2013/02/14 - 2013/02/15
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ペコちゃんさん
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冬の風物詩・氷柱(つらら)・・・奥秩父の「三十槌の氷柱(みそつちのつらら)」を見た時は、自然が造り出す冬の芸術に感動しましたが、信州にも「白川氷柱群」があると知り、1泊2日の冬の旅に出かけました。
<1日目> 飯田・ふるさと水引工芸館 ⇒ 妻籠宿 ⇒ 白河氷柱群 ⇒ 寝覚ノ床 ⇒ 下呂温泉(泊)
<2日目> 高山 ⇒ 白川郷 という、信州から飛騨を回る雪のツアー。
昨年の冬のドイツ旅行で、少々の寒さには自信が着き、雪に備える靴もコートも手袋も、しっかり準備できています。
天気も1日目は晴れ、2日目は雪と、真冬のツアーに相応しい2日間でした。
写真は、長野県・木曽町にある白河氷柱群の見事な「つらら」。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
8時に新宿からツアーバスに乗り、一路、信州へ。
南アルプスの山々も、雪で真っ白・・・北岳は、標高3,193mの山で、日本第二の高峰です。 -
諏訪サービス・エリアで休憩。
諏訪湖は、全面氷結していませんが、かなり凍っていました。 -
次は、飯田の「ふるさと水引工芸館」で休憩。
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城下町の信州・飯田は江戸時代より水引で有名なところです。
伝統工芸の水引細工を、美術工芸品の枠まで高めた素晴らしい作品が展示されています。 -
最初の観光は長野県南木曽町にある「妻籠宿」・・・中山道は江戸日本橋を起点とし京都まで約530kmの道路で、69箇所の宿場が置かれ、木曽路には11の宿場がありました。
妻籠宿は、中山道六十九次のうち、42番目の宿場です。
東海道の504kmに比べると遠回りですが、東海道の大井川の川越えなどの危険はありません。 -
『木曽路はすべて山の中』と島崎藤村の『夜明け前』の書き出しにあるように、木曽街道は山深く昔は交通の難所であったため、宿場と宿場の間隔が狭い街道でした。
これは、妻籠宿の模型。 -
駐車場から、蘭川(あららぎがわ)の橋を渡って妻籠宿に入ります。
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経済成長に伴い、全国の伝統的な町並みが姿を消してゆく中、いち早く地域を挙げて景観保全活動に取り組んだことが評価され、1976年、国の重要伝統的建造物群保存地区の最初の選定地の一つに選ばれています。
この建物は、民芸みやげ品店と宿を兼ねた「新まきの」。 -
宿場町の風情が残る寺下の街並み。
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「旧・下嵯峨屋」・・・江戸時代中期に三軒長屋として建てられた建物で、当時は木賃宿を営んでいました。
木賃宿とは、幕府が許可する旅籠より格式が下がる安い宿泊所で、旅籠に泊まれない庶民が雑魚寝し、食事も携帯食を持ち込み自分で料理するのが一般的だったようです。 -
木造平屋建、切妻、平入り、板葺き石置きの屋根で、軒が低く抑えられた当時の建築様式を残しています。
内部は向って左側が土間で右側の手前が囲炉裏付きの板間、その奥に畳敷きの6畳間があります。
昭和43年に解体復元された際、柱に桧が使われている事などが判り、木曽谷の民家としては大変珍しく、木曽町指定有形文化財に指定されています。 -
妻籠宿の中程にある「松代屋」・・・1804年創業と言われ、当時の面影が残る建物の旅籠です。
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おとなしそうなネコちゃんがいました。
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「触らせれてね」・・・ハイ、ポーズ!
こういう情緒ある所に住んでいると、猫にも気品が備わるのでしょうか。 -
「脇本陣奥谷」(林家住宅・国重要文化財指定)に入ってみました。
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本陣・脇本陣は共に公儀宿泊休憩のための施設として、宿場には必ず設けなければならなかったものです。
本陣は高貴な人の宿泊に備え、広大な邸宅と多くの使用人を常に抱えていなければならず、このためかなりの財力が必要でした。 -
建物の入口を入ると、すぐこの景観・・・光が差し込む雰囲気が圧巻で、訪れた人をいきなり魅了してくれます!
古き良き日本が感じられる「囲炉裏の間」の光景です。 -
この脇本陣奥谷の建物は明治10年に再建され、休憩室や宿泊室は明治天皇のために作られました。
館内は解説員が無料で案内してくれます。 -
林家は、島崎藤村の初恋の女性・ゆふが嫁いだ家でもあり、ゆふの肖像画や藤村の手紙など、藤村に因んだ資料も展示しています。
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これは、明治天皇のために作ったものの、1度も使われなかったトイレ・・・桂離宮のものを模したもので、トイレと言えども風流ですね。。
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2階に上がると、江戸時代から伝わる古雛人形や・・・
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五月人形も展示されています。
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皇女和宮から拝領した車付長持・・・1861年、孝明天皇の妹・和宮が将軍・徳川家茂に嫁ぐために、江戸に向かう途中、妻籠宿に立ち寄り、その時に脇本陣林家が拝領したものです。
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再びバスに乗り、アルプスの雪山や・・・
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木曽川の雪景色を見ながら進みます。
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次は、楽しみにしていた「白川氷柱群」の観光・・・最低気温が△10℃~△20℃にもなる真冬、木曽御嶽山麓の西野川右岸の崖の上や壁面から流れ出す地下水が凍り、大氷柱が出来ます。
青白い氷が氷河のように見える自然の造形美・・・まさに壮観! -
その規模は、何と最大で幅250m、高さが50m!
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一見の価値がある氷柱群です。
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冬季にのみ姿を見せる氷柱群。
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雪の白さと氷の青さが織り成す情景は、一瞬、時が止まってしまったかのような息を呑む美しさです。
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岩肌からつたった御嶽の清水が厳しい寒さで凍りつき、美しい氷のカーテンを織り上げます。
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因みに、この写真は1月に見た秩父の「三十槌の氷柱」・・・こちらも見事な氷柱です。
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次に「寝覚の床(ねざめのとこ)」へ・・・ここは、長野県上松町にある景勝地。
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寝覚の床には、浦島太郎が竜宮城から帰ってきた後の伝説があります。
竜宮城から帰った浦島太郎は、周りがすっかり変わっていたので、旅に出て木曽川の風景の美しい里に辿り着き、竜宮の美しさを思い出し、乙姫にもらった玉手箱をあけた途端、白煙が出て、白髪の翁に・・・浦島太郎には、今までの出来事がまるで「夢」であったかのように思われ、目が覚めたかのように思われました。
このことから、この里を「寝覚め」、岩が床のようであったことから「床」、すなわち「寝覚の床」と呼ぶようになった、という話です。 -
木曽川の水流によって花崗岩が侵食されて出来た自然の地形・・・水の色はエメラルドグリーンです。
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かつては急流でしたが、上流に設けられた木曽ダム(1968年に運用開始)などにより水位が下がったために、水底で侵食され続けていた花崗岩が、現在は水面上に現れています。
この後は岐阜県に入り、下呂温泉に向かいます。
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