2013/09/21 - 2013/09/23
14129位(同エリア25733件中)
Yukaさん
9月後半の三連休を利用して、友達と十数年ぶりにソウル行ってきました。
以前はツアーでの参加と友達が行きたいところ中心だったので位置とかほとんど覚えておらず、せっかく行ったのにもったいないことをしたなと思っていました。
十数年ぶりということで街も店も変わっていたけれど、初めてソウルに行ったときのようなわくわくした気持ちで楽しめました。
友達が観光はあまりしていないということだったのでベタな場所中心に。
私も思い出しながら回りました。
友達が韓国語が話せるので会話はまかせっきり。
とても頼もしかったです。
写真の撮り忘れが多くて最後の方は食べ物ばかりになっていますが、ご了承を…。
【基本情報】 Wikipedia参照
国名:大韓民国(Republic of Korea)
都市名:ソウル特別市(Seoul)
ソウル市面積: 605.25平方km
ソウル市人口: 979.4万人 (2010年)
公用語: 韓国語
※韓国語表記ができませんので、英語表記してます。
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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9月21日(土) 1日目。
4ヶ月ぶりの羽田空港国際線ターミナルです。
ここしばらく遅くまで残業が続いた身体に4時起きはツライものがあります。
6時半過ぎに無事友達と合流し、荷物を預けて空港内をしばし散策。 -
NH1161便08:50発のGMP行き。
離陸するとまもなく富士山が見えました。 -
機内食は鶏そぼろ(?)ごはん、そば、まんじゅう。
いつもは味付けが濃くて半分も食べないのですが、疲れのせいかほとんどただきました。 -
定刻より少し早い11:02到着。
荷物を受け取り両替をして金浦空港駅へ。
A'REXで弘大入口駅(Hongik Univ. Station)乗り換え、2号線で乙支路3街駅(Euljiro 3(sam)-ga Station)へ。KRW1,350(カード利用)
電車代が安いのでたくさん乗る私には助かります。 -
そういえば十数年前はICNからバス(過去の訪韓すべてICNだった)で移動だったので、電車からの景色は初めてです。
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2日間お世話になります『サットンホテル明洞(SUTTON HOTEL MYEONGDONG)』。
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チェックインを済ませ、清掃がまだだけど荷物を置くだけならいいということで部屋へ。
少々狭いですが、清潔できれいです。 -
機内食でおなかが空いていないので、さっそく観光へ。
秋夕(チュソク)休暇のせいか、閑散としています。 -
ホテルから徒歩約20分で『昌徳宮(チャンドックン)』到着。
infomationで入場券を購入。
KRW3,000
※4大宮(景福宮、昌徳宮(後苑含む)、昌慶宮、徳寿宮)と宗廟の統合観覧制・KRW10,000。すべて周りたい人にはお得なチケットもあります。
http://www.cdg.go.kr/main/main.htm
昌徳宮は1405年、正宮である景福宮の離宮として建造された宮殿で、光海君 (クァンヘグン・1571-1641・李朝第15代王) 以降、約270年に渡って李氏朝鮮王朝の政務が行われた王の御所。全部で約135,000平方mの敷地に13棟の宮殿の建物があり、その北半分を占める秘苑 (ピウォン) には28棟の楼閣があります。
秘苑は韓国伝統庭園の真髄とも言われます。そうした景観の卓越や希少資料の存在などから、昌徳宮は1997年にユネスコの世界文化遺産に登録されました。 -
正門『敦化門 (トンファムン)』
昌徳宮の正門として1412年(太宗12年)に初めて建てられました。今の敦化門は1609年(光海君元年)に再建され、現存している宮殿の正門としては最古のものです。朝鮮時代には2階の望楼に鐘と太鼓があり、時間を知らせていたといいますが今は残っていないそうです。 -
『錦川橋(クムチョンギョ)』
門を入り右側に位置する錦川橋は1411 (太宗11)年に造られた、ソウルに残る最古の石橋。動物の形をした石造が彫られています。 -
錦川橋の奥にある『善進門(ジンソンムン)』
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『仁政門 (インジョンムン)』
王の即位式、臣下の朝礼、外国使臣の接見など、国の重要行事が行なわれた場所。 -
細部まできれいに塗り直されてます。
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『仁政殿 (インジョンジョン)』
昌徳宮の正殿。国宝225号に指定されています。王の即位式・朝礼・外国使臣の接見などの重要行事が行なわれ、臣下は前の広場にて位階に応じた位置につきました。 -
屋根の上には龍の頭。
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玉座です。
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他国(ヨーロッパ方面)からきた外交官にとっては、めずらしいものなのでしょうね。
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窓も格子になっていますが、紙(障子?)なので冬は寒かったでしょう。
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仁政殿前はだだっ広い庭(広場?)になっています。
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『宣政殿 (ソンジョンジョン)』
王の執務所だった場所。国事を議論したり、学者や官僚が儒教の経典や歴史を勉強したり、儒生たちを集めて試験をしたり、宴を行なったりもしました。
現存する宮殿の中で唯一青い瓦の建物なんですが、よくわかりませんでした。 -
座布団のようなものもあります。
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どの建物に入るにも必ずある石段。
見た目よりも一段一段が高く、高齢者や障碍者にやさしくないなと感じました。 -
『煕政堂 (ヒジョンダン)』外観は写真を撮り忘れ、内部です。
応接セットなどが残されてます。 -
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『宣平門』
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『大造殿 (テジョジョン)』
煕政堂、大造殿共に王と王妃の寝殿で、王とその家族が生活した中宮殿でもあります。1917年、火災に遭い1920年に景福宮(交泰殿)を移して建てられました。ここで最後の王である純宗 (スンジョン) が崩御しました。 -
家具についている貝の名前が思い出せません…。
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『楽善斎 (ナクソンジェ)』
1847年に後宮の処所として建てられました。王の死後、王の妾(めかけ)や女官などが残りの人生を送っていたといいます。日本の梨本宮家から最後の皇太子である李垠(イウン)に嫁いだ方子(まさこ)が晩年を過ごした場所でもあります。 -
一部屋一部屋がとても狭いです。ふとんが敷けないのでは?
ここから先は王の庭園『秘苑(後苑)』エリアで別料金を払います。
昌徳宮後ろにある、有名な庭園秘苑(ピウォン)。もともと後苑(フウォン)と呼ばれており、王様たちの憩いの場でした。300年を超える巨木と池、東屋など造園施設が自然と調和をなしています。
ここまででも歩き疲れてしまったので、秘苑には行かず。
しかもガイドツアーが出た直後。 -
昌徳宮を出て、仁寺洞(インサドン)へ。
二人とも行きたかった場所が同じでサムジキルだったので向かうことに。 -
サムジキルにつくとすごい人だかり。
上に行くにはスロープを、下りるには階段、の一方通行。逆行してくる人はいません。
みんなルールを守ってエライね。 -
お目当てのSHOP『ハヌルホス』の韓方シャンプー「ハスオ・プリジェ・クールシャンプー」500ml。
KRW19,000をKRW17,100でお買い上げ。 -
それぞれ買い物を終えて夕食へ。
3号線 安国駅(Anguk Station)から乙支路3街駅(Euljiro 3(sam)-ga Station)へ、2号線 に乗り換え弘大入口駅(Hongik Univ. Station)下車。KRW1,050(カード利用)
『キョスコプチャン 2号店』は18:00開店のはずが、着いたら地元の人たちでいっぱい。店名は合っているし昼食をパスしていたので入ることに。
帰るときに気づいたのですが、ここは『3号店』で『2号店』は3号店の目の前に」ありました。 -
前菜類。
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ホルモン盛り合わせを2人前。
店員さんが焼いてくれて、ごま油と塩の入ったタレでいただきます。
前菜の生にらがちょっとキツかったので、焼きあがったあと混ぜちゃいました。
※2人前からの注文となります。
日本のホルモンも好きだけど、盛り合わせだと色んな食感が楽しめていいです。
臭みもなくてとても柔らかく、おいしかったです。 -
再び地下鉄に乗り空港鉄道線 弘大入口駅(Hongik Univ. Station)からソウル駅(Seoul Station)へ、4号線に乗り換え明洞駅(Myeong-dong Station)下車。KRW1,050(カード利用)
(ソウル駅での地下鉄の乗り換えは一駅以上歩くのでおすすめできません。)
さて、夜の明洞。何を買おうかな。 -
と思いきや『HOLLYS COFFEE』でお茶に。
キャラメルカフェモカ KRW4,300(左)とペパーミントティー。
クリームたっぷりがGood。 -
休憩をして少し復活したので買い物へ。
『TONY MORY』
この旅でぜひ買おうと決めていた、角質が取れるという足パック。
12セットでKRW104,000とお高いですが、友達も興味があるということで半分にSすることに。
こういうとき同行者がいると助かります。 -
こちらはおまけ。
足用のかたつむりパックを手用に変えてもらい、これも半分ずつ。 -
『ETUDE HOUSE』
私はふだんバッチリメイクをすることはありませんが、化粧好きな友達のために睫毛用美容液を購入(左)。 -
ひとしきり明洞を見て周り、マッコリバーに寄って帰ろうかと思っていたけど、とにかく歩き疲れたのでまた今度にとっておくことに。
電車に乗ってもよかったんだけど、まだ21時過ぎなので歩いてホテルへ戻ります。
そんなに遠い距離ではないのにとても遠く感じました。
お風呂に入り23:00に就寝。 -
9月22日(日) 2日目
6:30起床
7:30過ぎには身支度を済ませ、外に出てみるとどんより曇り空。
雨も降る予想なので、折りたたみ傘を持って出かけます。 -
昨日ガッツリ食べたので、ホテルの朝食はパスして『粥郷(チュッヒャン)』で朝食。
鶏粥 -
松の実粥
こちらはつぶがありません
食べていると突然雨が!
もう降ってきたちゃった。 -
食べ終えて外にでるとほとんど降ってない、ラッキー。
今日もたくさん歩くので、できるかぎり地下鉄移動することに。
3号線 乙支路3街駅(Euljiro 3(sam)-ga Station)から景福宮駅(Gyeongbokgung Station)下車。KRW1,050(カード利用)
写真は乙支路3街駅入り口にあった彫像。かなり大きいですが、どんな意味があるのだろう。 -
5番出口から出て正門へ行くと『太平路』
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右を見れば政府総合庁舎
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左にも建物がずらり。
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そして『光化門 (クァンファムン)』
景福宮の南側にある正門。三つのアーチがあり、中央は王が、左右の門は臣下達がそれぞれ出入りしたといわれています。朝鮮戦争の際に焼失し、景福宮復元事業調査中の折に従来よりも位置が移動していた事が判明。その後、現在地に移して復元工事が進められ、2010年8月15日には本来の位置に完全復元を成し遂げました。 -
獅子?
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門の中にも装飾が
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『興礼門 (フンネムン)』
光化門後方に位置する門。景福宮で2番目に大きく、勇壮な姿が特徴的な門です。日本統治時代に朝鮮総督府建設のため撤去されましたが、1995年から復元されました。』
興礼門より先が有料となりますので、興礼門右手にあるinfomationで入場券を購入3,000 -
『勤政門(クンジョンムン)』
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『勤政殿(クンジョンジョン)』
国宝第223号に指定されている景福宮の正殿で、「民を勤勉に治める」という意味を含んでいます。国家の公式的な行事、つまり王の即位式や外交官の接待などが開かれた場所です。景福宮の中でも最も雄大な建物で、中央には玉座があります。 -
玉座。
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昌徳宮もいいけれど、装飾とかはこちらが好きかも。
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勤政殿裏にある石像。
虎? -
亀
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何?
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『思政門(サジョンムン)』
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『思政殿(サジョンジョン)』
勤政殿のすぐ裏側に位置する建物。勤政殿で公式的な行事が行なわれたのに対し、思政殿は王が日常的な業務を処理していた執務室です。 -
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王を象徴する龍の描かれた壁画があります。
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『康寧殿 (カンニョンジョン)』
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『交泰殿 (キョテジョン) 』
康寧殿と交泰殿は王と王妃の生活の場であり、寝室でもあった康寧殿と交泰殿は、宮殿の中心部に位置しています。外部からの侵入を防ぐため9つの壁で囲まれていました。また、これら二つ建物は、装飾の施された格子戸で作られているのも特徴です。 -
格子戸が閉じていたらよくわかるのに
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『慶会桜(キョンフェル)』
勤政殿の横にある慶会桜。慶会桜は旧1万W札のデザインに用いられるなど、韓国を代表する建築物として親しまれています。真四角の池に浮かぶように建つ桜閣から3つの石橋が池のほとりへと伸びる、その美しい佇まいには華やかな韓国伝統の建築的特徴がよく表れています。国宝第224号。 -
『修政殿(スジョンジョン)』
世宗(セジョン)時代、学問を研究する場である集賢殿(チピョンジョン)として使われた。高宗時代の1867年に再建し、修政殿に名称を変更。 -
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『緝敬堂(チッキョンダン)』
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『咸和堂(ハムファダン)』
高宗時代に建てられた二つの建物は共に似た構造になっており、通路でつながっています。また、交泰殿の北側は皇后の生活エリアであったため、これら二つの建物も皇后や宮女によって使われていたと推測されています -
緝敬堂と咸和堂をつなぐ通路。
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水辺の空間『香遠亭(ヒャンウォンジョン)』
宮殿の北側にある、香遠亭。高宗が乾清宮 (コンチョングン) を建てる際、池の中央に島を作り六角形のあずまや、香遠亭を建てました。香遠亭は「香りが遠く広がっていく」という意味を持ち、また島につながる木造の橋、酔香橋(チィヒャンギョ)も「香りに酔う」と言う意味を持っています。慶会桜が国王のオフィシャルな空間である事に対し、香遠亭は国王が休息の時間や風情を楽しむプライベートな空間だったようです。 -
中に入ってみたい。
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『玉壺楼』
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『長安堂』
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『神武門(シンムムン)』
景福宮の北側にある門。
神武門の正面にあるのは -
大統領官邸で知られる『青瓦台 (チョンワデ) 』が目の前に広がります。
建物の前には警備が立っていますが、写真撮影は自由です。
観光はこの辺にして昼食へ。 -
『土俗村(トソッチョン)』
お茶(左)と食前酒(右)。 -
参鶏湯(サムゲタン)
二人でひとつを注文。周りの人たちも一人でひとつを食べている人はほとんどいません。 -
チヂミ(パジョン)
具がもう少し多いといいな。スカスカな部分があったよ。 -
食べ終えて外に出ると行列が。
友達が韓国人に見えるのか、韓国語でしかも韓国人に話しかけられるところを結構見た。
ここでは日本の女子大生っぽい女の子5・6人に写真を撮ってくれと頼まれてました(英語でですが)。
お互い日本人とわかって思わず笑っちゃいました。 -
天気も回復し、おなかもいっぱいになったので再び歩き出します。
大平路を歩いていて見つけたハングルのスタバ。
そういえば以前訪韓したときは、やたらドトールがあったんだけど、今回は一店も見なかったな。スタバ&韓国のカフェチェーン店に負けた? -
清渓川付近を歩いていると水しぶきが。
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韓国(ソウル)でも窓に直接水をかけて掃除するんですね。
日本ではゴンドラ(?)に乗って窓掃除するのに、ロープ一本?もちろん命綱あるんだよね? -
ソウル広場から小公路に入り、盤浦路を通って『南山オルミ(ナムサンオルミ) / 南山エレベーター』で南山ケーブルカー乗り場へ。
エレベーターの傾斜は25度、移動距離は約75m、乗り場と降り場の差は31m、乗っている時間は1分ほど (乗り降りを入れると2分ほど) 。全面ガラス張りで、外の景色が楽しめるようになっています。中は20人乗り、エアコン、テレビ付き。とはいっても、ドアの開閉が頻繁なので、夏のエアコンはちょっと弱め。またあっという間についてしまうので、テレビも見る暇ありませんというかテレビはがついていませんでした。
外から中が見えないようにスモークが貼ってありました。 -
エレベーター、ケーブルカーを乗り継いでやってきました『Nソウルタワー』。
ソウルの中心部、海抜243mの南山山頂に建つ高さ236.7mのタワーは、ソウル随一の展望スポット。2005年に全面改装されてリニューアルオープンした。ちなみに名前のアタマにあるNは、南山の頭文字とNEWのNを意味する。 最上階の回転展望台は約35分かけて一回転するので、ゆっくりとソウル全域を一望できる。美しい夜景も楽しめるようにと深夜まで開いているのもうれしい。エレベーターを降りたところにはゲームセンターや食堂、記念品売場もある。 5階の回転展望台のほか、1〜3階に一般展望台、4階には屋外展望台(4〜10月のみ公開)がある。 夜ともなると美しくライトアップされ、光の芸術が楽しめる。さまざまな色の光で彩られたタワーの姿は、また格別。 -
ここは初めてきました。
屋外展望台や天空トイレも行きたかったけど、着くまでに少々疲れてたのと、人が多くて行く気にもなれず、一般展望台でがまん。
展望デッキからの景色はもっといいのかな? -
ベンチで休んでいると後ろから音楽が。
歌は韓国語ではないけれど、なんかみんな楽しそう。 -
明洞に戻り『Caffe 忠武路』で休憩。
私がオーダーしたニューヨークチーズケーキとコーヒー。
KRW8,000 -
友達がオーダーしたマフィン(ブルーベリー)とカプチーノ
KRW8,000
疲れた身体に甘いもの、癒されます。 -
4号線 明洞駅(Myeong-dong Station)から東大門駅(Dongdaemun Station)へ、1号線に乗り換え東廟前駅(Dongmyo Station)下車。KRW1,050(カード利用)
お風呂とアカスリを楽しむという友達を『東廟スパレクス(トンミョスパレクス)』へ送り、3時間後に来ることを約束して一人別行動に。
再び地下鉄に乗り1号線 東廟前駅(Dongmyo Station)から市庁駅(City Hall Station)下車。KRW1,050(カード利用)
最後の観光『徳寿宮(トクスグン)』へ。
KRW1,000
王の兄が住んでいた邸宅だったり、避難先から戻ってきた王が臨時の王宮として使用したり、200年以上もの間主人不在の王宮だったり、また大火災に見舞われたりと、なにかと波瀾万丈な、朝鮮王朝の歴史を語る上で欠かすことが出来ない元王宮。
写真は『大漢門(テハンムン)』
大漢門はもともとは徳寿宮の正門ではなく東門で、もともとの名前も大安門(テアンムン)でした。1904年の大火災の後、1906年7月15日に再建され、大漢門と改称され、以後事実上の徳寿宮の正門となりました。 -
現在の徳寿宮はこじんまりとした王宮として市民の散歩コースとして知られています。しかし20世紀初めまで徳寿宮の面積は現在よりもはるかに広く、現在の規模は当時の30%にしか過ぎないそう。
徳寿宮もいずれ景福宮のように昔の姿に復元され、当時の美しさを取り戻せるといいですね。 -
『禁川橋(クムチョンギョ)』
景福宮に永済橋(ヨンジェギョ)、昌徳宮に錦川橋、昌慶宮に玉川橋(オクチョンギョ)があるように、徳寿宮にも禁川橋があります。これは全ての王宮に風水地理学上、明堂水があると吉であるという原理に基づいたもの。
徳寿宮の禁川橋は虹のような半円構造で2つあります。橋の床には三道(サンド)があり、三道の真ん中には両端よりも一段高くて広い御道(オド)があります。この御道は王様だけが通ることができます。 -
なにやらひとだかりが。
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野生のリスです。
胡桃を食べていました。 -
咸寧殿の方から音がするので行ってみると
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『DEOKSUGUNG PALACE CONCERT』が行われていました。
千と千尋の神隠しの主題歌「いつも何度でも」も画面に映し出される映像(アニメ)に合わせて演奏されていました。 -
『咸寧殿(ハンニョンジョン)』
宝物820号。高宗皇帝の寝殿として使用された建物で、1904年の火災で焼失したのを同年再建し、現在の姿になりました。また高宗皇帝が崩御した場所でもあります。建物はとても大きいのに対して、装飾がシンプルなのが特徴。 -
『徳弘殿(トクホンジョン)』
主に外国使臣や大臣を迎えるための接見室として使われた建物。1911年に建立され、徳寿宮に現存する殿閣の中で一番最後に作られたものです。建物内部は高宗皇帝の寝殿として復元されましたが、現在内部の観覧は出来ません。 -
『静観軒(チョングァンホン)』
1900年建立、王宮の中に最初に建設された西洋式(中国風)の建物。
高宗が茶菓会を開催したり、音楽を鑑賞したりした休息の場所でもありました。正面7間、側面5間の規模で、八作屋根模様を見せる様式屋根をのせ、単層に木彫と赤いレンガが使われ、床には大理石が敷かれています。ちなみに静観軒はロシア建築技師であるサバテン(A.I.Sabatine)によって設計されました。 -
正面と側面に精巧な装飾が施されたテラスがあります。
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『昔御堂(ソゴダン)』
徳寿宮で唯一2階建ての建築物。最初の創建年代は不明で、1904年の火災で焼失後、同じ年に他の全閣とともに改築されたよう。昔御堂は文禄・慶長の役の時に宣祖(ソンジョ)が避難先から還都し崩御するまでの16年間暮らした場所。昔御堂の名前もまた「昔、王がいらした家」を意味します。 -
昔御堂のちょっと変わった点は、韓国では珍しく彩色が施されていない点と、2階建てでありながら飾りがない民間風の建築様式という点。2階へ行くには昔御堂内の西側にある階段を使います。
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『即祚堂(チュクチョダン)』
昔御堂の後方、浚明堂とつながっている即祚堂は、光海君(クァンヘグン)と仁祖(インジョ・李朝第16代王)が王位即位式を行った歴史的な場所。1904年の火災で焼失しましたが、その年昔御堂、咸寧殿とともに復元再建され、現在の姿になりました。即祚堂という名前には「王が即位した所」という意味があります。 -
『浚明堂(チュンミョンダン)』
創建年代不明、1897年に再建されたと推測される木造建築物。こちらは高宗(コジョン)が大臣と国政について論議した便殿でした。徳寿宮のほかの建物と同じく1904年の大火災で焼失しましたが、同年6月に再建されました。浚明堂の名前の明は本来明るいの「明」ではなくてヌン=目とタル=月が合わさった文字。これは明るく見るという意味を持っているそう。 -
『中和門(チュンファムン)』
1902年に創建された木造建築で、徳寿宮の正殿である中和殿の正門にあたります。正面3間、側面2間の重軒多包系八作屋根(四隅の軒の先が上に反り返っている韓式の家)様式。本来の中和殿は重層正殿だったのですが、1904年の大火災で焼失、1906年に再建され、また1982年にも大幅に改装され現在の姿になりました。創建当時の中和門は現在の門よりはるかに大きかったと考えられています。 -
『中和殿 (チュンファジョン)』
1902年に建立された徳寿宮の正殿で、李朝時代末期に使用されました。正面5間、側面4間の八作屋根形式の中和殿は、中和門とともに1902年に建設されましたが、1904年に火災で全殿閣(チョンジョンガッ)とともに焼失、1906年に再建され、現在の姿になりました。中和殿は一般的な王宮の正殿の使用目的にふさわしく、王の即位式、家礼式、外国使臣の歓迎儀式、朝賀礼儀式など公式行事が行われた場所。
中和殿は中和門とともに宝物819号に指定されています。 -
中和門から中和殿に続く朝廷の庭には三道と品階石(プンゲソッ)があります。
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中和殿内部には御座(オジャ)や透刻曲屏(トゥガッコッピョン)、日月五獄屏風(イルウォロアッピョンプン)などを見ることができます。
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内部の天井に刻まれた竜は、王とは品格が異なる皇帝の権威を象徴してます。
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けす
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石造殿前の庭園と噴水(ソクチョジョンアッチョンウォングワプンス)
1900年、イギリス人ブラウンの発案でイギリス人技師ハデイングによる設計で着工され、1920年に竣工したイギリス式庭園。韓国最初のヨーロッパ式庭園でもあります。日本統治時代の末期には砲弾製造に使うために、この青銅でできた噴水台も取り壊されたと言われています。現在の噴水は1984年、文化財研究所の主導で復元されたもの。 -
けす
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仰俯日(アンブイルグ)
釜のような形をしている日時計で仰俯日と命名されたそう。時間だけでなくて節気も教えてくれる仰俯日は1437年、世宗大王(セジョン・李朝第4代王)の代にチャン・ヨンシルが最初に作ったもので、現在、残っている徳寿宮の仰俯日は直径35.2cm、高さ14cm。17世紀後半に作られたもの。宝物845号に指定されています。 -
『石造殿(ソクチョジョン)』※2013年10月22日まで復元工事中
1900年に着工、1910年に完工した地上3階、延べ面積1,247坪の、御影石でできた石造建物。外観は19世紀初めにヨーロッパで流行した新古典主義様式で、イギリス人技師ハデイングが設計。建物の長さは54.2m、幅31m、高さ17.5m、延べ面積1,226坪。石造殿という名には「石で造った」という意味があります。この石造殿での何よりも重要な歴史的事件は1946年の1月16日、日本の植民地支配から解放された朝鮮半島の将来を論議するために開催された米ソ共同委員会の最初の予備会談がここで行われたこと。米ソ共同委員会は1945年12月、韓国の信託統治と臨時政府樹立などを論議するために設立された米・ソ・英の代表者会議のことでした。 -
けす
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徳寿宮美術館前にもあります。
これも日時計でしょうか。形は仰俯日とは異なります。 -
『徳寿宮美術館(トクスグンミスルグァン)』
1937年11月に竣工。地下1階、地上3階の御影石でできた石造建物で、延べ面積は1,104坪。日本統治時代に石造殿は日本の近代美術品などを展示する美術館として使用されていましたが、石造殿とは違う「朝鮮の古美術品を展示できる空間を徳寿宮にもう一つ作ろう」という意見により、中村興資平の設計で李王家美術館として建設されました。当時、昌慶苑(チョンギョンウォン・現在の昌慶宮)にあった李王家博物館に展示されていた三国時代以降の彫刻工芸品、陶磁器、絵画などがこちらに移され、展示されていました。解放後は石造殿の付属建物として使用され、現在は徳寿宮美術館(国立現代美術館別館)となっています。
階段で休憩している人たちがいます。
中では「Modern Art Line」が開催されており、時間があるので少しのぞいてみる。
撮影禁止なので写真はありません。 -
『光明門(クァンミョンムン)』
1897年に建設されながら1904年に焼失、同年に再建された木造建築。本来は咸寧殿の南側にあり、咸寧殿の正門として使用されていましたが、石造殿別館(当時は李王家美術館)が建設されたことで1938年、現在の位置に移されました。現在は神機箭機火車(シンギチョンギファチャ)と興天寺(フンチョンサ)銅鐘、水時計の自撃漏(チャギョンヌ・国宝229号)を保管する楼閣として使用されています。
実は、これらは徳寿宮とは何の関係もないもののようです。 -
興天寺銅鐘
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徳寿宮を出て近くにある東和免税店へ。
ところが、中国人だらけで見る気をそがれてしまい、即退散。
清渓川へ向かう。
このぐるぐるはなんでしょう。 -
『清渓川(チョンゲチョン)』
約30年前までソウル中心部の西から東に流れていた全長約8kmの川。仁王山や白岳山南部、南山北部の山麓に端を発し、東大門(トンデムン)を過ぎたあたりから南下、中浪川と一緒になり漢江へ流れていた清渓川。李氏朝鮮時代にはこの川を境に北側( 現在の景福宮と昌徳宮の間の三清洞あたり)を「北村(プッチョン)」、南側(現在の忠武路、明洞あたり)を「南村(ナムチョン)」といい、地理的だけでなく、政治や社会、文化的にもソウルを分け隔てる川だったとか。 特に鍾路近くの橋の周辺は商人たちが集まる中心地として活気にあふれ、川辺は庶民たちの集落として、都の中でももっとも人口が密集していたエリアでもあったそう。 -
当時から市民の生活排水を流す清渓川は下水の匂いや洪水などの問題が常にあり、幾度の工事でも改善されず、結局1978年までに川を暗渠化する工事が終了。その後はソウルの高度成長のシンボルともいえる高架道路が川の上に建設され、清渓川はソウルから完全に消えてしまいました。しかし、1968年に建設された清渓川高架道路が築30年を経て老朽化し、補強や大型車両の通行が規制されるなどの対策がとられましたが、そのままでは危険な状態となり、そこで高架道路を作り直すか、以前ここに流れていた清渓川を復元させるかで大議論となり、2002年の市長選挙で清渓川復元を公約に掲げたイ・ミョンバク市長が当選。清渓川復元事業が具体化することになりました。清渓川高架道路を撤去し、河川を復活させる都市再開発事業では世界でも例がなく、世界的にも注目されていた大工事。そうして2005年の10月、清渓川が復元されました。
ということは、過去訪韓のときはなかったのね。 -
ピンボケですが、ここにコインが入ると願いが叶うそうな。
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家族連れやカップルがたくさんいました。
ホントに憩いの場なんですね。
私も近くのコンビニで水を買ってしばし休憩。 -
友達との待ち合わせ時間になったので迎えに行きます。
地下鉄1号線 鐘閣駅(Jonggak Station)から東大門駅(Dongdaemun Station)下車。KRW1,050(カード)
見たことがないので東大門を見ていこうと立ち寄りますが、ここも工事中。
東廟スパレクスまで徒歩で移動し、友達と合流。
夕食へ向かいます。
地下鉄9号線 東廟前駅(Dongmyo Station)から薬水駅(Yaksu Station)下車。KRW1,050(カード) -
プルコギが食べたいとの私の希望から『ノルブポッサム 乙支路6街店』へ。
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前菜類。少々少なめ
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ここでマッコリをいただきます。
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豚ロースの岩塩焼き。
胡椒などで味付けされていますが、塩やみそをつけてサンチュに巻いて食べます。 -
待ってました「ヨルタンプルコギ」。
想像していたプルコギとだいぶ違いふつうの焼き肉。
ネギ、辛いタレ(ほんの少し)とともにサンチュで巻いておいしくいただきました。
友達は辛いものが苦手なのでタレはつけずに食べてました(味がついているのでそのままでも結構辛い)。
残ったマッコリはホテルへ持ち帰ります。 -
地下鉄9号線 薬水駅(Yaksu Station)から青丘駅(Cheonggu Station)へ、5号線に乗り換え東大門歴史文化公園駅(Dongdaemun History & Culture Park Station)下車。KRW1,050(カード)
服が買いたいとの友達の希望で東大門で買い物。その前に夕食が足りなかったとのことで屋台でトッポッキを買い食い。初めてのトッポッキはもう少し奄美があるともっとおいしくいただけるのに、と思いました。
気を取り直して買い物へ。ところが、なかなか気に入ったお店がみつからないのと、私が疲れて歩けなくなってしまったので、1時間程で買い物終了。結局何も買えませんでした。てごめんね。
ホテルに戻り12時過ぎに就寝。 -
7:00起床
身支度、荷造りをして荷物を持って朝食会場のレストランへ。 -
朝食はアメリカンスタイルと聞いていて期待していなかったのですが、みそ汁やピビンパもあり内容がとてもよかった。
私は種類が豊富だった洋食風に。
みそ汁もそうらしいのですが、スープの味はとても薄かったです。
食べ終えてチェックアウトしたら、荷物を預けて最後の街歩きです。 -
お店が開くまで南大門市場(写真撮り忘れ)や明明周辺をうろうろし、『明洞餃子』で少し早い昼食に。
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カルグクス
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餃子
おなかもそんなに空いていないので、二人でもこれで十分満足。 -
昼食を終えて、目星をつけていたお店へ。時間がないのでサクサク行きます。
こちらは『innisfree』 -
パッケージがかわいくてつい買っちゃった。パック20枚
KRW19,000
ホントはパックを買うために行きたいSHOPがあったんだけど、日本語での客引きがひどくて諦めちゃった。 -
こちらはおまけ
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続いて『OLIVE YOUNG』。
日本で言うドラッグストアのような感じで、日本のお菓子も売ってました。しかも倍以上の値段で…。
五味子茶(左)と柚子茶(右)。
スティック状なのでゴミ(ティーバッグ)が出ないからと思って購入したけど、中身が液状なのでとても重い。
KRW10,450 -
最後は『Jamba juice 明洞広場店』でいちごのスムージー。
KRW4,900 -
友達がオーダーしたスムージー(味は忘れちゃった)。
色だけならこちらの方がいちごっぽい。
スムージーを飲みながら12:00にホテルで荷物を受け取り、行きと同じく弘大入口乗り換えで空港へ。
空港駅から空港へ向かう途中、お菓子を買いたいという友達とロッテマートに寄るも、工事中か何かで開いていなかった。寄る予定ではなかったけど、ちゃんと調べておくんだったと後悔。買い足りないお土産を買おうとしていた友達に悪いことしちゃった。 -
NH6970便15:20発のHND行き。機材はOZ。
中途半端な時間のしかも2時間弱のフライトなのに機内食が出ることに驚く。
パン、そうめN、ビーフシチューもどき(色はビーフシチューなんだけど、青梗菜としいたけが入っていて、味も違う)にレモンケーキと炭水化物だらけ。
ですが、こちらもほとんどおいしくいただきました。
17:31HND着。
今回はベタな観光となったけど、次はチムジルバンデビューと鍋を食したいな。
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