2013/07/02 - 2013/07/03
21773位(同エリア85569件中)
hamaさん
東京散歩
今回は、港区にある泉岳寺は、赤穂浪士47士の墓所で
歴史のあるお寺さん、忠臣蔵は、映画や芝居、浪曲などで
余りにも有名です。些細なことから大きな事件に発展した
悲しい史実。現代に大きな教訓と言えるでしょう。
八芳園は、大東京のオアシスです。
先代のエコが現代に生かされた先見の明(めい)ですね。
さあ〜、快足散歩の出発で〜す。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 自家用車
-
今回の東京散歩の出発地点は、芝浦アイランドの芝浦運河に
架かる汐彩橋です。 -
イチオシ
高層マンション
東京モノレール
芝浦運河 が 一緒に写真におさまりました。 -
品川地下道をくぐり高輪大木戸に向かいます。
-
高輪大木戸跡(たかなわ おおきどあと)(港区高輪)
江戸時代中期(1710年)に、建てられたのが起源。
江戸の南出入り口に位置して、治安の維持と交通規制をした場所。
現在残るのは石垣のみとなっています。 -
泉岳寺(せんがくじ)忠臣蔵 赤穂浪士の墓所。(港区高輪)
赤穂浪士 大石内蔵助(おおいし くらのすけ)を代表に
47士及び足軽の菅野をいれた48棋の墓所。 -
通称 忠臣蔵
赤穂浪士(赤穂市、兵庫県)47名が、吉良上野介(きらこうづのすけ)邸
に、押し入り吉良を殺害し主君(浅野内匠頭、あさのたくみのかみ)の
仇打ちをした事件。忠臣蔵の名前の由来は、主君に忠実な赤穂浪士達、
忠臣と内蔵助(くらのすけ)の蔵をとり、忠臣蔵としている、、、。
*大石内蔵助;浅野家筆頭家老、(1659〜1703年)
リーダーとして現代のビジネス界でも一目おかれる。 -
松の廊下
赤穂藩主の浅野が江戸城の松の廊下で吉良に切りかかりけがを
負わせ、将軍綱吉が浅野に切腹を命じ江戸城から赤穂藩を撤退させた。
松の廊下で、浅野が刀を抜いた時に止めた言葉 殿中でござるぞ!
は、江戸城内で抜刀は最大の規律違反なんですね。 -
八芳園(はっぽうえん)港区白金台(しろかねだい)
創業70周年を迎えた庭園レストラン、結婚式場。
1万2000坪の美しい庭園。
名前(八芳園)の由来も、四方八方どこを見ても美しい。
*写真:八芳園の正門 -
江戸時代、江戸幕府旗本 大久保忠教が一部を屋敷として私有、
その後薩摩藩 島津家の下屋敷、明治時代には渋沢喜作に移転。
*江戸幕府;徳川幕府 1603年に征夷大将軍に任官した
徳川家康が創設した武家政権。
*旗本;武士の身分の一つ、徳川幕府直属の家臣。石高一万石以上。
*下屋敷(しもやしき);江戸時代に本邸以外に江戸近郊に設けた屋敷
*上屋敷(かみやしき);諸国の大名が江戸市中に設けた平常の住まい
の屋敷。
*中屋敷(なかやしき);大名が上屋敷の控えとして設けた屋敷。 -
イチオシ
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緑や綺麗な池に鯉が泳ぐ風景は、とても東京の大都会の
中心に位置しているとは思えません。 -
古地老稲荷神社(こじろう いなりじんじゃ)港区白金台
八芳園の敷地に食い込んで建つ神社。火伏せのお稲荷さん。
大火災があった後に建てたところ、火災が無くなり、東京
大空襲でも戦火を免れたそうです。創建1829年。 -
八芳園にある料庭(庭を楽しみながら料理に舌鼓) えん樹
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庭を楽しみながらお食事が楽しめます。
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白金台の自然の丘陵と小川跡を利用して生える樹齢数百年の樹木達、
先人が大事に保存した都会のオアシスは散歩の休憩地としては
最高の場所です。 -
人気の東京散歩
東京には沢山の歴史遺産、文化遺産、名所.旧跡があります。
健康維持と東京を楽しむ一石二鳥のプチ旅行です。
明日も歩きます、、、。
ありがとうございました。
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