2013/05/03 - 2013/05/03
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frau.himmelさん
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昨年列車が大幅に遅れて、駅まで行ったのに、時間がなくとうとう観光できなかった幻の街バウツェン・・。
諦め切れなくて今年もやってまいりました。
昨年の悔しい思いの旅行記はこちらです。
http://4travel.jp/traveler/masago45/album/10725133/
バウツェン・・。
少数民族ソルブ人の住む町としてだけでなく、ドイツ・チェコ・ポーランドとの国境に近いこの地は異国情緒豊かな、1000年の歴史を有するとてもステキな街でした。
ドレスデンから列車で1時間ほどの距離ですので、皆様にもぜひお奨めしたい町です。
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ドレスデン中央駅発13:38、ヴィショフスヴェルデで乗り換えパウツェンには14:37分に到着しました。
昨年は一本前の列車に乗り遅れ、次の列車は事故か何かで途中の山中で停まったきり1時間半も動かなかった。
結局着いたのは6時半過ぎで、旧市街まで距離があるので、泣く泣く観光を諦めたのでした。
今日はゆっくり観光できます。
駅名もドイツ語とゾルブ語の併記です。 -
バウツェン駅前。
案内標識もドイツ語・ソルブ語の2ヶ国語併記 -
駅前の公園。
懐かしいー!
昨年は30分近くこの辺をウロウロしたのでした。 -
駅前のバス停で若い子に、旧市街には何番のバスで行けばいいの?って聞いて、2番のバスに乗り込みます。
旧市街は1つ目か2つ目の停留所で降りればいいそうです。
車窓から見える立派な家並みからは、ここが旧東ドイツだったという感じは全くしません。 -
私たちは2つ目の停留所「Stadtwall」で降りました。
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これが私たちが乗ってきたバス。
かなり大きなバスです。 -
シュタットヴァルは市壁のこと。
バウツェンは旧市街の周りを壁に囲まれた街なのです。
公園を抜けて街のほうに向います。 -
Dr.Maria-Grollmuss Str.をまっすぐ行くと・・
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まるでお城みたいな建物が見えてきました。
これがオルテンブルク城?
違いました。
ここはAlte Kaserne:旧兵舎。
ゼンパーオーパーを建設したゴットフリード・ゼンパーの構想を基にして1842年から1844年に建てられたものだそうです。 -
立派な入り口です。
現在は税務署として使用されています。
1993年に再建されたものです。 -
ゼンパー設計の優美な建物に、この無骨なヴェンデ塔(1490/1491年造)が程よい調和を保っています。
ヴェンデ塔は1663年ころは監獄として利用されていました。
1841年、旧兵舎建設に伴い取り壊される運命だったのを、ゼンパーによって残されることになった曰くつきの塔です。 -
奥に見えるのは街で一番高いライヒェン塔。
14,15世紀に造られたもの。
少し曲がっているように見えませんか?
目の錯覚ではなく斜塔として有名なのだそうです。 -
シューラー通りの奥にはシューラー塔。
15世紀後半に建てられたとされる塔。
火災や崩壊などで何度も改築され、現在の姿になったのは1833年。 -
ゾルブ語のみの表記の店名。
異国を感じます。 -
この家には銘碑が掲げてありました。
キャスパー・ポイツァーの名前が・・。
バウツェン生まれの神学者、ヴィッテンベルクの大学で教鞭をとり、かのメランヒトンの弟子だった人だそうです。 -
彼の名前を後日ヴィッテンベルクで見かけることになります。
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あのオレンジ色の塔を持つ建物がバウツェンのラートハウスです。
観光案内所はラートハウスの中に入っています。
地図をいただきましょうか。 -
地図は0.5ユーロ。
でもとても見やすい地図です。 -
地図をゲットしたところでまずは、フライッシュマルク(食肉市場)を挟んでラートハウスの向かいにある聖ペトリ大聖堂に行きましょう。
1000年頃この地に教会が建ち、現在の姿は1492-97年の後期ゴシック様式のもの。 -
フライッシュ・マルクト(食肉市場)の中央には、ザクセン選帝侯のヨハン・ゲオルク1世(1585-1656)の像。
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大聖堂の壁中央には日時計があります。
中に入ります。 -
入り口の女性係員から、説明書は英語がいい?ドイツ語がいい?って聞かれたので、ドイツ語って答えたら、「ズーパー!(素晴らしい!」ってとても喜んでいました。
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説明書を読みながら(眺めながら)、教会の内部を見学します。
立派な装飾彫刻の説教壇。 -
これは何だったんだろう?
見事な彫り物ですね。
ところで後で知ったのですが、この大聖堂は1524年の宗教改革後、カトリックとエヴァンゲリッシュ(プロテスタント)の両方の教会が同居している珍しい教会だそうです。 -
だから祭壇も2つあるそう。
こちらはカトリック教の祭壇。 -
祭壇のキリストの絵
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パイプオルガンも2つあるそうです。
こちらは、カトリック教のパイプオルガン。
プロテスタント側のオルガンは写真に撮っていませんでした。 -
ではこれはエヴァンゲリッシュ(プロテスタント)側の祭壇?(定かではありません)
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祭壇の下の変り十字架でそう思ったのです。
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「最後の晩餐」の絵画が飾られていました。
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これも有名らしいです。壁の展示に説明書がありましたから。
出口で係員に話しかけられました。私たちが熱心に見ていたからでしょうね。
そして詳しく説明してくれました。
この教会はカトリックとエヴァンゲリッシュ(新教)の2つの宗教が同居していること。そういう宗教混合の教会では、ドイツで最も古い教会であることなど。 -
「では、ミサの時も一緒なんですか?」
Y子さんが聞きました。
そしたら、時間を分けて執り行われると説明してくれました。
帰りに女性係員は、私たちに1枚のカードをプレゼントしてくれました。 -
外に出たら、壁にこんな案内が展示してありました。
カトリックのミサは9時から、エヴァンゲリッシュ(ルター教、プロテスタント)の礼拝は10:30からと別々に執り行われるのですね。 -
教会の塔。
カトリックではミサと呼び、プロテスタントでは礼拝と呼ぶことも。
またカトリックでは司教で、プロテスタントでは牧師だそうです。
今回いろいろ勉強しました。 -
教会の裏手、An der Petrikircheには、大聖堂参事会が。
13世紀の初め、マイセン司教ブルーノ2世によって設立されました。
1753-55年現在の姿になったそうです。
正面入り口の大聖堂参事会の紋章がとても豪華です。 -
ここは聖ペトリ大聖堂の宝物が展示してあり、見学することもできます。
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カラフルな建物。
そういえばさっきから、何となくバウツェンには色鮮やかな建物が多いような気がしていました。
ドイツの石造りのグレーやベージュ色の質実剛健というイメージとも、また木組みの家ともちょっと違う感じ。
なんだかドイツではない別な国に迷い込んだ気持ちになります。 -
そうこう言っているうちにかわいい広場に迷い込みました。
人気のスポットらしくて大勢の観光客が訪れています。 -
やっぱりここもカラフルな家並み。
まるでイタリアか南欧の街並みのようではありませんか。 -
でも1軒1軒の家はとても歴史があるのです。
この家は1631年造。
この街が昔から財政的には豊かな街だったんだなーと感じました。 -
この広場で最も目立つ家はここ。
バウツェナー・ゼンフ・シュトゥーベ。レストランです。
「ゼンフ」ってドイツの「辛子」のことですね。
ソーセージにつけるあの甘いのとか辛いのとか・・。
ここはゼンフで有名な町なのでしょうか? -
別なレストラン。
可愛い鉢植えがセンスよく配置されてステキな雰囲気をかもし出しています。
時間があればこういうところでほっと寛ぎたいなー。 -
中庭に通じるトンネル。
奥のほうはどうなっているんだろう?
中に入ってみたくなります。 -
威厳のあるライオンの門扉の家は、バウツェン市立公文書館、図書館。
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この開放的な広場にピッタリのお洒落な小さなオートバイ(?)。オトナが乗るのかしら、子供用なのかしら?
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バウツェンには塔が多いです。
街角で立ち止まりふと横を見ると、ここにも塔が・・。
ニコライ塔(1522年造)です。 -
後ろを振り返れば、聖ペトリ大聖堂の塔。
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シュロス通りの前方にはマティアス塔。
1483-86年に建設されました。
至るところに塔が顔を出します。 -
マティアス塔のファサードは、マティアス・コリヴィヌス像。
ボヘミア王マーチャーシュ1世のこと? -
マティアス塔をくぐって、城壁に沿ってシュロス通りを進みます。
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ここはお城の一画です。この歴史ありげな塔が付いた建物はなに?
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ホーフリヒターハウス(1649年)。昔、お城に来た裁判関係者が滞在するために建設された建物だそう。
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オルテン城。600年頃から城があったとされ、1483-86年にはハンガリー王マーチャーシュによってネオ・ゴシック様式の宮殿が建てられたが、1698年にネオ・ルネサンス様式に改築され現在に至っている。
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ブルク劇場
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ブルク劇場の案内板。
ナポレオンの帽子の中はゼンフ(辛子)の入れ物?。
こぼれて肩先まで黄色い辛子(ゼンフ)でベトベトです。
バウツェンとゼンフ(辛子)とは何か関係あるのかな。 -
この先には何があるのかな?
ワクワクする門です。 -
かわいい広場と給水塔
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蔦の絡まる家。
今はまだ枯れているけど、もうじきグリーンに覆われたステキな壁になるのでしょうね。
あこがれます。 -
給水塔。
1877年に建設され、1000㎥の貯水量があるそうです。 -
メンヒェス教会跡
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鍵が掛かって中に入れません。
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たぶんグロースブリューダーガッセ。
何かいかにも中世の路地裏って感じ -
キレイな家もいいけど、荒れ果てた家も風情があってステキ。
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ライエン塔(1400-03年)。
名前はボヘミアの紋章のライオンに由来するそうです。
1543年よりこの塔は重犯罪人のための監獄として利用され、1865年まではここで処刑も行われていたそうです。 -
ザクセン王アルベルト(1873-1902)の像。1913年作
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私が気になったところはここ。
なにやらソルブの文字が・・、ソルブ民族アンサンブル。
ソルブ人の足跡を見つけたいと思ったけど、文字以外はなかなか見つけられませんでした。
やっとここにあったー。 -
ソルブ民族の音楽や舞台、バレー、オペラなどを主催するところでしょうか?
この写真がソルブ人の民族衣装なのかしら? -
その角を曲がると城壁がずーっと続く道。
奥に見える塔はミヒャエル教会の塔 -
レールシャイトの要塞。
1469年に漁師の門(現存しない)を守るために建てられた砦。
建築家ヴェンツェル・レールシャイトの名前をとって名づけられた。
30年戦争でスウェーデン軍によって屋根が破壊されたが1676年に再建された。 -
漁師の門入り口。
ここを降りるとシュプレー川に出られます。
この下には1500年頃造られた漁師の門がありました。
下から家族連れが携帯をかけながら登ってきます。
後ろのほうでも何やら話し声が・・。見ると赤ちゃん連れの乳母車の女性。
階段が急で、乳母車を降ろしてもらうように電話で連絡し合っていたのでした。 -
漁師の門入り口からのミヒャエル教会(右)とアルテ・ヴァッサークンスト(左)。
ミヒャエル教会は、言い伝えによれば街の防御に尽力した大天使ミヒャエルに感謝して建設されたそうです。
1619年以降はプロテスタントのソルブ人ための教区教会として利用されています。
アルテ・ヴァッサークンストも、1558年、ヴェンツェル・レールシャイトによって建設されました。 -
Y子さんは漁師の門入り口から下に降りましたが、私は急階段を降りるのはパスして城壁付近を散策します。
右側の頑強な建物は僧侶の砦(1324年)。
僧侶がこの要塞を守ったことに由来するそうです。 -
城壁の隙間から漁師の門跡のほうを眺めます。
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向こうにちらりと見えるのは平和橋。
その下をシュプレー川が流れ、ベルリンまで続いています。 -
下から見たレールシャイト砦
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再び、ライエン塔のほうにひき返します。
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ゲヴァントハウス(1882/83年)、ネオ・ルネッサンス様式で建てられ、服飾会館として使われています。
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市庁舎に戻ってきました。
この市庁舎は1213年ボヘミア王オトカル1世の命で建設されたそうです。
ここまで見てきて、バウツェンはボヘミヤの影響を強く受けた街だということがよくわかりました。 -
市庁舎を後にして、そろそろバス停をさがしましょうか。
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大型ショッピングセンター。
広い交差点で信号が変るのを待っていたら、赤信号なのに堂々と渡っている男性がいる。
あら、あの人赤なのに・・って言っている私たちの声が聞こえたのかどうか、ニヤリと笑って両手で目を隠す仕草。
見なかったことにしてくれってことなのね。
ギャングの親分みたいなちょっと怖い感じの男性。
だけど、そんな男性に怖気づく私たちではございません。
「見ちゃったわよー!」って声をかけました(笑)。 -
ついでにバス停の場所を聞きました。
その強面男性、打ち解けたように
「駅なんてここからちゃちゃっと20分ほど歩けば行けるんだよー。歩いて行きなよ歩いて!」と言いながらもちゃんとバス停を教えてくれました。
バス停はこのコルンマルクトの前。 -
本当にバス停一駅でバウツェン駅に着きました。
バウツェン駅発18時24分に乗車。ドレスデン行きの直通列車の車内はガラガラでした。
バウツェン滞在時間4時間弱。その間ずっと歩きづめで足は棒のようになっています。
でも何か忘れ物をしているような物足りない感じです。
今回、他の方の旅行記を見て、あそうだ!平和橋からの絶景を見なかったー!
絵葉書やネットのバウツェンの写真はほとんどが平和橋からの写真なんですね。
また失敗。 -
ドレスデン・ノイシュタット駅。
駅中のスーパーで今夜の食事を調達してホテルに戻りました。
明日は丸一日ドレスデン市内観光です。
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この旅行記へのコメント (9)
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- ベームさん 2013/10/18 15:54:28
- ナポレオンと辛子。
- このパンフレット持っているのです。ソルブ民族劇場で貰いました。気にも留めなかったのですがhimmelさんの写真を見て何だろうとパンフを見直しました。
パンフをざっと読みますと:
バウツェンの戦い200周年記念としてこの夏のシーズンブルク劇場で上演。
1813年3月、バウツェン近郊でナポレオンの大軍と反ナポレオン同盟軍が戦った。形の上ではナポレオンが勝ったがフランス軍の損害は甚大だった。バウツェンの町を好んでいたナポレオンにとってその結果は苦い物だった。
すなはち愛した町バウツェンから辛子を投げつけられたナポレオンというわけです。辛子はバウツェンの特産品だったのです。
バウツェンの戦いは有名な戦いだそうです。himmelさんの写真で物識りになりました。このパンフレットを私の旅行記に追加しましたのでお暇があれば見てください。
ベーム
- frau.himmelさん からの返信 2013/10/19 09:25:14
- RE: ナポレオンと辛子。
- ベームさん おはようございます。
やっぱりナポレオンとゼンフ、そんな関係があったのですか。
ベームさんが追加なさった旅行記拝見しました。
ゼンフ・シュトゥーベなるレストランが街中にあり、ナポレオンの辛子まみれのポスターもあり、何かあるとは思ったのですが調べられませんでした。
ありがとうございます。
そういう枝葉が解るとますます旅って楽しくなりますね。
バウツェンの戦い、wikiに紹介してありましたので有名な戦いだとは思いましたが、ナポレオンとの戦いだったのですね。
確か、バウツェンに強制収容所がありましたね(私は残念ながら見学しなかったのですが)、先の大戦の戦いの一つだと思っていました。
私の方もベームさんのお陰でまたまた勉強させていただきました。
himmel
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- ベームさん 2013/10/16 11:51:12
- お待ちしていました。
- himmelさん、
今日は。
バウツェンにも行かれたと聞いていましたのでお待ちしていました。
リベンジ万歳。
私は行きはオルテンブルク城までタクシーを使いましたが帰りは駅まで歩きました。お祭りがあり賑わっていました。
小さな町ですが人により目をつけるものが違うものですね。私は名のある建築物、目ぼしいものにしか関心がありませんが、himmelさんは街角のそれこそ名もない建物、レストランなどに目を向けていらっしゃる。
建物や塔の謂れもよく調べておられます。
ヴェンデ塔のある広場には行きましたがアルテ・カゼルネには気が付きませんでした。漁師の門の入り口付近は私も歩きましたが風情のあるところでしたね。とても懐かしいです。私はあの石段を下から上ってきました。
ドレスデン方面に行く機会がまたおとずれるか分かりませんが出来たら再訪したい町です。
最近古いフランス旅行の写真を掘り出してきて投稿しました。来年までのつなぎです。
ベーム
- frau.himmelさん からの返信 2013/10/18 14:08:23
- RE: お待ちしていました。
- ベームさん こんにちは。
バウツェン、とてもステキな街でしたね。私も気に入りました。
ベームさんの表紙の写真を拝見して、あら私たち平和橋に行かなかった・・ととても悔しく思いました。ホントに何度行っても抜けているんです。
先ほどもう一度、ベームさんのバウツェンを見せていただきました。
どこが違って平和橋に行けなかったのか・・。
ベームさんはオルテンブルク城までタクシーでいらっしゃった・・。
私たちは旧市街の中ほどの市壁から街に入ったのですが、オルテンブルク城を下から見る場所があったなんて全然気がつきませんでした。
それに漁師の門も下から登っていらっしゃったとのこと。バウツェンのいいところを全てご覧になったのですね。
同じ街なのに、全く違う風景を眺めていたなんて面白いです。
でもどちらも満足したのですから、バウツェンという街が如何にステキな街だったか・・・。
ベームさんはその上お祭りまで遭遇されて、十分堪能されましたね。
これからドレスデンに4泊後、ベルリンに6泊、その後北ドイツに向います。
まだまだ旅行記の旅は前途多難です。
himmel
-
- 迷子さん 2013/10/16 00:40:54
- 昨年のリベンジ成功?!
- 去年は残念だったけど、
この春に再訪されたんすね〜。
町並みは以外にカラフルな感じで
木組みの家々とは違って
石の町って印象っすね。
ドレスデンから日帰り観光バッチリの
範囲内ってのもポイントが高そうでやんすね。
さて、この町と芥子の関係は・・・・・?
これも次回の訪問?への宿題になるのかなぁ(^_^)
(まさか彼のナポレオン軍に侵攻された時に
住民一致団結協力して芥子攻撃で撃退した・・・とか?→それはないか^^;
- frau.himmelさん からの返信 2013/10/17 21:42:16
- RE: 昨年のリベンジ成功?!
- 迷子さん、こんばんは。
あらっ、まだ日本にいらっしたのですか?
もうフランスの誰も行かない地で、新たなる石との遭遇に感激していらっしゃる頃かしらと思っていました。
バウツェンの街は異国的で、歴史があるとてもステキな街でした。
なにより、同行した友人がとても気に入ったと言ってました。
仰るように、ドレスデンからの日帰り範囲というのも魅力的です。
それから、芥子とあの街との関係・・、ちょっと気になります。
ソーセージにつけるあのゼンフが、ナポレオンとどんな関係があるんだろう・・。
芥子攻撃・・?
どうも攻撃と言うと、芥子と同じ色をした物体をだれぞに投げつけたくなったりして・・・(笑)。
himmel
-
- ペコリーノさん 2013/10/15 22:39:06
- ドイチェ ビッテ!
- frau.himmelさん、こんばんは
教会の説明文、「ドイツ語で」って言ってみたいです。きっと現地の方は喜ばれるでしょうね〜。
私も、もうちょっとドイツ語の勉強を頑張ります!
ペコリーノ
- frau.himmelさん からの返信 2013/10/17 21:28:08
- RE: ドイチェ ビッテ!
- ペコリーノさん こんばんは。
ウィーン、ブダペストの旅、ついに終りましたね。お疲れ様でした。
> 教会の説明文、「ドイツ語で」って言ってみたいです。きっと現地の方は喜ばれるでしょうね〜。
ホントはどちらも解らないけど、英語よりドイツ語ほうがちょっとだけ・・というレベルです。
私のドイツ語はホントーに上達しないのです(笑)。
今回も友人に助けられてなんとか頑張れたって感じ。
ペコリーノさんもドイツ語勉強していらっしゃるのよね。
若い方はいいわー。吸収できるんですもの。
ペコリーノさんの旅行記は終ったけど、私はまだまだ続きます。ふーっ。
himmel
- ペコリーノさん からの返信 2013/10/18 17:45:15
- RE: RE: ドイチェ ビッテ!
- frau.himmelさん こんにちは
> ペコリーノさんもドイツ語勉強していらっしゃるのよね。
> 若い方はいいわー。吸収できるんですもの。
いや、若くは無いですし、吸収もできてないです。
話す事が出来なくても、話しているドイツ語が聞き取れれば、と思ってはいるのですが、なかなか難しいですね。
> ペコリーノさんの旅行記は終ったけど、私はまだまだ続きます。ふーっ。
楽しみにしていますよ〜。
ペコリーノ
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