石山寺周辺旅行記(ブログ) 一覧に戻る
 4トラベル旅行記100回記念の旅に出ています。<br />2日目の今日は石山寺、義仲寺、三井寺、坂本、比叡山と滋賀の古社寺を回る予定です。<br />欲張った旅程なので、7時にホテルを出発します。<br />切符も地下鉄蹴上の駅で、京都地下鉄京阪大津線1DAYパスを購入。<br />浜大津で石山寺行きに乗換、1時間ほどで石山寺に到着しました。<br /> 石山寺は平安時代、石山詣と称し宮廷の女房の間で、寺に籠り読経しながら一夜を過ごす事が流行りました。<br /> 紫式部もここに参籠して源氏物語の想を練り、又清少納言の枕草子、和泉式部日記にも石山詣が記されています、又貴族夫人の蜻蛉日記や更級日記等にも書かれています。<br /> 個人的にも今度の旅の決め手になった場所です。 ジックリ見て回りましょう。

そうだ、京都へ行こう (3) 石山寺編

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2013/07/11 - 2013/07/13

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 4トラベル旅行記100回記念の旅に出ています。
2日目の今日は石山寺、義仲寺、三井寺、坂本、比叡山と滋賀の古社寺を回る予定です。
欲張った旅程なので、7時にホテルを出発します。
切符も地下鉄蹴上の駅で、京都地下鉄京阪大津線1DAYパスを購入。
浜大津で石山寺行きに乗換、1時間ほどで石山寺に到着しました。
 石山寺は平安時代、石山詣と称し宮廷の女房の間で、寺に籠り読経しながら一夜を過ごす事が流行りました。
 紫式部もここに参籠して源氏物語の想を練り、又清少納言の枕草子、和泉式部日記にも石山詣が記されています、又貴族夫人の蜻蛉日記や更級日記等にも書かれています。
 個人的にも今度の旅の決め手になった場所です。 ジックリ見て回りましょう。

同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
新幹線
利用旅行会社
個別手配
旅行の満足度
4.5
観光
4.5

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  •  石山寺の駅を降りると、瀬田川に沿って下流の宇治に向って歩きます。<br />車道の脇には石山寺境内参道の歩道があります。

     石山寺の駅を降りると、瀬田川に沿って下流の宇治に向って歩きます。
    車道の脇には石山寺境内参道の歩道があります。

  •  石山寺に到着しました。<br />東大門です。 国の重文に指定されて居ます。

     石山寺に到着しました。
    東大門です。 国の重文に指定されて居ます。

  • 東大門の解説板

    東大門の解説板

  •  それでは、門を潜り境内に入ります。<br />仁王様は運慶、湛慶の作。

     それでは、門を潜り境内に入ります。
    仁王様は運慶、湛慶の作。

  •  門を入ってすぐ右側の法性院です。<br />門の前に大津のユルキャラ3個が並べてあります。<br />通行止めの印だと前を通過します。

     門を入ってすぐ右側の法性院です。
    門の前に大津のユルキャラ3個が並べてあります。
    通行止めの印だと前を通過します。

  •  次の淳浄館ではイベントを行っています、覗いて見ると座敷に上がらねば成りません。靴を脱ぐのは面倒とここも通過します。

     次の淳浄館ではイベントを行っています、覗いて見ると座敷に上がらねば成りません。靴を脱ぐのは面倒とここも通過します。

  • 途中立派な井戸があります。 まだ現役なのでしょう。

    途中立派な井戸があります。 まだ現役なのでしょう。

  • 続いて大黒堂の立派な門が続きます。

    続いて大黒堂の立派な門が続きます。

  • 中を覗きます。無料で参拝できるのは此処までです。

    中を覗きます。無料で参拝できるのは此処までです。

  •  参拝券を購入し中に入ります。<br />右に在る赤い建物は、水舎です。

     参拝券を購入し中に入ります。
    右に在る赤い建物は、水舎です。

  • 水舎の竜吐口

    水舎の竜吐口

  • 水車と案内板

    水車と案内板

  •  本堂に続く階段を登り始めて、振り仰いだ光景です。<br />木の間越しに多宝塔が見えます。<br />

     本堂に続く階段を登り始めて、振り仰いだ光景です。
    木の間越しに多宝塔が見えます。

  • 途中に在る毘沙門堂。

    途中に在る毘沙門堂。

  • 同じく弘法大子の御影堂。

    同じく弘法大子の御影堂。

  • 弘法大師の御影。

    弘法大師の御影。

  • 本堂に近付いて来ました。

    本堂に近付いて来ました。

  •  源氏の間<br />本堂の端にあるこの書院で、紫式部が7日間参籠し、その折り月を見ながら、源氏物語の想を練ったと言われます。

     源氏の間
    本堂の端にあるこの書院で、紫式部が7日間参籠し、その折り月を見ながら、源氏物語の想を練ったと言われます。

  • 書院の中には、紫式部の人形が置かれて居ました。

    書院の中には、紫式部の人形が置かれて居ました。

  •  本堂の内部です。<br />現在の本堂は、慶長年間に秀吉の愛妾淀の方が再建したといわれ、国宝です。

     本堂の内部です。
    現在の本堂は、慶長年間に秀吉の愛妾淀の方が再建したといわれ、国宝です。

  • 本堂は舞台造りです。

    本堂は舞台造りです。

  • 本堂の周りには、絵馬やおみくじが並びます。

    本堂の周りには、絵馬やおみくじが並びます。

  • 本堂から見た蓮如堂です。

    本堂から見た蓮如堂です。

  • 鐘楼 本堂から一段上がった処にあります。

    鐘楼 本堂から一段上がった処にあります。

  • 可愛い石仏も迎えて呉れます。

    可愛い石仏も迎えて呉れます。

  • 経蔵の下に在る腰掛け石、妊婦が腰掛けると安産するそうです。

    経蔵の下に在る腰掛け石、妊婦が腰掛けると安産するそうです。

  • 紫式部の供養塔

    紫式部の供養塔

  • 多宝塔 国宝に指定されて居ます。

    多宝塔 国宝に指定されて居ます。

  • 多宝塔の案内です。

    多宝塔の案内です。

  •  宝筐印塔 四方に四国八十八ヶ所の土が埋めてあり、これを回ると八十八ヶ所を回ると同じ功徳が得られます。

     宝筐印塔 四方に四国八十八ヶ所の土が埋めてあり、これを回ると八十八ヶ所を回ると同じ功徳が得られます。

  • 月見亭、後白河天皇を始め多くの天皇の玉座が設けられました。 

    月見亭、後白河天皇を始め多くの天皇の玉座が設けられました。 

  •  月見亭から見た瀬田川。<br />

     月見亭から見た瀬田川。

  • 心経堂

    心経堂

  • 光堂

    光堂

  • 源氏苑の中に在る紫式部の像

    源氏苑の中に在る紫式部の像

  •  めかくし岩、 めかくししてこの岩を抱けば所願成就といわれる。<br />平安朝のもの。

     めかくし岩、 めかくししてこの岩を抱けば所願成就といわれる。
    平安朝のもの。

  •  源頼朝、亀谷禅尼の供養塔。<br />石山寺の再興に尽力したそうです。

     源頼朝、亀谷禅尼の供養塔。
    石山寺の再興に尽力したそうです。

  • 上から見た石山寺境内、手前は石山寺の語源になった硅灰石。

    上から見た石山寺境内、手前は石山寺の語源になった硅灰石。

  • 同上

    同上

  • 石山の、石にたばしる、あられかな  芭蕉

    石山の、石にたばしる、あられかな  芭蕉

  • 下まで下りて来ました、石山寺を後にして次に向いましょう。

    下まで下りて来ました、石山寺を後にして次に向いましょう。

  • 境内の一番外れに在る朗澄大徳遊鬼境の鬼が見送って呉れます。

    境内の一番外れに在る朗澄大徳遊鬼境の鬼が見送って呉れます。

  •  京阪石山寺から電車に乗り膳所駅で下車、10分程歩くと義仲寺です。<br />今は街中の小さな寺ですが、戦前までは粟津ヶ原と呼ばれ、琵琶湖に面した風光明美な場所でした。<br /> 又木曽義仲が北陸に落ちのびる途中討死した所でもあります。

     京阪石山寺から電車に乗り膳所駅で下車、10分程歩くと義仲寺です。
    今は街中の小さな寺ですが、戦前までは粟津ヶ原と呼ばれ、琵琶湖に面した風光明美な場所でした。
     又木曽義仲が北陸に落ちのびる途中討死した所でもあります。

  •  寺の起源は古く、平家滅亡後しばらくして、一人の尼僧がこの地に庵を結び、公の墓前に香崋を絶やさなかった、村人が名前を聞くと、名も無きものとのみ答えたので、その後その庵を無名庵と呼ぶようになりました。<br />それがこの寺の前身です。<br /> 尼は義仲の愛妾巴御前だったといはれます。<br />さーそれでは中に入りましょう。<br />

     寺の起源は古く、平家滅亡後しばらくして、一人の尼僧がこの地に庵を結び、公の墓前に香崋を絶やさなかった、村人が名前を聞くと、名も無きものとのみ答えたので、その後その庵を無名庵と呼ぶようになりました。
    それがこの寺の前身です。
     尼は義仲の愛妾巴御前だったといはれます。
    さーそれでは中に入りましょう。

  • 寺の由緒書です。

    寺の由緒書です。

  •  入口を入った寺の佇まいです。<br />正面に見えるのが義仲公の墓です。

     入口を入った寺の佇まいです。
    正面に見えるのが義仲公の墓です。

  • 正面からお参りしましょう。

    正面からお参りしましょう。

  • 義仲公の墓の隣には、小さな巴塚が有ります。

    義仲公の墓の隣には、小さな巴塚が有ります。

  • 巴を讃えた三浦義一翁の句碑<br /><br /> かくのごとき をみなのありと かってまた <br />    おもひしことは われになかりき

    巴を讃えた三浦義一翁の句碑

     かくのごとき をみなのありと かってまた 
        おもひしことは われになかりき

  •  義仲公の右奥に並ぶのが、俳人芭蕉のお墓です。<br /> <br /> 

     義仲公の右奥に並ぶのが、俳人芭蕉のお墓です。
     
     

  •  芭蕉のお墓<br />松尾芭蕉翁は1694年10月12日午後4時頃、大阪の旅舎で亡くなりました。51歳でした。<br />遺言により、義仲寺に葬る為その日の内に、去来、其角等門人10人が遺骸を守り、船で淀川を上り伏見に到り、13日午後義仲寺に到着、14日葬儀、深夜ここに埋葬しました。 <br />

     芭蕉のお墓
    松尾芭蕉翁は1694年10月12日午後4時頃、大阪の旅舎で亡くなりました。51歳でした。
    遺言により、義仲寺に葬る為その日の内に、去来、其角等門人10人が遺骸を守り、船で淀川を上り伏見に到り、13日午後義仲寺に到着、14日葬儀、深夜ここに埋葬しました。 

  •  墓石をアップで写します。<br /> <br />&quot;木曽殿と 背中合わせの 寒さかな&quot; 又玄

     墓石をアップで写します。
     
    "木曽殿と 背中合わせの 寒さかな" 又玄

  •  芭蕉翁の句碑 芭蕉の真跡だそうです。<br />    <br />  ”行く春を 近江の人と おしみける&quot;<br />

     芭蕉翁の句碑 芭蕉の真跡だそうです。
        
     ”行く春を 近江の人と おしみける"

  • 翁堂、 芭蕉像が安置されて居ます。

    翁堂、 芭蕉像が安置されて居ます。

  • 翁堂の天井画は伊藤若沖の四季花卉図です。

    翁堂の天井画は伊藤若沖の四季花卉図です。

  •  これで義仲寺を後にします。<br />出口で今一度振返ります。<br /> この稿はこれにて終了です。

     これで義仲寺を後にします。
    出口で今一度振返ります。
     この稿はこれにて終了です。

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