2014/03/09 - 2014/03/09
204位(同エリア3231件中)
こあひるさん
今週末は・・・風が冷たく吹きすさぶ・・・仙台であった。
仙台に来て、初めて経験するようになった空模様として、晴れているのに・・・ちらちらと粉のような雪がちらつく(決して積もらない)という、晴れなのか雪なのか不明な不思議なお天気。
晴れていても、そんなことがしょっちゅうなので、洗濯物は外に干せない。そもそも外に出しても、気温が低いせいかちっとも乾かない・・・。
近くの山のあたりで雪が降っていると、山からの風が仙台市街に強く吹き込み、雪が地面に届くまでの間に、ここまで流れてくるらしい。
8日土曜日にも、山から流れてきた冷た~い風と雪が強く吹き込んでいたが、その中、近場の散策へ出かけた。
翌日曜は、雪こそチラついてはいなかったが風はかなり冷たかった。
2月末に、榴岡(つつじがおか)天満宮の梅が2輪咲き、10日後くらいに見頃になるとTVで言っていたので、どうなったかな~?そろそろ見頃かな?と思い、初春を求めて出かけてみた。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- JRローカル
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今日3月8日は、山からの雪がかなり大量に吹きこんでいる時間帯があり・・・遠出する気合も時間もなく・・・近場のどっかへ散歩しにいく?ということになり、まだ訪れたことがない晩翠草堂に行ってみることにしました。
晩翠草堂とは、「荒城の月」の作詞で有名な土井晩翠が晩年を過ごした居宅です。
観光巡回バスるーぷる仙台もここを通るのですが、瑞鳳殿や仙台城跡には何度も行ったことがあるのに・・・ここは、まだ訪れたことがないままでした。
るーぷる仙台でも、ここで乗り降りする人ってほとんどいないんですよねぇ・・・。土井晩翠ってちょっと地味ですかね、やっぱり・・・。
仙台駅前から青葉通りをまっすぐ西へ向かえば、徒歩20分くらいです。
こちらが晩翠草堂の門構えです。晩翠草堂 名所・史跡
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とても質素で小さなお家です。
土井晩翠は、昭和20年7月の仙台空襲により、旧宅と3万冊もの蔵書を焼失してしまいましたが、教え子たちが中心となり、この家を建て、晩翠先生に贈ったんです。
土井晩翠って、この晩翠草堂を見る限り・・・そして、知名度などから察するに、ずっと質素で貧しい生活を送ってきた人だと勝手にイメージしていました。 -
ところが意外なことに、土井家(どいではなく、つちい)は、代々質屋を営む商家で、晩翠は、お金持ちのボンボンでありました〜。これにはビックリ!
一度は質屋の跡継ぎとして、祖父の意見で進学をあきらめたものの、学問に秀でていたので、その後高校(二高)へ進学し、その頃に「晩翠」のペンネームで詩を発表。
帝大英文科に進学し、大学院へ進みます。
その後仙台へ戻り、二高の教授をしながら詩を書き、荒城の月もこの頃の作品です。
超お金持ちだったので、自分の詩集が刊行されて、売れようと売れまいとあまり関係なかったようです。そして、程なく教授の職を辞めて、私費で3年ほど、ヨーロッパ周遊(留学)へ出かけました。
帰国後は二高に復職し、また、ヨーロッパで探し出してきた各国の本の翻訳本を刊行しました。
詩人ですので、自分の詩集も、書き溜めては出版しますが、あくまでも趣味のような感じで、メインは、翻訳や海外文学の研究だったのです。
ですので、詩集デビューした当初は、島崎藤村と並び称されるほど名が知れ渡りましたが、今現在の知名度としては、欧米文学研究に重きをおいた人生を送った晩翠の名前のほうが、藤村に比べると、低いかもしれません。 -
お邪魔しま〜す!
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20代の長女が結核で亡くなり、また優秀だった長男も翌年に結核で亡くなってしまいます。
この頃、名字の読み方を、つちいからどいに改めることを宣言しました。
昭和20年7月の仙台空襲で、500坪あったというお屋敷やいくつも持っていたた借家、海外で集めてきた蔵書など全てを焼失してしまいます。
戦後は夫婦ふたりで、旅館などを転々としたり、仮住まいの居宅に住んだりしていました。
昭和24年、空襲前に居住していたこの場所に、二高の生徒たちや有志市民などが中心となって、晩翠草堂が建てられ、晩翠に贈られました。 -
たった2部屋だけの質素な家ですが、晩翠への尊敬の思いや親しみが詰まったお家なんですね。
お部屋は当時のまま・・・このベッドも、亡くなるまで晩翠が使っていたもの(掛け布団も当時のまま)です。 -
晩翠が履いていた下駄。
横幅が・・・すごく広いんです。足が2つ並べられるほど・・・こんなんで歩きづらくなかったのかしら〜〜? -
晩翠と親族・・・松島の五大堂がバックに写っています。
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お庭のすぐ外は、車も人もたくさん通る青葉通り。
そんな街なかにあるとは思えないほど・・・静かな別世界。 -
廊下幅は広いです。
晩翠は、昭和24年に仙台市名誉市民、昭和25年に詩人として初の文化勲章を受章しています。
昭和27年80歳の時、肺炎のため死去しました。
晩翠草堂は見学無料です。
管理人さんの説明を聞くと、知らなかったことばかりで、とっても面白かったです。1時間以上熱心に説明してくださいました・・・が・・・暖房設備が無いので・・・足がジンジンと痛くなるほど・・・冷え切りました〜〜〜(T_T)・・・。 -
晩翠草堂の1本北側にある大町通りに、「芭蕉の辻」(松尾芭蕉とは関係ありません)と呼ばれる交差点があります。
仙台城の大手から城下を東西に貫く幹線大町と、南町国分町を通る奥州街道が交差する十字路に当たり、江戸時代から経済の中心・・・目抜き通りとなっていたところです。
辻には、幕府の指令による制札が掲げられたため、正式には「札の辻」であり、江戸時代から仙台城下町の町割の基点とされました。 -
昭和初期の芭蕉の辻。
こんな風景も、空襲で全て焼失していまい、今では目抜き通りとしての名残りも、往時を偲ぶような建物は全くありません。
写真はウィキペディアによる、新光社「日本地理風俗大系 第4巻」から。 -
こちらが、仙台城大手門から東西に貫く、大町通り。
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芭蕉という名称の由来は・・・かつてここに芭蕉樹があったから・・・とか、繁華な場所ゆえの「場所の辻」が訛ったもの・・・とか、藩祖政宗が重用した芭蕉という虚無僧が一時居住していたため・・・など諸説あり、定かなことはわかっていません。
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お隣山形市には、れんが造りの旧県庁舎などをはじめ、明治〜昭和初期に建てられた木造の洋風建築がいくつも残っています。
東北地方には、弘前や盛岡など、あちこちにレトロな洋風建築が残っているのですが、仙台にはないのです(街なかをウロついても全くみかけません)。
どうしてかな・・・空襲のせい?と思っていましたが、先日、仙台市戦災復興記念館を見学し、仙台市街中心地の広いエリアが、終戦直前7月の焼夷弾による仙台空襲で、焼け野原となったせいなんだと、はっきりわかりました。
木造の洋風建築が、仙台駅前やこの芭蕉の辻あたりにも、たくさん建てられていましたが、全て焼失してしまったのですね。
石づくりだった県庁、市役所、三越の建物などわずかなものだけが、焦土の中にぽつねんと残りました。
しかし・・・せっかく戦火を免れた県庁や市役所も、昭和40年〜50年代に、現在の味気ない面白くもないビルに建て替えられてしまったのは・・・とても残念に思います。
焦土と化した中心地で、焼け残った貴重な洋風建築のうち、現在まで残っているものは・・・おそらくここくらいかもしれない・・・と思います。
芭蕉の辻から、大町通りをワンブロック分ほど歩いたところにある、西欧館(旧大東京火災保険の支店)。昭和11年に建てられました。
現在、1階にはリアル・スタイルというお洒落なインテリアショップが入っています。
REAL Style SENDAI
http://www.real-style.jp/sendai/index.htm -
ほんとに小さくてシンプルな造りですが・・・。
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ビルの横側。
外壁のタイルは、貼り換えているのかな・・・。 -
1階の店舗に入った部分・・・玄関に当たる部分には、細かいタイルが敷き詰められ、往時を偲ばせます。
店舗内部は、レトロを偲ばせる感じではなく、お洒落な感じに改装されていました。 -
仙台界隈で、梅の名所といわれるところはどうもないみたい・・・。
梅林のようなところはなくて、何本かの梅の木が、神社仏閣にあるくらい・・?
2月末頃、TVを見ていたら、榴岡(つつじがおか)天満宮の梅が2輪咲きました・・・10日後くらいに見頃となります・・・と放映していました。
榴岡天満宮は、梅が有名なのかな?と思い、それから気にしていましたが、開花情報のようなものはないので、10日ほど経った3月9日、様子を見に行ってみようと出かけてみました。
仙台駅から仙石線で一駅・・・榴ヶ岡駅から歩いてすぐのところです。
ちなみに、榴岡八幡宮のすぐそばにある榴岡公園は、桜の名所だそうです。榴岡天満宮 寺・神社・教会
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榴岡天満宮は、平安時代の974年に、山城国(現在の京都府)に創建、平将春により陸奥国宇多郡(現在の福島県)に勧請されました。その後、小田原(現在の仙台市青葉区)への御遷座を経て、1667年には、三代藩主伊達綱宗公の意思により、四代藩主綱村公によって、この榴ヶ岡に遷され、朱塗りの社殿・唐門を新たに造営、菅原道真公の真筆(直筆の書)が奉納されました。
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難関突破の合格の輪をくぐって、本殿へ・・・。
本来、茅の輪は、祓い清めるため、八の字を描きながら通る習わしですが、榴岡天満宮では、難関突破・合格の輪として一方通行で通り抜けるようです。 -
1795年、落雷による火災で、この唐門を残して、本殿などは焼失してしまいました。
その後すぐに再建されたものが、現在の本殿です。なので、本殿もかなり古いものではあります。
火災を免れた唐門は、市の指定文化財になっています。 -
本殿。
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願い事を書いた紙を筒の中に入れて、願いを込めます。
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こちらの梅の木が、TVで2輪咲いたといっていた梅の木のようです。
どうやら、仙台で最も早く開花する木だとか・・・。
それにしても・・・あれっ??まだほとんど蕾だらけで・・・開花すすんでないじゃん・・・。
しかも、他に梅の木はあるのかなぁ?桜らしき木は何本かあるみたいだけれど・・・。 -
ずっと寒かった日が多かったからなぁ・・・。
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蕾もまだ固いね・・・。
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一番早い梅がこれじゃあ・・・本格的な春は・・・まだ先・・・のようですね。
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まだ早すぎたようです・・・。
小さなお花も・・・冷たい風にプルプルと揺れて・・・寒そうです。 -
おみくじでも引いて・・・帰りましょう・・・。
榴ヶ岡天満宮
http://tutujigaokatenmanguu.blog.fc2.com/
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この旅行記へのコメント (4)
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- ガブリエラさん 2014/03/11 15:15:49
- 頑張って咲いてる梅♪
- こあひるさん☆
こんにちは♪
昨日は、また奈良でも雪が降りました。
我が家の梅は、もうピークをすぎましたが、紅梅と並んで、なかよく咲いています♪
小さくて可愛い梅の花、寒くても一生懸命咲き出したんですねヽ(^o^)丿
早く、暖かくなってほしいですね!!!
ガブ(^_^)v
- こあひるさん からの返信 2014/03/14 10:09:45
- RE: 頑張って咲いてる梅♪
- ガブちゃん、こんにちは!
仙台でも雪が数センチくらい積もりましたが、車の通る場所は積もらずすぐに溶けてしまったので、夏タイヤでも送迎できたので、ほんとによかったです。そんな天候が続いたので、毎朝ヒヤヒヤもんです。
奈良では、もう梅はピークを過ぎた頃なのですねぇ。
今日、テレビで水戸偕楽園の梅が見ごろというのを見ました。今年は・・・見にいけないんだなぁ・・・とすごく残念に思いました。あんな梅林はこのあたりにはないみたいで・・・。
春のお花が待ち遠しいな〜〜〜。
こあひる
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- aoitomoさん 2014/03/10 18:16:00
- 晩翠草堂 勉強になりました!
- こあひるさん
『荒城の月』は知っていても作詞『土井晩翠』は知りませんでした。
『島崎藤村』はもちろん知ってますが藤村並みに有名だったのですね〜
『晩翠草堂』とか訪れればきっと頭に入ると思いますが、行かずしてこあひるさんの旅行記で勉強になりました。(笑)
見学無料というのが嬉しいですね〜
仙台は空襲で焼け野原になってしまったので木造の洋風建築がほとんど見れないわけですね。
仙台から少し足を延ばせばレトロな洋風建築に巡りあえるのはそんな理由だったのですね。
『榴岡天満宮』
梅はもう少しのようですが、榴岡天満宮はフォトジェニックです。
願い事を書いた紙を筒の中に入れて吊るせるのがいいですね。
絵馬はよくみますが、筒の中に入れるのなら願いを書く人も安心な感じです。写真も気兼ねせずに撮りやすいです。
この筒はなかなかいい被写体です。
こあひるさんなら、どこかで見事な梅の花をまた探しそうです〜
楽しませていただきました〜
aoitomo
- こあひるさん からの返信 2014/03/14 10:03:48
- RE: 晩翠草堂 勉強になりました!
- aoitomoさん、こんにちは。
> 『荒城の月』は知っていても作詞『土井晩翠』は知りませんでした。
> 『島崎藤村』はもちろん知ってますが藤村並みに有名だったのですね〜
藤村は小説も書いて、そちらが有名なので誰でも知っていますが、晩翠は、詩集こそ出していますが、マニアック(?)な研究家なので、私も知りませんでした。荒城の月の作詞者と聞いても、ふ〜んって感じでしたし。
> 『晩翠草堂』とか訪れればきっと頭に入ると思いますが、行かずしてこあひるさんの旅行記で勉強になりました。(笑)
> 見学無料というのが嬉しいですね〜
アーケード街のほど近くにあるので、ちょろっと気軽に寄り道するのにいいです。あまり知らない晩翠について、管理人さんのお話を聞くと勉強になります。
> 仙台は空襲で焼け野原になってしまったので木造の洋風建築がほとんど見れないわけですね。
> 仙台から少し足を延ばせばレトロな洋風建築に巡りあえるのはそんな理由だったのですね。
あと1か月で終戦だったのに、ほんとに残念です。瑞鳳殿なども焼失していますので・・・。でも、残っていた石造りの洋館も、結局壊して、つまんないビルに建て替えてしまったセンスですので、どっちにしろ今まで残っていたかどうかはわからないですけど・・。
> 『榴岡天満宮』
> 梅はもう少しのようですが、榴岡天満宮はフォトジェニックです。
> 願い事を書いた紙を筒の中に入れて吊るせるのがいいですね。
> 絵馬はよくみますが、筒の中に入れるのなら願いを書く人も安心な感じです。写真も気兼ねせずに撮りやすいです。
> この筒はなかなかいい被写体です。
筒の中にお願い事を入れると言うのは初めてみました。おっしゃる通り、写真を撮るのに、名前が入らないように・・・とか気を使わずに撮れるのでよかったです(写真撮るためのものでもないんですが・・・笑)。ちりめん風の柄がキレイですし・・・。
こあひる
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