![午前中にバンテアイ・スレイを堪能し、午後はまず昼食会場からバスで約30分のJASA(日本政府アンコール遺跡チーム)に。<br /><br />* JASAは現在、アンコール・トムのバイヨンの修復を担当しています。<br />(また、アンコール・ワットの北経蔵やプルサット・スゥル・プラットの修復を終えています。)<br /><br />アンコール・トムは、3km四方の巨大遺跡群です。<br />約8mの高さの城壁で囲まれていて、その城門の幅ぎりぎりのところをバスで通り抜けます。<br />けっこうスリルでした!<br /><br />アンコール・トムは、アンコール・ワット造営の約50年後、12世紀末にアンコール王朝の王都として造られました。<br />日本はその頃、壇ノ浦の合戦で平家が滅びています。<br /><br />バイヨンはアンコール・トムの中心部にある寺院です。<br />塔の周囲に4つ配置されていてるこの観音菩薩の顔は有名ですね。<br />カンボジアに来たら、アンコール・ワットとともに絶対はずせない遺跡でしょう。<br /><br /><br />](https://cdn.4travel.jp/img/thumbnails/imk/travelogue_album/10/80/50/650x_10805058.jpg?updated_at=1378637543)
2012/12/14 - 2012/12/18
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オレンジBeerさん
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午前中にバンテアイ・スレイを堪能し、午後はまず昼食会場からバスで約30分のJASA(日本政府アンコール遺跡チーム)に。
* JASAは現在、アンコール・トムのバイヨンの修復を担当しています。
(また、アンコール・ワットの北経蔵やプルサット・スゥル・プラットの修復を終えています。)
アンコール・トムは、3km四方の巨大遺跡群です。
約8mの高さの城壁で囲まれていて、その城門の幅ぎりぎりのところをバスで通り抜けます。
けっこうスリルでした!
アンコール・トムは、アンコール・ワット造営の約50年後、12世紀末にアンコール王朝の王都として造られました。
日本はその頃、壇ノ浦の合戦で平家が滅びています。
バイヨンはアンコール・トムの中心部にある寺院です。
塔の周囲に4つ配置されていてるこの観音菩薩の顔は有名ですね。
カンボジアに来たら、アンコール・ワットとともに絶対はずせない遺跡でしょう。
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- JAL バンコクエアウェイズ
- 旅行の手配内容
- 団体旅行
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
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-
JASAです。
日本語が堪能なカンボジア人の大学生から、アンコール遺跡群のレクチャーを受けました。
優秀な人材がたくさん育ってきているなと感じます。
停電のためトイレの照明がつかず、持参した懐中電灯が役に立ちました。 -
JASA職員のIさんがアンコール・トムに同行し、バイロン修復の説明をしてくださいました。
小さな野生のお猿が沢山いて、案内板によじ登ったりしてます。
こっちは気になるのですが、Iさんはいたって涼しい顔で説明を続けます。 -
発見時、このように原型がわからないほど崩れていたそうです。
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100年あまり昔から内戦前の1990年ころまで、当時カンボジアを統治していたフランスが修復作業を行っていました。
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当時の技術では、頑張ったのでしょうが、崩れないようにコンクリの柱なんかを立てたみたいで。
かえって現在の工事の妨げになっているようです。 -
あちこちに鉄骨が張り巡らしてあります。
さすがに、ここは木組みじゃあないですね。 -
割れちゃってる柱をかろうじて抑えています。
-
タイやカンボジアの地震って聞かないですよね。
地震国の日本だったら、この支えではこわいですね。
頭の上に落ちてきて、けが人続出の労災になります。 -
優美なデバターが残っていました。
しかし、後世の戦乱のなかで顔が削られています。
さらに熱帯気候のため、あちこちに苔がはえててます。
この苔も遺跡に悪さしているそう。
自然の力による遺跡崩壊は太刀打ちできないとして、人為的な破壊には憤るものがあります。
このデバターに顔があったら、どんなに美しい姿だっただろうと思います。 -
ここのレリーフは庶民の生活が描かれています。
アンコール・ワットのレリーフが神話を描いているのに対して、親しみやすさがあります。 -
何百年も前から今も変わらないトンレサップ湖の豊かな恵み。
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近隣国との戦争も多く描かれています。
陸続きの国は領土争いの脅威にさらされていたのがよくわかります。
ベトナム人・中国人・クメール(カンボジア)人と特徴が分けられています。 -
コミカルなアプサラの彫刻。
翌日、ソフィテルホテルでアプサラダンスショーを見ることになるのですが、ほんとにね、手の甲と足の甲があり得ない角度まで反るんです。
この彫刻はユーモラスに見えますが、実物は優雅の一言でした。 -
細部にわたって彫られています。
出産の場面や炊事、闘鶏などのシーンが描かれているところもあります。
また、リンガと呼ばれる生殖のシンボルも、ところどころに配置されています。
何世紀も昔、多分もっと人間の命が簡単に奪われた時代の人々の、人間の営みが途絶えることなく続くように、という祈りでしょうか。 -
白いところが修復したばかりのところです。
JASAは、遺跡と同じ素材で忠実に修復を行っています。
今は色が違いますが、熱帯の雨にさらされているうちに同化するということでした。 -
現在作業中の場所。
日本人スタッフ4名が、現地の方約70名と作業にあたられています。
現地の方にノウハウを伝え、自分達でできるように進めているそうです。
日本人がこういうところで頑張っているのは、とても誇らしいですね。
そのほかシェムリアップには、約300人の日本人が住んでいるそうです。 -
ここも元はバラバラだったのです。
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大型クレーン。
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ほんとにすばらしい建造物です。
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そしていよいよ、Iさんの奥に見えるのは〜。
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これぞザ・バイヨン(私的にです)、の四面仏像。
ちょっとずつ表情が違います。
優しく包み込まれるような感覚を受けます。 -
四方に菩薩の顔で、恒久的に世界の平和を願います。
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内部に入ります。
“1ドル線香おばあさん”らしき人もいました。
が、私は線香も渡されず、もちろん1ドルも請求されずスルーされちゃいました。 -
世界中からここに集まった観光客は、50体を超える四面菩薩像の穏やかな表情から、世界の平和を願う気持ちを感じたと思います。
今偶然ここに集い、この空間を共有する不思議さ。 -
建物を出ました。
参道わきの木々の間に、まだまだ崩れた遺跡があります。
完全修復は気の遠くなる作業ですね。 -
すごいものを見て、感じて、頭は飽和状態です。
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電動自動車に乗って、周囲約12?の広いアンコール・トムを巡ります。
気持ちいい! -
バイヨン周辺の遺跡群です。
いろいろ説明してくれたのですが、車中見学だとその時フンフンと思ったことも、案外記憶に残らないのが残念ですね。(私だけ?) -
象のテラス。
心地良い風に吹かれながら、帰国したら読まなきゃ、と思った三島由紀夫の「癩王のテラス」。
はい、まだ読んでません。 -
駐車場に着きました。
名残惜しいけど、ツアーバスに乗って帰ります。
ここには象ライドもあり、欧米の方がトライしてました。
東南アジアでは、観光用の象さんが酷使されることがあると聞いていたので、否定的な考えでいたのですが、乗ってみたいなぁ、と感じてしまった自分を恥じる。
でも、酷使されてない象がいたら(そんなこと判断つかないけど)、乗ってみたい。
ああ〜、象さんの誘惑に勝てないかも。 -
帰りがけ、アンコールワットの入口前を通ります。
明日はここで朝日鑑賞です。
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