2009/11/06 - 2009/11/07
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はくさんちどりさん
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佐渡ヶ島は、若いころ勤めていた会社の慰安旅行があった時、たまたま網地島という牡鹿半島沖の島に長期出張していて、行きそびれてしまいました。その後、機会もなく還暦を過ぎてしまいましたが、たまたま夫婦で話が合い、糸魚川の帰りに佐渡へ足を伸ばそうということになりました。
調べたところによると、佐渡ヶ島は、都道府県庁所在地がある島を除けば、面積855平方キロメートルで日本一を誇るとか、すごいですね!
ところで、佐渡には船で渡らなければならないので、船に弱い妻と時間の短縮を考えて、約1時間で渡航できるジェットフォイルを選びました。糸魚川駅から新潟駅まで北陸本線で移動し、新潟駅前のバスプールから新潟港のフェリー埠頭まで向かうバスの中で、ハプニングに遭遇しました。
東南アジアからの留学生と思われる若い女性が私たち同様駅前から同じバスに乗ったものの、途中で盛んに英語で何か運転士に訊いている様子でした。片言で“ユニバシティ”と聞こえてくるので、多分新潟大学を通るか訊ねているようでした。
お互いに言葉が理解できず困っているようでしたので、座席から立って運転士のところに行き、『このバスは新潟大学を通るのか』訊くと、通らないという返事。そこで知っている英単語を並べて、『This bus don't go to Niigata University. So go back this street and ask bus-number at terminal』と伝えると、あわてて下車していきました。
フェリー乗り場でバスから降りる時、運転士に「さっきは通訳していただいて、ありがとうございました」とお礼を言われ、少しハイな気分になってジェットフォイルに乗り込みました。
佐渡の両津港着岸後は、まず予約していたレンタカー屋に行き、そそくさと手続きを済ませると、まず宿泊予定の「湖畔の宿 吉田屋」の場所を確認してから、てんこ盛りの予定を欠かさず達成すべく、県道65号に入りトキの森公園行きました。小一時間かけてトキ資料展示館と観察回廊、多目的飼育ケージなどを見て回りましたが、またトキが日本中の空を飛びまわる日が来るのでしょうか?
その後、県道65号にまた合流して真野に向かう途中、国仲平野の田んぼの中で、大佐渡山地の山並みに見とれました。最も高い所は金北山で、1172mあるそうです。真野の街並みを過ぎて県道304号に入って少し進むと、佐渡歴史伝説館がありました。北朝鮮に母子ともに拉致されて、その後帰国することができた蘇我ひとみさんが居るらしいと聞いて、どんな施設なのか外観だけでも見たいと思って足を運んでみました。近くには他にも名所・旧跡が多くあり、時間に余裕のある方は、アルコール共和国(真野地区)をゆるり漫遊するのもいいのではないでしょうか。
時計はすでに午後4時を過ぎ、県道304号に戻って、そこからは県道65号を走って赤泊へ山(小佐渡山地)越えです。真野湾が良く見えるスポットがあり、時間がない割には途中下車して風景を楽しんだりして、道草をしました。赤泊からは、海を右手に見ながら県道45号をひたすら走り、ぐるっと回って日暮れ前にどうにか吉田屋へのチェックインとなりました。
吉田屋は、汽水の加茂湖の湖畔にあり、湖側の部屋で眺望に恵まれたのが心に残っています。年相応に日の出前に目が覚めたおかげで、加茂湖面にたなびく朝もや、カキの養殖棚の見回りから帰ってきたと思われる船外機の航跡が作る波紋、そして佐渡の日の出とそれに呼応して次第に明るく輝き始める対岸のホテル、どれをとっても印象的でした。
晴天の中、2日目は国道350号で佐和田方面へ向かって、県道45号・県道31号経由で相川に至り、T字路で左折して、まず佐渡奉行所を外から見物しました。
江戸時代、佐渡は金山が見つかって栄えるだけでなく、西回り航路の要衝としても重要な位置にあったと聞きます。かつて順徳天皇や日蓮、世阿弥などが配流されたため、古くから都の文化が伝えられていたそうで、当時からのものが多く残っており、経済面でも文化の面でも、天領として徳川幕府が直轄の領地としたのも納得です。
奉行所の近くには佐渡版画村美術館があり、瓦葺の木造のつくりが何とも言えません。月替わりで特別展があるようですし、版画の体験もできるそうです。
この後さらに北上して、尖閣湾に行きました。水中透視船に乗って、断崖絶壁と岩礁の景色を海から眺め、船中央の底からは海中で泳ぎまわる天然魚が丸見えです。岩場からこんな魚を釣ったら、さぞ強力な引きを体験できるんだろうな、と思いました。
妻は、県道沿いの集落の家屋が隙間なく繋がっているのに驚いていました。平坦地が少なく、厳しい風土の中で生きていくためには、ともに相和して協力しながら生活していくことがどうしても必要だったんでしょうね!都会で暮らす現代人が、精神的に豊かになるヒントがあるように思いました。
佐渡での締めは佐渡金山です。山師になり損ねた身としては、是が非でも見ておかなければなりません。
佐渡金山では宗太夫という山師の間歩(=坑道)が有名だったそうで、時間をかけて中をじっくり見物しました。照明付きの説明板があって、人形の作業風景が結構リアルでした。全体的に、順路は鉱山開発・稼働の観点からは後工程から見ることになっているようで、本来は山師が地表のどこかで金の鉱脈を見つけ、その鉱脈の延びを予測して坑道を掘削し、鉱石を取り出す(=採鉱)ことになると思います。地中の作業ゆえに、排水や送風が必要に応じて行われることになるわけです。
見せ方としてはいろいろな方法があると思いますが、一般の人には順路と逆の方が理解しやすいように思えました。でも、鉱山における厳しい作業の状況が良く表現されているので、佐渡にお出かけの方はぜひ見てください。
それと、この時期佐渡は紅葉の見ごろで、特に金山周辺は実にきれいでした。晴天下のまさに織る錦のごとくで、暗い坑道の中と180度反対の総天然色のカラー絵巻を見せてもらいました。
佐渡からの帰りは、新潟駅で新幹線の待ち時間があったので、新潟大学学術資料展示館へバスで行きました。目的はやはりヒスイとジオパークです。どうしてもヒスイに未練があるんですね!でも、女性の優しい学芸員さんの案内できれいなヒスイを眺め、おまけにお土産にジオパークのサイト毎の小冊子をある分はすべて提供していただき、満足して帰途に着きました。
この年三度の新潟の旅はすべて気持ち良く終えることができて、楽しい思い出となりました。佐渡にもいつかもう一度行って、じっくりゆっくりしたいと思っています。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 船 レンタカー 新幹線
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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新潟港を出港して間もなく、海上保安庁の巡視艇が繋船中でした、海の安全を守るためご苦労様です!
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同じく繋船中の新日本海フェリーの「あざれあ」です
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海上で佐渡から新潟へ向かう佐渡汽船のカーフェリーとすれ違いました
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佐渡の両津港が遠望できる距離になり、山並みもくっきりと見えました
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両津港の着岸する埠頭が左側に見えており、佐渡上陸はもうすぐです
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佐渡で最初に見物に行ったトキの森公園にあった新穂地区の名所・旧跡マップです
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トキの森公園の案内図で、見ることのできる範囲が示されていて、参考になります
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トキの森公園の入口と展示館へのアプローチで、入口左手に売店、右手にトイレがあります
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展示館へ行く途中にあったトキのつがいが睦み合う写真、自然の中でこうした姿が普通に見られるようになるのがベストですが・・・道遠しでしょうね、きっと!
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人工繁殖のため最後に捕獲された5羽の天然のトキのうち、唯一の雄「ミドリ」の剥製が展示館に展示されおり、とてもきれいです
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トキの保護のため、里山再生への営みとして、地元でどれだけの取り組みをしているかよくわかる模式図でした
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飼育ケージ内にいたトキが見えましたが、すくすくと育ってほしいですね。
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国仲平野の県道脇から大佐渡山地を遠望しましたが、よく晴れていて、眺めているだけで清々しい気持ちになりました
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大佐渡山地の拡大写真ですが、ほぼ中央の高い山が島の最高地点である金北山に間違いないと思います
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佐渡歴史伝説館にあった真野地区(アルコール共和国とありました!)の観光案内図ですが、旧真野町内だけでもずいぶん見所がありますね
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佐渡歴史伝説館の入口です
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伝説館の石碑、花崗岩類は御影石と言いますが、赤御影と白御影を組み合わせた立派なものです
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伝説館の建物本体を撮ろうとしたものですが、むしろ背後の紅葉が目立ちますね
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近くに佐渡の民具という表示があり、見たいのはやまやまでしたが割愛しました
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赤泊へ山越えする峠のはるか手前に、真野湾が良く見えるスポットがあり、道草してしまいました
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真野湾の拡大写真、明日相川方面に行くときは、湾の向こう岸を通るのかな?
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次第に日が傾きかけたころ宿に着き、部屋から加茂湖越しに見ると、白亜のホテルと思われる建物が見えました
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国仲平野から眺めた金北山と思われるピークが結構間近に見えました
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イチオシ
翌朝日の出前に目が覚め、加茂湖に目をやると、遠くの湖面に朝もやたなびく中、カキの養殖棚の見回りからでも帰ってきたのでしょうか、船外機がゆっくりと岸に向かってきていて、その航跡が緩やかなカーブを描いて紋様を幾重にも湖面に描いていました
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日の出直前の白いホテル方面の風景です
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ちょうど日の出と同時に、朝日がホテルの外壁に反射して金色に輝き始め、その奥には地上に朝霧が漂っていました
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イチオシ
宿の廊下の突き当たりにあった非常口の避難階段付近から、佐渡の日の出を拝むことができ、今日一日が良い日であることを確信しました
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快晴下の大佐渡山地遠望が今日の活動の始まりで、この上なく気持ちの良い朝です
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お世話になった「湖畔の宿 吉田屋」、加茂湖が宿の向かって左側に隣接しています
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日の出を撮った避難階段がある側、八階建ての部屋数の多い宿だったんですね
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佐渡奉行所の建物群ですが、復元されたもので、“復元公開中”とありました
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奉行所の正面入口付近、奥に紫の垂れ幕がかかっています
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奉行所の高級官僚に広間役というのがあり、その長屋に行くための立派な木橋がかけられていたことの説明板です
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奉行所広間役と家族用の木橋付近の全景です
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緩く弧を描いた瀟洒な木橋ですね
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料金所を兼ねている入口付近から中の外観だけ覗かせてもらいましたが、靴が何足もあるということは中を見ている人がいるということですね!
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奉行所と駐車場の間に佐渡版画村美術館がありましたが、中はここも割愛しました
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尖閣湾の水中透視船シャークの発着所、静かな湾内にあり、チケット販売窓口からの短い道中にお土産屋さんがありました
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静かな湾内の海面で、幼少に帰って平べったい小石を探して、石で水切りをしましたが、悲しいことか、石が跳ねるのは3〜4回が限度でした
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海の水がきれいに透きとおていて、心洗われる思いでした
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尖閣湾には、断崖絶壁のほか、海中から奇岩が屹立しており、見所いっぱいです
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見所の一つである幽仙峡湾の南側で、断崖が縦に割れているのがわかります
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イチオシ
同じ幽仙湾峡の中央付近の遠景で、背後の大佐渡山地の少しもやった感じが気に入っています
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大岬峡橋が中央付近の白灯台近くに架かっており、映画の「君の名は」のロケ地になったそうです
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サメの顔マークがあるシャークの船底から透視した海中の様子ですが、かなり大きい魚(クロダイ?)がうようよ泳いでいて、海中の断崖の境界部は水の色の変化で分かりました
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佐渡の街並み、通りに面して家々がびっしりとつながって建っています
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一軒一軒が独立してはいるようですが、ほぼ完全にくっついており、なんでも外へ出ることなく隣同士隣家へ行けるような造りになっていると聞きましたので、絶対喧嘩はできませんね!!
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佐渡金山にようやくたどり着き、駐車場から付近の山肌を見ると、紅葉がちょうど見ごろでした
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佐渡金山(佐州相川惣銀山とあります)の平面的な広がりを絵図に表現したものですが、なかなかのセンスを感じます
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同じく絵図で、こちらは高い・低いの関係を横から見た時の断面図を表していますが、間歩(山師の鉱区)の区別を色で表現しているようです
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山師宗太夫さんの間歩の見学(見物?)コースの案内図で、実際にはほぼ見終わって出てきた辺りにありましたが、本来はこちらから順番に見ていった方が良いと判断されますので、本旅行記では以下順路とはほぼ逆に写真を並べることをご了承ください
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間歩(採掘坑)開きのお祝いの様子で、金銀が多く集まった富鉱帯が見つかると、岩盤が少しでも掘りやすくなるよう『やわらぎ』という祭礼用の舞を舞って前途を祝したそうですが、その気持ちはよくわかりますし、金銀山大盛の札にこれから坑道掘削して山を開発する関係者全員の気持ちが表れていると思います
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間切、つまり探鉱しながらの坑道掘削で、現代であれば富鉱帯をクリノメーターという器具で延びの方向と傾きを測定できますが、当時はどのようにして推定・追跡したか、興味のあるところです
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掘削している様子ですが、鉱山では身長の低い者が、坑道が小さくて済むので、重宝されたそうです
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間切改めという坑道がちゃんと作られているか調べている様子で、発注元が奉行所(=幕府)なので、今風に言えば国の会計検査に相当するでしょうか!?
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実際の採掘作業は、金穿大工と呼ばれる鉱夫がタガネをハンマーで鉱脈に打ち付けて砕く作業で、お頭が指図と鉱石の選り分けを行っていたそうです
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一番手前で掘削している鉱夫は、リアルですが、なかなか男前です
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金穿大工の休息所の様子で、普通の坑道よりも幅が広くなっていますが、多分火は使えなかったと思いますので、横になって休むか、食事をするか、水を飲む程度だったのではないでしょうか?硬い岩盤の掘削作業は重労働だったので、束の間の休憩は貴重だったと思います
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佐渡金山の岩盤は硬くめったに崩れることはなかったそうですが、現代でもトンネル掘削で断層破砕帯と出水は厄介もので、当時も木材で補強して山留(=支保)を行ったそうです
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佐渡金山では、すでに排水のうち斜面部を汲み上げる装置として、アルキメデスポンプを応用した水上輪という揚水ポンプを使っていたそうで、上方の水学宗甫という人が金山に伝えたそうです
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地下で怖いことと言えば、落盤と出水に加えて酸欠があり、唐箕(当方の田舎では詰まってトミと呼んでいました)を送風装置として使用していたそうで、なかなか考えたものですね!
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江戸時代中期以降坑道が深くなって、揚水装置での排水が追い付かなくなると、人海戦術で無宿人(罪人ではない)を使って汲み上げ作戦で対応したそうで、テレビドラマの水戸黄門でも思い出しましたが、のちには罪人も送り込まれたそうです
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ふんどし一丁の裸で頑張っているのが水替人足ですが、きつい作業なので一日交替で、賃金は決して悪くなかったようですよ!
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宗太夫間歩での稼働の様子で、杉右エ門の名前を付けられた断層には山留が施され、水上輪の操作している状態もわかります
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細い鉱脈を掘っていく時は、狸掘りと称して人の体が入るギリギリの大きさで掘り進みましたが、太平洋戦争時、燃料不足を補うため国内のあちこちで亜炭採掘にこうした方法が採用されており、今になって土地の陥没を引き起こす原因になっているところもあります
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鉱山資料館にあった佐渡奉行所の模型で、奉行所全体の建物の配置がわかり、参考になりました
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佐渡金山近代化遺産の東洋一の浮遊選鉱場跡の写真です
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日本で最初の西洋式竪坑である大立竪坑も同じく佐渡金山の近代化遺産になっており、その写真です、
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資料館や売店がある付近の全景で、駐車場が広くて良かったです
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イチオシ
売店の近くに趣のある門があり、そこで目にした紅葉がとてもきれいでした
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佐渡金山の駐車場から大佐渡スカイラインを少し進み、大立竪坑の手前で道路脇に車を停めると、山肌の紅葉がちょうど見ごろでした
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稜線近くの紅葉の様子を拡大したものです
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道遊の割戸と言い、下へどんどん露天掘りをした結果、山が二つに割れた姿になったそうで、金を目的とした人間の執念はすごいですね
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道遊の割戸を拡大したもので、途中には水平方向の坑道もあるそうですし、見学コースもあるそうなので、天気が良ければ、時間がたっぷりある人にはそちらもおススメです
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両津港にあった新潟港までの渡航料金表、現在は変更になっているかもしれません
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船上から佐渡との別れを惜しむように1枚パチリ!今度訪問する時は芸術文化・名所旧跡にじっくり触れられるようにしたいと思いました
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新潟大学の学術資料展示館、新潟美人の優しい学芸員の女性が、遅い時刻にもかかわらず丁寧に応対してくれ、ますます新潟が好きになりました
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糸魚川地区がジオパークとして国際社会で認定されるには、新潟大学の力が大きく貢献したと思いますが、糸魚川地区の特徴を示したうちの、地質の多様性を説明したものです
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同じく、化石の多様性もあることを示しています
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鉱物に関しても多様であることを説明しており、ヒスイだけでなく他にもたくさんの見てきれいな鉱物が産出するそうなので、海岸で色や紋様に特徴のある石を拾うのも面白いかもしれません
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いかにも天然もののヒスイ然としており、荒波にもまれたものの、その頑なな硬さで抵抗して角を残した毅然さがわかります
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