2013/07/13 - 2013/07/20
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worldspanさん
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ハンガリーに訪れたのは06年以来7年ぶり。しかし95年3月以来、学生時代から何度もハンガリーに訪れているので、街を歩いていても「帰ってきた」感じが強く、安心して歩くことができる。昔はブダペストで知り合った知人たちと一緒に市内中心部で飲み回し、歩いて地下鉄3号線の4駅分を歩いて宿まで戻ったりしたものだ。若い頃からの思い出がたくさん詰まったこの街を歩くのにも地図は不要!嗚呼やっぱりブダペストは良い!!
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 乳幼児連れ家族旅行
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- 中国国際航空 スカンジナビア航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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宿泊したコリンシアブダペスト周辺から英雄広場に向けて散策。看板はショプロンのビールを取り扱っているバー
コリンシア ホテル ブダペスト ホテル
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テレーズ環状通りに面する建物。ブダペストは以前城壁に囲まれていたが、18世紀後半のマリア・テレジアの統治時代に城壁が撤去された。その跡地にこのテレーズ環状通りが作られた。
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テレーズ環状通りからアンドラーシ通りにかけた街並み。
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周辺の建物は100年前後の築年数のものが多いが、思いのほか傷みが激しい建物も多い。
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ハンガリーは1526年にオスマン・トルコ軍にモハーチの戦いに敗れ、ハンガリー王国の大半がその支配下に置かれることになった。これによりトルコから多くの文化が流入し、現在のハンガリー文化・伝統も厚みをますことになった。ハンガリーで有名なパプリカやパプリカを入れた料理はその典型。トルコは好きではないが、ドネル・ケバブなどのトルコ料理は大好きというマジャール人も多い。
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トルコがハンガリーから撤収後、ハンガリーを支配したのはオーストリア。オーストリアの圧政はトルコを凌ぐものと言われ、多くのマジャール人がその支配に苦しんだ。1848年コシュート・ラヨシュに率いられたハンガリーはウィーンに対し立ち上がり、果敢に独立戦争を挑んだ。ウィーンは帝政ロシアの力を借りてなんとかハンガリーを鎮圧した。そして独立戦争を率いたコシュートは亡命、当時の首相バッチャーニは処刑された。指導者を失ったハンガリーは、ウィーンにより、コシュートと袂を分かち、政界の一線から身を引いていたデアーク・フェレンツに率いられる。
現在でこそデアークは紙幣になるほど評価されていたが、当時のハンガリー内での評価は独立戦争を指導したコシュートと比べたいへん低く、「ウィーンの操り人形」のようにみなされていた。 -
しかしデアークは力ではウィーンに勝てぬことを悟り、独立よりも現実的な自治権の獲得を目指し、アンドラーシ・ジュラとともにウィーンから自治権の引き出しに奔走した。これを強く後押ししたのがウィーン皇妃、エリザベートだった。
エリザベートは自由奔放なハンガリーを好み、アンドラーシを積極的に支援した。後にシシイは保守的なウィーンを嫌い、ハンガリーに長く滞在することも多くなり、そこにアンドラーシが頻繁に出入りをすることから、アンドラーシはシシィの愛人ともてはやされることとなった。
シシィから絶大な信頼を勝ち得たアンドラーシは1867年のアウグスライヒによる、オーストリア・ハンガリーの二重帝国が成立させた際、首相となり、その後のハンガリーの一大発展に貢献し、これにより19世紀後半、ブダペストはウィーンを凌ぐほどに発展した。 -
そのアンドラーシにより作られたのが、世界遺産にも認定されているアンドラーシ通り。並木通りが美しく、通りの両側には馬車が走るために並木によって遮り馬車専用道路が作られた。
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ブダペストが最も華やいだころに作られた街並み
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アンドラーシ通りにあるハンガリー芸術大学。1877年創立。
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ハンガリーの華やかな時代を忍ばせる建物。アンドラーシ通りにて
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私がアンドラーシどおりで最もお気に入りの場所、コダーイクルート。クルートという名のとおり、広場のように円形に道路が走り、その周りの建物は弧を描いて建てられている。
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コダーイクルートには大きな建物が4棟建つ微妙なカーブが素敵だ。
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緑も多く、落ち着いた感じ
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コダーイクルートまで歩くと、英雄広場までもうすぐ。
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コダーイクルート。
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コダーイクルートから徒歩5分ほどで英雄広場に到着。1896年のハンガリー建国1000年祭を記念して作られた広場。初代国王の後ろにハンガリーの歴代の英雄たちが並ぶ
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高さ35mの記念碑の上にはローマ教皇の夢に現れ、ハンガリー王イシュトバーンに王冠を授けるように啓示した大天使ガブリエル。
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大天使ガブリエルの下にはウラル山脈から7つの部族を率いて現在のハンガリーの地に進出したアールパードと7つの部族長たち
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英雄広場に向かって右側には現在美術館のミューチャルノクが建つ。
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そして向かって左側には西洋美術館が英雄広場を囲む。
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英雄広場にたつハンガリーの英雄たち。
一番左が総主教十字(二重の十字架)をかざすのが初代国王、イシュトバーン。総主教十字はハンガリー国王として国政者を表し、カトリック教の聖職者を表す。イシュトバーンは10,000Ftのお札にも使用されている。
その右にはイシュトバーン死後混乱したハンガリーを統治し、クロアチア(クロアチアおよびダルマチア)まで勢力を進出させることに成功したラースロー1世。 -
左がラースロー1世を引き継ぎハンガリーとクロアチアを統治した文人王カールマン1世。後に弟一族に王位を奪われることを恐れ、実弟とその子の目を潰したことで知られる。しかし目を潰されたその子がベーラ2世が王位を継承する。
右はアンドラーシ2世 -
1241年のモンゴル軍の来襲により国土が荒廃したが、これを立て直したのがベーラ4世。
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左はカーロイ1世。1301年にアンドラーシ3世が亡くなり、ハンガリー王朝のアールパード王朝が断絶し、アンジュー家のカーロイ1世が1308年に引き継ぐことになった。通貨制度と財政制度の改革に尽力した。
右はカーロイ1世を継いで1342年に即位したアンジュー家のラヨシュ1世。王権の強化に尽力し、再びハンガリーを強国に押し上げた。ラヨシュ1世はポーランド王も兼務し、北はポーランド、南はダルマチアまで統治した。 -
フニャディ・ヤーノシュ。現在のルーマニアの一部、トランシルバニアの大貴族でマーチャーシュ1世の父親でもある。1442年に南東から進来するオスマン・トルコを撃退したハンガリーの英雄。
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1458年に即位したハンガリー最盛期の王、マーチャーシュ。王宮の丘のマーチャーシュ教会を建設したことでも知られている。現在の1,000Ft札にも使われている。
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フニャディ・ヤーノシュやマーチャーシュと同様にトランシルバニア出身で、17世紀初頭のオーストリアへの蜂起の指導者として知られているボチカイ・イシュトバーン。
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左はベドレン・ガーボル。17世紀のオーストリアへの反乱の指導者。現在2,000Ft札にも使われている。
右はテケリ・イムレ。17〜18世紀にかけてのオーストリアへの反乱の指導者。 -
ラーコツィ・フェレンツ。17〜18世紀のオーストリアへの反乱の指導者の一人であり、国民的英雄の一人。現在500Ft札としても使用されている。
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コシュート・ラヨシュ。1848年の独立戦争時のハンガリーの指導者。
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英雄広場を堪能したあとは、地下鉄で世界で唯一の世界遺産として認められている地下鉄1号線に乗りオペラハウスへ向かう。
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オペラハウスに行く前に、オペラハウスとオクトゴンのあいだに位置する。ブックカフェ、アレクサンドラでお茶。
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アレクサンドラはヨーロッパのブックカフェの中でもその内装の美しさは屈指と言われている。
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子連れで入ることができなさそうなほど敷居が高そうなカフェだが、意外にも庶民的。それでもピアノの生演奏を聴きながらカフェを楽しめるのはやはりハンガリーのカフェ文化のレベルの高さをうかがわせる。
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二人で食べて飲んで、1,000円くらいだったかな。娘もいちごケーキにご機嫌。
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ちなみにオペラハウスの近くにある有名なカフェ、ミューヴェーズ。
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そしていよいよ国立歌劇場へ。月・水・土には日本語でのガイドが15:00と16:00から行われているのは嬉しい。
今回ツアーに参加するのは17年ぶりのこと。 -
オペラハウスに佇むリスト・フェレンツ
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オペラハウスには正面玄関から中には入り向かって左側に売店があるので、そこでツアーのチケットを購入できる。昔は売店は建物の外側で向かって右側にあったので、その周辺で「ないなー」と探し回ってしまった。
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同じ時間帯に、イタリア語、英語、ドイツ語、のツアーも同時に行われる。
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正面玄関を上がった場所からツアーはスタートする。
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ブダペストのオペラハウスでは何度も感激しているが、いつも安い席を購入しているので、正面玄関から入ることができない。正面玄関から上がっていくと、流石に少し緊張感がある。
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オペラハウスは19世紀に建設されたが幸運なことに第二次世界大戦では戦火を免れることができた。この内装は当時のままのものである。
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当時の喫煙室。オペラハウス建設時、建物には燃えやすい素材が使われていたり、あかりもオイルランプだったりしたので、喫煙はこの場所に限られていた。
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喫煙室。
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ブダペストのオペラハウスはウィーンのオペラハウスと姉妹歌劇場と言われ、作りも似ていると言われている。ブダペストのオペラハウスの方が小ぶりだが、内装はウィーンのそれを凌ぐ。
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ハンガリー人はウィーンに負けない立派なオペラハウスを作ることに専念したのだとか。
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ハンガリーが第二次世界大戦で終戦を迎えた後、直ぐにコンサートがここで開かれたというのだからすごい。日本と同じ敗戦国にありながらこうした考え方は全く違うなー。
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オペラハウスのビュッフェ。コンサートやオペラ、バレエの休憩の合間、ビュッフェでカフェやサンドイッチを食べて歓談する場所。ビュッフェはここ以外にも安い席で見るシートの裏側にも設けられている。雰囲気はそことあまり変わらない。
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オペラハウスの階段。
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赤いカーペットがラグジュアリー感をますます上げる。
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みんなあちこちをパシャパシャ。
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バルコニー席のちょうど裏に当たる場所。
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このカーテンをくぐると・・・
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こうしたバルコニー席がある。
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バルコニー席からの眺め。やはり最上階よりも見えやすい。
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皇妃エリザベートはこの階段を歩いてのぼり、専用のバルコニーから観劇していた。
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オペラハウスで演じた有名な俳優たちの肖像画。右側がドン・ジョバニを演じた俳優の肖像画。
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カルメンを演じた女優の肖像画
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オペラハウスの様子
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バルコニーに通じる通路
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一階からバルコニーを望む
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シシィのシートが!
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正面は確か大統領とか要人が観劇するためのボックスだったかな。
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天井の装飾も美しい。シャンデリアは昔はがスランプだったので重さが3トンもあったそうだ。現在は1トン程度ですんでいるのだとか
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装飾が美しいオペラハウス。
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今度訪れるときはちゃんとボックスシートから観劇しよう。
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一階のシートからオペラハウスを堪能したあとはいよいよ5分間だけのミニコンサートが始まる。
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ちなみに最上階の安い席から眺めるとこんな感じ。
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舞台の下に演奏者が中には入り演奏をしているのがよくわかる。
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ミニコンサートは残念ながら舞台ではなく、ビュッフェで行われる。題目は以外にもオペラ座の怪人!?
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もちろんオペラ座の怪人ばかりではなく、短い舞台を3つ程度行い拍手喝采。
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オペラハウスの見学ツアーが終わったあとは娘が眠たくなったのでホテルに戻る。その途中、リスト音楽院があるリスト広場を歩く。
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時間帯によっては音楽院から漏れる練習の音楽を聴きながらカフェや食事を楽しむことができる!
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立派な建物のリスト音楽院
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この旅行記へのコメント (12)
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- 蔦之丞さん 2014/08/09 15:42:17
- 投票ありがとうございます!
- 初めまして
『トルコ周遊・エジプト15日間 念願のトルコ旅行が三回目の企画で実現しました。』に
投票頂きましてありがとうございます!
お嬢様とお二人でブタベストに旅行できるなんて
羨ましいです
それも、自分の庭の様に歩けるのが
なんともお嬢様からは心強く見えた事でしょう!!!
私の今の夢は2歳半になった孫と海外旅行に行く事が生き甲斐になっています
まだ、言葉のコミュニケーションがとれないので
実現には時間が掛かりそうですが…
私のは、拙い旅の記録ですが、よろしくお願いいたします。
蔦之丞
- worldspanさん からの返信 2014/08/10 00:32:40
- RE: 投票ありがとうございます!
- 蔦之丞さん
こんばんは。こちらこそフォロー+コメントありがとうございます。
私は学生時代にハンガリーのことを研究していたので、どうしても娘にはハンガリーを見せてあげたかったんです(笑)。
私も小さい頃、海外とまではいきませんが、3歳前後からよく祖父母の旅行に連れて行ってもらっていました。3歳で旅行中にはぐれて迷子になり、大変な目にあったことは今でもよく覚えています。それでも特に祖父にいろんな歴史や建物、鉄道のことを教えてもらいながら旅行をしていたので、こうした旅のノウハウや、旅行の楽しみに方を自然と身につけたので、きっと蔦之丞さんに連れられてお孫さんも旅行をしていると、旅行が大好きな子供に育ち、視野も広がると思います。うちの娘については1歳の頃から海外に連れて行っていますが、2歳半に北欧やラトビアに連れて行った時に、娘が0歳の時に我が家にホームステイしていた子の家に訪れたのですが、5歳になった今でも彼女の両親や彼女の家に大きな犬がいたことなど、かなり覚えているようです(よくアルバムを見せているからかもしれません)。ぜひお孫さんを連れて行ってあげてくださいね!
worldspan
-
- 旅人隊長さん 2014/01/11 13:37:04
- worldspanさん、初めまして。
- 遅くなり申し訳ございません。この度は、私の拙いブロ愚に訪問、投票いただきありがとうございます。
ブタベストの旅行記楽しく、また懐かしく拝見させていただきました。
私も1度ブタベストに行きましたが、出張でほとんどフリーの時間がありませんでした。それでも僅かに空いた時間で見たブタベストは、本当にもう一度来たいと思わせる街でした。
worldspanさんの他の旅行記も楽しく拝見させていただきます。
まずはご挨拶、御礼までと思い一筆した次第です。
- worldspanさん からの返信 2014/01/11 16:34:57
- RE: worldspanさん、初めまして。
- 旅人隊長さん
こちらこそコメントありがとうございます。
今年の年末年始の旅行では私もチリに滞在し、とても共感を覚えました。渡航する前に旅人隊長さんのチリの旅行記を参考にさせていただけてたらと思うと、少し残念に思いながらも楽しく拝見させていただきました。
ブダペストは学生時代から何度も訪れているので地図も持たず回ることができるのが強みでしょうか。下の子がもう少し大きくなったらまた訪れてみたいと思います。
worldspan
-
- たっかさん 2013/10/16 19:42:33
- はじめまして!
- worldspanさん、初めまして!たっかと申します。
この度は私のつたない旅行記にご投票くださりまして、
ありがとうございました!
worldspanさんは沢山の国を訪れているんですねー。
ビックリしました!
そして、自分の旅行記がちょっと恥ずかしくなりました(^^;
素敵な写真を拝見させて頂きまして、ありがとうございます!
これからもお邪魔させて頂きますので、宜しくお願いします!
- worldspanさん からの返信 2013/10/16 23:17:56
- RE: はじめまして!
- たっかさん
こんにちは。こちらこそコメントありがとうございます。
これだけ旅をしていても、バンコクには空港しか訪れたことがないので、興味深く拝見させていただきました。
バンコクには友人が着任してたりしてるので、2年以内に訪れたいと考えていました。
こちらこそ今後とも宜しくお願いします
Worldspan
-
- クサポンさん 2013/08/07 11:39:37
- オペラ座ガイドツアー
- こんにちは。worldspanさん
いつも楽しみに拝見しています。
私が3年前に行ったときは、英語ツアーしかなく、ショートオペラもありませんでした。バルコニーからの見学もなかった?記憶があります。英語ツアーは日本人、中国人、韓国人などなど2グループに分かれて案内されてました。
娘に、なんて言ってるの?と聞かれても同時通訳もできず、要約のみ・・・そんな娘も私より英語力がアップして最近は通訳をお願いしています。
お譲さんも、だんだん大きくなってきていて、昔の娘とダブっています。
娘は初めての海外がハンガリーだったので、今でも一番好きなところと言ってます。
これからも、素敵な旅をお楽しみください。
クサポン
- worldspanさん からの返信 2013/08/07 12:40:51
- RE: オペラ座ガイドツアー
- クサポンさん、
コメントありがとうございます。
仰るとおり、以前は日本語ツアーは無かったので、日本語ツアーができたのは本当に助かりますよね。国会議事堂ツアーも日本語ツアーがあればもっと来館客も増えるのにナーっト思います。
娘さんはハンガリーが最初に訪れた国ですか!すばらしいですね。うちの娘はうちにホームステイをしていた学生の故郷、ラトビアには思いはあるようですが、ハンガリーに訪れたのは19カ国目で、他の国に訪れるのと同じで特別な思いは無いようです(まぁまだ小さいですし。。。)。でもうちの娘も自分たちがブダペストのマーチャーシュ教会で挙式を行ったことをいっても今ひとつピンとこないようです(笑)。
娘の名前は中欧ヨーロッパの至宝、「琥珀」から名前を取っていますので、大きくなるにつれ、中欧やバルト三国を意識してくると思います。このときに又改めて中欧に思いを馳せてくれればな、とは思っております。
worldspan
-
- tamaemonさん 2013/08/05 01:00:46
- オペラ劇場!
- worldspanさん、こんにちは!
ブタペストに入られましたね。
10年以上前ですが、11月頃にツアーで訪れました。
英雄広場とオペラ劇場が印象的でした。
宿泊のホテルから歩いて10分ほどのところに劇場があり、ちょうど自由な時間帯が、劇場内のガイドツアー時間にあったので、母と行きましたが、その頃はまだ日本語ツアーが無く英語での案内・・・それでも、ヨーロッパならではの絢爛豪華な劇場、中世にタイムスリップしたような心地でした。
本来、舞台の正面のメインボックスが王室用・・・でももっと近くで見たいと舞台横のボックス席から身を乗り出して鑑賞していたエリザベートが好んだシシーロージェも思い出しました。。
のびのび過ごせたハンガリーは、エリザベートが愛した所なんですね。
worldspanさんの写真からも、豪華さが伝わりますね。
その後ウイーンに移り、オペラ劇場で「サロメ」を鑑賞・・・母が感激して、後にロシアでのボリショイバレエ、マリンスキーでのオペラ鑑賞まで出かけることになりました。日本では絶対味わえないものですね。
いつかお嬢さんとも鑑賞する日が来るのでは?
夏の日差しと緑が綺麗で、格式高そうなブタペストの街が柔らかく見えます。カフェも素敵ですね・・・worldspanさんが訪れたカフェ、ミューヴェーズのイチゴケーキも美味しそう!
エリザベートもカフェ ジェルボーというお店にケーキを召し上がっていたという話を思い出しました。
次はどちらへ?
楽しみにしてます!
tamaemon
- worldspanさん からの返信 2013/08/05 08:22:43
- RE: オペラ劇場!
- tamaemonさん
こんにちは。
オペラハウスのガイドツアーは、実は18年ぶりだったんです。仰るとおりまだ当時は日本語のツアーはなく、しかも行った時には英語とドイツ語のツアーは売り切れ、仕方なくイタリア語のツアーに参加したのですが、ラテン語を全く勉強していない自分には全くチンプンカンプンでした(笑)。ブダペストのオペラハウスの一番安い席は当時僅か 50円だったんです。今でもツアーに参加するよりオペラを観劇した方がはるかに安価なのでブダペストに訪れる度にオペラハウスに行ってましたが、今回の訪問は七月、流石にシーズンオフなのでコンサートはなく、館内ツアーに参加しました。今度訪れる時は娘にはコンサートを見させてあげたいですよね!
旅はこれからチェコ、そしてストックホルムへと移って旅はおわりま。今橋冬の南米旅行にむけて準備をしています
Worldspan
-
- sallyさん 2013/08/04 11:25:56
- コダーイクルート
いつも楽しく読ませて頂いています。今回の旅の初めの部分の旅行記、読んでいて
メゲました。大変でしたね〜。一人旅だったら放棄しそうですが、かわいい娘さん
と一緒のせっかくのお休み、奮起して寝不足になろうともチケットを取り直すworldさん
(勝手に略すひと)の背中がゆうに想像できました。素晴らしいです。
あ、で。
今回の思い出の地の旅行記、懐かしい街並を闊歩される様子がいきいきとして
伝わりました。特にコダーイ・クルートの写真、カーブになっている外壁、緑。
自分もハンガリーにいつか行ってみたいです。
わたしは今、サンクトペテルブルクの旅を組み立てているのですが、
行く前から、ホテル、送迎、現地ツアー・・・なんにせよお金が高くて、一万円札が
どんどんパタパタと飛んでいくような感じと、それに見合う旅になるのだろーか、と
いう漠然とした不安と。いや、一番不安なのは、警官なんかに呼び止められたら
どうしよう? とか、ロシア語をやりたいけど、どこから手をつけよーかとか。。。
あ、、すみません。でもでも、血の上の救世主教会が一番見たくて(!)
そんな近況です。最新旅行記楽しみにしております。。。
- worldspanさん からの返信 2013/08/04 22:10:50
- RE: コダーイクルート
- sallyさん
コメントありがとうございます。
中国国際航空の誠意ないあの緩慢な対応にはうんざり+もう二度と使いたくないと思いました(でも来年中央アジアに行くときにまた北京乗り継ぎになりそうですが・・・)。何度も飛行機を利用していますが、ここまでひどいの初めてです。お互い中国国際航空には気をつけましょう。
実は1発目にハンガリー入国の際にブダペストの空港を利用するのは今回が初めてなんです。95年にプラハから気が変わってブダペストに飛行機で飛んでで戻ったことはあるんですが、その1回だけ。あとは陸路ばかりなので、リスト・フェレンツ国際空港に到着した時にはピンときませんでしたが、空港から200Eのバスに乗り、地下鉄を乗り継いていくと、だんだんと「あぁ、ブダペストに戻ってきたんだ。」思い始めました。やっぱ、海外にも思い出のある街を自分自身で持っているといいですよ!本当に自分自身の故郷、広島に帰ってきた感じで、どこか安心感をもつというか。
サンクトペテルブルクはもう飛行機取られましたか?個人的にはアエロフロートでサンクトまでつないだほうが良いと思いますよ。今回の乗り継ぎの失敗で思ったのが、乗継便が他社便だと一切遅延した会社が面倒を見てくれないので。それならばアエロフロートで一つにまとめたほうがまだマシかなーとは思います。
ロシアはビザ代や通信代、インビテーション代など他諸国ではありえないような費用が行く前にかかるし、しかもホテル代やトランスファー代も他国よりも高いと来るし。。。モスクワなんて一時期は世界で最もホテル代が高い街といわれ、3星で2、3万円していたこともありましたもん。信じられないですよね。治安面ではだいぶ解消されていると思いますよ。昨年私の友人はトランジットでモスクワに降り立ち(トランジットビザを取得して入国しました)、モスクワの夜を歩いて観光したそうですが、不安は全くなかったし、警察とかにも気を使うこともなかったそうです。シェレメーチェヴォからの直通列車も大変便利で使い勝手も良かったそうですよ。
あと、血の上の救世主教会・・・、一体どこの教会なのかと思って調べてみると、「スパース・ナ・クラヴィー教会」の事なんですね。今は日本語訳で紹介されているのですね。全然知りませんでした。特徴的な美しい教会なので素晴らしいですよ!
あ、もしあれならモスクワから市内まで行って夜行列車でサンクトペテルブルクを目指すっていうのも良かったかもしれませんね。
worldspan
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