1998/11/07 - 2002/05/18
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ドクターキムルさん
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「仮面の女神」の愛称で呼ばれる長野県茅野市で出土した縄文時代の土偶を文化審議会は3月18日に、国宝に指定するよう、文部科学相に答申した。
「仮面の女神」は中ッ原遺跡から平成12年(2000年)に出土した土偶で、当初は仮面土偶と呼ばれ、平成18年(2006年)には重要文化財に指定されていた。
長野県茅野市豊平にある尖石縄文考古館は、尖石遺跡(国特別史跡)にあり、史跡公園のセンターになっている。尖石縄文考古館では、「仮面の女神」国宝の答申を記念しては無料開館(平成26年(2014年)3月19日(水曜日)〜23日(日曜日))する。
尖石縄文考古館には他に棚畑遺跡から出土した「縄文のビーナス」と呼ばれる出土時期(昭和61年(1986年))の早い土偶が国宝に指定(平成7年(1995年))されており、2点の国宝を所蔵することになる。
仮面土偶が出土した中ッ原遺跡は縄文時代後期前半(約4,000年前)の墓地で、そこから左足が壊れた状態で出土した。そうした状態が分かる発掘途中の状態で現地説明会が平日水曜日に開催された。平日(水曜日)に開催される現地説明会も珍しいが、大型土偶(全長:34センチ、重量:2.7キロ)で、全身がほぼ完存していたために、国宝級品の出土と騒がれたが、現地説明会への参加者は意外にも少なく50人余りで、納得がいくまで見ることができた。
この数年前に山梨から長野の中央線沿いの遺跡や博物館を車で回ったが、諏訪大社上社本宮前にある諏訪市博物館までは辿り着けなかった。実は辿り着いたのだが、閉館時間であり、入り口の足湯が閉められるときに着いたのだ。尖石遺跡と縄文時代中期とされる「縄文のビーナス」を見た数年後に尖石縄文考古館が遺跡発掘をして大型土偶を掘り当てたというので、仕事をサボって現地説明会に出かけた。今回は電車だったので、現地説明会に参加していた人の車にずうずうしく同乗させてもらい、尖石縄文考古館まで送ってもらい、復元された竪穴式住居前で一緒に記念写真を撮った。
その後、この出土した仮面土偶と国宝の「縄文のビーナス」を展示するため、尖石縄文考古館が建て替えられた。建て替え後にももう一度訪れた。国宝や重要文化財を所蔵・展示する博物館として、あるいは子供にも分かり易い展示内容がなされており、賑やかであった。また、「縄文のビーナス」ではここまで修正して良いのかと思えるほどの修正内容であったが、「仮面の女神」の修正内容は学芸員が納得できる程度であったという話を聞いてきた。(足の付け根に女性器が現わされているために)「ビーナス」と「女神」と呼ばれているが、「ビーナス」の方が厚化粧ということだ。
遮光器土偶など本州北部から出土する縄文時代晩期の土偶は基本的には左右対称に作られるが、それに対し信州から出土する土偶は左右非対称であり、「縄文のビーナス」では被り物、「仮面の女神」では衣服の模様がそうである。特に「縄文のビーナス」では被り物は当時(縄文時代)に実際に被ったものであろう。一方、左右非対称の模様の衣服は現代においても派手なものであり、一般的には左右対称な模様の衣服が着られている。また、「仮面の女神」と同じ衣服はこれよりも小型の土偶にも見られる。したがって、神職や巫女が仮面を着けて着たことも考えられよう。
「仮面の女神」が国宝になることで、縄文時代の土偶では5体目(他には、北海道函館市著保内野(ちょぼないの)遺跡出土の中空土偶、八戸市風張1遺跡出土の合掌土偶、山形県西ノ前遺跡(山形県最上郡舟形町)出土の(日本最大の)土偶)となる。木造亀ヶ岡出土の遮光器土偶が国宝にはなっていないのが不思議な気もする。また、古墳時代の埴輪のうち国宝埴輪は1体だけである。国宝埴輪が少ないと思うのか国宝土偶が多いと思うのか見方が分かれようか。
(表紙写真は「仮面の女神」パネル写真)
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