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通勤を含め普段歩くことのない生活。新聞の「開花情報」に石山寺が出ていたことをきっかけに、もよりの石山駅より石山寺まで歩いて散策します。<br /><br />2014年3月3日【月曜日】<br />天候は晴れ、ただし冷たい北風が吹いているなか、JR琵琶湖線石山駅前をスタートします。ここは高校で京都まで通っていた数十年前よりお世話になっています。ちなみに今のペデストリアンデッキになったのは最近のことです。今の職場に来た時はありませんでした。<br />余談はさておき、JR石山駅の改札口を右手に行くと「駅ビル」「京阪電鉄石山坂本線・京阪石山駅」・お馴染みの「松尾芭蕉像」があります。ここが石山っ子の待ち合わせ場所です。地理不案内の方は、京阪石山駅の券売機の左側に「観光案内所」があります。<br /><br />石山駅から石山寺に行くには、京阪バス(¥200)で「石山寺山門前」下車すぐ・京阪電車(¥160)で「石山寺駅」下車して900m・ひたすら歩く(¥0)!約3km(30分位)・レンタサイクル(¥300)で15分位ですかね。<br />【2014年9月26日補記】<br />消費税増税により料金が変わっています。京阪バス(210円)、京阪電車(170円)、レンタサイクル(310円)になりました。もちろん歩きは0円!です。<br /><br />今回はひたすら”歩き”ます。多分道がわかると早いんで、曲がるところを紹介します。<br /><br />まずは「松尾芭蕉像」にご挨拶して「京阪電車」利用の方は京阪石山駅へ。その他は「バスターミナル」側へ降りて下さい。駅舎から一番近いエスカレーターを利用して。<br /><br />エスカレーターを降りて右手後ろを振り返ると「レンタサイクル」があります。<br />バス利用の方はそのまま前進し、交番を越えた京阪バス停留所まで行って下さい。<br />チャリンコ&amp;徒歩の方は道なりに進むと次の十字路が「松原町西交差点」になるので右折します。そうすると左手に「平和堂」と言う古い大きなスーパーがあるので目安にして下さい。京阪電鉄の踏切を越え、しばらく歩くと「鳥居川交差点」と言う十字路に着きますが、そのまま直進して下さい。<br /><br />右手に「大友皇子」を祀る「御霊神社」の鳥居を見ながら歩くと「新幹線」「名神高速」のガードをくぐります。<br />まっすぐ歩いて来ると右下に「京阪石山寺駅」が見えます。そこから道が左手に下がると「石山寺参道900m」の標識があるのでひたすら道なりに進むと、今回の目的地「石山寺山門(東大門)」に到着します。<br /><br />山門は右手に見えますが、ごはんがまだの方、チャリンコの方は、山門前を左にとると「石山寺駐車場」があります。自転車置いたり、名物の「しじみ飯」等々味わえるお店があります。ここまでが行くまでの道のりです。<br /><br />ではいよいよ石山寺山門をくぐり中へと入って行きます。<br />すぐに目につくのは「おおつ光ル」君。言わずと知れた「大津市のゆるキャラ」です。有名かどうかはわかりません(笑)。ちなみにプロフィールは…名前【おおつ光ルくん~21世紀版光源氏~】、住まい【滋賀県大津市石山寺1-1-1…つまりここ”石山寺”です】、年齢【推定12歳…光源氏元服の年】だそうです。<br /><br />入口に至るまで色々イベントをしていることが多いので、事前に「石山寺ホームページ」で調べていくことをお勧めします。ちなみに行った時には「54歩でわかる源氏物語」と言うのをやっていました。<br /><br />入口手前で入場料を払います。大人【¥500】です。あとは順路に従って歩きます。ただ昨年の豪雨で一部工事中のところもありますので、はや回りします。<br /><br />まずは「腰掛岩」、妊婦さんが座ると安産になると言い伝えがあります。「石山」と言う名前の由来通り「石」にまつわる伝説が多いお寺です。<br /><br />次に「珪灰岩」、石山寺で最も有名な岩です。火口岩の変性によりできたと言うことらしいですが、この上に「本堂」が乗っかっている写真は、ガイドブック等の「石山寺」の案内には必ずある場所です。<br /><br />そして本堂、石山寺の場合本堂と言うより「源氏の間」として有名かも知れません。「源氏物語」を執筆したとされる「源氏の間」、紫式部が動く「デモンストレーション」があるんですが、「故障中」でした。<br /><br />次に「多宝塔」、こちらは「切手のデザイン」としての方が有名かも知れません。一番新しいものとしては「4円切手」のデザインに使われていました。以前にはもっと使われていたらしいのですが、私は知りません。悪しからず。<br /><br />そして石山寺随一の景観を誇る「月見亭」です。近くを流れる「瀬田川」はもちろん、「比叡山の遠景」まで見られます。たまたま前日に雪が降ったことで山頂が冠雪してます。市内で雪がパラつくとだいたい比叡山は積もります。<br /><br />後述しますが、私は石山寺保育園と言うここ「石山寺」が経営していた保育園卒業生です。もちろん数十年前のことですが、4月8日・毎月21日は「お参り」でした。なので月見亭も何度も訪れていますが、ここしばらくご無沙汰してました。元々石山駅チカは土地がなく、展望を遮るような建物はありませんでした。でも最近は高層マンションが建ち並び、赴きが変わってしまいました。残念なことですが、やはり時代の流れなんでしょう。<br /><br />順路通りだと「第一梅園」なんでしょうが、まだ「梅」の花もツボミなんで、「第二梅園」に向かいます。こちらは「菅原道真所縁東風(こち)の苑」と言われています。高低差を利用して花の咲き具合に変化をつけているとのこと。いわれは梅を愛した「菅原道真公」の孫で、石山寺第3代座主の「淳祐内供」によるものだそうです。ちなみに第1梅園は「淳祐内供」住坊跡だそうです。古木中心のため、開花は一番遅いそうです。<br /><br />東風の苑の開花情報は「咲き始め」と言うことでしたが、木によってバラツキがあるようで、上の方ではそこそこ「寒紅梅」「寒白梅」「カンザクラ」が咲いていました。行った日は寒かったのですが、いっとき温かくなり開花も進むと思われたのですが、3/6・7は雪がちらつき寒さが戻って来たのでどうでしょう?石山寺のホームページでは「開花情報」を速報しているので、そちらを参照して下さい。ここでひとつ余談の話ですが、「石山寺保育園閉園植樹」と銘をうった桜の木がありました。私はここの数十年前の卒業生です。2008年3月とあったので6年前のことですが、まったく知りませんでした。時代の流れとは思いますが、なんか物悲しい気がしました。<br /><br />【注】閉園でなくなったと早とちりしたのですが、経営が変わって今は「新石山寺保育園」としてまだあることはあとで知りました。<br /><br />道なりに進んで行くと「光堂」に着きました。平安時代の建物ですが、今は2008年に再建されたものです。<br /><br />光堂を右手に下に下りると「紫式部像」があります。休日には一緒に写真を撮ろうとする方で列ができます。<br /><br />さらに進んで行くと「第3梅園(源氏の苑)」に行きます。時間がなくて駆け足で通過しましたが、梅の花を見過ごしました。写真は「カンザクラ」だけだったと思います。<br /><br />八大龍王社に到着。うっそうと茂った木々に囲まれています。「龍池」の中の島にほこらがあります。歴海和尚が腰掛岩に座り「孔雀経」を詠んでると、龍池から龍王が出てきて「読経」を聞いた後、庵に送って行ったと言う伝説があるそうです。確かにそんな神秘的なことがありそうな雰囲気でした。<br /><br />時間もなくなってきたので、戻る方向に行きます。「無憂園」は庭園と謂うのが一番しっくり来ると思います。1年を通し花ばなが見られます。今は「カンザクラ」&amp;「寒梅」です。でもやはり見頃は「ムラサキシキブ」が咲き誇る時期でしょうか。<br /><br />最後になぜか案内図を見て、ここ行くの忘れた~っていつもなります。特に今回は、「昔はよく行っていたから」と言う固定観念があったように思うので、次回は前もって巡回コースを作って行こうと思います。<br /><br />私が観光客(?)の最後だったようで、山門を出ると「扉」が締まりました。<br /><br />最近”石山貝塚”等、なにか変わったかな~って感じで行きましたが特に変わってはいないようです。食事処等は相変わらず閉門の時間に合わせて仕事納めになります。<br /><br />これからシーズンを迎えるにあたり、車で来られる方にひとつお願いです。石山寺には市営の駐車場がありますが、休日になると大変混雑します。京都方面から来られて国道422号線を走って来ると「右折」で駐車場に入るかたちになりますが、原則右折で入れません。左折で入る車も京滋バイパス石山インターから道路左側にぎっしり並びますので、割り込むにも割り込めない状態です。ここで右折待ちをするとクラクションの嵐になりますので、駐車場には左折で入るようにして下さい。観光客の方・地元で生活している方共に気分良く休日を過ごして頂きたいので宜しくお願い致します。<br /><br />当初の予定は、石山駅から石山寺までを歩くことが今回の目的でしたが、機会もないのでこのまま家まで歩くことにしました。以下【余談】として載せます。<br /><br />駅に戻るのとは逆方向に歩きます。岩間寺の方向ですね。いきなりの坂道は高校時代凍結した道で「すっころんだ」経験があります。通勤途中の会社員の方が起こしてくれて「人のありがたみ」を知りました。そして「新石山寺保育園」、名前と経営は変わりましたが場所は変わっていません。送迎のマイクロバスが唸りを上げて急坂を登って行く…今も変わらない光景です。どんどんと懐かしい道を歩きます。「京滋バイパス」ができたため一部道路が変わっています。”岩間寺はこっち”の標識は地元に人間でも”あれ?”と言う方向を示しています。でも間違いではありません。確かにその方向があっています。石山寺から岩間寺まで「6.1km」、歩ける距離なのでまたの機会にチャレンジと言うことにします。”裏道”そのものの通学路を歩きます。とにかく坂道が多いこと…改めて感じました。<br /><br />アップ&ダウンで”新宮神社”に着きます。ここは「大友皇子」を祀っています。歴史好きの方だと「大友皇子」=「第39代弘文天皇」と言うことはご存知かと思います。私も日本史は好きでいろいろ調べた記憶がありますが、今日の一連の行程で「大友皇子」にまつわる神社仏閣がこれほど多いと改めて気づきました。<br /><br />”壬申の乱”は天智天皇崩御後の後継者争いで、皇子”大友皇子(弘文天皇)”と弟”大海人皇子(後の天武天皇)”が争った古代最大の内戦と言われています。ただ明確な歴史事実は少なく、推論の解釈ではありますが、672年8月21日瀬田唐橋の戦いに敗れて自害と言うことを仮定した話では、前述の”御霊神社”が亡くなられた場所らしいです。弘文天皇とは明治3年に諡号されたものであり、即位はしていなかったと言う考えが多いようです。<br />ただ滋賀県では”近江京(大津京)”の話は結構メジャーな話であり、天智天皇と弘文天皇の2代で終わってしまったことを”判官贔屓”的に考えられているのかも知れません。弘文天皇陵は大津市役所のあるあたりの住所”御陵町”にあります。近くには”天智天皇”ゆかりの”近江神宮”もあります。余程の事実がでてこない限り”確定”にはならないことだと思いますが、そのような”歴史背景を持つ場所”として回って頂くとまた違った趣があるように思います。<br /><br />時期はずれますが、奈良時代の古代宮の話として”近江保良宮”伝説と言うのがあります。保良宮は、藤原仲麻呂が唐の複都に倣い、平城京の陪都として759年に造営が始まる。また、政敵・橘諸兄の恭仁京に抗し、藤原氏と関係深い近江国に新宮を造営することで、孝謙上皇(第46代)と第47代・淳仁天皇を勢力内に取り込むことを意図としたともいう。759年造営担当者が任命され、官人7人らを派遣、上皇と天皇が行幸し、平城京改作のために新都へ遷都することが宣せられた。761年平城京に対して北京(ほくきよう)と呼ばれた。だが、762年建都未完成のまま廃都になる。石山寺・近江国分寺・近江国庁にも関係する記載もあったりするため、場所的には石山寺からひと山を越えた大津市国分にあった説が有名です。<br /><br />アップダウンは結構ありますが、古代史を巡る旅として1日を費やすのも一興かもしれませんね。

第1弾地元を歩こう~石山寺編~

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2014/03/03 - 2014/03/03

15位(同エリア379件中)

7

50

たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。

たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん

通勤を含め普段歩くことのない生活。新聞の「開花情報」に石山寺が出ていたことをきっかけに、もよりの石山駅より石山寺まで歩いて散策します。

2014年3月3日【月曜日】
天候は晴れ、ただし冷たい北風が吹いているなか、JR琵琶湖線石山駅前をスタートします。ここは高校で京都まで通っていた数十年前よりお世話になっています。ちなみに今のペデストリアンデッキになったのは最近のことです。今の職場に来た時はありませんでした。
余談はさておき、JR石山駅の改札口を右手に行くと「駅ビル」「京阪電鉄石山坂本線・京阪石山駅」・お馴染みの「松尾芭蕉像」があります。ここが石山っ子の待ち合わせ場所です。地理不案内の方は、京阪石山駅の券売機の左側に「観光案内所」があります。

石山駅から石山寺に行くには、京阪バス(¥200)で「石山寺山門前」下車すぐ・京阪電車(¥160)で「石山寺駅」下車して900m・ひたすら歩く(¥0)!約3km(30分位)・レンタサイクル(¥300)で15分位ですかね。
【2014年9月26日補記】
消費税増税により料金が変わっています。京阪バス(210円)、京阪電車(170円)、レンタサイクル(310円)になりました。もちろん歩きは0円!です。

今回はひたすら”歩き”ます。多分道がわかると早いんで、曲がるところを紹介します。

まずは「松尾芭蕉像」にご挨拶して「京阪電車」利用の方は京阪石山駅へ。その他は「バスターミナル」側へ降りて下さい。駅舎から一番近いエスカレーターを利用して。

エスカレーターを降りて右手後ろを振り返ると「レンタサイクル」があります。
バス利用の方はそのまま前進し、交番を越えた京阪バス停留所まで行って下さい。
チャリンコ&徒歩の方は道なりに進むと次の十字路が「松原町西交差点」になるので右折します。そうすると左手に「平和堂」と言う古い大きなスーパーがあるので目安にして下さい。京阪電鉄の踏切を越え、しばらく歩くと「鳥居川交差点」と言う十字路に着きますが、そのまま直進して下さい。

右手に「大友皇子」を祀る「御霊神社」の鳥居を見ながら歩くと「新幹線」「名神高速」のガードをくぐります。
まっすぐ歩いて来ると右下に「京阪石山寺駅」が見えます。そこから道が左手に下がると「石山寺参道900m」の標識があるのでひたすら道なりに進むと、今回の目的地「石山寺山門(東大門)」に到着します。

山門は右手に見えますが、ごはんがまだの方、チャリンコの方は、山門前を左にとると「石山寺駐車場」があります。自転車置いたり、名物の「しじみ飯」等々味わえるお店があります。ここまでが行くまでの道のりです。

ではいよいよ石山寺山門をくぐり中へと入って行きます。
すぐに目につくのは「おおつ光ル」君。言わずと知れた「大津市のゆるキャラ」です。有名かどうかはわかりません(笑)。ちなみにプロフィールは…名前【おおつ光ルくん~21世紀版光源氏~】、住まい【滋賀県大津市石山寺1-1-1…つまりここ”石山寺”です】、年齢【推定12歳…光源氏元服の年】だそうです。

入口に至るまで色々イベントをしていることが多いので、事前に「石山寺ホームページ」で調べていくことをお勧めします。ちなみに行った時には「54歩でわかる源氏物語」と言うのをやっていました。

入口手前で入場料を払います。大人【¥500】です。あとは順路に従って歩きます。ただ昨年の豪雨で一部工事中のところもありますので、はや回りします。

まずは「腰掛岩」、妊婦さんが座ると安産になると言い伝えがあります。「石山」と言う名前の由来通り「石」にまつわる伝説が多いお寺です。

次に「珪灰岩」、石山寺で最も有名な岩です。火口岩の変性によりできたと言うことらしいですが、この上に「本堂」が乗っかっている写真は、ガイドブック等の「石山寺」の案内には必ずある場所です。

そして本堂、石山寺の場合本堂と言うより「源氏の間」として有名かも知れません。「源氏物語」を執筆したとされる「源氏の間」、紫式部が動く「デモンストレーション」があるんですが、「故障中」でした。

次に「多宝塔」、こちらは「切手のデザイン」としての方が有名かも知れません。一番新しいものとしては「4円切手」のデザインに使われていました。以前にはもっと使われていたらしいのですが、私は知りません。悪しからず。

そして石山寺随一の景観を誇る「月見亭」です。近くを流れる「瀬田川」はもちろん、「比叡山の遠景」まで見られます。たまたま前日に雪が降ったことで山頂が冠雪してます。市内で雪がパラつくとだいたい比叡山は積もります。

後述しますが、私は石山寺保育園と言うここ「石山寺」が経営していた保育園卒業生です。もちろん数十年前のことですが、4月8日・毎月21日は「お参り」でした。なので月見亭も何度も訪れていますが、ここしばらくご無沙汰してました。元々石山駅チカは土地がなく、展望を遮るような建物はありませんでした。でも最近は高層マンションが建ち並び、赴きが変わってしまいました。残念なことですが、やはり時代の流れなんでしょう。

順路通りだと「第一梅園」なんでしょうが、まだ「梅」の花もツボミなんで、「第二梅園」に向かいます。こちらは「菅原道真所縁東風(こち)の苑」と言われています。高低差を利用して花の咲き具合に変化をつけているとのこと。いわれは梅を愛した「菅原道真公」の孫で、石山寺第3代座主の「淳祐内供」によるものだそうです。ちなみに第1梅園は「淳祐内供」住坊跡だそうです。古木中心のため、開花は一番遅いそうです。

東風の苑の開花情報は「咲き始め」と言うことでしたが、木によってバラツキがあるようで、上の方ではそこそこ「寒紅梅」「寒白梅」「カンザクラ」が咲いていました。行った日は寒かったのですが、いっとき温かくなり開花も進むと思われたのですが、3/6・7は雪がちらつき寒さが戻って来たのでどうでしょう?石山寺のホームページでは「開花情報」を速報しているので、そちらを参照して下さい。ここでひとつ余談の話ですが、「石山寺保育園閉園植樹」と銘をうった桜の木がありました。私はここの数十年前の卒業生です。2008年3月とあったので6年前のことですが、まったく知りませんでした。時代の流れとは思いますが、なんか物悲しい気がしました。

【注】閉園でなくなったと早とちりしたのですが、経営が変わって今は「新石山寺保育園」としてまだあることはあとで知りました。

道なりに進んで行くと「光堂」に着きました。平安時代の建物ですが、今は2008年に再建されたものです。

光堂を右手に下に下りると「紫式部像」があります。休日には一緒に写真を撮ろうとする方で列ができます。

さらに進んで行くと「第3梅園(源氏の苑)」に行きます。時間がなくて駆け足で通過しましたが、梅の花を見過ごしました。写真は「カンザクラ」だけだったと思います。

八大龍王社に到着。うっそうと茂った木々に囲まれています。「龍池」の中の島にほこらがあります。歴海和尚が腰掛岩に座り「孔雀経」を詠んでると、龍池から龍王が出てきて「読経」を聞いた後、庵に送って行ったと言う伝説があるそうです。確かにそんな神秘的なことがありそうな雰囲気でした。

時間もなくなってきたので、戻る方向に行きます。「無憂園」は庭園と謂うのが一番しっくり来ると思います。1年を通し花ばなが見られます。今は「カンザクラ」&「寒梅」です。でもやはり見頃は「ムラサキシキブ」が咲き誇る時期でしょうか。

最後になぜか案内図を見て、ここ行くの忘れた~っていつもなります。特に今回は、「昔はよく行っていたから」と言う固定観念があったように思うので、次回は前もって巡回コースを作って行こうと思います。

私が観光客(?)の最後だったようで、山門を出ると「扉」が締まりました。

最近”石山貝塚”等、なにか変わったかな~って感じで行きましたが特に変わってはいないようです。食事処等は相変わらず閉門の時間に合わせて仕事納めになります。

これからシーズンを迎えるにあたり、車で来られる方にひとつお願いです。石山寺には市営の駐車場がありますが、休日になると大変混雑します。京都方面から来られて国道422号線を走って来ると「右折」で駐車場に入るかたちになりますが、原則右折で入れません。左折で入る車も京滋バイパス石山インターから道路左側にぎっしり並びますので、割り込むにも割り込めない状態です。ここで右折待ちをするとクラクションの嵐になりますので、駐車場には左折で入るようにして下さい。観光客の方・地元で生活している方共に気分良く休日を過ごして頂きたいので宜しくお願い致します。

当初の予定は、石山駅から石山寺までを歩くことが今回の目的でしたが、機会もないのでこのまま家まで歩くことにしました。以下【余談】として載せます。

駅に戻るのとは逆方向に歩きます。岩間寺の方向ですね。いきなりの坂道は高校時代凍結した道で「すっころんだ」経験があります。通勤途中の会社員の方が起こしてくれて「人のありがたみ」を知りました。そして「新石山寺保育園」、名前と経営は変わりましたが場所は変わっていません。送迎のマイクロバスが唸りを上げて急坂を登って行く…今も変わらない光景です。どんどんと懐かしい道を歩きます。「京滋バイパス」ができたため一部道路が変わっています。”岩間寺はこっち”の標識は地元に人間でも”あれ?”と言う方向を示しています。でも間違いではありません。確かにその方向があっています。石山寺から岩間寺まで「6.1km」、歩ける距離なのでまたの機会にチャレンジと言うことにします。”裏道”そのものの通学路を歩きます。とにかく坂道が多いこと…改めて感じました。

アップ&ダウンで”新宮神社”に着きます。ここは「大友皇子」を祀っています。歴史好きの方だと「大友皇子」=「第39代弘文天皇」と言うことはご存知かと思います。私も日本史は好きでいろいろ調べた記憶がありますが、今日の一連の行程で「大友皇子」にまつわる神社仏閣がこれほど多いと改めて気づきました。

”壬申の乱”は天智天皇崩御後の後継者争いで、皇子”大友皇子(弘文天皇)”と弟”大海人皇子(後の天武天皇)”が争った古代最大の内戦と言われています。ただ明確な歴史事実は少なく、推論の解釈ではありますが、672年8月21日瀬田唐橋の戦いに敗れて自害と言うことを仮定した話では、前述の”御霊神社”が亡くなられた場所らしいです。弘文天皇とは明治3年に諡号されたものであり、即位はしていなかったと言う考えが多いようです。
ただ滋賀県では”近江京(大津京)”の話は結構メジャーな話であり、天智天皇と弘文天皇の2代で終わってしまったことを”判官贔屓”的に考えられているのかも知れません。弘文天皇陵は大津市役所のあるあたりの住所”御陵町”にあります。近くには”天智天皇”ゆかりの”近江神宮”もあります。余程の事実がでてこない限り”確定”にはならないことだと思いますが、そのような”歴史背景を持つ場所”として回って頂くとまた違った趣があるように思います。

時期はずれますが、奈良時代の古代宮の話として”近江保良宮”伝説と言うのがあります。保良宮は、藤原仲麻呂が唐の複都に倣い、平城京の陪都として759年に造営が始まる。また、政敵・橘諸兄の恭仁京に抗し、藤原氏と関係深い近江国に新宮を造営することで、孝謙上皇(第46代)と第47代・淳仁天皇を勢力内に取り込むことを意図としたともいう。759年造営担当者が任命され、官人7人らを派遣、上皇と天皇が行幸し、平城京改作のために新都へ遷都することが宣せられた。761年平城京に対して北京(ほくきよう)と呼ばれた。だが、762年建都未完成のまま廃都になる。石山寺・近江国分寺・近江国庁にも関係する記載もあったりするため、場所的には石山寺からひと山を越えた大津市国分にあった説が有名です。

アップダウンは結構ありますが、古代史を巡る旅として1日を費やすのも一興かもしれませんね。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
交通
5.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
徒歩
旅行の手配内容
個別手配

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この旅行記へのコメント (7)

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  • ももであさん 2014/11/20 07:36:10
    あみんちゅの栄養源
    TTH・bonusHさんは、あみんちゅですか。

    それも「美富士」で食べて育ったお方だったりして!?
  • わんぱく大将さん 2014/10/26 07:55:17
    ここも、行ったな
    たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみさんさん

    実は知り合いの写真家の方が雄琴なので、昼から会おうかと言う時に、午前中、石山寺に初めて行きました。 たしかバスで。 花の季節でもなかったので、人もそう多くはなかったように記憶してますが。
    バルセロナにいる友人の一人は彦根出身だし、なぜか滋賀には縁があるようです。

    あっ、すみません、 フォローに入れていただいてたようで、 お礼がおそなってすみません。

      大将

    たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。

    たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん からの返信 2014/10/27 17:01:39
    RE: ここも、行ったな
    わんぱく大将さん

    こんにちは。我が街を覚えてて頂きありがとうございます。
    滋賀と言うととにかくマイナーなイメージがあるのですが、それゆえなのかどうかはわかりませんが、結構おや?と言う場所でマッチングしたりすることがあります。石垣島で"南国の海"を目の前にしてなぜか"琵琶湖"の話で盛り上がったりとか(笑)。

    多分まったく聞いたことがないところだとそれで終わりかもしれませんが、"なにかで聞いた"場所ゆえ記憶に残っておられることも多いみたいです♪

    石山寺は確かに花と紅葉の時期は超有名な場所です。ただし時期でもないとたまたま団体さんとかち合わないとゆっくりできていい場所ですよ!滋賀のお寺は午前中が穴場です♪

    一ヶ月ほど忙しくって遠出ができない分、日帰りでお金をかけず歩いています。また行かれたところが出ていましたらお立ち寄り下さい。それでは。

    たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・つでにおまけのまゆみさんでした♪
  • さんぽさん 2014/09/28 14:51:44
    初めまして
    たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみさんさん。こんにちは

    私の旅行記に訪問と、投票ありがとうございました

    「多宝塔」言われてみれば4円切手の図柄ですね
    紫式部、もともとは動くんですか?知りませんでした
    安産の腰掛石も一ヶ所出ないのですね

    たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみさんさんの旅行記、拝見させて頂き、色いろ勉強になり、有難うございました

    さんぽ
  • kurokoさん 2014/09/28 09:30:38
    合言葉は、「無料のビニール袋下さい!」
    たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみさんさん おはようございます。

    ひよっこブログにご投票いただきまして、ありがとうございました。
    ブログは、三日坊主的に取り敢えず始めたので、こころざし半ば!? 予定通り半年以上
    さぼっています。復活の見込みはなさそうです。

    たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみさんさんは、大津の方ですか?
    神社仏閣や、祭りの多い地域は、伝統と活気があって好きです。

    ところで、地元が世界屈指の名門"石山寺保育園"OBのたかちゃんティムちゃんはるおちゃん・
    ついでにおまけのまゆみさんさんにお伺いするのも何ですが、月見亭から見えている山は、
    方角的・高さ的に「比叡山」ではなく「比良山系」ではないでしょうか?

    長崎の"ひかり幼稚園"出身の分際で、恐れ入ります。

    kuroko
  • 十三の白髭さん 2014/09/22 11:30:28
    ふぉろー だんだん
    たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみさんさん

    こんにちは。

    訪問&投票 だんだん(島根県出雲・隠岐の島地方の方言でありがとう)

    石山寺付近が地元ですか、良い所にお住まいで羨ましいです

    子供の時は隠岐の島にいたのですが、今は大阪・十三で住んでいます

    若いときは都会にいましたが、高齢になると田舎が恋しくなります

    急救車・パトカーのサイレンの聞こえない町・村に住みたいですよ

    此れからも旅行記を楽しみにしています

    宜しく御願いします

                    〜十三の白髭〜
  • カスピ海さん 2014/03/29 13:44:44
    祝!第1弾
    たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・まゆみさん、こんにちは

    第1弾旅行記、おめでとうございます!
    幼いころに見た情景の感覚、きゅんと切なくなったり、いろいろな感情がわいてきました。

    うごく紫式部は、どんなふうに動いてたんだろうと気になってしかたありません。そして、
    >「八大龍王社」標識。
    のところに書かれてある絵と説明が、さらに気になります〜^ ^
    「和尚を庵まで送っていった」って、龍による送迎だなんて!!

    多宝塔もほんとうに綺麗な形ですね。
    楽しい旅行記をありがとうございます。

    カスピ海

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