2013/11/02 - 2013/11/02
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kenichi291さん
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銀杏の葉が黄色く色付き始めたらしいと言う風の噂に紅葉ならぬ黄葉を訪ねて横浜にお散歩。まだ早いとは思うものの、折角の3連休。出掛けるなら今でしょう。横浜の観光スポットの一つに挙げられる山手にある外国人墓地は、公益財団法人横浜外国人墓地の下で運営されています。横浜外国人墓地は開国にわく1800年代から、多くの外国人達の最後の安らぎの場として広く親しまれています。墓地内には日本の西洋文化への発展に関わる多くの著名な外国人の墓所もあり、歴史的な観点からも貴重な場所とされています。墓地内は通常非公開ですが、3月から12月まで毎週土・日・祭日(雨天を除く)午後12時00分〜午後4時00分に外国人墓地募金公開を行っています。外国人墓地の維持管理のための募金(200〜300円程度)に協力すると,そのお礼として入苑できます。10分程度で一巡できる順路が設けてあり、お礼として配られるパンフレットに沿って進むと歴史に残る人たちの墓所を巡ることができます。墓地入り口の横浜外国人墓地資料館は、入館料無料(募金公開時を除く)で公開しています。開館時間は午前10時00分〜午後5時00分(資料館休館日:月曜日)です。私は墓マイラーではありませんしなくなられた方の墓碑を掲載するのには抵抗がありますが、募金協力にお役に立てるならばと思いご紹介します。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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日本大通で電車を降りてここからスタート。
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神奈川県庁本庁舎(キングの塔)・横浜税関(クイーンの塔)
・横浜市開港記念会館(ジャックの塔) -
神奈川県庁(キングの塔)
1928年竣工、屋上の五重の塔をイメージしてつくられた塔屋は「キング」の愛称で親しまれている。
外観の全体構成はクラシックでありながら、細部には幾何学的なデザインが施されている。後の帝冠様式の先駆けにもなった。敷地内には神奈川運上所跡の碑がある。(国の登録文化財) -
横浜開港資料館 幕末・開港期から昭和初期までの横浜の歴史に関する資料を展示・公開し、常設展の他年4回に企画展も開催。旧館は英国総領事館だった建物で、昭和47年まで使われていた。
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もと英国総領事館、現在の横浜開港資料館の中庭に、「玉楠」の木がある。タマグスは、楠(樟)と 同じクスノキ科に属するタブノキの異称で、沿海の暖湿地に植生する日本の代表的な常緑広葉樹である。 かつて横浜の海岸と丘陵を広く覆っていたという。 資料館の玉楠も、開港のずっと以前から枝葉を広げていた大木で、その間近で歴史的な日米和親条約 が締結された(1854(安政元)年)。米艦隊の随行画家ハイネの『ペリー横浜上陸図』にも、その玉楠は応 接場とともに描き込まれている。 この歴史の証人「玉楠」は、1915(大正4)年横浜史談会の建議により市認定の保存木となり、翌年 「名勝史跡ニ関スル臨時委員会」は玉楠を含めた六名木(※1)を選定、翌6年には市会が玉楠の保存費 年額50円(他は各12円)の支出を決議した。同年の横浜納礼会(※2)「横浜名所絵」の1枚、『横浜の名 木 玉楠』は、「開港の当時ペルリ提督初めて上陸せしハ此玉楠なり今ハ英国領事館構内にあり横浜市 の記念名木として市の保存に係る数百年を経たる大樹なり」と紹介している。また、『横浜歴史イロハ カルタ』には「ペルリノ記念ニ茂ル楠木(クスノキ)」とある。 1923(大正12)年の関東大震災は、「玉楠」を領事館もろとも焼いた。しかし、同年11月30日付『東京 日日新聞』は、並外れた暖かさに根元から小さな双葉が萌え出したと、横浜復興の祈りを重ねあわせて 報じている。再生した若樹は、1930(昭和5)年領事館再建のため、海寄り約10メートル先の現在地に移 植された。 そして今、初代「玉楠」の黒こげの廃材で作られた「ペルリの黒船」を象(かたど)る壁かけが、開港 資料館2階の展示室通路から2代目の成長を見守っている。 ※1 六名木は他に、堀の内町・宝生寺の千年松、根岸町・宝積寺の槙、同町・加層の玉楠、 本牧町・原の抱合松、三ツ沢町・豊顕寺の高野槙(横浜市史稿・地理篇) ※2 千社札(社寺に納める札)制作の趣味人の集まり。大正2年に発行した『横浜開港図絵』、 関東大震災後の風俗絵等も知られる。
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横浜港大さん橋国際客船ターミナル 世界の人々を迎える横浜港の玄関口で、大型外国客船が寄港するターミナル。屋上広場は天然芝と船の甲板をイメージしたウッドデッキ仕上で開放的な空間。目の前に広がるみなとみらいの風景を楽しむことができる。
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象の鼻のようにカーブを描いた防波堤。先端まで歩いていけます。
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海沿いに港をのんびり散歩してたら、クイーンの塔発見。 横浜税関(クイーンの塔)/税関資料室 1934年竣工、「クイーン」の愛称で親しまれる塔はイスラム寺院風のドームでエキゾチックな雰囲気。庁舎(本関)の1階には税関資料室があり、横浜税関の歴史や役割、ホンモノ・ニセモノコーナー、ワシントン条約コーナー、密輸の手口など盛りたくさん。入口のカスタム君(税関イメージキャラクター)が目印。団体見学者には係員の説明もあり(要予約)。
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横浜市・開港150周年事業として開館した「象の鼻テラス」。 横浜港が一望できる開放感あふれるギャラリースペースでは、通年アートや音楽、演劇や展覧会などのプログラムが行われています。 入るとまず出迎えてくれる大きな象のオブジェがインパクト大!何とも不思議な空間です。
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観光船が行き交います。
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チャペルに仕立てて挙式をやっている。予定がびっしり、分刻みのスケジュールのようです。
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挙式後披露宴の会場に移動する新郎新婦を乗せているらしいリムジン。
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横浜港大桟橋 地区再開発計画に基づき、新しい「横浜港大さん橋国際客船ターミナル」が竣工したのは、2002年。「にっぽん丸」、「ふじ丸」、「ぱしふぃっくびいなす」など3万トンクラスまでの客船は4隻、「飛鳥?」、「サファイア・プリンセス」などそれ以上のクラスの客船は2隻の同時着岸が可能。本格クルーズ時代を迎えた日本の、世界に誇れる国際港です。
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桟橋には「ロイヤルウイング」がランチクルーズの用意をして係留されています。
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クリスマスの飾りつけを盛んに支度中。
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銀杏の葉が黄色く色付き始めています。ぎんなんの実が歩道に落ちています。
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山下公園 ベイブリッジや港を行き交う船の眺めがロマンチックな公園。赤い靴はいてた女の子像やインド水塔、アメリカ・サンディエゴ市寄贈の水の守護神など、海外との豊かな交流を感じさせるモニュメントも多い。
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日本郵船氷川丸。
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カモメが一列に並んで羽を休めています。
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バラ はまみらい 作出国 日本 HT
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ホテルニューグランド。
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横浜マリンタワー
横浜開港100周年の記念事業として1961年に建設された横浜のシンボル。
高さ106m、2層の展望フロア、360度の大パノラマから見える夜景は必見!2階まで吹き抜けのホールには山下清画伯の壁画やマリンタワーが灯台だった頃に使用されていた灯具が展示、レストランやバーも併設する。 -
港の見える丘公園に歩いて向かいます。
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旧フランス領事官邸遺構 1930(昭和5)年に建てられた2代目領事官邸の遺構(昭和22年焼失)。関東大震災で崩壊した初代官邸にあった、井戸の水汲み用の風車も復元されている。
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港の見える丘公園 横浜港を見下ろす小高い丘にある公園。横浜ベイブリッジを望む絶好のビューポイント。春と秋にはローズガーデンも見頃。
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大佛次郎記念館 横浜ゆかりの作家大佛次郎の自筆原稿、創作ノート、愛用品などを展示し、「霧笛」「パリ燃ゆ」「天皇の世紀」「鞍馬天狗」など幅広い作品を紹介。愛猫家としても知られ、猫の絵や置物が特色。
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霧笛橋。
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横浜市イギリス館 1937年に英国総領事公邸として建築。明るく開放的な設計と高い天井や重厚なドア、美しい寄せ木の床面など、当時の王室の威厳を感じるとができる。1990年横浜市指定文化財に指定。
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岩崎ミュージアム 服飾に関する資料を集めた博物館。建物はかつてこの地で日本で初めて「ハムレット」を上演した西洋劇場・ゲーテ座の面影を感じさせる。
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横浜外国人墓地資料館 幕末の米黒船艦隊来航の際の軍人の埋葬により始まった墓地。横浜開港当時の発展に貢献した19世紀の人々をはじめとし、40数カ国の外国人約4800人が眠る。資料館には埋葬者の業績を紹介する資料を展示。
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スウィフト夫妻のお墓 日本YMCA初期の功労者の夫妻。
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SJCマリア像 セントジョゼフカレッジ閉校後旧校庭より同窓会が記念碑として移築。
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マイヨ 帝国大学(現東京大学)初代物理学教師。明治天皇へのフランス語御前講義を担当した方のお墓
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新橋−横浜間に鉄道が開業してから140年。この開業に尽力され異国、日本・横浜の地で開業直前1872年に29歳or30歳の若さで亡くなられたイギリスの鉄道技術者日本鉄道の父エドモド・モレル技師長のお墓。
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T・Aパーセルは1870年に駐日イギリス海軍第10連隊第1大隊付き外科医として来
日し、日本国政府に雇用され工部省鉄道医となった。
それ故パーセルの墓の前には、東日本旅客鉄道株式会社によって平成3年10月14
日付けで、“準鉄道記念物・セオボールド・パーセルの墓と書かれた石碑が建てられて
いる。パーセルは36歳の若さで病死したが、パーセルの墓に並んでパーセルより5年
先に亡くなった夫人の墓もある。墓碑銘は長文だがパーセルが日本帝国の一般病院の
Principal medical officerであったと記されている。 -
オネイダ号慰霊碑 1870年1月24日、米国船オネイダ号は母国アメリカ合衆国に向けて東京湾をあとにしました。船はこの地点から真東に4マイル位のとことでイギリスの貨物船「ボンベイ号」に激突され、その後15分の間に沈んだ。この悲劇の結果は、水兵海兵隊員、そして中国人を含む115人の乗組員の命の損失であった。そのうち回収された遺体はわずか3体だけであったそうです。
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ウィーラー(ホイラー) 医師。神奈川県衛生部顧問など歴任。
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19世紀の米国人紀行作家・シドモアのお墓。
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外国人墓地に眠る19世紀の米国人紀行作家・シドモアは、ワシントンDCの桜の名所・ポトマック河畔への桜の植樹に尽力した方だそうです。
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多分野で横浜の発展に貢献した実業家のお墓。
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ジョンダイアック 日本最初の鉄道建設でモレルと共に働いた建築副役。
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ネイサンブラウン 日本最初の新約聖書全訳をした人物。
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山手十番館 港ヨコハマを望む外国人墓地前に、山手の象徴的な存在として愛されてきた「山手十番館」は、明治百年祭を記念して昭和42年に開館致しました。緑に囲まれた高台の眺めを背景にティールームとレストラン、そして時を告げて詩情を誘う時計台からは「赤い靴」のメロディが流れて、訪れる人々を異国情緒への憧れへといざないます。
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山手聖公会 山手地区の外国人墓地の目の前にあります。イギリス国教会の流れをくみ、祈祷書に従って礼拝を献げ、主教と司祭と執事による初代教会からの2000年の伝統を注意深く維持してきた歴史ある教会です。
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山手234番館
戦後の米軍による接収を経て、1980年頃までアパートメントとして使用された。 -
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エリスマン邸
日本の建築界に大きな影響を与え「現代建築の父」と呼ばれたA.レーモンドの設計。絹糸貿易商エリスマン氏の私邸として1926年に127番地に建築された。
異人館的要素を持ちながらも軒の水平線の強調など、レーモンドの師匠であるF.L.ライトの影響も見るこができる。現在の元町公園には1990年、移築復元。 -
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空模様が怪しくなってきました。慌ててバスで元町中華街の駅に。今日はここまで。
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この旅行記へのコメント (2)
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- pedaruさん 2014/03/01 07:36:06
- 横浜散歩
- kenichi291さん はじめまして
私も横浜の街歩きをアップしたばかりですが、kenichiさんの旅行記を拝見して、とても良く書かれている旅行記だと感心しました。
特に外国人墓地の紹介は、丁寧で、興味をそそる解説です。大変おもしろく拝見しました。脱帽です。
また次を見させて頂きます。これからもよろしくお願いします。
pedaru
- kenichi291さん からの返信 2014/03/22 16:20:47
- RE: 横浜散歩
- pedaruさん
コメント有難うございます。pedaruさんの旅行記見させて頂いてます。私も写真枚数の多い方ですが、貴方も同じ匂いのする作品傾向がありますね。立派な旅行記が揃っていると感心しています。今後とも宜しくお願いします。先ずはお礼の表敬訪問まで。
深謝。kenichi291。
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