクセンブルグ市(低地)
でもまあ、のんびりぶらぶら・・・今日はもう宿も決まってるので大丈夫、美しい街並みを探して、ぶらぶら・・・・ -
ルクセンブルグ市(低地)
低地の建物は、台地の旧市街ほど立派ではないけれど、レストランやカフェもあって、街並みは、悪くはないです。 -
イチオシ
ルクセンブルグ市(低地)
低地の街並みですけど・・・・正面に見えるのは、丘の上の建物・・・・大体、どちらを向いても「丘」の上の建物が見えます。 -
ルクセンブルグ市(低地)
「グルンド」・・・城壁のある風景。 -
ルクセンブルグ市(低地)
「グルンド」から眺めた、「丘」の上の町です。 -
Eglise St. Jean ルクセンブルグ市(低地)
「グルンド」の中の「サン・ジャン教会」です、特に大きくも、古くも無い感じです。 -
サン・ジャン教会 ルクセンブルグ市(低地)
中は、マア「質素」ですけど、こういうのも嫌いじゃないです。 -
サン・ジャン教会
この教会は、古くより「ホスビス」としても運営されているようです。 -
サン・ジャン教会 ルクセンブルグ市(低地)
「アルゼット川」と、「サン・ジャン教会」・・・・なかなか、立ち去り難い「風景」です・・・・ -
ルクセンブルグ市(低地)
「グルンド」からの「旧市街」の街並み。 -
イチオシ
ルクセンブルグ市(低地)
「グルント」の低地から見上げた「城壁」・・・・ -
ボックの砲台 ルクセンブルグ市(低地)
「城壁」にボコボコと穴が開いてます、穴の中には「大砲」が有ります・・・・「ボックの砲台」と呼ばれる「城壁」・・・・古くは10世紀末、ルイ2世の孫「ジークフリート」が、この場所に「城塞」を築いたことに始まるとか・・・・ -
ボックの砲台
穴ぼこのアップ・・・大砲が見えます。 -
イチオシ
ルクセンブルグ市(低地)
「塔」は「ジャコブの塔」・・・・だと思います? -
ルクセンブルグ市(低地)
「城壁」(ボックノ砲台)の下の遊歩道です、これを登って「城壁」に登れます・・・・ そろそろ「宿」まで帰ります。
町の印象 ★★★★★ 高低差のある町の景観は、観光地としても一級品です。
最後にルクセンブルグの町のベストスリー
① ヴィアンデン
② ルクセンブルグ
③ エッシュ・シュル・シュール
本日の走行距離 39km/累計2,284km 明日は、フランスに戻ります。
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