2013/08/03 - 2013/08/03
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マキタン2さん
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瑞鳳殿(ずいほうでん)は、仙台市都心部の南西、広瀬川の蛇行部に挟まれた経ケ峯にある伊達政宗を祀る霊廟。
瑞鳳殿(藩祖政宗廟) 本殿両脇には、殉死した家臣15名および陪臣5名の宝篋印塔が並ぶ。
感仙殿(二代忠宗廟) 本殿両脇には、殉死した家臣12名および陪臣4名の宝篋印塔が並ぶ。
善応殿(三代綱宗廟) 殉死禁止令により殉死者は無かったが、替わって14名の家臣が剃髪して百日間の弔いを行った。うち1人が出家し、没後に遺骸が善応殿の南側に埋葬された。
仙台藩初代藩主・伊達政宗は生前に、自らの死後、遺骸を仙台城下町南西縁にある経ケ峯に葬ることを遺言し、1636年(寛永13年)没した。経ケ峯は仙台城本丸(標高約115m、地図)と同様に青葉山段丘にあるが、仙台城本丸がある青葉山から見て東方向、広瀬川が形成した河岸段丘による谷を挟んで直線で900mほど離れており、近接する東西2つの標高70m級の峰がある。政宗の後を継いだ第2代藩主・伊達忠宗は政宗の遺言に従い、翌1637年(寛永14年)10月、政宗の御霊屋(おたまや、霊廟)を経ケ峯の東の峰に、正面が仙台城本丸を向くよう西向きに建立し、「瑞鳳殿」と命名した。同年、瑞鳳殿の隣接地に政宗の菩提寺として「瑞鳳寺」も創建され、仙台藩領・平泉の毛越寺より遷した釈迦三尊像を本尊とした。瑞鳳殿は、本殿・拝殿・唐門・御供所・涅槃門からなり、桃山文化の華麗な建築を誇った。
その後、第2代藩主・忠宗を祀る「感仙殿」(かんせんでん)、および、第3代藩主・綱宗の「善応殿」(ぜんのうでん)が共に経ケ峯の西の峰に建立されたが、両者は瑞鳳殿と相対するように正面が東向きになっている。
1931年(昭和6年)に瑞鳳殿は国宝に指定されたが、第二次世界大戦末期の1945年(昭和20年)7月10日にアメリカ空軍による戦略爆撃(仙台空襲)を受け、瑞鳳殿・感仙殿・善応殿は総て焼失した。
1979年(昭和54年)、瑞鳳殿の本殿・拝殿・涅槃門・御供所が再建され、翌1980年(昭和55年)に瑞鳳殿資料館が新設された。1985年(昭和60年)には、感仙殿および善応殿も再建された。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)
瑞鳳殿については・・
http://www.zuihoden.com/
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 新幹線
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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