2009/01/17 - 2009/01/17
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Donkyさん
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「悠々上海」その5・・・蘇州・寒山寺
蘇州で「留園」の次に訪れたのは1940年の日本映画『支那の夜』の挿入歌『蘇州夜曲』でも、登場する寺院です。 歌の三番の最後のフレーズが「涙ぐむよなおぼろの月に 鐘が鳴ります寒山寺」とあります。 それがこの日訪れた寒山寺です。
寒山寺 (かんざんじ、英語:Hanshan Temple)は、中国江蘇省蘇州市楓橋鎮に所在する臨済宗の仏教寺院です。蘇州の旧市街から西に約5km、蘇州駅南南西3kmにあり、寒山拾得の故事で名高い寺院でもあります。
楓橋路に面しており、唐代の詩人張継(ちょうけい)が詠んだ漢詩「楓橋夜泊(ふうきょうやはく)」の石碑があることで知られています。
詳しくは次のURLでもご紹介しています。
http://kj2k3.at.webry.info/200901/article_20.html
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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蘇州で「留園」の次に訪れたのは1940年の日本映画『支那の夜』の挿入歌『蘇州夜曲』でも、登場する寺院です。
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歌の三番の最後のフレーズが「涙ぐむよなおぼろの月に 鐘が鳴ります寒山寺」とあります。
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それがこの日訪れた寒山寺です。
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寒山寺(かんざんじ、英語:Hanshan Temple)は、中国江蘇省蘇州市楓橋鎮に所在する臨済宗の仏教寺院です。
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蘇州の旧市街から西に約5km、蘇州駅南南西3kmにあり、寒山拾得の故事で名高い寺院でもあります。
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寒山寺には、明代に「三絶」と呼ばれた蘇州の文人文徴明の筆になる「楓橋夜泊」の詩を刻んだ石碑があります。
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明・清代の人びとはその拓本を購買しましたが、長い年月のため損耗してきたので清末の光緒年間に学者?樾が彫りなおしたものです。
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境内には?樾の翻刻碑があります。その他、境内のいたる処に詩碑があり、なかでも「寒山寺碑廊」には多くの拓本が並んでいます。
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楓橋夜泊 この詩は都落ちした旅人が、蘇州西郊の楓江にかけられた楓橋の辺りで船中に泊まった際、旅愁のために眠れぬまま寒山寺の鐘の音を聞いたという様子を詠ったものです。
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月落烏啼霜満天、 月(つき)落(お)ち烏(からす)啼(な)きて霜(しも)天(てん)に満(み)つ
江楓漁火対愁眠。 江楓(こうふう)漁火(ぎょか)愁眠(しゅうみん)に対(たい)す
姑蘇城外寒山寺、 姑蘇(こそ)城外(じょうがい)の寒山寺(かんざんじ)
夜半鐘聲到客船。 夜半(やはん)の鐘声(しょうせい)客船(かくせん)に到(いた)る -
(楓橋夜泊詩の意味)
月は西に落ちて闇のなかにカラスの鳴く声が聞こえ、厳しい霜の気配は天いっぱいに満ちている。 -
(楓橋夜泊詩の意味)
運河沿いに繁る楓と点々と灯る川のいさり火の光が、旅の愁いの浅い眠りにチラチラかすめる。 -
(楓橋夜泊詩の意味)
そのとき姑蘇の町はずれの寒山寺から、夜半を知らせる鐘の音が、私の乗る船にまで聞こえてきた。 -
日本でよく読まれた漢詩の選集には『唐詩選』と『三体詩』がありましたが、「楓橋夜泊」はその両方に収載される数少ない詩のひとつであったことから、中国人はもとより、日本人にも古くから馴染み深い詩となっています。
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この詩がひろく人びとから愛好されるようになってから、歴代の詩人が次々に寒山寺を訪れて続作を詩に詠んでいるほどなのだそうです。
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寒山寺は、南北朝時代の梁(南朝)の天監年間(502年 - 519年)、武帝の時代に「妙利普院塔院」として創建されたといいます。
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寒山寺という現在の寺名は、唐代の貞観年間(627年 - 649年)に風狂の人寒山がこの地で草庵を結んだという伝承にちなむのだとか。
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襄陽出身の張継が、有名な「楓橋夜泊」を詠んだのは8世紀中頃のことだそうです。
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伽藍の創建は8世紀から9世紀にかけてのことであり、石頭希遷によると伝えられています。
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全盛期の寒山寺の面積は広大で、巷間で「馬に乗って山門を見る」と言われるほどであったのだとか。
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当時、北方から訪れた旅行者の多くは、まず寒山寺を参詣してから蘇州の市街に入ったそうです。
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宋の太平興国初年(976年ころ)には、節度使の孫承祐によって7層の仏塔が建てられました。
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嘉祐年間(1056年 - 1063年)には「普明禅院」と名を改め、紹興4年(1134年)に僧法選によって再建されました。
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現在の寒山寺は、清末の光緒32年(1906年)に程徳全が再建したものであり、それぞれの建物はいずれも比較的新しいものです。
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西の黄色い照壁が境内への入口となっており、中央に大雄宝殿、周囲に鐘楼、鐘房、羅漢堂、碑廊を配しています。
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東側に寒拾殿、東端には普明宝塔があり、東西にやや細長い境内配置となっています。
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中華人民共和国成立後、2度にわたって大改修がおこなわれました。
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1982年には江蘇省人民政府により「江蘇省文物保護単位」に布告されました。
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1986年には新しい鐘が寄贈され、2005年には重量108トンの大鐘が設けられたのだとか。
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インドから渡ってきた仏教は中国から朝鮮半島を経てわが国に伝来しました。
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中国仏教の発祥の地ともいうべき寺院がそこにはあったのです。
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旅に出ると 学ぶことが多く 良い刺激になります。
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