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ハノイで2泊した後、朝の便でフエに移動した。この日の午後は世界遺産のフエの王宮跡を訪れ、ダナンで宿泊し、翌日はミーソン、ホイアンを訪れ、ダナン空港から夜の便でハノイへ戻るという計画だ。フライトはオンラインでヴェトナム航空を予約したが、往復で約1万円と安く驚いた。ヴェトナムの物価を考えれば妥当かもしれないが、どのようにコストダウンをしているのか興味あるところだ。<br /><br />ところでフエ、フーバイ国際空港は、2013年3月20日から9月19日まで滑走路改修工事のため閉鎖されていた。この間フエを訪れるためには、ダナン国際空港から車で約3時間かかっていたが、フエ便が再開したためこの時間のロスはなくなった。当初は11月20日完成を予定していた工期が2ヶ月程度短縮されたそうだ。規模が違うとは言え、つい先日ベルリン、ブランデンブルク新国際空港の開港が数年遅れる、という記事を紹介したばかり。多少サバを読んでいたとしても、空港の閉鎖期間の短縮はありがたいことだ。<br /><br />さて、フエ半日観光と、ダナンへの移動、翌日のホテルからミーソン、ホイアン、及び翌々日のハロン湾の観光はAPTトラベルという観光会社の日本語ツアーを予約しておいた。2人の合計で550USドル、ガイドやドライバーの質には若干不満はあったものの、この地域でツアーを運営してくれていることはありがたい。とても家族同伴で個人ツアーで回れる地域ではない。<br /><br />フエは10世紀にチャンパ王国の中心都市となり、16〜18世紀には広南阮氏政権の都。18世紀後半には光中帝に占領されその拠点となった。1802年に初代皇帝嘉隆(ザーロン)帝により阮(グエン)朝の首都になる。1805年から彼が造営させたフエ城の城郭は、フランス帰りの建築家レー・ヴァン・ホクが設計したもので、ヴォーバン様式と呼ばれるヴェトナム特有のものだ。後期の建築物にはこれにフランスの影響が加わる。阮朝第4代嗣徳(トゥドゥック)帝は更に建築を進め、現存する市内の王宮及び郊外の帝陵は彼によって整備された。彼の時代の最後の1883年にフランスに占領され、1884年にはフランスの保護国となるが、当時の王宮、街並みは保全されていた。<br /><br />市内は香江を挟んで旧市街と新市街に分かれ、中心は新市街にある。一部には園宅と呼ばれる旧貴族・皇族の住宅が残っている。旧市街は碁盤の目状の方形都市であり、その南側にフエのシンボルとも言える世界遺産の王宮南門、宮殿と帝廟があり京都御所の構造に似ていると言える。後で詳述するが、王宮内は1960年代のヴェトナム戦争時に大きな被害を受けており、内部の多くの建物は修復が始まったところだ。現在王宮南門は全面的に修復工事中で、原型をとどめておらず、仮設足場が見えるのみだ。ガイドの説明によれば、王宮内の主要な建築物は完全に破壊され、設計図すら残っておらず、修復の目処は立っていないと言う。人類の遺産の、取り返しのつかない戦争による破壊行為が、つい40年前に行われていたのだ。<br /><br />フエは第2次世界大戦では大きな被害はなかったが、1960年にヴェトナム戦争が始まった。1961年に就任したケネディ大統領は共産主義の拡大に一切妥協せず、本格的な軍事介入を指示した。フエでは1968年 テト(旧正月の1月30日)攻勢の激戦地となったため多くの建物が破壊された。南ヴェトナム解放民族戦線占領下では解放勢力によって南ヴェトナム政府関係者や無関係の民間人への虐殺が発生し、また解放勢力からの奪還後は逆に一般知識人や学生活動家への虐殺(いわゆるフエ虐殺)が発生した。1973年にニクソン大統領は撤退を指示、1975年にサイゴンが陥落しヴェトナム戦争終結を迎えるまで貴重な人類の遺産の破壊行為が続いていた。<br /><br />この日のガイドに個人的に話す機会を作って、それとなくアメリカへの感情を尋ねてみた。日本と状況は似ており、アメリカに対する複雑な感情は消えていないとしても、敵意は既に過去のものとなっており、多くの若者は英語を話しアメリカを受け入れている。ヴェトナムはスターバックスを見かけない数少ない国であるが、アメリカ系の企業は確実に増え続けているという。ヴェトナムの安定した平和的な成長を心から願って止まない。

ヴェトナムの世界遺産No.2:「フエの王宮跡」に残されたヴェトナム戦争の傷跡

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2013/12/24 - 2013/12/29

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ハンク

ハンクさん

ハノイで2泊した後、朝の便でフエに移動した。この日の午後は世界遺産のフエの王宮跡を訪れ、ダナンで宿泊し、翌日はミーソン、ホイアンを訪れ、ダナン空港から夜の便でハノイへ戻るという計画だ。フライトはオンラインでヴェトナム航空を予約したが、往復で約1万円と安く驚いた。ヴェトナムの物価を考えれば妥当かもしれないが、どのようにコストダウンをしているのか興味あるところだ。

ところでフエ、フーバイ国際空港は、2013年3月20日から9月19日まで滑走路改修工事のため閉鎖されていた。この間フエを訪れるためには、ダナン国際空港から車で約3時間かかっていたが、フエ便が再開したためこの時間のロスはなくなった。当初は11月20日完成を予定していた工期が2ヶ月程度短縮されたそうだ。規模が違うとは言え、つい先日ベルリン、ブランデンブルク新国際空港の開港が数年遅れる、という記事を紹介したばかり。多少サバを読んでいたとしても、空港の閉鎖期間の短縮はありがたいことだ。

さて、フエ半日観光と、ダナンへの移動、翌日のホテルからミーソン、ホイアン、及び翌々日のハロン湾の観光はAPTトラベルという観光会社の日本語ツアーを予約しておいた。2人の合計で550USドル、ガイドやドライバーの質には若干不満はあったものの、この地域でツアーを運営してくれていることはありがたい。とても家族同伴で個人ツアーで回れる地域ではない。

フエは10世紀にチャンパ王国の中心都市となり、16〜18世紀には広南阮氏政権の都。18世紀後半には光中帝に占領されその拠点となった。1802年に初代皇帝嘉隆(ザーロン)帝により阮(グエン)朝の首都になる。1805年から彼が造営させたフエ城の城郭は、フランス帰りの建築家レー・ヴァン・ホクが設計したもので、ヴォーバン様式と呼ばれるヴェトナム特有のものだ。後期の建築物にはこれにフランスの影響が加わる。阮朝第4代嗣徳(トゥドゥック)帝は更に建築を進め、現存する市内の王宮及び郊外の帝陵は彼によって整備された。彼の時代の最後の1883年にフランスに占領され、1884年にはフランスの保護国となるが、当時の王宮、街並みは保全されていた。

市内は香江を挟んで旧市街と新市街に分かれ、中心は新市街にある。一部には園宅と呼ばれる旧貴族・皇族の住宅が残っている。旧市街は碁盤の目状の方形都市であり、その南側にフエのシンボルとも言える世界遺産の王宮南門、宮殿と帝廟があり京都御所の構造に似ていると言える。後で詳述するが、王宮内は1960年代のヴェトナム戦争時に大きな被害を受けており、内部の多くの建物は修復が始まったところだ。現在王宮南門は全面的に修復工事中で、原型をとどめておらず、仮設足場が見えるのみだ。ガイドの説明によれば、王宮内の主要な建築物は完全に破壊され、設計図すら残っておらず、修復の目処は立っていないと言う。人類の遺産の、取り返しのつかない戦争による破壊行為が、つい40年前に行われていたのだ。

フエは第2次世界大戦では大きな被害はなかったが、1960年にヴェトナム戦争が始まった。1961年に就任したケネディ大統領は共産主義の拡大に一切妥協せず、本格的な軍事介入を指示した。フエでは1968年 テト(旧正月の1月30日)攻勢の激戦地となったため多くの建物が破壊された。南ヴェトナム解放民族戦線占領下では解放勢力によって南ヴェトナム政府関係者や無関係の民間人への虐殺が発生し、また解放勢力からの奪還後は逆に一般知識人や学生活動家への虐殺(いわゆるフエ虐殺)が発生した。1973年にニクソン大統領は撤退を指示、1975年にサイゴンが陥落しヴェトナム戦争終結を迎えるまで貴重な人類の遺産の破壊行為が続いていた。

この日のガイドに個人的に話す機会を作って、それとなくアメリカへの感情を尋ねてみた。日本と状況は似ており、アメリカに対する複雑な感情は消えていないとしても、敵意は既に過去のものとなっており、多くの若者は英語を話しアメリカを受け入れている。ヴェトナムはスターバックスを見かけない数少ない国であるが、アメリカ系の企業は確実に増え続けているという。ヴェトナムの安定した平和的な成長を心から願って止まない。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
グルメ
4.0
交通
3.5
同行者
カップル・夫婦
一人あたり費用
15万円 - 20万円
交通手段
観光バス タクシー 徒歩 飛行機
航空会社
JAL
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行なし)
  • 昨年9月に運行を再開したフエ、フーバイ国際空港

    昨年9月に運行を再開したフエ、フーバイ国際空港

  • フエ、フーバイ国際空港のファサード

    フエ、フーバイ国際空港のファサード

  • 1809年に建造されたフラッグタワー

    1809年に建造されたフラッグタワー

  • 王宮の入り口

    王宮の入り口

  • 大砲が並ぶ

    大砲が並ぶ

  • フエのシンボル、王宮門(午門)は改修工事中

    フエのシンボル、王宮門(午門)は改修工事中

  • 太和殿のファサード

    太和殿のファサード

  • 太和殿の近景

    太和殿の近景

  • ゾウを形どった植栽

    ゾウを形どった植栽

  • 太和殿の近景

    太和殿の近景

  • 太和殿の内部の博物館の王宮のミニチュアモデル

    太和殿の内部の博物館の王宮のミニチュアモデル

  • 太和殿と照明灯

    太和殿と照明灯

  • 太和殿の内部

    太和殿の内部

  • 龍の金印、日本の金印よりもはるかに大きい

    龍の金印、日本の金印よりもはるかに大きい

  • 龍の金印、日本の金印よりもはるかに大きい

    龍の金印、日本の金印よりもはるかに大きい

  • 王宮内の建物

    王宮内の建物

  • 王宮内の建物

    王宮内の建物

  • 王家の家族が着た着物の展示

    王家の家族が着た着物の展示

  • 王宮内の建物の内部

    王宮内の建物の内部

  • 王宮内の建物

    王宮内の建物

  • かつて建造物があったところ、設計図すら残っていないため復元は困難

    かつて建造物があったところ、設計図すら残っていないため復元は困難

  • かつて建造物があったところ、設計図すら残っていないため復元は困難

    かつて建造物があったところ、設計図すら残っていないため復元は困難

  • 王宮内の建物

    王宮内の建物

  • 改修中の王宮内の建物

    改修中の王宮内の建物

  • 王宮内の建物

    王宮内の建物

  • 朱塗りの柱が印象的な王宮内の建物

    朱塗りの柱が印象的な王宮内の建物

  • 王宮内の建物

    王宮内の建物

  • かつて建造物があったところ、設計図すら残っていないため復元は困難という

    かつて建造物があったところ、設計図すら残っていないため復元は困難という

  • 王宮内の建物

    王宮内の建物

  • 王宮内の建物

    王宮内の建物

  • 王宮内の建物

    王宮内の建物

  • 王宮内の建物

    王宮内の建物

  • 王宮内の建物

    王宮内の建物

  • 王宮内の建物

    王宮内の建物

  • ティエンムー寺の入り口

    ティエンムー寺の入り口

  • ティエンムー寺の入り口

    ティエンムー寺の入り口

  • ティエンムー寺の7層8角形の慈悲塔

    ティエンムー寺の7層8角形の慈悲塔

  • ティエンムー寺の河畔からボートでフエ市街に戻る

    ティエンムー寺の河畔からボートでフエ市街に戻る

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