
2013/05/05 - 2013/05/14
765位(同エリア3067件中)
ペコちゃんさん
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- クチコミ108件
- Q&A回答1件
- 681,776アクセス
- フォロワー22人
イタリア旅行の後半は、中部・北部イタリアの4都市です。
フィレンツェは、昼間は晴れていたのですが、夕方になると雨がパラついてきて、おまけにドゥオーモに行ったら「今日は重要人物が教会に来るので、入場観光は16時で終わり」との事・・・入場できずに残念でした。
ヴェネツィアは、最初は曇っていたのですが、後半は晴れて、ゴンドラ遊覧も楽しめましたが、運河の水は澱んでいて、臭いがしました・・・夏に蚊が多いという話も本当なんでしょうね。
ヴェローナは、あまり大きな街ではありませんが、毎年、夏に上演される屋外オペラで有名な「アレーナ」や「ジュリエッタの家」など結構見どころがあります。
旅の最後は、ミラノです。
ミラノ・スカラ座の広場から、ガレリア・ヴィットリオ・エマニュエーレ2世を歩き、出た途端に目の前にそそり立つ荘厳な「ドゥオーモ」が見えた時は、感動しました。
また、ベローナからミラノに移動中には、雪を頂いたアルプスの山々が綺麗に見えました。
写真は、ミラノのドゥオーモの屋上に登る途中で撮った1枚です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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7時45分にローマを出て、4時間ほどでフィレンツェに着きました。
先ずは、小高い丘にある「ミケランジェロ広場」へ行くと、「ダビデ像」(複製)が・・・余り凝視できませんが? -
目の前にはドゥオーモの堂々としたクーポラ・・・街のどこからでも見えます。
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眼下にアルノ川が延び、右上にはベッキオ橋が見えます。
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フィレンツェの街全体が見渡せる、素晴らしい眺めです。
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フィレンツェは、人口が36万人(イタリアで8番目)で、京都と岐阜と姉妹都市です。
この教会は、ドゥオモに次いで大きな「サンタ・クローチェ教会」。 -
14世紀には、遠隔地との交易に加えて、毛織物業を中心とする製造業と金融業(メディチ家)で、フィレンツェは莫大な富を蓄積し、トスカーナの中心都市に発展しました。
メディチ家最盛時の15世紀には、当主であるロレンツォ・デ・メディチにより、ボッティチェッリ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロなどの巨匠が活躍するルネサンス文化の中心地となって、学問・芸術の大輪の花が開きました。
第二次大戦中、フィレンツェの記念建築物の大部分は被害を免れたものの、ベッキオ橋を除く橋のすべては破壊され、また1966年の大洪水で沢山の芸術財産が被害を受けましたが、その多くは精巧な修復技術で数年をかけて復元されました。 -
フェラーリでフィレンツェ観光しませんか?
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アルノ川に架かるグラツィエ橋を見ながら、旧市街に向かいます。
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サンタ・クローチェ広場に面した「サンタ・クローチェ教会」・・・この教会は、1294年に建設が始まり、1385年に本堂が完成し、最終的にファサードが出来上がったのは19世紀になってからです。
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主祭壇。
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教会には、ガリレオ(上の写真)・ミケランジェロ(下の写真)・マキャヴェリ・ロッシーニなどの有名なイタリア人たちが埋葬されています。
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今日の昼食は、キノコのパスタと肉料理・・・ここは人気のお店のようです。
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店内は、大勢の中学生などで、超満員でした。
” イタリア、ナンバーワン!! ” ・・・元気の良い子供達です。 -
午後も、旧市街の観光・・・イタリアのお土産にピノッキオの人形は如何ですか?
フィレンツェ生まれのピノッキオの物語は、ゼペットじいさんが話をする丸太を見つけ、その丸太を木の人形にし、ピノッキオと名付けるところから始まります。
ところが、このピノッキオは勉強と努力が嫌いで、すぐに美味しい話に騙されてしまいます。
青い髪の妖精や話をするコオロギなどの忠告にも耳を貸さず、幾度となく焼かれそうになったり、殺されそうになったり・・・苦難を乗り越えて、人間の少年へと変化するお話です。
海外に行った時は、その国の絵本をいつも孫たちへのお土産に買っていきますが、今回は迷わず英語で書かれている「ピノキオ」を買いました。
もう少し大きくなったら、自分で読んでね! -
これから、楽しみにしていた「ウフィツィ美術館」で名画の鑑賞。
美術館の建物は、1560年に着工し、1580年に竣工したフィレンツェの行政機関の事務所がもとになっており、「ウフィツィ」の名はイタリア語の Ufficio (英語の offices (オフィス) にあたる語)に由来します。
1737年、メディチ家は断絶し、相続人は「メディチ家のコレクションがフィレンツェにとどまり、一般に公開されること」を条件に、すべての美術品をトスカーナ政府に寄贈しました。 -
入り口や・・・
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廊下は写真が撮れますが、展示室の中はダメです。
(以下の写真はHPより) -
これが見たかった、ボッティチェリ(1445~1510)の『春(プリマヴェーラ)』・・・まさに春の喜びが溢れた幸せいっぱいの名画です。
この絵には、ギリシャ神話の神々が登場しています・・・中央には、愛の女神・ヴィーナス(アフロディーテ)、頭上にはキューピッド、その右はフローラ、右端には頬をふくらませて西風を吹かせる春を運ぶ神・ゼフュロス、左側の三人の女性は「三美神」、左端には神の使いであるマーキュリー(ヘルメス)がおり、春の訪れを告げる、素晴らしい作品です。 -
ボッティチェリのもう一つの名画「ヴィーナス誕生」・・・この優雅な絵は、パトロンのロレンツォ・デ・メディチのために1485年に描かれました。
『春』は板に描かれていますが、この絵はキャンバスにテンペラで描かれ、ヴィーナスが成熟した大人の女性として、海より誕生して現われた様子を描いています。 -
ラファエロの『ひわの聖母』・・・ラファエロが1506年、フィレンツェの商人の結婚祝いとして描いた作品で、1704年からウフィツィ美術館に展示されていましたが、時間の経過と共にオリジナルの色彩が失われたため、エックス線などの最新技術を用いて修復され、当初の色が復活しました。
幼児期の洗礼者ヨハネが、手に持った受難の象徴「ゴシキヒワ」をイエスに見せ、イエスはその鳥に手を伸ばし、荒野の岩に腰かけた聖母マリアが本を読むのを中断してそれを見ている、と言う、何とも心が休まる傑作です。 -
ティツィアーノが1538年に描いた『ウルビーノのヴィーナス』・・・昨年12月にドレスデンのアルテ・マイスター絵画館で観たジョルジョーネの『眠れるヴィーナス』を模倣したものと言われますが、より官能性を追求した作品に仕上げられています。
すぐそばで眠っているイヌは、貞節を意味します。 -
ウフィツィ美術館の窓からから見えた「ヴェッキオ橋」・・・最初の橋は洪水で流され、1345年に再建されました。
メディチ家の人達は、河の反対側にあるピッティ宮殿から、橋の上に作られたヴァザーリの回廊を通って、ウフィッツィ美術館やヴェッキオ宮殿へと通っていたそうです。
現在、橋の上には宝石屋さんのみが並んでいます。 -
よく見ると、橋の中央で新婚さんが記念撮影。
イタリアの離婚率は、カトリックの影響もあって、ダントツに低いそうです・・・末永くお幸せに! -
美術館を出て「シニョリーア広場」を散策。
広場に面した「ロッジア・ディ・ランツィ(ランツィの回廊)」・・・3本のアーチが並び、屋根の下は野外彫像展示場になっています。
左のブロンズ像は、チェッリーニの『メドゥーサの首を持つペルセウス』。 -
ランツィの回廊から左側のヴェッキオ宮殿にかけて、素晴らしい彫刻が飾られています。
中央のダビデ像はレプリカですが、ほかの作品は本物で、右側はヘラクレスとカークス像。 -
ヴェッキオ宮殿の左角にあるネプチューンの泉・・・1575年に大理石とブロンズで作られた噴水です。
1299年から1314年にかけて建設されたヴェッキオ宮殿は、現在でもフィレンツェ市庁舎として使われており、天井や壁一面のフラスコ画は見応えがあるようです。 -
シニョーリア広場とドゥオーモ広場の中間にある「レプッブリカ広場」・・・フィレンツェの中心部にあり、正面には1865年に建てられた「凱旋門」が見えます。
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ブランド街を通りドゥオーモに向かいます。
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着いた頃に、雨が少し降って来ました。
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「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂」は1296年から140年以上をかけて建設され、ドゥオーモ(大聖堂)、サン・ジョヴァンニ洗礼堂、ジョットの鐘楼の三つの建築物で構成されています。
この「ジョットの鐘楼」は、1387年に完成し、高さ約84m、大聖堂と同じく赤、白、緑の大理石で作られているゴシック様式の鐘楼で、完成を見ないで他界した、建築担当のジョットに由来しています。 -
ドゥオーモの正面の入り口に行くと、 ” あれ、扉が閉まっている! ” ・・・どういう事?
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係りの人に聞くと、 ” 今日は重要な方が来るので、入場観光は16時でオシマイ ” とのこと・・・ ” ドーモ、すみません! ” ・・・残念!
ガイドさん、ちゃんと下調べしておいて下さいよ! -
フィレンツェを後にして、近くの町・プラトーに行きました。
今日のホテルは「ダティーニ・ホテル」・・・このホテルの近くにもスーパーがあり、翌朝、出発前に生ハムやチーズなど、いろいろ買いました。
日本と比べると安いし、品物も豊富でした。 -
夕食はホテルで、メインはポーク料理です。
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<7日目>
ホテルを8時に出発し、ヴェネツィアの近くでトイレ・ストップ。
その間に、添乗員さんとドライバーのフランコさんは、このチェックポイントで高速道路の通行税を払っていました。
イタリアは、昔と違い、ホテルでは宿泊税(3ユーロ前後・2011年から順次導入)、高速では観光バス対象に通行税(約180ユーロ)が必要で、これが市の大きな収入にもなっており、財政危機対策かも知れませんが、面白くない話です。 -
鉄道と並行している橋を渡り、いよいよヴェネツィアへ!・・・鉄道路線と土手を走る車道が島々と本土を結び、潟(ラグーナ)の外側の長い砂州や海岸の防波堤が、この町を海から守っています。
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かつては海上に浮かぶ孤島でしたが、1846年にイタリア本土との間に鉄道が敷かれ、後に自動車用道路の「リベルタ橋」も架けられ、イタリア本土との往来は容易になりました。
ただし、ヴェネツィア本島内は自動車での移動はダメで、自転車の使用も禁止されているため、車はリベルタ橋を渡ってすぐの所にある「ローマ広場」の駐車場に置いて、島内は徒歩か船舶で移動します。 -
港には、豪華客船が何隻も停泊しています。
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私達は、ボートに乗り・・・
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添乗員さんの説明を聞きながらサン・マルコ広場を目指します。
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ヴェネツィアは、人口が27万人で、アドリア海の最深部、ヴェネツィア湾に出来た潟「ラグーナ」の上に築かれた、運河が縦横に走る水の都です。
697年、ヴェネツィア共和国が始まり、15世紀後半には屈指の海軍力をもつ都市国家となりましたが、諸外国の侵略や、ほかのイタリア都市の攻撃で、その後は衰退していきました。 -
ヴェネツィア本島は大きな魚のような形をしており、本島全体が小さな島々からできています。
その真ん中を、全長約3kmにおよぶ逆S字形の「カナル・グランデ」(大運河)がヴェネツィアの北西から南東へ、市街を2つに分けながら湾曲して流れています。
これは、1681年に完成した「サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂」。 -
150を超える運河が177の島々を分け、運河には400に及ぶ橋が架かっています。
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カヌーを楽しんでいる人達。
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船を下りて、レストランに向かいます。
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迷路のように入り組んだ路地が続きます。
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窓辺に飾られた可愛い動物のグッズ。
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橋を渡り、運河を見ながら・・・
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また橋を渡り、ゴンドラに手を振って、歩いて行きます。
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ナポリ名物の「洗濯物干し」が、ここにも・・・
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絵になる風景・・・午後は、私達もゴンドラに乗ります。
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ヴェネツィアのお巡りさんも、カッコいい!
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このレストランで昼食です。
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ヴェネツィア名物の「イカ墨パスタ」と、シーフードのフライでした。
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昼食後、また路地を歩いて・・・
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サン・マルコ広場に行きました。
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この広場は、回廊のある建物に囲まれ・・・
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ドゥカーレ宮殿や・・・
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サン・マルコ寺院などがあります。
ビザンティン・ロマネスク・ルネサンスなど複数の建築様式が混ざった、ヴェネチアのシンボルとも言える「サン・マルコ寺院」は1090年代に完成し、その後900年にわたって建て増しや改修が行われ、現在も改修中。
元々この寺院は、ヴェネチアの商人達がエジプトのアレクサンドリアから828年に持ち帰った「聖マルコの遺骸」を祀るために建てたものです。 -
正面入口の上に置かれている4頭の馬の銅像(現在置かれているものはレプリカ)は、もともとコンスタンティノポリスの競馬場にあったもので、1204年の第四回十字軍の時に略奪され、ヴェネツィアに運ばれました。
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サン・マルコ寺院のファサード上部に描かれた5枚のモザイク画のうち、左右の4枚には、サン・マルコ寺院が出来るまでの物語が描かれています。
右から順にそのストーリーが描かれていますが、一番右は、聖マルコの遺骸を運び出す商人と役人たちのシーン。 -
その隣は、無事ヴェネチアに到着し、上陸したシーン・・・「聖マルコ遺体のヴェネツイア到着」。
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真ん中のファサードには、聖マルコの遺骸の話とは関係なく、キリストが描かれています。
「栄光のキリストと最後の審判」・・・このモザイク画は、19世紀に入って作りなおされたものです。 -
左から2番めのモザイク画は「ヴェネツィア総督および市民による聖マルコ遺体歓迎」のシーン・・・聖職者に引き渡され、祝福されているところです。
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そして一番左が、聖マルコの遺骸が運び込まれる場面を描いた「行列で大聖堂内へ運ばれる聖マルコの棺」・・・背景の寺院は、勿論、サン・マルコ寺院。
ところで、この4枚目のモザイク画は他の3枚と違い、13世紀に作られたオリジナル・・・他の3枚は17~18世紀に作り替えられたもので、モザイク画とは思えない位、自然な感じで描かれています。
この1番左のものだけが、立体感がなく、人々はまるで人形のようにのっぺりした感じで描かれていますが、どことなく惹きつけられるモザイク画です。 -
海に囲まれたヴェネツィアは、大潮、低気圧、そしてアドリア海の東南から吹く風「シロッコ」の3つの要因が重なると、「アックア・アルタ」と呼ばれる高潮がヴェネツィア湾で起こって、ヴェネツィアの街中まで水が入り込み、特に一番低いサン・マルコ広場は水没します。
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サン・マルコ広場に聳えるベネチアのシンボル「サン・マルコ鐘楼」・・・最初に鐘楼が建てられたのは9世紀で、1514年に現在の形で完成しましたが、1902年に崩壊したため、1912年に再建されました。
高さが98.6mの鐘楼はデザイン的に注目を集め、これを模した建造物が世界各国に造られるなど、大きな影響を与えてています。 -
「ドゥカーレ宮殿」は、ヴェネツィア共和国の総督邸兼政庁だった建造物・・・8世紀に創建され、14~16世紀にかけて現在の形に改修されました。
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1499年に完成した「ムーア人の時計塔」・・・屋上には大きな鐘と、それを打つ2人のムーア人像があり、正午になると鐘を打ち鳴らします。
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「有翼の獅子像」・・・サンマルコ広場にある、花崗岩で出来た 円柱の頂上には、ヴェネツィアの守護聖人である聖マルコの象徴 「有翼の獅子」の像があります。
ここが、ツアーの集合場所・・・これならどこからでも良く目立ち、迷子にはならないでしょう。 -
今日は土曜日で、家族連れの人達も沢山います。
島内は車や自転車はダメでも、子供用の乗り物はOK。 -
再び、路地を歩いて・・・
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ヴェネツィアン・グラス作りを見学・・・。ステンドグラスやガラスフュージングを趣味にしているので、ここは楽しみにしていました。
見事なマエストロの技・・・あっという間に、素晴らしい花瓶が出来上がりました! -
このお店で、ベネチアン・ガラスのブレスレットやアクセサリーの材料などを買いました・・・帰国したら、ステンドグラスの仲間にお土産です。
そして、記念のヴェネツィアン・グラスもゲット。 -
店員さんからこのミルフィオリをプレゼントして貰いました。
帰国してフュージングしたら、1個でこんなに大きなペンダントヘッドになりました。 -
買ったベネチアン・ガラスで、こんなネックレスを作りました。
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ヴェネツィアは、干潟に建物を建てるため、大量の丸太の杭を打ち込み、それを建物の土台としました。
そのため、 ” ヴェネツィアを逆さまにすると森ができる ” と言われます。
ゴンドラ乗り場から見た「サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会」。 -
これから、30分のゴンドラ遊覧に出発!
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天気が良くなり、「サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂」も綺麗に見えます。
1681年に建設されたこの聖堂は、水上からサン・マルコ広場へ上がる玄関口の目印となっています。 -
橋をくぐり、橋の上の人達を見て・・・
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ノンビリとヴェネツィアを楽しんでいる人達も見て、楽しかったひと時が終わりました。
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「バルトロメーオ・コッレオーニ騎馬像」・・・15世紀のベネチア共和国の傭兵隊長でヴェネツィアへ多大な貢献をした人物です。
騎馬像の下には、台座と女神と有翼の獅子像たち。 -
豪華客船が出帆・・・ ” Bon Voyage !! ” ・・・皆さん、デッキから手を振っています。
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ベニスの斜塔(?)・・・塔が少し傾いています。
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ヴェネツィア観光が終わり、今日の宿泊地のトレヴィソに向かう途中、綺麗な虹が見えました。
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今夜は「パーク・ヴィラ・フィオリタ」に宿泊します。
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夕食までに時間があるので外に出てみると、まるで宮殿のような美しい庭園が広がっていました。
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女神になった気分・・・
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庭には、大きな松ボックリがありました。
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ホテルでの夕食は、ペンネ・パスタと鮭のフライです。
料理は美味しかったのですが、中国人の団体客がいて、とてもうるさいひと時でした・・・私達も気を付けなくては・・・ -
<8日目>
今日は、ヴェローナとミラノの観光です。
ヴェローナに向かう途中、アルプスの雪山が綺麗に見え、イタリア北部であることを実感しました。
以前、スイス・ジュネーブからアルプス最高峰のモンブランに登ったことがありますが、その時の美しかったアルプスの山々を思い出しました。 -
ヴェローナは人口が26万人で、滋賀県・長浜市と姉妹都市になっています。
街の中心部には、古代ローマ時代の円形競技場跡(アレーナ・ディ・ヴェローナ)があり、街の象徴となっているほか、中世の町並みがよく残っており、2000年には「ヴェローナ市街」としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。 -
「アレーナ」・・・紀元前1世紀初めに作られ、ローマのコロッセオ、ナポリの円形劇場に次ぎ、イタリア国内3番目の大きさを誇り、収容人数は2万5000人。
舞台や座席も残り、イタリア国内で最も保存状態が良いと言われ、毎年6月から8月にかけてオペラ公演が行われ、ヨーロッパでも屈指の音楽祭になっています。 -
母の日のカーネーション(?)・・・パパと一緒にお買い物。
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中心街を歩いてバッグ屋さんに入り、このバッグを買いました。
本当は、革製品で有名なフィレンツェで買おうと思っていましたが、なかなか気に入るのがなくて、諦めていました。
大小の2点セットになっており、色も大きさも好みのものです。
今まで買ったバッグの中でも使い勝手が良く、帰国してからも愛用しています。 -
「シニョーリ広場」に出ました。
右側は市役所で、その脇に、高さ84mの「ランベルティの塔」が建っています。 -
いろんなお店がテントを出しています。
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ヴェローナ観光の目玉「ジュリエッタの家」・・・シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」は、ヴェローナで実際あった話を元にしたと言われ、ジュリエットの家のモデルとなったカプレティ家の邸宅が一般公開されています。(但し、シェークスピアがイタリアを訪れた記録はありません。)
前庭にある「ジュリエット像」の右胸に触ると、幸せな結婚ができると言われており、大勢の観光客で大混雑・・・何とか、私も触りました。
近くに「ロミオの家」も残っていますが、個人所有のため非公開です。
《物語の舞台は、13世紀のイタリアの都市、ヴェローナ。当時、モンタギュー家とキャピュレット家が、血で血を洗う抗争を繰り返しており、恋に落ちたモンタギューの一人息子ロミオと、キャピュレットの一人娘ジュリエットが、その犠牲になる悲劇です。》 -
永遠の愛を誓った「バルコニー」・・・建物は13世紀に建てられたゴシック様式で、有名なバルコニーが付いています。
この家の中は有料で公開されていて、当時の家具や生活用品が展示されています。
バルコニーからの写真を撮ってもらうため、6ユーロ払って入りましたが、ツアー仲間で入ったのは、結局、私だけでした。
写真を撮って貰ったので、出ようとすると、係りの人が ” 見学コースは、こちらですよ ” ・・・でも、そのまま出て来ました・・・写真が撮りたかっただけです。 -
ジュリエッタの家のすぐそばにある、「エルベ広場」・・・長方形の大きな広場で、ヴェネツィア共和国の象徴であったサン・マルコの円柱やカンピオーネの作によるマドンナの噴水があります。
広場の奥には、17世紀に建てられたバロック様式のマッフェィ宮殿が建っています。 -
エルベ広場の「エルベ」は野菜の意味で、その名の通り野菜の市が開かれた場所です。
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” これも、お土産にいいナ ”
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今日は、日曜日。
ストリート・パフォーマーが道行く人を楽しませてくれます。 -
一本の棒で、美女が宙に浮いてるこのトリックは、今でも分かりません。
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可笑しなベビー・・・隣にいるマダムの胸を、突然つかんだりしていました。
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アレーナ前の「ブラ広場」が集合場所・・・緑が多い、ホッとする公園です・・・ ” ママー、チョコのソフトは美味しいね! ”
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広場で見た、ダンディなチビちゃん。
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今日は、市民サイクリング大会・・・数百名の老若男女が、楽しく走っています。
サイクリングが盛んなヴェローナでは、2004年に自転車ロードレースの世界選手権も開催されました。 -
ヴェローナを後にして、2時間あまりで最後の観光地、ミラノに到着しました。
このレストランで昼食です。 -
ミラノ風リゾット・・・イタリア北部で食べられる代表的な米料理で、サフラン・ブイヨン・チーズでじっくり炊いた、コクのある味わい。
メインはミラノ風カツレツ・・・ミラノの代表的な肉料理で、薄く延ばした仔牛の肉に、パルメザンチーズを混ぜたパン粉を付けて焼いたもの。 -
レストラン前は、高層ビルのビジネス街。
ミラノの人口は130万人で、大阪と姉妹都市です。 -
昼食の後は、ミラノ観光。
スカラ広場にある「スカラ座」・・・この劇場は、以前「サンタ・マリア・アラ・スカラ教会」のあった場所に建設されたので、「公国立スカラ新劇場」の名で1778年に落成しました。 -
スカラ座は数々の著名なオペラの初演の舞台となり、プッチーニの代表作である「蝶々夫人」や「トゥーランドット」はスカラ座で初演されています。
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広場にある「ダ・ヴィンチの像」・・・1452年にフィレンツェで生まれたレオナルド・ダ・ヴィンチは、イタリアのルネサンス期を代表する芸術家で、絵画、彫刻、建築、科学など様々な分野に顕著な業績を残しています。
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1482年から1499年までは、ミラノ公国で活動し、晩年はフランソワ1世に招かれ、1519年にフランスで死去しました。
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赤い服のお洒落な日本人ガイドさん(左側)の案内で、スカラ広場から「ガレリア・ヴィットリオ・エマヌエーレ2世」を通って行きます。
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このガレリアは、8角形の建物に交差している2つのアーケードで覆われ、ドゥオーモ広場の北に位置し、スカラ広場へ通じています。
イタリア王国の初代国王「ヴィットリオ・エマヌエーレ2世」にちなんで名づけられたこの場所は、1877年に建設されました。 -
十字路の交わる付近にある、青いタイルで囲まれた牡牛のモザイク・・・その股間部分がやや窪んでおり、この窪みに踵を合わせてクルリと一回転すると幸せが訪れる、あるいは、旅行者は再びミラノに戻れる等の言い伝えがありますが、その理由は解明されておらず、ミラノ市民にとっても積年の謎。
トレビの泉のコイン投げと違って、一人ずつしかできないので、観光シーズンには行列ができる事も珍しくありません。 -
牡牛のそばには、紋章のモザイク画。
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ガレリアを通り、ドゥオーモ広場に出た途端、荘厳な「ドゥオーモ」の建物が眼に飛び込んで来ました。
1386年に着工し、約500年の時を経て1813年に完成した壮大な大聖堂は、全長158m、幅93m、高さが108mで、内部の面積が1万1700平方mもあり、世界最大級のゴシック建築として知られています。
広さもバチカンのサン・ピエトロ大聖堂に次いで2番目です。 -
ブロンズ製の扉。
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ファサードの彫刻も素晴らしい。
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教会の内部には、巨大な52本の列柱・・・荘厳で壮大な美しさに圧倒されます。
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これは「聖アガタの祭壇」・・・ステンドグラスも見事です。
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第二次世界大戦中にミラノは爆撃を受けましたが、この建物は連合国側の判断で爆撃を逃れました。
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入場料を払ってでも、これらのステンドグラスは必見ですね。
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丁度、ミサが始まりました。
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聖堂の屋根に、階段かエレベータで登ることができるので、エレベータを利用して登ってみました。
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ゴシック建築の特徴である飛梁(とびばり:空中に架けたアーチ)と尖塔の組み合わせ・・・屋根に上る途中で、その美しさに圧倒されます。
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彫刻も随所に施されています。
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屋上には135本の尖塔と2245体の彫刻・・・その融合美は、まさに圧巻の一言です。
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一つ一つの尖塔には、天辺に聖人が立っています。
一番高い位置に、金のマリア像が輝いており・・・ -
昔は、このマリア像より高い位地に建物を建ててはいけない、とされていました。
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聖人たちがミラノの街を見守っているように見えます。
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ドゥオーモ広場とガレリアの出入り口が、良く見えます。
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残雪のあるアルプスの山々も、良く見えます。
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下りる時も、何となくコワーイ!
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ドゥオーモの向かいにあるデパート「リナシェンテ」・・・可愛い女の子がデパートのチラシを配っています。
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ガイドさんが教えてくれたガレリア内のレストラン「ガレリア」で小休止。
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夫はビールで私はカプチーノ・・・飲むのが勿体ない位の芸術品です。
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集合時間がそろそろなので、スカラ広場に戻りました。
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夕食のレストランに向かう途中、ドライバーのフランコさんのサービスで「スフォルツァ城」にバスを止めて写真タイム・・・スフォルツァ城は、1450年に建設された城塞で、現在は美術館として公開されています。
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「フィレーテの塔 」をバックに。
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地元の皆さんと一緒に、パチリ。
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このレストラン「CORALLO」で夕食。
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今日のホテルはアタホテル・コンテッサ・ヨランダ」・・・2部屋プラスキッチンがある、ジュニアスィートタイプの広い部屋です。
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ベランダからは、アルプスの雪山や高層のビジネスビルが見えました。
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<9日目>
リナーテ国際空港で9時発の国内線に搭乗し、ミラノからローマへ約1時間のフライトです。 -
再び、ローマの「レオナルド・ダ・ヴィンチ国際空港」に到着・・・出国審査を終えて、スカイブリッジ(モノレール)に乗り、搭乗口のあるGゲートに移動しました。
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ところが、ここで大問題が発生!・・・夫婦で参加した最高齢のおじいちゃんがいない!
大騒ぎしましたが、トイレに行ったので遅れたとの事・・・奥さんは「皆さんに謝りなさい」とカンカンですが、本人は、ケロり!
まあ、無事だったので、良しとしましょう。 -
11時半発のアリタリア直行便で、ローマから成田へ。
飛行機から見る地中海は、青くて綺麗です。 -
これは、クロアチアあたり。
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機内食は和食と洋食のチョイス。
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残ったユーロで、機内販売のショールを買いました。
楽しかった十日間も、終わってみればアッ!という間です・・・南北縦断の充実したイタリア旅行は、沢山の思い出を残してくれました。
添乗員さんとツアー仲間の皆さんに感謝して、終わります。
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