2013/09/05 - 2013/09/08
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mas98765さん
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首里城を見ます。
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2013年9月7日(土)
今日は首里城を見ます。ゆいレールで終点の首里駅まで行き、歩いて向かいます。結構歩きます。朝から暑いので大変です。まずは龍潭へ。中国で造園について学んだ役人さんが1427年に造った人口の池です。現在7時55分(参考までにおもろまち駅でゆいレールに乗ったのは7時31分)。 -
池の向こうに首里城の建物が見えます。
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こんな鳥や
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こんな鳥が泳いでいます。
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こんな魚も泳いでいます(普通コイですね)。
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表参道のような道の入口まできました。
※首里城周辺の地図はこちら
https://maps.google.co.jp/?ll=26.218441,127.719669&spn=0.009952,0.021136&t=m&z=16&brcurrent=3,0x34e5697141a6b58b:0x2cd8aff616585e98,1 -
右手にインフォメーションセンターの建物を見ながら進んでいくと
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出ました、将来高額紙幣になるかもしれない二千円札でおなじみの守礼門。でも、朝早い時間はこんな風に逆光がはなはだしいです。
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ちなみに昼頃になると、こんな感じに綺麗に見えます。
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逆光になる朝の時間帯も、斜めからなら、このようにある程度綺麗に見えます。
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琉球は礼節を重んじるという意味の言葉が書かれているようです。
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専門家ではないのでよく分かりませんが、「三間重層入母屋造」という構造だそうです。
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新しく見えますが実際新しくて昭和33年に復元されたもので、昔の門は沖縄戦で破壊されてしまったそうです。
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守礼門の先を歩いていくと、左手にこのような建造物があります。「園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)」といいます。国王がどこかへ出かけていくときは、この門の前で道中の安泰をお祈りしたそうです。首里城本体の敷地にないためか、この門単独で世界遺産の1つの構成要素のようです。この門を左に見ながら斜め右前方を見ると、
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このようになっています。ここが首里城への入口です(まだ無料です)。現在8時23分。首里城の拝観時間が8時半からなので時間をつぶしながら来ましたが、後で訪れる有料エリアまでは早くからオープンしているようです。
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ここの門の名前は
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歓迎するという意味の「歓会門」です。
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門の入口の左と
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右にはシーサーがいます。
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入ります。
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入ってから左手
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正面
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右手を眺めるとこんな感じです。1つ前の写真で右手奥に見える階段に進みます。
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こんな感じで
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右手はこのようになっていて
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手前右手にこのような場所があって
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泉になっていて
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龍の形をした樋から水が出ています。これを龍樋(りゅうひ)といいます。
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石段の上に門があります。瑞泉門(ずいせんもん)といいます。立派なめでたい泉という意味だそうです。手前に龍樋があるからです。
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門のところで振り返ります。今上がってきた石段の入口の両側には、石碑のようなものがいくつか並んでいますが、これは龍樋の水の清らかさをほめたたえたもので、冊封七碑(さっぽうしちひ)といいます。
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瑞泉門をくぐるとまた、その向こうに門があります。
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漏刻門(ろうこくもん)といいます。この門の櫓の中に、水時計が置かれていたそうです。
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ここでまた振り返ります。向こう側に見えているのが今さっき通ってきた瑞泉門です。
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漏刻門をくぐります。
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すると、広場に出ます。
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景色が見渡せるようになっていて、説明板があります。
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向こう側に見えているのが、城の入口で一番最初にくぐってきた歓会門です。右側に見えているのは久慶門で、今は順路の最後の出口になっていて、後で通ります。
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歓会門のところをよく見てみると、その向こう側には守礼門も見えます。
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先ほどの冊封七碑のところも見渡せます。
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海も見えます。東シナ海です。
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一番最初に通りかかった龍潭も見えます。
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一番右に見えるのは、NTT移動通信の鉄塔です。
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広場には、日影台(にちえいだい)もあります。いわゆる日時計です。この日時計を使っておおよその時刻をはかり、先ほどの水時計で詳しい時刻をはかったようです。
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こんな感じで、影を使って時刻を測ります。この時刻は、日本の時間に対して約30分遅れているそうです。ちなみに現在8時40分。辰が午前8時で巳が午前10時ですから、この状態で読むと8時20分で、20分遅れかな。
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日影台の向こうには建物があって、きっとここに万国津梁(ばんこくしんりょう)の鐘のレプリカがあったのでしょうが、うっかり見落としてしまいました。
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景色を見渡せる側の反対側には、このような建物があって、
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これは広福門(こうふくもん)です。福を行き渡らせるという意味だそうです。
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入ります。
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入って左手に自動販売機があります。この先の有料エリアの入場券です。大人800円です。後で写真をよく見ると、モノレール1日乗車券をお持ちのお客様は窓口にてお買い求め下さいと書かれているので、きっと割引があるのでしょう。
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入場券と小冊子がもらえます。
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広福門を入って真正面にはこのような石垣があって、
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そのやや左手にこのようなものがあります。首里森御嶽(すいむいうたき)といいます。首里森とは首里城のことで、御嶽とは神様が造った聖なる場所のことです。国王が城の外の寺社に出かけるときは、ここで祈りをささげたそうです。
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左の奥にこのような工事中の大きな建物があります。奉神門(ほうしんもん)といって、有料エリアに入る門です。工事は、漆の塗り直しだそうです。
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門にはこのような石段があって、
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左と
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右に、ボールに手をやったシーサーがいます。
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手前には4つの甕(かめ)が置かれています。天水甕といいます。
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入場券を見せて門をくぐると、御庭(うなー)に出ます。色々な儀式が行われた場所です。正面に見える建物は正殿です。朝の時間はかなり逆光です(写真は出来るだけ逆光を補正してあります)。
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正殿に向かって左手には北殿があり
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右手には南殿(なんでん:左側)と番所(ばんどころ:右側)があります。その向こうに書院と鎖之間があります。
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正殿の屋根はこんな感じに綺麗に飾られています。唐破風妻飾(からはふつまかざり)というそうです。
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正面左右には龍の柱があります。左側は正殿大龍柱(せいでんだいりゅうちゅう)といって、吽行(うんぎょう)、つまり口を閉じています。
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右側は阿形(あぎょう)で、口を開けています。
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奉神門の方向を振り返るとこんな感じです。
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御庭には横断歩道のような縞模様があります。儀式に集まった人たちが並びやすいようにするためです。
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番所のあたりから中に入ることができます。靴を脱ぎます。袋をくれますので、中に入れて持ち運びます。初めの展示室のようなところは撮影禁止です。このあたりは、撮影可能という案内はありませんでしたが、係の人に尋ねたら可能だということでしたので、撮影させていただきました。このあたりは奥書院で、国王が休むところだったようです。
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この部屋は内炉之間(うちろのま)といって、お茶を点てたところだそうです。
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柱が並んでいて、
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庭が見渡せます。書院・鎖之間庭園といいます。書院と鎖之間はつづいており、きっと鎖之間のところも歩いたのだと思いますが、そもそも方向感覚が鈍いため、よく分かりませんでした。
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つづいて正殿に向かいます。ここからは明らかに撮影可能です。
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このようなところを歩いて
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階段を上って
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正殿に入ります。まずは1階です。1階は下庫理(しちゃぐい)と呼ばれ、国王が政治や儀式を行う場所だったそうです。
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床がガラス張りになっているところがあって、首里城正殿の遺構が見えます。正殿は焼けて何度か建て直されています。今の正殿はこの遺構を守るため、かさ上げして建てられているそうです。
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中央の部分です。御差床(うすさか)と呼ばれ、国王の玉座にあたるところです。
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綺麗な柱があります。龍の絵が描かれているようです。この龍も左右で阿吽の対になっているそうです。
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ここが国王の座るところですね。
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1階の一角には、正殿1階での正月儀式のときに、国王や王子にお茶を振舞うのに使われた茶道具が再現されています。
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2階に上がります。2階は大庫理(うふぐい)といって、王妃や身分の高い女官が使用し、男子は国王など限られた人しか入れなかったそうです。
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このようなところがあって
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中を覗くとこんな感じです。おせんみこちゃと呼ばれ、国王と女官が毎朝ここで、国家の安泰と子孫繁栄をお祈りしたそうです。
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2階にも御差床、つまり玉座があります。1階より豪華です。上には「中山世土」という扁額が掲げられています。かつてこの部屋には、中国皇帝から贈られた御書の扁額がたくさん掲げられていたそうです。オリジナルは焼けてしまったようですが、中国皇帝の字体をもとに復元した扁額が3つ掲げられています。この「中山世土」は康煕帝のもので「琉球は中山王(琉球の国王のこと)によって治められる土地だ」という意味だそうです。
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以前の国王の肖像画をもとに再現された椅子が置かれています。
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左手のこれは「海の向こうの琉球を末永く幸せに治めなさい」という乾隆帝の書で
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右手のこれは「琉球にはめでたい印が集まっている(琉球に幸あれ)」という雍正帝の書だそうです。
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豪華な御差床を背にした反対側(こちらが御庭の方向)に、小さな部屋があって、椅子が置かれています。この部屋は唐玻豊(からはふ)と呼ばれ、正月の儀式などのときに、国王が唐衣装でこの部屋の椅子に座ったそうです。ここが、先ほど御庭から見た正殿のど真ん中なのですね。
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2階には国王の王冠や
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清より与えられた琉球国王の印が飾られています。この印のミニチュアは土産物コーナーで売られています。
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御差床の部分を横から眺めると、こんな感じです。
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ここには、梯子のような急な階段があります。
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見学は出来ませんが、通風のための屋根裏部屋があり、つまり正殿は3階建てです。
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窓の外を眺めながら下に降り、
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続いて北殿に向かいます。中央行政府として、大勢の役人が出入りしていた建物だそうです。
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現在、中は展示室になっています。この大きな傘は御涼傘(うりゃんさん)というようです。
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儀式が行われている際の模型がありました。これは、元旦に行われた「朝拝御規式」という儀式を再現したものです。カメラを近づけて写真を撮ると臨場感が出ます。
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正殿正面の部分です。
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これは、中国皇帝が琉球王国を任命する「冊封儀式」を再現したものです。
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ここが儀式の中心部分です。
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戻ります。
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つきあたりのすぐ左に門(右掖門)がありますが、
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右手に寄り道すると、
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淑順門(しゅくじゅんもん)があります。国王やその家族が暮らす部分への表門です。
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もとに戻り、右掖門(うえきもん)を通って出ます。
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かつて通用門として使用されていたようです。
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先に進んで
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戻ります。正面に見えるのが、一番最初にくぐった歓会門です。右手に、先ほど上から見下ろした久慶門(きゅうけいもん)があります。女性用の通用門だったところだそうです。
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手前左手にはこのようなものがありました。寒水川樋川(すんがーひーじゃー)といって、瑞泉門前の龍樋とともに、首里城の重要な水源だったそうです。
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久慶門は現在、一連の首里城巡りの最終出口です。
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外に出ました。現在9時56分。以上、首里城巡りの簡単なレポートでした。
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