2013/06/27 - 2013/06/27
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寺町通(てらまちどおり)は京都市の南北の通りの一つで北は紫明通から南は五条通まで三条以北は平安京の東京極大路(ひがしきょうごくおおじ)にあたる。
豊臣秀吉による税の徴収の効率化と京都の防衛方針によって通りの東側に寺院が集められ東の御土居に沿うように寺を配置することで東から進入する軍勢の戦意の低下をねらったとされる。
矢田寺(やたでら、矢田地蔵尊)は金剛山矢田寺と号する西山浄土宗の寺で、平安時代の初め大和国(奈良県)の矢田寺の別院として五条坊門(下京区)に創建され以後寺地を転々とし、1579年に現在の地に移されたといわれている。 本堂に安置する本尊の地蔵菩薩(矢田地蔵)は高さ約2メートルの立像で、開山の満慶(まんけい)(満米(まんまい))上人が冥土へ行き、そこで出会った生身の地蔵尊の姿を彫らせたものといわれ俗に代受苦地蔵と呼ばれ地獄で亡者を救う地蔵として人々の信仰を集めている。 梵鐘は六道珍皇寺の「迎え鐘」に対し、「送り鐘」と呼ばれ死者の霊を迷わず冥土へ送るために撞く鐘として人々から信仰され、一年を通じて精霊送りには、多くの参拝者で賑わっている。
天性寺(てんしょうじ)は大和当麻寺の当麻曼荼羅を織ったという伝説の中将姫(ちゅうじょうひめ)とのかかわり深い。浄土宗総本山知恩院の末寺で室町時代の大永年間(1521−1527年)または安土・桃山時代、1577年、大和当麻寺の眼誉道三により中将姫の遺徳をしのび創建されたとされる。当麻曼荼羅を模し、絵解きしてそれを広めるためともされ当初は当麻町(上京区曼荼羅町)にあったともされているが1587年、豊臣秀吉により現在地に移転させられたそうだ。
(写真は天性寺)
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
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寺町通周辺の光景。
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寺町通周辺の光景。
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寺町通周辺の光景。
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寺町通周辺の光景。
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寺町通周辺の光景。
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寺町通周辺の光景。
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寺町通周辺の光景。
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寺町通周辺の光景。
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寺町通周辺の光景。
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寺町通周辺の光景。
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寺町通周辺の光景。
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寺町通周辺の光景。
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寺町通周辺の光景。
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寺町通周辺の光景。
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寺町通周辺の光景。
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矢田寺(やたでら)周辺の光景。
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矢田寺(やたでら)の光景。
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矢田寺(やたでら)の光景。
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矢田寺(やたでら)周辺の光景。
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矢田寺(やたでら)の光景。
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矢田寺(やたでら)の光景。
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矢田寺(やたでら)周辺の光景。
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矢田寺(やたでら)の光景。
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天性寺(てんしょうじ)境内の光景。
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天性寺(てんしょうじ)境内の光景。
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天性寺(てんしょうじ)境内の光景。
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天性寺(てんしょうじ)境内の光景。
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天性寺(てんしょうじ)境内の光景。
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天性寺(てんしょうじ)境内の光景。
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天性寺(てんしょうじ)境内の光景。
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天性寺(てんしょうじ)境内の光景。
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天性寺(てんしょうじ)境内の光景。
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天性寺(てんしょうじ)境内の光景。
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天性寺(てんしょうじ)境内の光景。
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天性寺(てんしょうじ)境内の光景。
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天性寺(てんしょうじ)境内の光景。
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天性寺(てんしょうじ)境内の光景。
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天性寺(てんしょうじ)境内の光景。
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