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 この旅は単なる遊びの旅ではなかった。 私はオーストラリアのキャラバンを仮設住宅に替えて日本へ送れないかを考えていました。<br /> そこで自分のキャラバンカーをシドニーから船積みし横浜へ送り、そこから現地へ持ち込もうとしたのです。<br /> オーストラリアではキャラバン旅が盛んで数軒に1件ぐらいの割合で、キャンピングカーを持っており、中古なら200万円出せばいいのが手に入るのです。<br /> これなら、いざと言う時その日から生活ができます。<br /> 数年前ブリスベンで大洪水があった時も水が引いたらすぐにそこへキャラバンを持ち込み復旧を開始したのです。<br /> これは日本の震災対応と大きな違いで、アメリカでも竜巻被害が起きた時仮設住宅問題があまり騒がれないのもこうした日常生活でのツールをそのままに使えるからです。<br /> 私はオーストラリアに生活の本拠を持っていましたから、テレビやネットニュースで知る仮設住宅作りの遅れが何とも歯がゆくて、地域の方に話したら、是非このキャラバンを使ってくれ、と言う申し出が相次いで出たのです。<br /> それでまずはサンプリングとして私自身のキャラバンを日本へ送ったのですが、日本は何にでも群がる利権屋がいて仮設住宅の建設もすでにプレハブ業者との間に契約が成立していて、急にそれをキャラバンに切り替えると言うのはできないそうです。 阪神大震災の時も仮設住宅建設がネックだったのです。 その後の災害白書にも仮設住宅建設のあり方に課題が示されているのです。 仮設ですから数年後には解体しなければなりません。<br /> そうなると解体費が莫大で、前回は解体した木材や各種の設備が膨大な粗大ゴミとなるのでその処理に困り、東南アジアの国へ送っているのです。<br /> そこで当時は野党の自民党国会議員に対し(120数名)私は仮設住宅建設の不合理性と、代替え策の検討に着き質問状を出しましたが、わずか数名の議員さんから返事がきただけ、それもすでに予算配分は終わっているから次の時にご意見が生かされれば、と書いてきただけでした。、<br /> 日本へ着き、キャラバンを被災地へ持ち込もうとした時起きた問題はある雑誌の編集長の言葉で納得しました。<br /> その良い例が、あるNPO 団体がアメリカから23台のキャラバンを買い込んで被災地に持ち込んだ時の政府や関係者の反応でした。<br /> その時、各テレビ局は何とも機能的でそれこそ、その日から使えるのが何より機能的とべた褒めの報道をしていたのですが、わずか1度だけで、その後は一度もキャラバンのことは語られませんでした。<br /> 仮設住宅建設を進める政府から横やりが入り、業者利権と既定路線を守るため、何とも不可解なベールが貼られた体と、編集長が言ったのです。<br /> そこで私の南信州放浪の旅が始まったのですが、本来ならそれは東北への旅だったのです。<br /> 仕方なく、キャラバンは中央高速の松川インター近くのオートセール会社へ預けてまずは現地へと仙台へ向かったのですが、途中では東北高速の破損個所で何か所もが工事中、やっと着いた仙台では平野部一帯に流されてきた家財や粗大ごみなどがそのままになった状況を目撃し、自分の果樹園での大洪水事件がオーバーラップしてその惨状を考えたくないような心境を味わいました。<br /> 明日の生き方は明日考えよう、の風と共に去りぬの世界を見たのでした。<br /> その復興はいまだに遅く、まだまだ傷跡があちこちに残っています。<br /> 一日も早く被災地が活気を取り戻し、私たちがその活力に学び旅ができる日が来ることを願っています。<br /> つい先日、ベトナムを訪れ、その復興ぶりを見て、人間の底力を知りましたが、歴史に学び、より創造的な町作りを進めていただくことを心より支え応援したいです。<br /> 女川市の親戚が流された知人を連れての旅でしたが、彼は結局、女川を訪れる勇気が湧かず、そのまま帰路に着いたのは心残りで、残念なことでした。 <br />、

被災地訪問、何かできることはないか? 現地に立って見て!

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2011/07/14 - 2011/07/15

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Holisun

Holisunさん

 この旅は単なる遊びの旅ではなかった。 私はオーストラリアのキャラバンを仮設住宅に替えて日本へ送れないかを考えていました。
 そこで自分のキャラバンカーをシドニーから船積みし横浜へ送り、そこから現地へ持ち込もうとしたのです。
 オーストラリアではキャラバン旅が盛んで数軒に1件ぐらいの割合で、キャンピングカーを持っており、中古なら200万円出せばいいのが手に入るのです。
 これなら、いざと言う時その日から生活ができます。
 数年前ブリスベンで大洪水があった時も水が引いたらすぐにそこへキャラバンを持ち込み復旧を開始したのです。
 これは日本の震災対応と大きな違いで、アメリカでも竜巻被害が起きた時仮設住宅問題があまり騒がれないのもこうした日常生活でのツールをそのままに使えるからです。
 私はオーストラリアに生活の本拠を持っていましたから、テレビやネットニュースで知る仮設住宅作りの遅れが何とも歯がゆくて、地域の方に話したら、是非このキャラバンを使ってくれ、と言う申し出が相次いで出たのです。
 それでまずはサンプリングとして私自身のキャラバンを日本へ送ったのですが、日本は何にでも群がる利権屋がいて仮設住宅の建設もすでにプレハブ業者との間に契約が成立していて、急にそれをキャラバンに切り替えると言うのはできないそうです。 阪神大震災の時も仮設住宅建設がネックだったのです。 その後の災害白書にも仮設住宅建設のあり方に課題が示されているのです。 仮設ですから数年後には解体しなければなりません。
 そうなると解体費が莫大で、前回は解体した木材や各種の設備が膨大な粗大ゴミとなるのでその処理に困り、東南アジアの国へ送っているのです。
 そこで当時は野党の自民党国会議員に対し(120数名)私は仮設住宅建設の不合理性と、代替え策の検討に着き質問状を出しましたが、わずか数名の議員さんから返事がきただけ、それもすでに予算配分は終わっているから次の時にご意見が生かされれば、と書いてきただけでした。、
 日本へ着き、キャラバンを被災地へ持ち込もうとした時起きた問題はある雑誌の編集長の言葉で納得しました。
 その良い例が、あるNPO 団体がアメリカから23台のキャラバンを買い込んで被災地に持ち込んだ時の政府や関係者の反応でした。
 その時、各テレビ局は何とも機能的でそれこそ、その日から使えるのが何より機能的とべた褒めの報道をしていたのですが、わずか1度だけで、その後は一度もキャラバンのことは語られませんでした。
 仮設住宅建設を進める政府から横やりが入り、業者利権と既定路線を守るため、何とも不可解なベールが貼られた体と、編集長が言ったのです。
 そこで私の南信州放浪の旅が始まったのですが、本来ならそれは東北への旅だったのです。
 仕方なく、キャラバンは中央高速の松川インター近くのオートセール会社へ預けてまずは現地へと仙台へ向かったのですが、途中では東北高速の破損個所で何か所もが工事中、やっと着いた仙台では平野部一帯に流されてきた家財や粗大ごみなどがそのままになった状況を目撃し、自分の果樹園での大洪水事件がオーバーラップしてその惨状を考えたくないような心境を味わいました。
 明日の生き方は明日考えよう、の風と共に去りぬの世界を見たのでした。
 その復興はいまだに遅く、まだまだ傷跡があちこちに残っています。
 一日も早く被災地が活気を取り戻し、私たちがその活力に学び旅ができる日が来ることを願っています。
 つい先日、ベトナムを訪れ、その復興ぶりを見て、人間の底力を知りましたが、歴史に学び、より創造的な町作りを進めていただくことを心より支え応援したいです。
 女川市の親戚が流された知人を連れての旅でしたが、彼は結局、女川を訪れる勇気が湧かず、そのまま帰路に着いたのは心残りで、残念なことでした。 

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