2013/07/03 - 2013/07/04
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キリさんですさん
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今回はユーレイル・セレクトパス(3か国)を使いドイツ、スイス、イタリアの3国に行ってきました。
ドイツはベルリン、フランクフルト、ミュンヘンの主要3都市とライン川及びロマンチック街道沿いの街を、スイスはチューリッヒ、ベルン、インターラーケン近辺をイタリアはミラノ、ベネチアの2都市を2週間かけて廻ってきました。
奇跡的に晴天が続き、ノイシュヴァンシュタイン城、チューリッヒ湖の夕陽、ユングフラウヨッホからの景観、ベネチアの街並みが最高の状態で見ることが出来、毎日がワクワク・ウキウキ・ドキドキの連続でエキサイティングな素晴らしい一人旅でした。
本編は最初に訪問したベルリンの街歩きを中心に掲載しています。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ベルリンのヘーゲル空港からバスでツオー駅に行き、Uバーンに乗り今回のホテルの近くのビツテンベルグブラッツ駅に着きました。
駅前に居た二人連の年配の女性にホテルまでの道を教えてもらいました。
優しい女性でベルリンの第一印象は良く、明日からが楽しみです。 -
今回のホテルです。
いつものように、無事に到着したことを祝して、缶ビールで一人で乾杯です。
熱帯夜の日本を脱出し涼しいベルリンに居るだけで自然に笑みがこぼれます。 -
翌日は早く起きて今回のベルリン街歩きのスタート地点のブランデンブルグ門に来ました。
東西ドイツ統一の象徴地点であり、オバマ大統領が核兵器削減を宣言した処なので今回のスタート地点に選びました。
朝早いので観光客が少なく、広々として爽やかな場所です。 -
門の上の古代の戦車に乗った勝利の女神像もベルリンに来てくれたことを祝福してくれているようです。
-
それではウンターリンデンの方向へ歩きはじめます。
知らない街を歩き始めるこの瞬間が何とも言えず気持ちが良く、天気も良好で最高の気分です。 -
ウンターリンデンです。
森鴎外が留学時に散策していた並木道だそうです。
雰囲気を味わいながらのんびりと歩いています。 -
お馴染みのアンベルマンの信号機がありました。
旧東ドイツ時代の信号で一時期全て丸型に変更されたそうですが、所々で復活しています。
しかし街歩きをしてみますと以外と少ないです。
この信号機を見ると今ベルリンに居るのだなと改めて実感します。 -
ベルリン名物の熊さんも出迎えてくれています。
米国の国旗と共に観光客が増えている中国ではなく日本の国旗を選んでるところがドイツらしく嬉しいですね。 -
左側にフンボルト大学が見えて来ました。
ベルリンで最も古い大学で森鴎外や北里柴三郎が留学していた大学だそうです。
伝統を感じる立派な建物です。 -
アレクサンダー・フンボルトの像が大学の前に建てられています。
近代地理学の『コスモス』を著したことで地理学関係では有名人だそうですが、私は知りませんでした。 もうちょっと行儀良い銅像にした方が良いのでは。 -
フンボルト大学の先にノイエ・ヴァッヘの建物が見えてきました。
戦没者に対するドイツ連邦政府の中央追悼施設として11月3日の「国民哀悼の日」の式典会場になっている重要な建物だそうです。
ドリア式の石柱が並ぶ、いかにもドイツらしい重厚な建物です。 -
ドイツ歴史博物館の前を通過します。
次回、ベルリンに来た時にゆっくり見学することにします。 -
博物館島へ渡ります。
地図ではここまで距離があるように見えたのですが、アッという間に着いてしまいました。
この島にはペルガモン博物館を始めボーデ博物館、新、旧博物館等魅力のある博物館が揃っています。 -
イチオシ
ベルリン大聖堂が見えてきました。
高さ114m、幅73mのバランスのとれた素晴らしい大聖堂です。
ヨーロッパの街歩きの楽しみの一つは豪華な大聖堂を真近に見ることできることですね。
この素晴らしい景色を眼の前にして、涼しいそよ風を受けていると幸せを感じます。 -
すぐ横に旧博物館が見えます。
新古典主義のシンケルが設計したベルリンで最初の公共博物館だそうです。
古代ギリシャ、ローマ時代の彫像が常設されていました。 -
さらに博物館島を川に沿って歩いて行きます。
ひっそりとして爽やかな道です。 -
ペルガモン博物館の入り口です。
平日で時間も早いので列の並びも少なく、15分待ちですんなりと入れました。
「ゼウスの大祭壇」「イシュタル門」「ミトレスの市場門」などが実物大で展示されており、スケールのその大きさに驚きました。
さらに近くの新博物館の王妃ファルティティの胸像を見学し博物館見学は終了です。 -
いろいろな都市に行きましたが、大規模な博物館を一つの島にまとめているのはベルリンだけで観光客には移動時間が短縮でき都合が良いですね。
合理的なドイツらしいなとの感想を抱きながら博物館島を後にしてシュプール川を渡ります。 -
Sバーンのハッケンシャーホーフ駅に到着しました。
駅構内のカフェでケーキとコーヒを飲んで休憩です。 -
Sバーンで1駅乗って、アレキサンダープラッツ駅に来ました。
駅前が広々とした処です。 -
駅前にそびえ建つテレビ塔です。
ベルリン散策中、何度も見かけたベルリンのシンボル的なタワーです。
各都市でタワーに昇り、先日東京スカイツリーにも行ったばかりで、高所からの景色も見飽きてきたので、展望台へ上がるのは今回はパスしました。 -
ニコライ教会を撮るにはこの角度が良いとアドバイスがあったので、この角度の場所を探して撮ったのですが、それ程でもありませんでした。
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続いて今回、最も見たかったイーストサイドギャラリーを見に行きます。
再びSバーンに乗ってベルリン東駅に来ました。 -
場所が分からずウロウロしたのですが、駅前の標識に小さく書いてありました。
標識に従って左方向へ行ってみます。 -
遠方にイーストサイドギャラリーらしきものが見えてきました。
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ここがイーストサイドギャラリーの端です。
長年ドイツ国民を苦しめたベルリンの壁がこんなにも薄いとは。
ここから延々と数十の絵画が続きます。
あまりに多いので絵を観ることに専念し、写真を撮るのは気に入ったものだけに絞り込みました。 その中の4点を紹介します。 -
壁を超えてくる東ベルリンの民衆の気持ちが表現されており、名画(叫び)のような雰囲気で最も印象に残った絵です。
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壁に描いているとは思えない程の鮮烈な色合いが印象に残りました。
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何となく母子の温かみを感じ、幸せな母子を苦しめる戦争は決してしてはならないとのメッセージを強く受けました。
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日本を富士山と五重塔で表しています。 何故ここに日本? と感じた絵です。
この絵を見つめていたら、後ろから「こんにちは」と声を掛けられました。 -
振り返ると、ドイツの若い女性が二人いました。 驚いていると片言の日本語で「富士山が世界遺産に登録されておめでとう」と祝福してくれました。 富士山の話題で盛り上がり、しばらくの間雑談し、記念に写真を撮ってあげました。
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是非撮ってあげたい場所がありますと強引連れてこられ撮ってもらったショットです。
「ロシアと東ドイツの蜜月だったころのリーダ二人の唇を日本人が奪ったショットです」と笑っていました。
この写真を見ながら一緒に笑っていると暗い過去を笑いに変えるドイツの若い人のパワーを感じました。
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これでイーストサイドギャラリー鑑賞はおわりです。
予想以上に壁が長く、絵の数が多く、力作が多いのに驚きました。
全てを真面目に鑑賞したので疲れました。 -
イーストサイドギャラリーの先に橋が見え、なんとなく渡りたくなり行ってみました。
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橋の上からの風景です。
遊覧船が頻繁に橋の下を通過してました。
遊覧船の客が手を振りますが橋の上には私一人しか居ないので、しょうがなく船が通るたびに手を振ってく応えてあげていました。 真面目な性格ですね。 -
橋を渡ったところにある公園の道を川に沿って歩いて行きます。
この先のUバーンのSchiesisches Tor駅の駅前の小さな店でランチタイムとしました。
ピザとビールだけの簡単なランチです。 -
オープンテラスで地図を見ながら食べていると子供達が前に座わりました。女の子が日本人に興味があるのか話し掛けてきます。店の主人の子供達のようです。
「グーテンタークはこんにちは」と繰り返していると意味が分かったのか「こんにちは」と挨拶してきました。 どこの国も女の子の方がおしゃまさんですね。 -
Schiesisches Tor駅から先ほど子供達と話をした場所を見てみると、もう二人の姿は見えなくなっていました。 何年か経ったら訪問し二人の成長した姿を見てみたいものです。
次はUバーンに乗ってチェックポイント・チャーリへ行くことにします。 -
HallesschesTor駅でUバーン6号線に乗り換えてチェクポイント・チャーリーに近いKochstr駅に到着しました。
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駅を降りるとすぐ近くにこの写真が見えます。
旧東ドイツから見た西ドイツの警備兵の姿のようです。 -
同じ板の裏側には旧西ドイツからみた東ドイツの警備兵の写真が貼ってあります。
韓国と北朝鮮の間にある板門店のような場所だったようですが、今は自由に通行できます。
板門店も早くこのようになると良いのにと願わずにはいられません -
近くに壁博物館がありましたので入って見ました。
ベルリンの壁が崩壊した時の新聞記事や崩壊前の越境に関する悲劇の数々がオブジェ、ビデオ、写真で多数展示されています。 当時は壁を超えるだけで命がけだったのですね。 -
テレビのニュースで何回も見たこのブランデンブルク門に多数の市民が集結し見つめている写真です。ベルリンの壁により苦しめられていた市民が壁の崩壊によ元に戻れる心の底からの喜びが凝縮されていますね。
日本でも早く除染作業を終わらせて、福島県の地震被災者が地元に戻りこのように喜ぶ姿を早く見たいものです。 -
次はポツダム広場に来ました。
ここは近代的なビルが立ち並び丸の内界隈のようなオフィイス及びショッピング街です。
ショッピングにはまるで興味のないので、ホロコースト追悼碑へ行ってみます。 -
ユダヤ人犠牲者を追悼しているホロコースト追悼碑です。
大小のコンクリートのモニュメントが2711個も並んでいる異様な碑です。
ベルリンの中心地区にユダヤ人の追悼碑を作り戦争犯罪を謝罪するドイツ人の姿勢が潔ぎ良くていいですね。 -
スタート地点のブランデンブルク門の前に戻りました。
朝とは打って変わって観光客とイベントで多数の人で賑わっています。
ベルリンの街の見所は廻ったので街歩きはこれで終了です。 -
Uバーン55号線を使ってベルリン中央駅に来ました。
今回購入した鉄道パスを有効にするためにヴァリデーション手続きをしに来ました。
さらに念のためにフランクフルトまでの座席指定券を購入しておきました。
(この駅はレイアウトが分かり難く、案内所が異常に混雑しているので、利用される方は早めに行って下見をされた方が良いですよ) -
最後にカイザーヴィルヘルム教会に寄ってみました。
昔の教会は修復中で見学出来ないと思い見学場所から外していたのですが、隣にある新教会の鮮やかなブルーのガラスをバックに宙に浮いているマリア像に驚きました。
わざわざ見に来た甲斐はありました。 -
ホテル近くのレストランです。
ベルリン最後のディナーはここにしました。
隣に座っていた老夫婦と指差し会話帳を使って雑談しました。
生誕地、趣味、好きな食べ物などのたわいのない話でしたが、最後に旦那さんが片言の英語で私達は日本が好きだから中国に負けるなよと激励してくれたのには驚きました。 -
ベルリンの壁が崩壊されてからのドイツの復活は目を見張るものがあります。
近隣諸国に謝罪を済ませて、いまでは信頼を得て居ます。脱原発を表明し再生可能エネルギーの技術開発に特化しています。おなじ敗戦国として見習うことが多いような気がします。 日本人に似た誠実感と優しさと技術力のあるドイツをますます好きになりました。
楽しかったベルリン街歩きを終了し、次はフランクフルトへ行きます。
ベルリン編終了
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