2013/07/26 - 2013/07/28
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倫清堂さん
日本全国に数え切れない程もある神社の中でも頂点に位置する伊勢神宮は、神様の鎮まりませる神域への立ち入りは何人と謂えど決して許されておりません。
我が国の最高神がお住まいになる壮大な神殿がどのような姿をしているのかを直接見ることは、栄華を極めた富豪であろうと権力者であろうと絶対に不可能なのです。
しかし20年にたった1度だけ、一般の平民に神殿間近にまで立ち入る機会が与えられます。
それがお白石持行事です。
お白石持行事とは、20年ごとに行なわれる式年遷宮において、新築された神殿に神様をお迎えする直前に、その敷地に白い玉石を奉献する行事のことです。
かつては神宮の神領民による郷土伝統行事でしたが、昭和48年の第60回式年遷宮からは全国の崇敬者が特別神領民として御奉仕できるようになりました(ただし個人としての参加は受け付けておらず、全国の神社など崇敬団体に所属しての奉仕となります)。
いつも地元でお世話になっている宮城県護国神社で、奉献団への参加の呼びかけがあったため、参加出来るほどの実績を持たないことも顧みずに申し込みをしたところ、末席に加えて頂けることとなりました。
平日を含む2泊3日の日程で伊勢を往復することとなりますが、幸い時期は夏休みで、調整は難しくありませんでした。
貸切バスによる団体旅行は高校の修学旅行以来のこと。
一人旅と違って体調を崩すと集団全体に迷惑をかけてしまいますし、この機会を逃すと次は20年間待たなければならず、その際も参加させて頂けるとは限らないため、申し込みを済ませてからは食事から日々の行動まで細心の注意をはらいながら、安全な生活を心がけました。
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仙台空港に午前7時半に集合。
結団式の後、伊丹空港行きの全日空便に乗り込みました。
ほぼ定時で伊丹空港に到着し、荷物を受け取ってバスの待機場所に向かいます。
今回利用したのはヤサカ観光の貸し切りバス。
京都を本拠地として営業している会社とあって、ガイドさんの説明は日本の歴史や人物、文化などについて興味深いお話しばかりでした。 -
伊丹空港から高速道路の乗り継ぎ、関ドライブインにて昼食。
27日のお白石持には全国から約4500人以上の特別神領民が集まりますが、これらの人々は食事も含めてほぼ同じような行動をとることになっているらしく、同じく仙台から参加している別な団体を見かけました。
我々特別神領民はお白石を正宮に奉献するだけですが、そのお白石は実は地元住民によって約3年前から集め初められています。
お白石は石英系白石という種類の石に分類され、透明感のある石肌を持っています。
これらは紀伊山系の大台ケ原を源として伊勢市内に流れ込む宮川流域で拾われ、町内の清浄な場所で保管されます。
関ドライブインでも観光の宣伝としてか、お白石が展示されていました。
お白石行事は20年に一度ですが、約1ヶ月の間に全国から7万人以上が奉献に訪れ、またそれを見ることを目的とした観光客も大勢集まるため、経済的な効果もかなりのものと思われます。 -
昼食を終えて乗り込んだバスは、一路二見を目指します。
途中でにわか雨に当たりもしましたが、それは局地的なものであったらしく、二見興玉神社で降りた時にはすっかり晴れていました。
夫婦岩で有名な二見興玉神社は古来から、お白石持行事に奉仕する前に心身を清める禊を行う場所として決められています。
これを浜参宮と云いますが、現在は老若男女様々な特別神領民を迎えるため、二見浦で採取された無垢塩草でのお祓いをもって禊の代わりとしています。
4500人もの参拝者を一時に迎えるのはさすがに大変なことなので、浜参宮の団体客は境内を一方通行で移動するよう指示されていました。
バスを降り、表参道から境内に入って拝殿にてお祓いを受け、龍宮社の方から二見シーパラダイスの方へと抜けました。
バスの降車場と乗車場は別なので、はぐれてしまうと自力で見つけることは困難です。
お白石持行事で着用する法被を着ての浜参宮なので、そこらを埋め尽くす人々は皆同じ服装に見えるため、夫婦岩を背景に記念撮影をしていたりすると自分の団体を見失ってしまうことにつながります。二見興玉神社 寺・神社・教会
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浜参宮を無事に終え、一行は外宮へと向かいます。
我が奉献団は内宮への奉献なので、それより先に外宮の参拝をしておこうという段取りです。
入口に立てられた色とりどりの様々なのぼりを見ると、20年に一度の機会を目前に控えて、気分は自ずから高揚して来ます。伊勢神宮外宮(豊受大神宮) 寺・神社・教会
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参拝に先立ち、閉館時間の迫っている「式年遷宮祈念 せんぐう館」を見学。
20年に一度の遷宮で新調されるのは、御社殿に限ったことではありません。
神様がお使いになる神宝も全てが新しく作られ、それらも同時に納められることになっています。
これら神宝は、その時代時代に生きた名工が丹精込めて作り上げ、20年というサイクルで子弟間での技術の伝承を繰り返しているのです。
それら神宝や社殿に施される装飾などの制作過程が、展示によって一般人にも知ることができるのが、このせんぐう館です。
展示のハイライトは、外宮正殿原寸大模型。
東側側面の一部のみですが、実際の正宮と全く同じ造りで再現されており、棟持柱の太さや5色の擬宝珠の輝きを目の当たりにすることが出来ます。式年遷宮記念せんぐう館 美術館・博物館
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これで伊勢神宮の参拝は3度目となりますが、3度目にしてようやく平清盛の烏帽子を落としたという「清盛楠」の場所を知ることが出来ました。
案内表示などはなく、神職の方に訊ねなければ特定することは困難です。
外宮も遷宮に向けて社殿の建築は終わっている様子で、わずかに新社殿の姿を確認することが出来ます。
今回の遷宮では内宮への奉献となりますが、お白石持行事は当然のこと外宮でも行なわれるため、内宮・外宮のそれぞれ両敷地に奉仕するためには、4回も奉献団に参加する必要があるのだなとふと思いました。 -
伊勢市内に宿泊施設が少ないことは、以前の経験から実感をともなって知識として植えつけられています。
全国から何千人と集まる奉献団の奉仕者たちの多くは、志摩のホテルに泊まっているようで、我が奉献団は志摩ロイヤルホテルで一泊することになっていました。
客室の窓からは、志摩スペイン村が一望できます。
夕食の際には、お酒を嗜むなら普段よりも一杯少なめにと注意を受けました。
翌日の集合時刻は朝の5時半。
準備の時間を考えると、1時間前の4時半には起床しなければなりません。
ここで仲良しのメンバーと深酒をしてしまい、翌朝に寝坊することなど許されないのです。
我が奉献団は平均年齢が高く、同室の4名の方もそれぞれ理解のある方たちだったので、食事を終えてすぐに就寝という流れを守ることが出来たのでした。
「こんなに早く寝た経験はないから、眠れないかもしれない」と言っていた同部屋の一人が、電気を消してものの1分後にはいびきをかき始めたので笑ってしまいましたが、一方で自分はアルコール摂取量が足りないためかなかなか寝付けませんでした。
しかも翌朝はモーニングコールが入る前、3時台には既に目が覚めてしまい、それからいくら目をつぶって心を落ち着かせようとしても、もう眠りの世界に入ることは出来ませんでした。
5人部屋という環境も一つの原因ではありますが、やはり20年に一度の経験をする期待感で心が高ぶっていたのは間違いありません。グランドメルキュール伊勢志摩リゾート&スパ 宿・ホテル
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外が明るくなったので法被を着込み、忘れ物がないかを確認。
身支度を終えてバスへ向かうと、奉献団の何人かはすでに煙草を吸ったり雑談したりしていました。
雨の心配はなさそうですが、まだ夜が明けたばかりなのに仙台の一日の最高気温と同じくらいまで温度は上昇しています。
伊勢まではバスでおよそ30分。
その間にお白石持行事の紹介映像を観賞。
それから所属を示す木札が全員に渡されました。
ヒモの色と珠の数、そして刻印された「神」の文字が、行列における我々奉献団の位置を示しています。
数千人が集まる場所で集団から離れてしまった時、この木札を係員の方に見せればすぐに戻るべき場所が分かるという仕組みです。
奉仕が終われば、木札は記念品として持ち帰ることが出来ます。
なお、浜参宮の記念としてこれとは別に二見興玉神社の木札も授与されており、旅の最後に全員に配られました。 -
猿田彦神社前の大駐車場にバスは入り、現地の係員の方から注意事項を聞いてから下車。
集合場所へ歩く途中では、水分補給のための飲み物が全員に配られます。
前日の奉献の際にも熱中症で搬送される方が出てしまったとのことで、のどの渇きを自覚していなくてもこまめに水分を採るようにと何度も指示されました。
集合場所で整列を終え、あとは全奉献団が集まるのを待つばかりとなりましたが、数千人が揃うまで1時間ばかり待機していなければなりません。
台車を引く綱の長さはおよそ250メートル。
2本の綱をそれぞれ両側から挟むように持つため、列は「伊」「勢」「神」「宮」の4列となります。
木札の珠は1から4まであり、4珠は列の最も後方。
そのため、内宮へと進む順としては最後の方になりますが、奉曳車の姿が見える場所でお白石を引くことが出来るのです。 -
ようやく全ての奉献団が出そろい、全体で掛け声の練習を行うことに。
掛け声は基本的に「エンヤ」に対して「エンヤ」と答えるだけですが、参加者は高齢者の割合が高いためか、音頭取りが期待しているほどの元気がないらしく、何度も何度も練習を行いました。
また、木遣に対する相の手の練習もしましたが、こちらは咄嗟に言葉が出ず、ほとんど声にもならないため、すぐに取りやめとなってしまいました。
このことは自分にとってのいくつかの反省の一つで、次に何かの形で奉献団に参加する際には、少なくとも歌詞の暗記くらいは予習しておくことにしたいと思います。
練習が終わり、いよいよお白石の奉曳が始まりました。
数千人が一斉にひとつの奉曳車を引くため、実際には引っ張るという感覚はなく、綱を片手で持ちながら遅れないように歩くことになります。
そして歩きながら「エンヤ」の掛け声を連続して上げるので、炎天下でなければそれほど重い作業ではありません。
しかし、おはらい町の端から宇治橋までを、天照大御神様のために新たに建てられたお宮を飾る石を運べる幸せを思うと、その一歩一歩、掛け声の一声一声が非常に尊いものに感じられ、自ずと目頭が熱くなるのでした。
ここまで無事に歩んで来られた自分の人生を振り返り、様々な場面でご縁のあった方々を思い出しながら、我が日本国が再興へ向けて歩み出すことを祈りつつ、足を踏みしめ踏みしめ前へ進みます。
途中で一度の休憩が取られると、道沿いの大小の商店から労いの冷たい飲み物が提供されました。
第六十二回神宮式年遷宮お白石奉献に寄す
大神の辺に置き奉るお白石
曳くもろ人の声高くしておはらい町 名所・史跡
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休憩が終わり、奉曳も後半戦。
ただ綱を握っているだけと思って安心していた左腕が、プルプルしてしまうのは普段の運動不足が原因です。
掛け声のタイミングは皆が慣れた様子で、音頭取りが止まってしまっても、我々は掛け声を続けられるようになりました。
全国各地でそれぞれ違った生活を送る数千人が、伊勢神宮へご奉仕するという一つの目的のためだけに集まり、真夏の日差しの下で一丸となって声をかけながらお白石を引いている。
このご縁を奇跡と言わず、一体何を奇跡と呼ぶのでしょう。
感慨に浸りながら引く綱が、次第に重くなっているように感じられます。
宇治橋が迫り、前方の人々から綱を離れてお白石の奉献へと境内に向かっている頃です。
宇治橋が見える所に到達すると、逆向きになって綱を引っ張らなければ先へ進まないほど重くなってしまい、ようやくお白石を引いているという実感を得たのでした。
綱をとぐろ状にきれいにまとめるのは地元の方。
自分の身体が綱から離れ、いよいよ宇治橋を渡って境内へと足を進めることになります。 -
数千人が次々に参拝するのに対応するためなのか、宇治橋を渡ってすぐの所に仮設の手水屋が備え付けられていました。
手と口を清め一枚の白布を受け取り、渡し場所で一つのお白石を受け取ります。
自分が託されたのはとりわけ大きなお白石で、ハンカチ大の白布でようやく一回り包むことが出来る大きさでした。
これを両手に持って内宮の御正殿を目指すと、神楽殿の少し先から行列になっていました。
目の前に姿を現した新しい社殿は、20年間神様をお祀りして来た現在の社殿がかなり傷んでいるのに対し、輝くように光を放っています。
御神域へ奉献できる瞬間を今か今かと待ちながら、少しずつ前へと進む行列の人の流れに身をまかせていました。 -
いよいよ板垣南御門前まで到り、石段を一段ずつ進むと、通常は生絹の御幌が下ろされているはずの外玉垣南御門が開放されています。
御門前で一礼し、気持ちを整えて御神域へと進むと、右手に真新しい四丈殿と高くそびえる杉の木が見えます。
御神域の中には、篤志崇敬者がその手前まで進んで参拝することが出来るという中重鳥居。
更に内玉垣南御門・蕃垣御門・瑞垣南御門とくぐり抜けると、最も神聖なる領域「内院」へと到り、正面には近く天照大御神様がお遷りになる御正殿が現れます。
その姿の神々しさと言ったら、およそ言葉に尽くすことは出来ません。
千木は高くそびえ、棟持柱は頑健に重い屋根を支えており、鰹木や垂木などに取り付けられた金具は黄金の光を放っております。
また欄干に並ぶ擬宝珠は5色に輝き、白木の宮殿に優雅なアクセントを添えています。
両手に抱えていたお白石は、その神殿からすぐの真正面に置くこととなりました。
御正殿の西側を回る形神域を後にすることになりますが、御正殿の側面からは、心御柱が立てられていると思われる床下の様子が少しだけ分かります。
そして御正殿の後方にある東西の宝殿を左右に見つつ、至誠なる神の宮居からうつつの世界へと戻ったのでした。
第六十二回神宮式年遷宮お白石奉献に寄す
皇国(すめぐに)にときはかきはの幸あれと
斎庭が端にお白石置く伊勢神宮内宮(皇大神宮) 寺・神社・教会
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宇治橋を渡って駐車場へ戻り、奉曳車をバックに記念の集合写真を撮影。
それから記念品を受け取り、着替えのために神宮会館へと向かいます。
奉仕者全員がいただいた記念品は、なんと木製のお白石奉曳車の模型。
これは自腹で買ったらかなりの金額になりそうですが、参加者なら記念に購入したい記念品でもあります。
それなのに無料で配ってしまうという伊勢神宮の「もてなし」の深さに、心が痺れてしまいそうでした。
記念品受け渡し場所には大きなテントが張られ、木遣が披露されていました。
ホォー ランエー
めでた めでたの ヤーエー
ヤットコセー ヨーイヤナ
めでた めでたの 若松様は
枝も栄えて 葉も茂る
ハーヨーイトナー
ソーリャ ハーリワ アリャリャリャリャ
ヨーイトコ ヨーイトコセー
木遣子が手に持って振っているのは「采(ざい)」という竿で、陸曳きで紙を、川曳きでは木をかんなで薄く削ったものを365本束ねています。 -
神宮会館で着替えを済ませ、昼食まで1時間半ほど自由時間となりました。
まずおはらい町で手短に土産物を購入し、先ほど頂いた記念品などとともに自宅へ送ります。
これで身軽になったのでもう一度内宮へ参拝に向かい、改めて個人用に写真の撮影などをしました。
この日はおはらい町でのお白石奉曳は我々特別神領民のみですが、諸地域の神領民たちによる川曳きが行われていました。 -
川から揚げられた奉曳車は境内を進み、決められた場所へ安置されることになるのだと思いますが、集合時間が迫っていたため、その行き先までは確認出来ませんでした。
こういう晴れの日のために、世代の壁を越えて木遣の練習などの準備を余念なく行って来たのでしょう。
神領民のどの顔も誇らしく輝いて見えました。 -
集合時間ぎりぎりになりましたが神宮会館に戻り、昼食をとります。
これから2日目の宿泊地である神戸までバスで移動しなければならないので、自分としてはビールは飲みたくありません。
他の方が飲んでいたビールの瓶を見てみると、式年遷宮のための特別なラベルが貼ってありました。
昼食を済ませ、予定通りにバスは出発。
途中、真珠の店や海産物の店に寄り女性方の購買意欲を満足させた後、2回の休憩を挟んで神戸ベイシェラトンホテルに到着。
普段の一人旅では絶対に泊まることのない超高級なホテルは、料理も豪華で美味でした。神宮会館 宿・ホテル
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最終日の午前は神戸市内の見学。
最初に向かったのは生田神社。
神戸の中心地に鎮座する神社で、自分にとってはこちらも3回目ですが、今回は初めて正式参拝を行いました。
奉献団を代表して宮城県護国神社の宮司が玉串を奉り、一同拝礼の後、神楽が神前に奉納されました。
生田神社の神楽「生田舞」は、宝塚歌音楽院の竹内平吉氏による作曲、藤間勘二氏による振り付けで、和楽器と洋楽器(電子楽器)による奏楽に乗せ、順徳天皇と後鳥羽上皇の御製がソプラノ歌手によって歌われ、巫女によってかなり運動量の多い舞が舞われるものでした。
国内でも有数の国際交流都市として、本来の神楽の伝統を守りつつ、創作的な要素も取り入れて作られたとのことです。
賛否両論あると思いますが、自分としてはこのような試みはおおいに評価します。生田神社 寺・神社・教会
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それから社務所へと案内され、生田神社の宮司さんからのご挨拶と神社の歴史についてのレクチャーを受けました。
創祀の背景や御祭神の御事績など描いた御神宝の絵画の写真に始まり、文明開化間もない時代のキツネが出てもおかしくない里の写真、明治以降に人と物が集まって門前町が形成された当時の写真、空襲によって生田の森を含めて灰燼に帰してしまった時代、高度経済成長に浮かれた時代に参道に建てられたキャバレーと復興を遂げた社殿の写真、阪神淡路大震災で拝殿や鳥居が倒壊した写真、そして震災から立ち直った写真などが披露され、宮司さんの非常にたくみな説明によって生田神社の歴史を追体験するひと時となりました。
お茶菓子としていただいた「わかひるめ餅」は、御祭神の稚日女尊(わかひるめのみこと)に由来し、白餡の入ったさっぱりする味のお菓子でした。 -
生田神社の宮司さんのお話に時間を忘れて聞き入ってしまったこともあり、また今後の天候の変化を考えて予定が変更になったため、異人館の見学にはわずかな時間しか当てられないことになりました。
散策組と買物組とに分かれて行動となり、自分は買物組として駐車場のある北野工房のまちに残留。
かつて小学校であった建物を再利用し、ロウソクや携帯電話のデコレーションなどを体験できる施設や、土産物の販売店などを備えています。北野工房のまち ショッピングモール
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この旅における最後の食事は、海の上に用意されていました。
神戸ハーバーランドから瀬戸内海を1時間半かけてめぐる神戸コンチェルトで、音楽の生演奏を聴きながら中華バイキング。
空は明るいもののガスがかかっていて、明石海峡大橋の姿はうっすらとしか見えませんでした。 -
伊丹空港への道路も混雑はなく、伊丹空港からの飛行機に乗って予定通りに仙台に到着しました。
仙台の空気は関西に比べると肌寒ささえ覚えるほどです。
比較的年齢の高い方も含む団体でしたが、誰ひとり体調を崩すことなく、移動の際にも事故に遭うこともなく無事に戻ることが出来たことは、喜ばしい限りです。
このような機会を与えて下さった宮城県護国神社、伊勢神宮、そして細やかなおもてなしの心で奉献をサポートして下さった伊勢の地域の皆さんに、心から感謝申し上げます。
新しい御社殿に神様がお遷りになられたら、また必ず参拝に行きたいと思っています。
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この旅行記へのコメント (4)
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- 讃岐おばさんさん 2013/09/03 16:40:23
- はじめまして。
- こちらの旅行記を参考にさせていただいて、8月31日に伊勢神宮・外宮のお白石持行事に参加してきました。
20年に一度のこういう行事に参加でき、本当に有り難く思いました。
私は地区の八幡様の案内があり、こういう行事があることを知りました。
それでも参加を決めてなかったのですが、友人が誘ってくれたお陰でご縁をいただきました。
これを機会にどうぞよろしくお願いします。
- 倫清堂さん からの返信 2013/09/03 23:01:55
- RE: はじめまして。
- 讃岐おばさん様
はじめまして。
メッセージありがとうございます。
拙い紀行文ですが、ご参考にしていただけたことを光栄に存じます。
伊勢神宮が結ぶご縁がこうして広がって行くことに、この上もない喜びを感じております。
この素晴らしい伝統が絶えることのないよう、日本に生まれた私たちが責任感を持って次に伝えることが大切なのだと思っております。
今後ともよろしくお願いいたします。
倫清堂
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- 夏子の探検さん 2013/08/07 02:47:40
- 仙台の護国神社、よくお参りしました!
- 倫清堂さん、はじめまして!
有れ?真面目に読み過ぎて、どこから、お邪魔したか(多分同じコミュです)忘れてしまいました。
はじめまして! 私も神領民の嫁として参加させて頂いた者です。
とってもお勉強されて、来て下さったのですね!ありがとうございます。
私は父の転勤で10歳から22歳(大卒)まで仙台で過ごしました。
だから、護国神社と伺いお邪魔致しました。
特別参拝可能は、このような仕組みなんですね。長旅お疲れ様でした。
陸曳きなんですね。私は今度こそ、義母の付き添いで、外宮さんの陸曳にも参加します。8月17日です。
神主さんでは無く宮司さんなんですね。勾玉でも無く何でしたっけ?
5色でしたか?私には7色に見えたのは光のせいかしら?
しかしまぁ、素晴らしかったですよね〜。
それによくぞまぁ、震災にご無事で参加なされ、良かったですね。
私の高校時代と大学時代の友人2人は、私と同じ年で夫子供残して亡くなりました・・・号泣です。護国神社あたりは無事だったのですか?
今頃は七夕、そう、昨夜は市民プールの有る公園付近、広瀬川で七夕の
花火大会ですよね。七夕も随分行って無いなぁ〜。友達しか居ないのでね。
親は関東です。
とっても為に成るお話、ありがとうございました。
仙台大好きな街でした。本当はその土地の方と結婚してる人生の予定でした。青春の一番大事な時期を過ごした大好きな街です。
復興今でも大変でしょうが、どうか、頑張ってくださいね!
沢山の知識を、本当にありがとうございました。
夏子
- 倫清堂さん からの返信 2013/08/08 06:14:57
- RE: 仙台の護国神社、よくお参りしました!
- 夏子の冒険様
こんにちは。
私の拙い紀行文を読んでいただき、ありがとうございました。
先のお白石奉献では、伊勢の神領民の方たちから心のこもったおもてなしを給わりました。
聖なる神殿の輝きとともに、私の記憶から生涯離れることはないと思います。
夏子様は青春時代を仙台でお過ごしとのことですね。
震災後の現状をご心配のことと思いますので、知っている限りですがお話しいたします。
宮城県護国神社の鎮座する仙台城ですが、古い石垣が多くの所で崩壊してしまい、大手門跡から本丸へ向かう車道は通行止めとなっています。
今年に入ってようやく復旧工事へと取りかかりましたが、工事完了まで数年を要するため、仙台城跡への観光客や神社への参拝客の減少が続くという影響が出ています。
また、本丸にある明治35年竣工の昭忠塔は、ブロンズの鵄が落下してしまい、復元の見込みが立っておりません。
17.5トンの重量のある鵄像を保管出来る場所もなく、震災時に落下したままの状態でブルーシートがかぶせられているだけで、仙台市民としてもなんとかならないのかと気を揉んでおります。
一方で七夕祭りなどのイベントは賑わいを取り戻し、仙台は以前のように活気を取り戻しています。
残された私たちに出来ることは、大震災の教訓を次へ伝えること、そして自然に逆らって築いた繁栄を謙虚に省みることなのだと思います。
神様への感謝と、神様をずっと守り続けて来た土地の人々への感謝をこめて、これからも全国の神社を歩き続けたいと思っております。
倫清堂
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