2013/04/04 - 2013/04/04
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KawakamiKenさん
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「三井寺(園城寺)」へ行ってきました。
「桜」が咲いてる「琵琶湖疏水」と通ってきました。
「天台寺門宗」の「総本山」で、多くの「国宝」を所蔵してます。
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 3.0
- 交通
- 3.0
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「琵琶湖疏水」 を後にします。
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「園城寺総門前」 から入ります。
「三井寺」 は 「園城寺(おんじょうじ)」 と言います。 -
「総門」 です。
本当は 「大門」 から入るのが 「通常の参拝ルート」 のようです。 -
拝観料は 「500円」 でした。
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「三井寺駅」 から徒歩で 「10分」 の案内です。
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「総門」 を入り左手を行くと 「水観寺」 です。
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「西国薬師霊場」 の 「第四十八番札所」 です。
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この階段を登れば 「三井寺観音堂」 です。
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振り返って1枚。
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「観音堂」 の境内の様子です。
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「西国三十三箇所観音霊場」 の 「第十四番礼所」 です。
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「礼堂」 。
「本尊」 は 「如意輪観音(重要文化財)」 です。 -
「観音堂」 は 「1689年(江戸時代)」 に再建されたものです。
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「鐘楼」 です。
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さらに登ることできます。
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高台にでました。
「展望台」 にもなってます。 -
「琵琶湖」 も見えます。
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「皇子山総合運動公園」 です。
「びわ湖毎日マラソン」 の 「スタート&ゴール」 地点です -
真下には 「観音堂」 です。
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なかなかの絶景。
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降って、メインの 「金堂(国宝」)」 へ向かいます。
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「三井寺」 の 「案内図」 。
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「毘沙門堂」 です。
「1616年」 の建物で 「重要文化財」 です。 -
くつろいでますね観音様。
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「弁慶力餅」 が食べられます。
「大津名物」 ですが 「弁慶力餅」 は 「全国各地」 が 「名物」 として売ってます。 -
「力持ち」 と掛けてるんですね・・・
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「微妙寺」 です。
「湖国十一面観音」 の 「 第一番札所」 です。 -
広い 「境内」 です。
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「金堂」 です。
「国宝」 に指定されています。 -
「三井寺」 は 「7世紀」 に 「大友氏の氏寺」 として 「大友与太王」 によって創建されました。
「大友与太王」 は 「天智天皇(中大兄皇子)」 の 「孫」 であり、「大友皇子」 の子です。
「大友皇子」 は 「壬申の乱」 で敗れ 「打ち首」 となりました。
その 「大友氏(敗者)」 に対して 「天武天皇(勝者)」 が 「三井寺(園城寺)」 の建立を許可したのが始まりです。 -
その後、「三井寺」 は多くの 「焼き打ち」 に合います。
10世紀以降には 「比叡山延暦寺」 と対立して 「焼き打ち」 に合ってます(大規模な焼き打ち10回、小規模は50回以上)。
「比叡山延暦寺」 とは同じ 「真言宗」 ですが 「宗派争い」 があったようです。
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現在の 「金堂」 は 「1599年」 に再建されまし。
写真は側面部分。 -
「金堂」 の説明。
「豊臣秀吉」 の妻 「北の政所(ねね)」 によって再建されたと書かれてます。 -
「本尊」 は 「弥勒菩薩」 です。
「金堂」 の中にも入れますが、「撮影禁止」 でした。
「絹本著色不動明王像(黄不動)」 等の 「国宝」 を有していますが、「公開」 していません(特別公開)。
「国宝」 の所蔵は 「10件(64点)」 あるそうです。
※ 多くの文化財が東京・京都・奈良の国立博物館に寄託。
また、「勧学院客殿」、「光浄院客殿」 など 「建築物の国宝」 があるのですが、こちらも 「一般公開」 はしていません。
「残念」 です。 -
「鐘楼(重要文化財)」 です。
「三井の晩鐘」 と呼ばれ 「音」 がいいようです。
「環境庁」 による 「残したい日本の音風景100選」 に選定されたらしい。 -
「金堂」 の隣に位置する 「閼伽井屋」 です。
「井泉」 が湧き、「天智・天武・持統天皇」 の 「産湯」 に使われました。
「御井」 から 「三井寺」 の 「名前の由来」 となりました。 -
中を覗いて1枚。
「閼伽井屋内部」 の 「三井の霊泉」 です。 -
「霊鐘堂」 です。
「弁慶鐘」 が安置されてます。 -
「弁慶鐘」 です。
「奈良時代」 のもので 「重要文化財」 です。
「鐘の損傷」 は 「鐘の音」 に 「弁慶」 が怒って 「谷底」 へ投げ捨ててしまったときのものらしい。 -
「弁慶の汁鍋」 です。
「武蔵坊弁慶」 が所有していた 「鍋」 だそうです。 -
何故か 「檻」 が出現。
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「孔雀」 です。
「インド孔雀」 だそうです。 -
三井寺の 「お出入り業者の棟梁」 が、趣味として飼育していた 「インド孔雀」 の数が増えすぎてしまって、場所的にもとても飼いきれなくなってきたので、境内の広い 「三井寺」 に引き取ってもらえないだろうかと相談があったことに始まるそうです(HP)。
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飼い始めて 「10数年」 だそうです。
「HP」 で 「孔雀明王」 の話が書かれてました。 -
珍しい 「裏側」 を1枚 。
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「一切経蔵」 です。
「一切経」 を安置するための堂です。
「三井寺」 では珍しい 「禅宗」 の造りの建物。 -
中に入ると、「八角輪蔵」 。
回転式の巨大な 「八角輪蔵」 が備えられています。 -
「一切経蔵」 説明。
「毛利輝元」 により 「国清寺(山口市)」 から移築と書かれてます。 -
「三重塔」 です。
「室町時代」 の建物で 「重要文化財」 です。
「1597年」 に 「豊臣秀吉」 によって伏見城に移築された 「大和の比蘇寺の塔」 を 「1600年」 に 「徳川家康」 が三井寺に寄進したものです(HP)。 -
1層目の 「須弥壇」 には、「木造・釈迦三尊像」 が安置されています(HP)。
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「三重塔」 の説明。
「二重目」、「三重目」 が珍しいと書かれてます。 -
「護摩堂」 です。
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「護摩堂」 説明。
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「護摩堂」 と 「三重塔」 。
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「平安時代」 では 「朝廷、貴族」 から尊崇を集めました。
「平安時代」 には 「信州善光寺」 をも 「荘園支配」 していたようです。 -
降りた所。
振り返って1枚。 -
「源平合戦」 では 「源氏」 につき 「源頼朝」 に保護されてます。
ただ、「公暁」 が 「三井寺」 で 「僧侶」 として育てられていたため、一時、冷遇されたこともあったようです。
※ 「公暁」 は 「3代将軍の源実朝」 を 「暗殺」。
(ウィキペディア) -
「南北朝の内乱」 では 「北朝」 を支持。
「室町幕府」 からも手厚く保護されました。
両幕府のこの厚遇は、強力な権門である「延暦寺の勢力」を牽制するために三井寺に対して一定の支援をすることが必要であると考えられていたからだと言われている(ウィキペディア)。 -
「1595年」、三井寺は 「豊臣秀吉」 の怒りに触れ、欠所(寺領の没収、事実上の廃寺)を命じられています。
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「金堂」 をはじめ 「強制的に移築」 されました。
当時の 「三井寺金堂」 は比叡山に移され、「延暦寺転法輪堂(釈迦堂)」として現存しています。
(ウィキペディア) -
「1598年」 に 「豊臣秀吉」 は自らの死の直前になって 「三井寺」の再興を許可しています。
「三井寺」 の 「祟り」 を恐れたらしいです。 -
「釈迦堂(食堂)」 です。
「室町時代」 の建物。 -
振り返って1枚。
「広い境内」 の雰囲気です。 -
内側から撮った 「大門」 です。
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同じく 「大門」 です。
「仁王門」 とも呼ばれてます。 -
「室町時代」 の建物で 「重要文化財」 です。
「常楽寺(滋賀県湖南市)」 にあった門を 「1601年」 に、「徳川家康」 が寄進したものだそうです。 -
「大門」 の説明。
「楼門」 の中でも 「代表作」 と書かれてます。 -
「大門」 の入口付近。
「通常の参拝ルート」 はここが 「スタート」 のようです。 -
最後は 「周辺地図」 です。
「800m程」 歩くと 「三井寺」 の建物である 「新羅善神堂(国宝)」 があったようです。
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