1993/09/02 - 1993/09/07
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がおちんさん
今回の旅は、『遠野物語』を読みつつ、遠野地方をツーリングしたときの記録です。
子供の頃から怖い話が好きだった私は、遠野物語出てくる怪異譚や、田舎臭くてオドロオドロシイ世界に魅力を感じていました。
物語の舞台となった地方を巡りながら、物語の世界に浸ろうと思い、バイクに荷物を積んで出発しました。
※写真は荒川高原にて
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- バイク
-
遠野物語に出てくる不思議な世界が好きだった。河童や天狗をはじめ、山男に山女、猿の経立(ふったち)といった山の住人。神隠しや隠れ里、ざしきわらしなどの神秘的なまぼろし。そして遠野の神々。山奥に生きた人々の心が生み出した数々の物語は何度読んでも飽きることがない。それどころか読めば読むほど味わいが増すのである。
今回の旅の目的は、「遠野の山奥で酒を飲みながら遠野物語を読むこと」。物語の舞台である遠野郷には電車で行けばすぐに着くが、その独特の世界に浸るには時間をかけてゆっくり行くのが楽しいと思い、バイクの旅を選択した。
道中、林道走行や温泉を楽しみながら北上することにする。 -
1993年9月2日(木)
午前1時に起きて、寝袋やテントをバイクにくくりつける。
お気に入りだった片桐のクレッターザック(重いけど頑丈)を背負い、当時住んでいた横須賀市の家を出発。
夜中に出発するのは首都圏の渋滞を避けるため。 -
旅の相棒はホンダXL125RFという古い型のオフロード車。
近所のバイク屋に、ピカピカの新古車で10万円で売っていたので衝動買いしてしまった。
何度か丹沢や箱根方面の林道を走りに行ったけど、こいつでロングツーリングに出るのは初めてだ。
非力だけど、軽くて取り回しも楽だし、以前乗っていたXLR-BAJAよりも好きになった。 -
横須賀市内、横浜市内、都内と信号が多くて時間がかかる。日本橋を過ぎた頃から雨が降り始めるが、大したことはない。
国道4号線を北上し、あっという間に矢板まで来た。
八方高原道路、赤滝林道と気持ちよく走る。 -
赤滝にて休憩。滝の水を沸かしてコーヒーを飲む。
旅はここからが本番。
これからゆっくり時間をかけて山道を走り、遠野物語を読みつつ遠野へと向かうのだ。 -
滝の音を聴きながら物語を最初から読み始めた。
遠野物語は文章が簡潔なので、読者の想像が広がりやすい。わずか数行の話が勝手に一人歩きするのである。物語の舞台はほとんどが山だ。そして山の中で読む「山の不思議話」は下界では得られない迫力がある。
たとえば第3話、「はるかなる岩の上に美しき女ひとりありて、長き黒髪を梳りてゐたり。顔の色きはめて白し」を読むと、今にもその岩の上に現れそうな気がしてくる。
つづく第4話も山女の話で、幼子を背負った髪の長い女が、林の中から笹原の上を歩いてこちらに近づき、何処かへと行き過ぎるのだが、その際の女の描写が細かくて本当の話っぽいのだ。
なんだか背筋がゾクゾクしてきたので、XLのエンジンをかけて走りだした。 -
塩原温泉郷を通過中、トテ馬車を発見。
子供の頃、この馬車の運転席に座らせてもらった事がある。私が乗ったとたんに馬が勝手に歩き出してしまい、怖い思いをした。馬車のおじさんが慌てて追いかけてきたのを思い出した。
懐かしい記憶が甦ったので、記念撮影をする。 -
塩原から塩那道路を走る。
山深く、長い林道だ。
路面は荒れているけど、気分のいい道。 -
峠の付近は霧で視界不良。
山の天気はコロコロ変わる。 -
バイクを停めて遠野物語を読む。
第6話は、行方不明になった長者の娘が山の中で猟師に発見される話だ。あるものにとらわれてその妻となったが、生まれた子は夫がすべて食い尽くしてしまったという。
続く第7話も女が山に入って「恐ろしき人にさらわれて妻となった」話で、ここでも「子供が生まれると食うにや殺すにや、皆どこかに持ち去ってしまう」ということだ。この恐ろしき人は丈がきわめて高く、眼の色がすこし凄いとのこと。女性を発見した猟師が「まことにわれわれと同じ人間か」と聞き返すと、ただ眼の色が少し違うという。
さて、この恐ろしき人とはいったい何者か。天狗だろうか? 私はふと、船が難破して山に住み着いたロシア人ではなかったかと考えた。赤ん坊を食べるのはともかくも、背も高いし、眼の色も違うし・・・などと推測しつつ、エンジンをかけて走りだした。
大男の話はいくつも出てくるが、『拾遺』の102話などは、「山に草刈に行ったら見知らぬ沢に出て、木の枝に干してある洗濯物を大男が取り込んだ」という怖くもなんともない話である。
やっぱ山に住んでいたんじゃないかな、ロシア人。 -
那須湯本温泉に到着。
せっかくなので一風呂浴びていく。
前に来たとき、地元民優先の共同浴場がいいお湯だったので再訪する。
ここは無料だ。 -
白く濁った、硫黄臭がプンプンのお湯につかっていると、全身の疲れがホワーンとほぐれていく。
やっぱ温泉は最高。
日本人に生まれて幸せだ。 -
温泉に入って元気が出たので、もう一本、林道を走ることにした。
深山湖から大川林道へ向かう。 -
大川林道を走るのは2度目。
前回は6年前にホンダのモトラという原付で走ったのだが、気持ち良いルートで気に入った。
スタートは森の中を渓流沿いに走り、峠近くは急坂のガレ場となり、最後はのどかな農村風景になって終わるダートコースだ。 -
林道脇を流れる清流。
-
大川林道を走り終え、福島県に入る。
田んぼと畑と牧場があるだけの田舎道が続く。 -
国道289号線で甲子峠へ。
ここから甲子林道を走る。 -
甲子林道は荒れ放題で、道として機能していない。
がけ崩れで路肩が崩壊している箇所を越えたり、大きな石がゴツゴツした川底のようなところを走るうえ、途中から豪雨となった。視界は利かないし、コケなかったのが不思議なほどだ。
甲子林道を走り終え、由井ヶ原の森の中でキャンプをすることにした。バイクの調整をして、すぐに寝る。
今日は475キロも走った。 -
1993年9月3日(金)
朝からどしゃ降りの雨。
あわてても仕方がないので、湯をわかしてコーヒーを飲み、ゆっくりと朝食を食べてから荷物をまとめる。
雨が弱まったスキに急いでテントをたたみ、出発した。 -
羽鳥湖へ出て、黒沢林道へ。
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黒沢林道を走って猪苗代湖へ向かう。
安藤峠で道を間違えて湯川方面へ下りてしまうも、森の中を流れる川に沿って走るという、雰囲気の良い林道だった。 -
猪苗代湖にて休憩。
雨が止まないので遠野物語が読めない。 -
雨の林道走行で泥だらけとなった愛車。
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猪苗代湖から御霊櫃林道を走る。
峠では強風で飛ばされそうになった。
台風13号が近づいているのだ。 -
雨と風で体が冷えてしまった。
磐梯熱海にて、たまらず街道沿いのラーメン屋に入る。
味噌ラーメンをすするたび、温かさが五蔵六府にしみわたる。
元気回復。 -
体は温まったが、雨風は増すばかり。
このまま林道ツーリングを続けるのは危険と判断し、予定を変更して国道4号で一気に北上することにした。
二本松から福島、白石、仙台、古川、一関、平泉とひたすら走り続けるが、雨は止まない。体も冷え切ってしまった。
街道沿いのドライブインで熱い風呂に入り、就寝する。 -
1993年9月4日(土)
今日も朝から雨。
ゆっくりと遠野に向かうも、雨は止みそうにない。
途中、大迫にエーデルワインというワイナリーがあったので、4本買って送ってもらった。 -
そして念願の遠野へ到着。
達曽部から馬越峠をこえて附馬牛に至り、林道を何本か走るが、雨で視界が悪くて楽しめない。
遠野めぐりは翌日にすることにして、新里村にある湯治宿に向かうことにした。 -
こんな林道の奥に湯治宿があるとは思えないが、あるのだ。
金鶏山鉱泉という、お婆さんがひとりで経営している穴場的な宿で、ここは6年前(1987年)のツーリング中に、宮古のバイク屋で「ひなびた湯治宿がある」と教えてもらい、風呂に入りに行った。
ところが成分が効き過ぎたのか、湯上り後に全身がしびれて動けなくなってしまった。湯治客の部屋で休ませてもらったら夜まで眠ってしまい、そのまま泊まることになった。
同室になった宮古のおばさんが色々と親切にしてくれ、翌朝出発するときはおにぎりまで持たせてくれた。
そんな印象深い宿だった。 -
金鶏山鉱泉に到着。
夕方から雨も止んだ。
明日は晴れて遠野入りできそう。 -
湯治に来ていた方々。
奥に座っているのがおかみさん。やや老け込んだが、まだまだ元気で何より。
私が世話になった宮古のおばさんは今でも湯治に来ているのか尋ねると、「2年前に亡くなったらしい」と返答があった。
持参した写真を見せると、「この人に間違いない」と言われた。
とても残念だ。 -
これが「霊泉」、金鶏山鉱泉のお風呂。
ぬるぬるのつるつるで、硫黄臭(玉子系)がある。 -
そして、東北の温泉に多くみられるコンセサマ(男根)が、ここの風呂にもあった。
不妊の女性がこれをさすると、子が授かるとか。
明日は遠野物語に出てくるコンセサマを見に行くぞ。 -
自炊部屋にて夕食を食べるの図。
部屋には小さな囲炉裏があり、便利だ。
隣部屋のおばあさんが何かと親切にしてくれ、ジュース、味噌汁、おかずと色々持ってきてはニッと笑う。
また、水を汲んできてくれたり、炭は足りてるかと持ってきてくれるので恐縮しっぱなし。6年前もそうだったが、旅先で受ける優しさに胸がジーンとする。 -
ほのかに揺れるランプの灯りと虫の声を聞きながら『遠野物語』を読む。
『遠野物語拾遺』の解説に、柳田國男より20年後に遠野を訪れた折口信夫の感想が書かれている。わずか小半世紀の間に自動車が通い、にぎやかに運動会が行なわれている様子を見て、「遅れて来た私にとっては、仙人峠の上から、蒼茫として風の立つ遠野平らを顧みがちに去って行かれた先生の姿は、思い見るだけでも、羨みに堪えなかった」とある。
昭和10年の頃でさえ、すでに遠野では妖怪変化が跋扈するような環境ではなかったらしい。しかし物語の世界に浸ることは現在でも可能だ。こうして人里離れた小屋にいるだけで、辺りには恐ろしきものたちが出そうな気分になるのだから。
明日もなるべく人気の無い所を走って、遠野物語の世界を楽しもう。 -
1993年9月5日(日)
「晴れてよかったですね」とおかみさん。
朝食(400円)をいただく。
厚みのある塩鮭が美味しかった。 -
金鶏山鉱泉を出発する。
ダニに噛まれたのがちょっと残念だが、今回もひなびた雰囲気は満点。 -
安庭沢の林道を走る。
城下町だった遠野よりも、川井村や新里村のほうがぐっと田舎だ。
柳田國男が「遠野よりさらに物深き所には、また無数の山神山人の伝説あるべし」と記したように、この辺りにも天狗や山の怪が暗躍していただろう。しかし、それらも記録する者がいなければ時代とともに忘れ去られる。そういう意味で、佐々木喜善の功績は素晴らしいものだ。 -
カントリームード満点の岩手和井内駅。
ちょっとだけ鉄ちゃんなので、記念撮影する。
岩泉線、好きだ。 -
久しぶりの青空が気持ちいい。
山道を走りながら遠野へ向けて走る。 -
大仁田林道から荒川高原へと走る。
牛が逃げないためのゲートが2箇所あった。 -
開放感を満喫する。
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XLに寄ってきた牛。
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こっちは馬。
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遠野の山々を眺める。
柳田國男が「ただ青き山と原野なり」と評したのは明治42年の8月末のことだが、84年経った今でも、自然の景観は変わらない。
向かいの山の大きな岩の陰では、赭き顔の山の神が何か話をしているかもしれないし、谷の奥には松脂を毛に塗った猿の経立が走っているかもしれない。
思いは物語の世界へと馳せる。 -
麓に下りると、民家の屋根に「きはめて丈の高き男」が立っている。
まさか山男? -
いや、立っているのはシルバー仮面だった。
どうやらスズメ星人から農作物を守っているらしい。
夜見たら、ちょっとビビッたかも。 -
遠野物語の原風景。
なんかワクワクしてきた。 -
遠野物語めぐりの最初は、かっぱ淵へ。
第55話から59話に河童の話が話がある。川には多くの河童が住み、「猿ヶ石川にはこと多し」とある。遠野の河童は顔が赤いという。
河童の子を産んだという話は、実は不具であったり、親にとって都合の悪い場合に河童の子として処理しただろう事が容易に想像される。昔の日本では間引きのために赤子を殺すことがあったそうだ。口減らしをしなくてはならなかった悲しい事実を、山の魔物たちのせいにしたのだろう。また、生活苦から捨てられた子供が河童のモデルになったのかもしれない。 -
河童は、他の登場人物に比べると、やや身近な妖怪である。ある河童は馬に悪戯をして捕らえられ、「二度と悪さはしません」と村の人達に誓って逃がしてもらったそうだ。この話の類はまるで信憑性がないが、妖怪話をする際には河童はなくてはならない存在なのだろう。
川での水難事故も、河童のせいにされたに違いない。 -
伝承園で曲り家を見学する。
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古い家を当時のままに保存してある。
部屋広いー。 -
馬屋も広いー。
なんかイメージしていたよりもスケールがずっと大きい。 -
蚕棚。
蚕は本物だった。 -
オシラ堂には千体のオシラサマがあるそうだ。
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巨大コンセサマを持った藁人形。
-
こちらは伝統工芸をつくるお年寄り。
囲炉裏にはヤマメの塩焼き。
いい匂ひなり。 -
うまそうな匂いにつられて、曲り家定食(ヤマメ)とひっつみ汁を頼んでしまった。
お腹一杯になりました。 -
食後は「北川家のオシラサマ」を見に行く。
なんと、ここは普通の民家。玄関で「すみませーん」と声をかけると、「はーい」と家の人が出てきて案内してくれた。
第69話、ある百姓の美しい娘が、飼っている馬を愛し、ついには夫婦になった。それを知った父は馬を桑の木につり下げて殺したが、娘は死んだ馬にすがって泣いたので父はますますこれを憎み、斧で馬の首を切り落とした。すると娘はその首に乗ったまま天に昇り去った。オシラサマはこのときより祭られるようになったという。
しかしまったく凄い話である。一応は「馬と娘の悲しい恋の物語」となっているけど、見方によってはかなりエログロな内容だ。
オシラサマは養蚕の神であり、狩りの神であり、眼病の神であり、オシラセの神でもある。御神体は馬をつるした桑の枝でつくる。小正月には1年の吉凶を占うオシラ遊びが行なわれるそうだ。ちょっと不気味だけど、そこがイイ。 -
第16話に出てくるコンセサマは子宝の神様である。
遠野物語に限らず、東北の温泉地へ行くと男根が祭られているのを目にする。どことなく愛嬌があるが、子の出来ない者にとっては切実な信仰対象であったはずだ。
山崎のコンセイサマへ行くと、御神体が立派に祭られていた。 -
なんでも長い間、コンセイサマは行方不明になっていたそうだが、砂防工事の際に発見されたとのこと。
案内板に「まさに逸物」とか「その勇姿」とか書かれていて笑った。 -
こちらは外にあったコンセイサマ。見事だ。
そういえば、遠野に伝わる昔話には色気を含んだものも多いそうだが、柳田國男はこれらを排除したり加工したようだ。遠野物語には色気がない。
第79話に出てくるヨバヒトは「呼ばわる人なり」と注釈されているが、これは夜這いのことらしい。もともと田舎は性にたいしておおらかだった。少年の筆下ろしや、女性の厄落としにはお堂で性行為が行なわれたし、子供でもマラムキといったものがごく普通にあったそうだ。夜這いなどはその最たるものだったろう。
ちなみに『拾遺』には、女性が畑で自慰行為にふける「やまかがし」の話や、狐が化けた女の話、関係した男に情死をせまる女の話などが出てくる。 -
現役の曲り家を発見。
こんな家で生活してみたいな。 -
デンデラ野は、いわゆる姥捨て山だ。
『拾遺』の268話に、「昔は老人が六十になると、デンデラ野に棄てられたものだという」とある。
ただ死を待つのではなく、老人たちはそこでコミューンを作り、昼の間は里に下りて畑作業を手伝うこともあったそうだ。なんと悲しい話だろう。 -
そういうエピソードを知ると、道端の墓を見ても「色々なことがあったのだろうな」と思えてくる。
妖怪話は気楽だが、人間の話はちょっと重い。 -
遠野はその昔、湖だったという伝説がある。高台から見下ろすと、なるほど平地が湖水に覆われていたような気もする。
かつて山の神々や妖怪と共に暮らした時代の人々も、ここから遠野を眺めたことだろう。
眼前に連なる山は青く、最も秀でたのが早池峰である。第2話に、「女神の末娘が夜中に寝ている姉女神より霊華をひそかに奪ってこの美しい山を手にした」とあるように、早池峰は遠野物語でも最も崇高な存在である。 -
日も暮れてきた。
六角牛山を南に望み、笛吹峠や境木峠にも近い野原にテントを張る。ここは遠野物語に出てくる数々の妖怪が活躍した舞台だ。
かつて山女や狼、猿の経立などが村人を怯えさせた場所で夜を過ごすのは、何とも不気味でハラハラするものだ。気を落ち着かせるためにウイスキーをちびちびやる。
ランタンの灯りで読む遠野物語は迫力に満ち、心臓がドキドキ鳴り始めた。辺りは星の明かりも届かず、漆黒の闇である。風が吹き抜けるたびに背中がゾクゾクする。いろいろな妖怪がこちらを伺っている気がしてならない。野宿の旅はよくするが、今夜は格別の楽しさ(恐ろしさ)だ。 -
1993年9月6日(月)
朝方、9月初旬とは思えないほど冷え込み、寝袋の中で陽が昇るのをひたすら待った。朝露でビッショリになったテントを乾かしてから出発する。 -
附馬牛からいろいろな林道を走るが、がけ崩れや行き止まりでどれも通じていなかった。
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早池峰神社でしばし寝転んで遠野物語を読み、再び林道を走る。
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遠野には山神と彫られた石碑があちこちに立っているが、これは村人が山の神に遭遇したり、あるいは祟りを受けた場所であるという。
第89話に、石碑は神をなだめるために建てられたものだとあるが、中には林道の奥深くに立っていたりするのでドキッとする。今にも「赭き顔」の者が現れそうだ。実際、何か出そうな場所に石碑が立っている。
遠野物語に出てくる山の神は、天狗や山男と区別がつきにくく、たいてい村人に祟りをおこしている。山奥で神が遊んでいるのを邪魔したとか、戯れたとかの類だが、村人もただ恐れるばかりでなく、鳥御前のようなひょうきん者や力自慢の男などが立ち向かっているのが面白い。
どの者も蹴られるか突き飛ばされるかして気を失い、後に死んでしまうのだが、山でばったり遇っただけなら山の神は何もしないようである。 -
遠野物語には正体不明の怪物もよく登場する。山神には畏敬の念があるが、これらの登場人物はただ恐ろしいだけだ。
第35話に、茸を採りに行って夜を過ごしていると、谷を隔てた彼方の大きな森林の前を女が走って横切るのが見えたとある。女は中空を走るように思われ、「まてちやア」と二声ばかり呼ぶのが聞こえたという。
または第9話、夜通しに馬を追って境木峠を行く者が、笛を取り出して吹きすさんでいたところ、白樺の林が茂る深い谷底より何者かが高い声で「面白いぞー」と叫んだとある。
山道を走っていると妙に寂しげな場所というのがある。たいていはそそくさと走りすぎるが、こんな所で恐ろしい声が聞こえてきたら肝をつぶすに違いないだろう。 -
早池峰と薬師岳(手前)を望む。
-
薬師岳はかつて鶏頭山とも呼ばれ、天狗が住むので誰も登る者がいなかったという。
第29話に、山口ハネトという乱暴な無法者が、人と賭けをして鶏頭山に一人で登ったときのことが書かれている。
頂上の大きな岩の上に大男が3人いて、あまたの金銀をひろげていたが、ハネトの近寄るのを見て、気色ばって振り返った。その眼の光が極めて恐ろしく、「道に迷った」と言ったら麓まで送ってくれたという話。
天狗、意外と親切じゃん。 -
そろそろ遠野物語ツーリングも終わりだ。
バイクを止め、湯を沸かしてコーヒーを飲む。 -
早池峰は青く美しい。
崇高な山を望んで走るのは爽やかで気持ちよく、心が洗われる思いがした。
今回の旅では、残念ながら妖怪に出遭うことはなかったけど、より遠野物語の世界を楽しむことが出来た。
また来る日まで、さらば遠野。
レンタカーでめぐるアメリカ西部国立公園~アメリカの旅1993に続く
https://4travel.jp/travelogue/10679762
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この旅行記へのコメント (6)
-
- うにゃーさん 2015/06/11 20:59:28
- 遠野に魅せられて
- がおちん様 はじめまして。
遠野物語ツーリングを読みました。
がおちん様が経由した、塩那林道、大川林道、甲子林道は崩落し廃道予定
当時走れたことが羨ましい限りです。
そして、金鶏山鉱泉は建物すらありません。誠に残念です。
がおちん様に刺激を受け、ツーリングの目的を再構築しています。
また、遠野に来るとき是非教えてください。
- がおちんさん からの返信 2015/06/12 11:40:39
- RE: 遠野に魅せられて
- うにゃーさんさん
はじめまして。コメントをありがとうございます。
うにゃーさんさんもオフロード派なのですね。不思議なもので、もう20数年経っているのに、このときのツーリングはついこないだのことのように覚えています。野宿も含めて、林道ツーリングには格別の楽しさがありますね。東北には魅力的な林道がたくさんあったのですが、次々と廃道になってしまうのは時代の流れとはいえ残念です。あの開放感と躍動感は林道ツーリングならでは。なんだかまた走りたくなってきました(笑)。金鶏山鉱泉は存在自体が貴重だったと思います。本当にもったいないですね。
でも、嘆いてばかりもいられないので、今できる旅をお互い存分に楽しみましょう。
では、よいツーリングを!
がおちん
-
- keiさん 2014/03/03 19:40:10
- もののけ
- 私も好きです。遠野物語。
がおちさんと同じように同じ思いで遠野を旅しました。
だけど柳田國男が伝承を色気のないものに
したのは知りませんでした。
何故なんでしょうね。
私は民俗学は子孫繁栄の願いこそが古代からずっと
続く全ての生き物の本能であるから最も大切な部分だと
思うのですが・・・。
ところで昔の人はなんておおらかで素朴で純粋で
正直だったのでしょうねー。
私もコンセサマ、Welcome♪って感じです。
山深い場所は確かにもののけの気配を感じますよね。
私も鬼や特に鼻の長い天狗などは外国人だったのでは
ないかと思ったことがあります。
当時の人たちにとっては、見たことのない白人は
今の私たちが宇宙人に遭遇したくらい驚きだったのでは
ないかと。
でももしそうだったとすると外国人も活きるのに
必至だったでしょうねw
とても面白い興味深い旅行記でした。
那須湯本温泉の湯に浸かっているがおちんさん、かわゆす〜♪ww
え?今はその面影もない!って奥さんは言うって??(;^_^A
- がおちんさん からの返信 2014/03/04 11:47:11
- RE: もののけ
- Keiさんも遠野物語が好きで遠野に行かれたのですね。
遠野物語には妖怪変化だけでなく、母を殺した孫四郎、昔話や伝説に詳しかった乙爺、白痴だけど火事を言い当てる芳公馬鹿などの村人のエピソードや、仙人峠のお堂の壁が旅人ノートみたいになっていて、「猿に悪戯された」とか「三人の盗賊に遭った」など、当時の人の様子が浮かび上がってくるのが魅力だと思います。短い文章だけど生き生きしていて、いろんな人物が登場して、それら全体が独特の世界を醸しだしている。それはやはり柳田國男の筆力なのではないでしょうか。もし、「むかす、あったずもな」と語るお婆さんの昔話を聞き書きしただけでは、あれほどの作品にはならなかったでしょう。そしてもちろん、それらの話を収集した佐々木喜善がいなかったら、遠野物語に出てくる話は広く人々に知られることもなく、時代の流れとともに忘れ去られていたでしょうね。
KeiさんはコンセサマWelcome♪ですか(笑)。柳田國男がなぜ性的なことや被差別的な部分を排除したのかは、彼がそうしたかったからだろうとしか言えません。明治の近代化や西洋文化の影響もあったでしょう。ひょっとしたら柳田はそれらの古い習慣に対して恥ずかしいと思ったのかもしれませんね。ちなみに、宮本常一という民俗学者は、柳田國男が取り上げなかった部分も詳しくフィールドワークした人です。本も沢山出ています。今では失われた日本の文化を知ることができるのでお勧めします。
ブータンでは長年、男根が「悪霊を追い払う聖なるシンボル」として家の壁などに描かれてきたのに、首都のティンプーではもうほとんど見ることができないそうです。テレビやネットの影響で西洋化が進み、男根に恥ずかしさを覚える人が増えたからだそうです。日本だって30年ぐらい前だったら、バスや電車で赤ちゃんにおっぱいを飲ませる母親が普通だったし、混浴の温泉だって平気で入っていたのに、今じゃちょっと違和感がありますよね。でも、そうやっておおらかな文化が消えていくのは寂しい気がします。
那須湯本温泉の私、21年前ですからね、うーん面影は・・・。
がおちん
-
- gontaさん 2014/03/01 14:34:22
- このような走り方もあるのだな、、、
- 還暦過ぎのおじんです。
大学2年次にバイクで東北へ、、6、4号線をひたすら野辺地へ、真夜中に雨の函館へ、。
懐かしき思い出。
- がおちんさん からの返信 2014/03/01 16:45:32
- RE: このような走り方もあるのだな、、、
- バイクの旅も楽しいですね。
がおちん
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