2013/06/23 - 2013/06/23
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akkiy363672さん
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60種1万本のあじさいが見頃を迎えていると聞いて、あじさい寺の別名で有名な奈良県大和郡山市の「矢田寺(やたでら)」に行ってきました。
2週間ほど前に入梅が宣言されていますが、今年は一向に雨が降らない空梅雨…。各地から水不足や、猛暑日が続くなどのニュースが届く日々です。
でも、2日ほど前に降った雨であじさいたちも息を吹き返したかなと思い、朝早くから出かけました。
顛末は
http://homepage3.nifty.com/akira-i/monomiyusan/261-yatadera.html
にも記していますので、よろしければのぞいてみてください。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車
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午前8時、到着。まだ、車の台数もまばらで、一番お寺に近い駐車場に車を止めることができました。
そこから、狭くて急な坂道を5分ほど上ります。 -
山門です。あじさいの花が、お目見えです。
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山門を入ると、石段が続いています。
この矢田寺(やたでら)は、谷田山の丘陵に開かれたお寺なので矢田寺と呼び習わされていますが、正式名称は金剛山寺という、高野山真言宗のお寺です。
今から約1300年前、大海人皇子(のちの天武天皇)が矢田山に登られ壬申の乱の戦勝祈願をされました。即位後の白鳳4年、智通僧上に勅せられ、 七堂伽欄48カ所坊を造営されたのが開基だとか。 -
階段の途中のアジサイの中に、お地蔵さんがたたずんでおられました。
日本最古の延命地蔵菩薩を安置していて、日本のお地蔵さま発祥の地だそうです。
当初は十一面観世音菩薩と吉祥天女を本尊としていましたが、 弘仁年間に満米上人により地蔵菩薩が安置されて以来、地蔵信仰の中心地として栄えてきました。 -
石段を登り切ると、左右に白壁が続き、僧坊が並んでいます。
手前の門が、北僧坊・南僧坊・念仏院とともに矢田寺四塔頭のひとつに数えられる、「大門坊」です。 -
大門坊(だいもんぼう)は、 弘法大師が「三大秘密教門院」と命名された寺院です。
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お堂の右手に咲く、沙羅の花です。
普通、左右一対に植えられるので、「沙羅双樹」と呼び習わされています。 -
大門坊の庭の白壁沿いに咲いていたアジサイの薄紫が、透明感があって鮮やかでした。
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本堂が見えてきました。
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本道へ向かう参道の右側に、お地蔵様が並んでいました。
真ん中は「みそなめ地蔵」です。由来は
「http://homepage3.nifty.com/akira-i/monomiyusan/261-yatadera.html」
「http://www.yatadera.or.jp/keidai.html」
へどうぞ。 -
本道への石段を上ります。
ご本尊は「木造地蔵菩薩」です。 -
いろとりどりのあじさいが、次々と顔を見せます。
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本堂を裏手から…。
さすがはアジサイ寺、この時期はどのショットにもアジサイの花が入ります。
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北僧坊です。
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お墓も、あじさいの中に…。
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「御影堂」へ向かう道です。
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左奥の山手に、「舎利堂」がありました。
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その横を抜けて山に分け入ると、四国88か所霊場めぐりの道が続いています。
1時間30分と表示されているこの道を一巡りしてくると、四国巡礼が一回結願するそうです。 -
あじさいは約30〜40年前に植えられたそうで、矢田寺の歴史と比べればまだ日が浅いのですが、それでもすっかり定着しました。
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あじさいの、雨に打たれ、さまざまに色が移ろう姿は、 私たちに仏教の「諸行無常」の心を伝えてくれています。
また、あじさいの丸い花は、お地蔵さまの手に持っておられる宝珠の形でもあるのだとか。 -
あじさいは日本固有の品種で、諸外国にその野生種はなく、西洋あじさいといわれるものは、江戸後期にシーボルトなどによって欧州へ送られた花が、改良されたものです。
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2首ですが万葉集にも詠まれていることから、奈良時代にはすでに栽培されていたようです。
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「南僧坊」です。
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それでは、矢田山の丘陵に広がる「あじさい園」に入ってみましょう。
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花の間の小路を、谷へと降りていきます。
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ここのあじさい園は、平面に広がる花々でなく、見下ろし、見上げて、折り重なるような景観が広がっています。
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見上げれば、あじさいのタペストリー…。
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見下ろせば、紫のラグマット…。
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矢田寺には、5月中旬に咲き始めるツルアジサイから、9月頃に咲く中国のあじさいまでが植えられているとか。
見頃も、6月はじめから7月10日と、長い期間です。 -
朝の境内は清々しく、人影もまばらで静かな中を散策できました。
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歩経路のところどころを、谷川が横切っています。
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歩経路を、竹箒できれいにしてくれています。
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花の下にも、落ちた花びらや葉を取り除いたり、根っこの土をかぶせたりして、世話をする人の姿がありました。
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背丈ほどの花の中を進んで行くと…、
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花の中から、不意に人が現れます。
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午前10時近くなって、あたりがにぎやかになってきました。
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後ろを振り振り返ると、あじさい園に降りてくる人が列をなしています。
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そこここに、多くの人影が…。
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約1万株のアジサイが、高低差のある丘陵の斜面に植えられていて、一斉に花を咲かせている風景は見事なもの…。
ときには眼下に、ときに見上げて、花の中の小路を行くのは、まさしく花に包まれて遊ぶの境地でした。 -
帰り道の茶店で、宇治金時(氷)を食べました。
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坂道を下ってきて、下の道を見ると、駐車場待ちの車が長蛇の列を作っていました。
午前10時30分…。 さて、どうしようか…?
奈良公園・東大寺・興福寺、あるいは、西ノ京・薬師寺・唐招提寺、それとも長谷寺〜滝谷へ出て今日は徹底的にアジサイを…などと考えたのですが、「そうだ、松伯美術館へ行こう」と思い立って、登美が丘へと向かいました。 -
登美が丘の丘陵に、1701年(元禄14年)今井善五郎が約9年かけて完成した大渕池があります。
その池にかかる「大渕大橋」を渡ってすぐ、池の北岸に「松伯美術館」はあります。 -
駐車場に車を止めて、案内板に従って奥へ進みます。
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植え込みの間を50〜60m行くと…、
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美術館の玄関に出ます。
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「松伯美術館」のレリーフ。
受付の左手が、上村松園の作品を展示している第一室です。 -
← 「鼓の音」(パンフレットより)
第一室には、ほかに「雪」「虫の音」そして「虹を見る(下絵)」「風(下絵)」「時雨(下絵)」と屏風が一柵展示されていました。
体の動き、風の吹く様、そのときの人びとの表情や着物の動きなどが、精緻な筆跡で描き出され、それでいてなまめかしく優しさが漂う作品たちでした。 -
← 美術館の中の坪庭です。
松篁(第二・四室)、淳之(第三室)の作品にも、自然が奏でる優しさや息吹が醸し出され、日本の豊かな情緒が溢れていました。松園は時代の美人画、松篁は花木や動物を、淳之は鳥たちを描いているのに、三人ともに漂う心の和む情感は、この家に受け継がれる血の為す技なのでしょうか。
この時間、訪れる客の少なかったのをよいことに、4つの室を何度も行き来して上村三代を堪能したあと、庭に出てみました。 -
左の門は佐伯勇近鉄名誉会長旧邸の茶室「伯泉亭」です。
右が住居で、暖炉用のレンガの煙突が見えています。 -
「伯泉亭」の縁台に腰掛け、庭を拝見しながら、お抹茶を一服いただきました。
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その後、庭の北隅にある高台へと続く、「逍遥の小路」を登ってみました。
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高台からは、旧佐伯邸のいらかの向こうに、登美が丘の町が見えました。
北は山城の山、南は郡山盆地の向こうに紀伊の山々が見える…とか。 -
← 美術館の玄関前の枝垂れ桜です。
時刻は午後1時…。昨夜は午前3時30分に布団に入り、今朝は5時過ぎに起きて車を走らせてきた章くん、さすがに眠くなってきて、帰ることにしました。
矢田寺(あじさい寺)と松伯美術館 完結です。
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