2013/07/07 - 2013/07/07
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ちょっと間が開いていた香港訪問。
今回の訪問で降り立ったのは、もちろんランタオ島沖の香港国際空港(チェクラップコック国際空港)。
1998年から使われているこの空港を使うのにも慣れた今も、以前九龍(カオルーン)のビクトリア・ハーバーにあった香港啓徳国際空港(ホンコン・カイタック国際空港)が懐かしい。
1998年に香港国際空港に座を譲り渡した香港啓徳国際空港は、その後税関や入国管理局の訓練所にされたり、大型コンサートに使われたり、娯楽施設が造られたりの遍歴があったあと、2013年7月上旬現在はクルーズ・ターミナルに変身すべく工事中。
2013年10月には最初のクルーズ船が入る予定なんだとか。
お!(◎o◎)
じゃ、今回の香港滞在中に、その工事中の姿も一度は見に行ってみよう!
だったら、1990年代初めまで無法地帯と恐れられた九龍城跡地に出来たという九龍寨城公園もその近くだし見てみたい!
…と話が決まって、旦那と二人で出かけてみます。
●注: 香港国際空港の別名チェクラップコック国際空港のチェクラップコックというのは、空港所在地であるランタオ島沖合いの島の名。漢字では赤?誥角と書きます。
赤?誥角の≪?誥≫の字が文字化けしていますが、これは≪蝋≫の虫ヘンを魚ヘンに変えた字。
表紙の画像は、九龍寨城公園内。
南門から入ると、照壁を兼ねたような大きな碑の裏手に、在りし日の九龍城を再現した模型が展示してあります。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- タクシー 徒歩
- 航空会社
- 上海航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
この日は日曜だし目的の用事は済ませたので、表紙に書いたように香港啓徳国際空港(ホンコン・カイタック国際空港)跡地に建設途中の新しいクルーズ・ターミナルと、九龍城跡に出来た九龍寨城公園を見に行ってみます。
で、今回も泊まったシェラトン・香港・ホテル&タワーズホテルから、タクシーで行こうと思ったらちょいとトラブル。
いえ、別に行き先を告げたら乗車を拒否されたとかと言うわけではなく(;^ω^)、運転手さんとは以下のような会話が。
SUR: 「香港啓徳国際空港跡地に造っているクルーズ・ターミナルまで。」
運: 「え? あそこまだ出来てないよ。マカオ行きとかのフェリー・ターミナルの間違いじゃないの?」
SUR: 「いえいえ、香港啓徳国際空港跡地に造っているクルーズ・ターミナルでいいんです。」
運: 「だ・か・ら! 行ってもまだ出来てないよ、何にも乗れないよ。」
SUR: 「(;^ω^) それは分かってるの。工事中の様子を見たいの。」
運: 「へ? ほんとに別のターミナルの間違いじゃないの?」
…の問答の末、怪訝そうな顔の運転手さんもやっと出発してくれた。 ふぅε-(´ωノ|┬
で、これは香港啓徳国際空港跡地方向へ向かう道。
細い高架橋になっていて、両側にはひょろひょろとしたビルが立ち並ぶ。
あ!懐かしい! (^◇^)
でも、昔に比べたら、今にも崩れそうな古びたビルが少なくなったような…。
SUR SHANGHAIが初めて香港に来たのは1986年。
あの頃にも香港啓徳国際空港⇔市街地への往復には同じ道筋を通ったと思うけど、今よりずっとおどろおどろしいビル街を通り抜ける感じでちょっと怖かった。 -
『なんでまた、出来てもいないクルーズ・ターミナルを見に行くんだろ?』と不審気な面持ちのタクシー運転手さん。
SUR SHANGHAIとその旦那が、
「香港啓徳国際空港(ホンコン・カイタック国際空港)があった時には、九龍(カオルーン)の中心部までタクシーだと15分位だったよね。」とか、
「空港から出てすぐの所がバス乗り場で、彌敦道(ネイザン・ロード)の重慶大厦(チョンキン・マンション)前でバスを降りるとホステルの客引きさんが…。」と言っていると、
運転手さんが「(◎0◎)カイタック空港、知ってるの?」
「うん、だから、その跡地に出来るクルーズ・ターミナルも見ておきたくて。」
これでやっと、運転手さんもSUR SHANGHAIたちの目的が納得できたようだった。
「実は、俺もまだクルーズ・ターミナルの工事現場には行っていないんだ?。(^◇^)俺もついでに見てみるか。」
そうこう言っているうちに、もう元のカイタック空港の近くまでやって来た。
「あ、この標識には、もうクルーズ・ターミナルの名が出ている。中国語名は郵輪碼頭って言うんだね。」2013年7月上旬現在、香港啓徳国際空港跡地に建設中のクルーズ・ターミナル by SUR SHANGHAIさんカイタック クルーズターミナル (啓徳郵輪碼頭) 船系
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1998年まで香港啓徳国際空港(ホンコン・カイタック国際空港)が機能していた時には、空港周囲には古びたコンクリートの味気無い四角い建物しかなかったと思うのに、ずいぶん新しい建物がこんなに!(◎◇◎)
空港があった時の周辺建築物の高さやイルミネーションの制限も解除されたから、再開発が進んでいるんでしょうね。
ちなみに、香港啓徳国際空港(ホンコン・カイタック国際空港)が機能していた当時は、周辺一帯の建築規制は14階または45m以下でした。
よって、その頃には太平山(ビクトリア・ピーク)から見た九龍側のビルは、今と違ってどれも制限高度ギリギリに建ててあって異様な光景。
照明も地味だったんですよ。( ̄m ̄*) -
はい、クルーズ・ターミナル前到着!
シェラトン・香港・ホテル&タワーズホテルからだと、やっぱり20分足らず。
…と言っても、2013年7月上旬にはまだまだ出来かけ。(;^ω^)
タクシーと比べると、エントランス周辺の規模が分かるのでは?
あ、このターミナルの正式名は、啓徳郵輪碼頭(KAI TAK CRUISE TERMINAL)なのね。
この画像はクリックして元画像にすると、大きく表示されて、画像右手に出ているその名前も読み取れるようになります。
この日は日曜日だったせいか、工事はお休みでちょっと残念。
造っているんだぞ〜!と言う光景が見たかったのにな…。
次のクルーズ・ターミナルのサイトは英語版ですが、完成予想図、概要、地図、今後のスケジュールなどなどが出ています。
http://www.kaitakcruiseterminal.com.hk/2013年7月上旬現在、香港啓徳国際空港跡地に建設中のクルーズ・ターミナル by SUR SHANGHAIさんカイタック クルーズターミナル (啓徳郵輪碼頭) 船系
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2013年7月上旬現在は建設途中だったクルーズ・ターミナル。
SUR SHANGHAIたちは部外者だから敷地内には入れはしないけれど、もう少し全体像が見てみたい。
この時にはここまでやって来るようなタクシーも無いし、公共の交通の便はまだ通っていなかったので、乗って来たタクシーの運転手さんに10分だけ待ってくれるようにお願いして、敷地フェンス沿いにちょっと歩いてみました。
あ、ターミナルまでの道路や緑地はもうきれいに整備してある!
ビクトリア・ハーバーを隔てて東側に見えている街並みは観塘(クウォントン)地区。
あのあたりもすっかり新しい高層ビル街になっちゃって!2013年7月上旬現在、香港啓徳国際空港跡地に建設中のクルーズ・ターミナル by SUR SHANGHAIさんカイタック クルーズターミナル (啓徳郵輪碼頭) 船系
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元香港啓徳国際空港(ホンコン・カイタック国際空港)の滑走路付け根近くからクルーズ・ターミナルまで続く道は承豊道(シンフン・ロード)。
その道路の様子を見てみたい方は、クルーズ・ターミナルのサイトのうち、次のロケーションのページでどうぞ。
http://www.kaitakcruiseterminal.com.hk/location/
承豊道は、もうすっかり歩道や緑地まで整備されていて、SUR SHANGHAIたちと同じように、サイクリングがてら出来かけのターミナルを見に来たらしい人も。
地元の人かな?
やっぱりカイタック空港を憶えていて、その跡地がこれからどうなるのか見に来たのかも。
カイタック空港の歴史を知りたい方は、下記のウィキペディアのページでどうぞ。写真や地図も載っています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%95%93%E5%BE%B3%E7%A9%BA%E6%B8%AF2013年7月上旬現在、香港啓徳国際空港跡地に建設中のクルーズ・ターミナル by SUR SHANGHAIさんカイタック クルーズターミナル (啓徳郵輪碼頭) 船系
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フェンス向こうに見えるウナギの寝床状の建物が、2013年7月上旬には出来かけだったクルーズ・ターミナル。
この日は日曜日だったせいか、工事はお休みでガラ〜ン。
元香港啓徳国際空港(ホンコン・カイタック国際空港)の滑走路に造ってあるとは言え、何だかやたらに長いんじゃない? ( ̄m ̄*)
とりあえず、オープンを目指して本体だけは造っておこうと言う感じにも見える。
次に香港に来るのは、このターミナルが完成したあとになるかな。
その時にはまた訪れて内外の様子もじっくり見てみたい。
豪華クルーズ船に乗るためにここへやって来る、と言う日は来るや否や? (。・w・。) ププッ2013年7月上旬現在、香港啓徳国際空港跡地に建設中のクルーズ・ターミナル by SUR SHANGHAIさんカイタック クルーズターミナル (啓徳郵輪碼頭) 船系
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ビクトリア・ハーバー側のフェンス外側には、元香港啓徳国際空港(ホンコン・カイタック国際空港)の施設の一つだったらしい建物があった。
あれもそのうちに取り壊しになるのかも?2013年7月上旬現在、香港啓徳国際空港跡地に建設中のクルーズ・ターミナル by SUR SHANGHAIさんカイタック クルーズターミナル (啓徳郵輪碼頭) 船系
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クルーズ・ターミナルへ続く承豊道(シンフン・ロード)から見た、ビクトリア・ハーバー向こうの観塘(クウォントン)地区方向。
ヒョロヒョロと細い高層ビル街の向こうに、結構高い山が見えてちょっと驚き。
あの山の名は何だろう。
狭い香港とは言え、これまで行った事の無い地区だと知らないことも多い。
香港の山と言えば、香港島最高峰の太平山(ビクトリア・ピーク)552mが有名ですが、そのほかにも名峰があって、香港一高い山は新界にある957mの大帽山。
その大帽山や、世界で一番高い700m峰と呼ばれる馬鞍山(702m)、それに香港の槍ヶ岳の異名があるシャープ・ピーク(468m)を踏破するコースがあるんだそうです。
へぇ〜_〆(・∀・*) SUR SHANGHAIも初めて知りました。2013年7月上旬現在、香港啓徳国際空港跡地に建設中のクルーズ・ターミナル by SUR SHANGHAIさんカイタック クルーズターミナル (啓徳郵輪碼頭) 船系
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「お〜い、もう10分過ぎたぞ〜。」とSUR SHANGHAIたちを迎えに来た運転手さん。
運: 「あとはこのまままたシェラトンに戻るのかい?」
SUR: 「え〜とね、九龍城の跡に出来たっていう九龍寨城公園に行きたいんだけど。」
…と、またまた怪訝な顔付きになった運転手さん。
そりゃそうだ、今では人畜無害の公園だけど、九龍城は1990年代初めまで無法地帯のスラム街として存在していた場所だから。
運転手さんは、今度は黙って行ってくれたけど、内心では『今日は変な客を乗せてしまったぜ。』と思ったかも。
(;^ω^)2013年7月上旬現在、香港啓徳国際空港跡地に建設中のクルーズ・ターミナル by SUR SHANGHAIさんカイタック クルーズターミナル (啓徳郵輪碼頭) 船系
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遠からぬ過去、無法地帯のスラム街として知られていた九龍城。
その名を耳にしたことのある人も多いのでは?
その九龍城は、1990年代初めまで、元香港啓徳国際空港(ホンコン・カイタック国際空港)のすぐ北隣にあったんですよ。
悪名高かった九龍城もさすがに時代の変化には勝てず、1993年には解体されて今ではこの画像の標識にも出ているように九龍寨城公園(KOWLOON WALLED CITY PARK)として生まれ変わっています。
オープンしたのは1995年12月。
●注: 日本では九龍城、または九龍城砦という名で知られていますが、正式な名は九龍寨城というのだそう。
1994年に、イギリス・香港政庁(当時)が取り壊し作業をした際に出て来た扁額によって判明したということです。
ただし、この旅行記では、九龍城という名でご紹介しようと思います。かつての九龍城(九龍寨城)跡地に出来た公園 by SUR SHANGHAIさん九龍寨城公園 広場・公園
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タクシーの運転手さんに「公園のどの入口まで?」と聞かれてもよく分からなかったので、その時一番近くにあったこの入口で降ろしてもらったSUR SHANGHAIとその旦那。
この画像の入口は、賈炳達道(カーペンター・ロード)に面した7号門。
ン? (・・?
右手の門柱には九龍寨城公園と出ているけど、ちょっと見辛くなっている左手の門柱には賈炳達道公園(カーペンター・ロード公園)とも出ている…。
これはどうしてかと言うと…、かつての九龍城(九龍寨城)跡地に出来た公園 by SUR SHANGHAIさん九龍寨城公園 広場・公園
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…九龍寨城公園は、この画像の地図のように、賈炳達道公園(カーペンター・ロード公園)の一画にあったから。
この画像はクリックして元画像にすると大きく表示されます。
画像左手(西側)から時計回りに、聨合道(ジャンクション・ロード)、東頭村道(トン・タウ・ツェン・ロード)、東正道(トン・ツィン・ロード)、楽善道(ロック・シン・ロード)、賈炳達道(カーペンター・ロード)に囲まれた黄緑色の部分が賈炳達道公園で、その北東の角に濃い緑色の長方形で示された九龍寨城公園が入っているんです。
公園周辺の灰色に塗られた部分は、新旧の住宅街や商業地区。
公園への出入り口は数ヶ所あるので、事前にチェックして行くといいですよ。
ちなみにSUR SHANGHAIたちが入ったのは、南の賈炳達道にある7号門。
入場は無料。公園内は禁煙です。かつての九龍城(九龍寨城)跡地に出来た公園 by SUR SHANGHAIさん九龍寨城公園 広場・公園
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賈炳達道(カーペンター・ロード)に面した7号門から入った賈炳達道公園(カーペンター・ロード公園)。
ちょっと中国風も取り入れた木立や芝生のスペースの合間には、運動施設も多数。
近隣の住民の憩いの場兼運動場にもなっているようでした。
標識に従って、九龍寨城公園方向へテクテク。
7号門から入ると、九龍寨城公園の南門までは徒歩5分もかからないくらいでした。 -
賈炳達道公園(カーペンター・ロード公園)内にある九龍寨城公園南門。
九龍寨城公園には、この門のほかにも東頭村道(トン・タウ・ツェン・ロード)や東正道(トン・ツィン・ロード)に直接面した側にも入口あり。
上の方に出した公園地図でご確認ください。
九龍寨城公園も入場無料。
オープン時間は毎日6:30?23:00。
園内は禁煙です。
この画像奥に、照壁を兼ねたような碑が見えていますが、ここから見える表側には九龍城の故事来歴が記されています。
そしてその裏手に回ると…、かつての九龍城(九龍寨城)跡地に出来た公園 by SUR SHANGHAIさん九龍寨城公園 広場・公園
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イチオシ
…そこに展示してあるのは、ここがかつて九龍城だった時の街並みを再現したオブジェ。
照壁を兼ねたような碑の裏側には、そのシルエットや内部の様子も細かく描かれています。
まずはここで足を止めて、九龍城の昔の構造を見て行きましょう。かつての九龍城(九龍寨城)跡地に出来た公園 by SUR SHANGHAIさん九龍寨城公園 広場・公園
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九龍寨城公園に屋外展示してある、かつての九龍城200分の1の大きさのオブジェ。
これは、九龍城北側を通る東頭村道(トン・タウ・ツェン・ロード)から見た様子。
向こうに見える照壁を兼ねたような碑には、九龍城のビルのシルエットや構造が細かく描かれているんですが、よ〜く見ると、その中で暮らす人々も赤い影法師のように無数に描き込まれているんです。
この画像はクリックして元画像にすると大きく表示されるのでご覧ください。かつての九龍城(九龍寨城)跡地に出来た公園 by SUR SHANGHAIさん九龍寨城公園 広場・公園
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九龍寨城公園に屋外展示してある、かつての九龍城200分の1の大きさのオブジェ。
これは、九龍城北側を通る東頭村道(トン・タウ・ツェン・ロード)から見た様子をアップで。
九龍城の敷地の大きさは、取り壊しが始まる直前の1990年代初めには、東西約200m×南北約120〜150mのいびつな長方形。
違法建築で無理に増築された建物の内、一番高い建物は15階。
●注: 香港啓徳国際空港(ホンコン・カイタック国際空港)が機能していた当時は、九龍城周辺一帯の建築規制は14階または45m以下だったので、これだけでも違法建築。
こう聞くと「(◎◇◎)え!規模的にはそんなものだったの?」と思いますが、1990年代初めには、なんと5万人ほどの人々がここにひしめき合っていたのだそう。
その過密振りが想像を超えている!かつての九龍城(九龍寨城)跡地に出来た公園 by SUR SHANGHAIさん九龍寨城公園 広場・公園
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九龍寨城公園に屋外展示してある、かつての九龍城200分の1の大きさのオブジェ。
これは、九龍城東側を通る東正道(トン・ツィン・ロード)から見た様子。
まず、この九龍城がどうして無法地帯になったのかと言えば、1898年にイギリスの植民地になった香港で、九龍城だけは中国の飛び領地になっていたのがきっかけのようです。
それもまた何故?と思ってしまいますが…。(;^ω^)
その後、イギリスの圧力で九龍城の清軍・官吏が排除されたということもあって、次第にどちらの国の法も及ばない無法地帯に変貌していったようです。かつての九龍城(九龍寨城)跡地に出来た公園 by SUR SHANGHAIさん九龍寨城公園 広場・公園
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九龍寨城公園に屋外展示してある、かつての九龍城200分の1の大きさのオブジェと、現在の九龍寨城公園内の様子。
オブジェは、西側から見た様子を象っています。
ちょっと話が横道にそれますが、この画像右手奥には、一段低くなった場所にかつての九龍城南門があって、今では南門懐古と呼ばれる見所になっています。
城壁や大砲が配置されてあるその画像は見ていたSUR SHANGHAIなのに、実際に訪れたこの日は見落としてしまいガックリ。(-ω-ll)
これを読んだ皆さんはお見落としの無いようにご用心。かつての九龍城(九龍寨城)跡地に出来た公園 by SUR SHANGHAIさん九龍寨城公園 広場・公園
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九龍寨城公園に屋外展示してある、かつての九龍城200分の1の大きさのオブジェと、現在の九龍寨城公園内の▲門の様子。
オブジェは、南側から見た様子を象っています。
●注: ▲は、≪行≫のギョウニンベンの右隣に≪吾≫を挟んだ字。
さて、話を元に戻します。
無法地帯になった九龍城に、人々がなだれ込んだのは、1940年の中国内戦から1960年代後半の文化大革命の時期。
香港政庁の法の手が及ばないこの一画に、中国から大挙して逃れてきた人々が住み着き、それ以後はスラム化の一途を辿って行ったのだそうです。
最初はバラックが建てられたと言うこの地域に、ビルが建ち始めたのが1970年代。
無計画で違法な建築・増築が相次いだため、複雑怪奇な立体迷路に変化して行ったのだそう。かつての九龍城(九龍寨城)跡地に出来た公園 by SUR SHANGHAIさん九龍寨城公園 広場・公園
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現在の九龍寨城公園のほぼ真ん中にある▲門。
●注: ▲は、≪行≫のギョウニンベンの右隣に≪吾≫を挟んだ字。
今見る姿は近年補修された姿なんでしょうが、九龍寨城公園に残された古建築で、1847年に建てられた当時は清軍が入っていたのだとか。
入口の上にはALMSHOUSEと出ているのは、九龍城がスラム街だった時には救貧院として使われていた印なのかも?
実際、老人ホーム、孤児院、学校、病院として使われていた時期もあったそうです。
現在では、この中には九龍寨城公園の管理事務所、ちょっとした売店、かつての九龍城に関する展示場所が入っていました。
ここまで来たら是非見て行きましょう。かつての九龍城(九龍寨城)跡地に出来た公園 by SUR SHANGHAIさん九龍寨城公園 広場・公園
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現在の九龍寨城公園のほぼ真ん中にある▲門の内部。
●注: ▲は、≪行≫のギョウニンベンの右隣に≪吾≫を挟んだ字。
この寿の字が表わされた碑は、墨縁と書かれた碑と対になっていて、元々は九龍城の廃紙処理施設だった敬惜字紙亭にあったのだそう。
この旅行記の下の方に出す、九龍寨城公園見所案内地図にその場所が出ています。
そうそう、九龍寨城公園は個人での自由見学もできますが、ガイド付きの45分ツアーも行っているそうです。
興味のある方は公園の管理事務所に問い合わせしてみては?
ポスターには問い合わせ先の電話番号が27169962と出ていました。かつての九龍城(九龍寨城)跡地に出来た公園 by SUR SHANGHAIさん九龍寨城公園 広場・公園
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イチオシ
現在の九龍寨城公園のほぼ真ん中にある▲門の内部。
かつての九龍城に関する展示がありました。
●注: ▲は、≪行≫のギョウニンベンの右隣に≪吾≫を挟んだ字。
『寨城回憶』と称された展示コーナーの展示物は、いくつかの小部屋に分けられ、ひととおりその生い立ちから、取り壊しに至るまでの経緯、住民の暮らしぶりなどがコンパクトにまとめられていましたよ。
この画像は、在りし頃の九龍城の外観。
これは、九龍城北側を通る東頭村道(トン・タウ・ツェン・ロード)から見た様子じゃないかな。
間違っていたらお許しを。<(_ _)>
どの方向から見た街並みにせよ、九龍城のゴチャゴチャと立て込んで怪しげな雰囲気が分かると思います。かつての九龍城(九龍寨城)跡地に出来た公園 by SUR SHANGHAIさん九龍寨城公園 広場・公園
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現在の九龍寨城公園のほぼ真ん中にある▲門の内部。
かつての九龍城に関する展示がありました。
●注: ▲は、≪行≫のギョウニンベンの右隣に≪吾≫を挟んだ字。
これは、九龍城の生い立ちから取り壊しまでを年代別にコンパクトにまとめてある部分。
説明は繁体字の中国語と英語で出ていました。
園内案内説明パンフも置いてあったので、いただいて行きましょう。かつての九龍城(九龍寨城)跡地に出来た公園 by SUR SHANGHAIさん九龍寨城公園 広場・公園
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イチオシ
九龍城の生い立ちなどは上の方に少し書きましたが、更に詳しく知りたい方は下記のウィキペディアのページでどうぞ。
在りし日の九龍城の画像も載っています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E9%BE%8D%E5%9F%8E%E7%A0%A6
で、これは1980年代の九龍城の様子。
あれ?(・・? ここに出ている説明には、一番高い建物が16階、人口は4万人まで増えたって書いてある。
他の資料を見ても、食い違う数字を載せてあったり。
九龍城は、それだけつかみどころの無い場所だったんでしょうね。
昼の画像だと、おどろおどろしさは半減していますが、素人目にも違法建築なのがありありと分かるこの街並みには、怪しさ満載。
実際、複雑怪奇な構造を持つに至った九龍城は、部外者が一度入ると出て来られないと恐れられ、上の方でも言ったように法の手が及ばない場所だったがゆえに、売春、薬物の製造・取引、賭博、コピー商品製造などなどが半ば公然と行われていたんだそう。
実は、SUR SHANGHAIは一度こんな九龍城の様子を見に行った事があるんですよ〜。
まだ90年代にはなっていなかった頃頃じゃなかったかな。
さすがに一人では怖すぎるし、あまり大勢でも変に目立ちすぎるからと、同じホステルに泊まっていた男の子とも3人ほどで繰り出した。
身の安全が第一だから、ローカルないでたちでカメラは無し。
ただ、九龍城内部へは入らず、離れた場所からこっそりこの画像のような外観を見た覚えが。
( ・ノω・)コッソリ ┣¨キ(*゚Д゚*)┣¨キ
あれが九龍城なのか!
その後、取り壊し前には、九龍城内部探索ツアーなんていうのができて、観光地(!)にもなったのよね。(;^ω^)かつての九龍城(九龍寨城)跡地に出来た公園 by SUR SHANGHAIさん九龍寨城公園 広場・公園
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九龍城在りし頃の城内地図。
九龍城内の通路や施設、ビルの名が書き込まれています。
この画像は、クリックして元画像にすると大きく表示されます。
通路と言っても、取り壊し前の1990年代初めには、東西約200m×南北約120〜150mの大きさだった九龍城なので、大きな道でも人がすれ違うのがやっと。
違法建築に加えて、違法に引かれた電線、電話線、水道なども渾然一体となって、いわゆるスラム街の景観を作り出していたそうです。
中央に白く見えている部分は、現在はこれらの展示がされている▲門。
●注: ▲は、≪行≫のギョウニンベンの右隣に≪吾≫を挟んだ字。
その周囲には、老人ホーム、無料の学校、福祉事業促進委員会などの設備も見られ、法の手が及ばぬ無法地帯として恐れられた九龍城内住民も、独自のコミュニティーを作り上げ、それらの施設も持っていたのが分かります。
そうかと思えば、城内を南北に貫く道の内、画像右から二番目の光明街はその名とは裏腹に昼なお暗い道筋で、薬物製造工場や売春宿が並んでいたということです。
道筋に記されている緑の●が、そんな工場があった場所。かつての九龍城(九龍寨城)跡地に出来た公園 by SUR SHANGHAIさん九龍寨城公園 広場・公園
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現在の九龍寨城公園のほぼ真ん中にある▲門の内部。
●注: ▲は、≪行≫のギョウニンベンの右隣に≪吾≫を挟んだ字。
九龍城が存在していた時の住民の様子を切り取った写真も展示されていました。
ただ、九龍城があったのはそう遠い過去のことではないので、お顔や姿がはっきり写っているような場面はここではアップしないでおこうと思います。
この画像で取り上げられているのは、九龍城内にあった歯医者(牙医)さん。
中国語では、≪歯科≫は≪牙科≫になるんですよ。かつての九龍城(九龍寨城)跡地に出来た公園 by SUR SHANGHAIさん九龍寨城公園 広場・公園
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法の手が届かなかった九龍城とは言え、中国・イギリスの双方によって問題解決の道が探られた1984年。
87年には全面取り壊しが決定となり、1993年にはついに始まった解体工事。
左手の画像に見えているのが、現在では九龍寨城公園の管理事務所が入っている▲門。
●注: ▲は、≪行≫のギョウニンベンの右隣に≪吾≫を挟んだ字。
やはり、今見る補修後の姿とは随分違っています。
そしてこの跡地にできたのが、現在の九龍寨城公園。
一時期は5万人いたとも言われるかつての住民たちはどこへ散って行ってしまったんだろう。
公園が1995年にオープンした時には、かつての住み家の跡を見に来た人はいるだろうか。
ちなみに、公園の除幕式には、最後の香港総督であったパットン氏も出席したのだそう。かつての九龍城(九龍寨城)跡地に出来た公園 by SUR SHANGHAIさん九龍寨城公園 広場・公園
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上記のように、1990年代前半には姿を消した九龍城。
その片鱗が、再び元香港啓徳国際空港(ホンコン・カイタック国際空港)の跡地に姿を現したのは2008年。
…と言っても、かつての無法地帯が復活したわけではなく、(;^ω^)
現れたのは、かつての九龍城と、現在のビクトリア・ハーバーにあった埠頭を結んでいた龍津石橋。
この橋は、1875年に完成した長さ200m、幅2.6mの石造り。
その後1891年には木材も使って300mまで延長した龍津石橋を行き来していたのは、九龍城に出入りする清朝の官員だったそうです。
その龍津石橋が一旦姿を消したのは、日本軍が香港を占領していた1940年代前半のこと。
日本軍が当時のカイタック空港を拡張する際に埋めてしまったのだとか。
それが考古学的発掘によって、再び2008年に日の目を見る事が出来るとは! (◎o◎)
だから歴史っておもしろい! (*^。^*)かつての九龍城(九龍寨城)跡地に出来た公園 by SUR SHANGHAIさん九龍寨城公園 広場・公園
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現在の九龍寨城公園のほぼ真ん中にある▲門の内部の、かつての九龍城に関する展示を見終わったら、公園の中も一巡りしてみましょう。
●注: ▲は、≪行≫のギョウニンベンの右隣に≪吾≫を挟んだ字。
園内には、こんな見所説明図が立っています。
これまでにちょっとご紹介した園内の見所のほか、トイレの場所も確認しておくと憂い無し。
この画像は、クリックして元画像にすると大きく表示されます。
●注: 九龍寨城公園内には、気付いた限りでは食堂無し。
飲み物などの小さい売店は、上記の▲門の内部でしか見かけませんでしたよ。かつての九龍城(九龍寨城)跡地に出来た公園 by SUR SHANGHAIさん九龍寨城公園 広場・公園
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九龍城の跡地に造られた九龍寨城公園。
知らずに見たら普通の中国庭園とあまり変わりが無いので、かつての九龍城のおどろおどろしさが残されているんじゃないかと思って行くとガッカリかも。
見て回った限りの場所には、かつての住居跡などは無かったと思います。
見落としていたのだとしたら、お許しを。<(_ _)>
SUR SHANGHAIのだんなもそのクチで、
「何も無いじゃないか〜。」の後はお決まりの「帰ろう。もう帰ろう〜。(´;ω;`)」コール。
いや、よく見ると、かつての九龍城内の古井戸とか通路とかはあるんだけど…。
う〜ん (-ω-ll)、歩いて見て回るのが主体の場所に、普段から歩きたがらない旦那と来たのはやっぱり間違いだった…。
その辺で待つと言われても、待たせてると思うと結局落ち着いて見て回れないし。
九龍寨城公園には、次は一人でまた来てじっくり見ようっと。かつての九龍城(九龍寨城)跡地に出来た公園 by SUR SHANGHAIさん九龍寨城公園 広場・公園
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九龍寨城公園内の小道の一つ。
九龍城だった時の通路は、元のままの場所に残してあるんだろうか。
今は日の光も緑も溢れる明るい公園。
九龍城があった頃は、この小道もビルの谷間で暗くジメジメしていたに違いない。
画像右手に見えている低い塀も、九龍城だった頃の名残かな?かつての九龍城(九龍寨城)跡地に出来た公園 by SUR SHANGHAIさん九龍寨城公園 広場・公園
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九龍寨城公園内。
上の画像と同じ小道には、龍津道と言う名前がついていた。
ここはアーケード街だったらしいから、それで道幅も広めに取ってあったのかも。
1993年に取り壊されるまで九龍城に住んでいた人で、この道の以前の様子を知っている人はまだまだ多いはず。
その記憶を基にしたドキュメンタリー映画ができないかな。
フィクションなら、『ゴルゴ13 九竜の首』っていうのがあるみたいだけど。(;^ω^)かつての九龍城(九龍寨城)跡地に出来た公園 by SUR SHANGHAIさん九龍寨城公園 広場・公園
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九龍寨城公園内。
九龍城の敷地は平らだったわけではないようで、公園の北側には、こんなに高度差がある階段通路もあった。
これはちょっと意外。かつての九龍城(九龍寨城)跡地に出来た公園 by SUR SHANGHAIさん九龍寨城公園 広場・公園
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九龍寨城公園内。
これだけ見ると、中国庭園を模した公園と変わらない。
もう少し九龍城の都市伝説を示すような場所、たとえば違法建築だったビルの一つの1階だけでも残してあるとか、薬物製造工場だった場所とかも保存・公開してあればインパクトがあっただろうになあ。
旦那の「帰ろう〜。(´;ω;`)」コールが続く。
はいはい、もう帰りましょうね。かつての九龍城(九龍寨城)跡地に出来た公園 by SUR SHANGHAIさん九龍寨城公園 広場・公園
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イチオシ
九龍寨城公園の南口から出て、最初に入って来た賈炳達道公園(カーペンター・ロード公園)7号門の外に出る。
そこはもう現代の香港の街並み。
かつての九龍城周辺は、新しいビル群に混じって古い街並みも残る地区。
もう数年経ったら、ビルもすっかり入れ替わるのかも。
昔見た九龍城を髣髴とさせる一画をパチリ!
ミステリアス調で加工してみたら、「おおっ!(◎◇◎) 九龍城が甦った!」 -
上に出した画像のおどろおどろしく加工した街並みも、店先を見ると現実の世界に戻る。
商店の入り口脇(画像左手)に、小さく祀られているのは、門口土地財神という神様。
このお店ばかりではなく、香港や澳門(マカオ)ではよく見かける光景。
土地や財産、商売を守ってくださるありがたい神様で、毎日お線香やお供え物が絶えません。 -
さ、そろそろホテルに戻ろうか。
ふと見上げた九龍寨城公園近くの空には、やたらと細い高層ビルがヒョロリ。?(゚ω゚ノ)ノ
地震が無い土地柄だから、香港の人たちにとってはどうってことも無いんだろうけど、日本人なら誰でもギョッとする風景だと思う。
香港啓徳国際空港(ホンコン・カイタック国際空港)が無くなって、九龍地区のそれまでの建築物の高度制限も解除されたから、これからはますますあんなビルも増えていくのかも。
…と思いつつ、この日の散策はおしまいにします。
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この旅行記へのコメント (2)
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- ayapinさん 2013/08/10 19:57:31
- 懐かしいです
- 20年以上も前に2度行った香港 。その時、初めて見た九龍城に
魅せられて、他ではない独特の雰囲気や怪しさ、路上歯医者に散髪屋
今まで味わった事のないワクワクした事を
今でも思い出します。
こんなに詳しく書いておられるブログに出会えて嬉しいです。
また、香港に行った際は、九龍城のミニチュアを
見に行きたいです。ありがとうございました。
- SUR SHANGHAIさん からの返信 2013/08/11 09:26:39
- RE: 懐かしいです
- ご訪問、ありがとうございました。
ayapinさんは、リアル九龍城をご存知なのですね。(*^。^*)
ちょっと昔は、ネイザン・ロードなどの繁華街の路地に一歩入っただけでも怪しさ・いかがわしさ満載の街角が見られました。
そのイメージや、ちょいとまゆつば的都市伝説の総本山の在り処が、九龍城だったような…。
私は内部には入りませんでしたが、数人で行ってちょっと離れたところからその外観を垣間見たことはあります。
その時の、コッソリ、ドキドキ感が忘れられません。
身の安全のためカメラは持って行かなかったのが、今ではちょっと悔しいですが…。(;^ω^)
今ではどんどんきれいに現代化されていく香港の街並み。
次に行く機会には、別の場所でも≪昔探し≫をしてみたいです。
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