2013/05/16 - 2013/05/19
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akkiy363672さん
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阿蘇山のあと、南に下って、「高千穂峡」を訪ねました。
阿蘇カルデラをつくった火山活動によって流れ下った熔結凝灰岩が、五ヶ瀬川の侵食によって深い峡谷を刻んだ高千穂峡…。
高さ80m~100mにも達する断崖が7kmにわたり続く渓谷は、天孫降臨の神話を秘めて、不思議な魅力に満ちていました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 3.5
- 交通
- 4.0
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- レンタカー バニラエア
-
阿蘇から高千穂に至る国道325号は、結構トンネルが多い道です。
九州山地を横断していくわけですから、山あり谷ありなのですね。 -
交通量もなかなかに多いですが、でも、信号は少なく、ゆったりと走ることができました。。
-
九州山地の急峻な峰峰が望まれます。
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と…、列車が…! ここって、JRが走っていたっけ? …と一瞬思ったのですが、近づくと、列車だけが置いてあるのに気づきました。
この列車展示の由来を紐解いてみますと、旧国鉄時代(現JR)、延岡から高千穂を通って、熊本県高森町までを結ぼうという九州横断鉄道建設の計画が発案され、昭和48年建設工事が始まりました。
この地でトンネルが掘削されましたが、トンネル内に水がわき出る事故があり、工事は中断、当時の情勢の変化等もあり、結局工事は中断したままトンネルだけが残りました。(下につづく) -
平成9年、路線・トンネルなどは、旧国鉄精算事業団から高千穂町に払い下げられます。
トンネルは、年間平均温度17度前後、湿度70%という焼酎保存に適した環境で、平成12年、焼酎の貯蔵庫として地元(岩戸)の神楽酒造が、高千穂町と賃貸契約を結び活用することになりました。
← たくさんの焼酎の樽がねかされていました。 -
トンネル横には、売店が設けられていて、酒類をはじめ地元の特産品などを売っていました。
← この人形、スサノオノミコトとアメノウズメノミコトです。 -
道路標識に「高千穂峡」の文字が見えました。目的地は、もうすぐです。
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ほどなく渓谷に着いたのですが、「真名井の滝」近くの駐車場は満車とのことで、その上流700mほどのところにある「あららぎ駐車場」に車を止めました。
でも、この700m上流が幸いで、ボート乗り場までは渓谷に沿って歩経路を歩いて行かねばなりませんが、渓谷美をしっかりと鑑賞することができました。
真名井の滝の駐車場に車を止めていれば、ボートに乗って、滝を川面から眺めて終り…といったところだったでしょう。 -
こんな渓谷が、ずーっと続いています。
高千穂峡は、阿蘇カルデラをつくった火山活動によって、約12万年前と約9万年前の2回にわたって噴出した高温の軽石流(火砕流の一種)が、当時の五ヶ瀬川の峡谷沿いに厚く流れ下ったのですが、熔結凝灰岩は磨食を受けやすいため、五ヶ瀬川の侵食によって再びV字峡谷となったものです。
高さ80m〜100mにも達する断崖(柱状節理)が7kmにわたって続いており、これを総称して五ヶ瀬川峡谷(高千穂峡)と呼んでいます。 -
車を止めた「あららぎ駐車場」横の「神橋(しんばし)」を振り返ってパチリ!
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このような、丸くえぐられた穴がたくさん見られます。
甌穴(おうけつ)と言って、河底や河岸の岩石面上にできる円形の穴。ポットホール[1](pot hole)、またはかめ穴(かめあな)ともいいます。
河底や河岸の表面が硬い場合、表面に割れ目などの弱い部分があるとそこが水流による浸蝕のためにくぼみとなり、このくぼみの中に礫が入ると渦流によってその礫が回転し丸みを帯びた円形の穴に拡大します。
その後、川底が侵食の影響で下がり、甌穴のできた場所は水面より高くなると、その結果、甌穴が地表に見られるようになります。 -
ここは、渓谷の上に、県道の橋、国道の橋、バイパスの橋という3本の橋が収まる、カメラスポットだとか。
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このあたりは、渓谷の幅がいちばん狭くなっているところ。見たところ4〜5mほどの幅です。
ここは「槍飛び」と名づけられていて、戦国時代、近隣で戦闘に敗れた兵たちが槍を突き立てて飛び越えたと伝えられるところです。
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対岸に、大きな絶壁が見えてきました。
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高さ70mに及ぶ、この柱状節理は、「仙人の屏風岩」と呼ばれている大岸壁です。
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「真名井の滝」まで、あと300mほどでしょうか。
ここまでボートが来ていますね。 -
滝が見えてきました。
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ボートも、たくさん出ています。
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ボート乗り場のすぐ近くに架かる「柳橋」の上から、川面を撮りました。
右上にボート乗り場が見えます。 -
長ーい階段を下りていって、ボート乗り場に着きました。
考えてみれば、また上らなくてはならないのですね。 -
漕ぎ出しました。
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「真名井の滝」の下に来ました。
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結構たくさんのボートが出ていますから、ガンガンとぶつかったりします。
でも、神々のお膝元ですから、和気藹々としたものです。 -
滝を下からパチリ!
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階段を上り、柳橋に戻って、もう一度、滝を…。
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真名井の滝が流れ落ちる崖の上は自然公園となっていて、そこにある「おのころ池」より流れ出る水が真名井の滝となっている。
おのころ池からの水は、いったんこの貯水場に貯められ、右側の堰に切られた水路からがけ下へと流れ出る仕組みです。
神話によれば天村雲命(あめのむらくものみこと)という神が天孫降臨の際に、この地に水がなかったので水種を移しました。これが天真名井として湧水し、滝となって流れ落ちているといわれています。 -
では、ボート遊覧も終えて、また「あららぎ駐車場」まで戻ります。
このころ、たくさんの人たちが下ってきて、遊歩道は大混雑でした。
← 「真名井の滝」が見える箇所。章くんの9枚上の写真も、ここで撮りました。 -
「鬼八(きはち)の力石」と言われる、200トンもあるという大石です。
伝承は、下につづきます。 -
伝承によると、神武天皇はここ高千穂から東征の旅に出発しておられますが、その東征に同行された兄君の三毛入野命(みけぬのみこと)は、神武天皇の即位を見届けられてから大和から戻られ、この高千穂一帯を治められたということです。
この地で悪行をはたらいていた鬼神の鬼八を懲らしめるのですが、力自慢の鬼八が抵抗して投げつけた大岩だといわれています。
← 橋が見えてきました。 -
再び車に乗り、「高千穂神社」へ参拝しました。
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「高千穂神社」です。
『古事記』には、神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレビコ=神武天皇)は、兄の五瀬命(イツセノミコト)たちとともに、日向の高千穂で、葦原中国を治めるにはどこへ行くのが適当か相談し、東へ行くことにした…とあります。
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← 伝源頼朝奉納の鋳鉄製の狛犬。
像高およそ55cmで、一般に鉄像は銅像に比べて複雑な形の鋳造や細部の仕上げが困難であるとされますが、当品は同時代(鎌倉時代)の木彫のものと比較しても遜色がなく、その鋳造技術は鉄造遺品中出色のものとされ、昭和46年6月22日、国の重要文化財に指定されました。 -
かつて高千穂郷(現在の高千穂町、日之影町、五ヶ瀬町、諸塚村)には554社もの神社があり、その中でも格の高い88の神社を「高千穂八十八社」と言います。
その「高千穂八十八社」の総社として信仰を集めてきたのが、この高千穂神社です。 -
鎌倉幕府を開いた源頼朝が、天下泰平を祈念し、皇室発祥の聖地に対する尊敬の意を込めて、畠山重忠を代参として派遣し、手植えした杉です。
とすれば、樹齢は800年! 直径約1.8m、高さ55mです。
また、ここ高千穂神社で毎夜開催される高千穂観光神楽は、夜を徹して33番舞われる高千穂の神楽の中から、代表的な4番をダイジェストで披露しています。
神々の宿る高千穂は、夜神楽なしには語れません。是非ご覧になってください! …とパンフレットにあったのですが、今夜の宿は杖立温泉…。またの機会に、ぜひ拝見したいものと思います。 -
天孫降臨の地といわれる高千穂…。この神社は、「天津彦火瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)」など天孫降臨に関連した6柱の神様の総称である「高千穂皇神」をお祀りしてあります。
社殿によれば、伊勢神宮と同じく第11代天皇・垂仁天皇(1世紀)の時代に創建されたと伝えられています。
皇室発祥の地らしく、日の丸の旗が掲揚されていました。 -
「天岩戸神社」「天安河原」「国見が丘」「天真名井」「荒立神社」「くしふる神社」…など、天孫降臨にまつわる故地をまだまだ訪ねなければならないのですが、今日は時間がなくて、杖立温泉へ…。
午後3時30分、阿蘇の山が見えてきました。 -
← 山頂部がノコギリの刃のようにとがっていますから、根子岳です。
根子岳は阿蘇内輪山のいちばん東にある山です。阿蘇山の東を北上していく、章くんのルートですから、根子岳のふもとを通過していくことになります。 -
外輪山の峠から、カルデラと内輪山を望みます。
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遥かに広がる阿蘇カルデラ…。雄大な風景です。
大きさは日本でも屈斜路カルデラ(北海道)についで第2位ですが(世界一はインドネシアのトバカルデラ)、カルデラ内は平地が広がり、多くの町があって、約5万人の人びとが生活しています。 -
カルデラの内側に安定した集落を形成し、広く農地開墾が行なわれ、国道や鉄道まで敷設されている阿蘇のような例は、世界的にも類を見ません。
田に水が張られ、キラキラと輝いています。 -
阿蘇の山々を一望出来るビューポイントの中でも、一番と言われる「大観望」です。 東に、涅槃像(ねはんぞう、仏様が寝ている姿)として有名な阿蘇五岳が並んでいます。
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西の方角には、草原が広がっていました。
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あそこに見えているのが頂上、徒歩約10分です。
眼下に阿蘇谷が広がり、大パノラマが展望されるのですが、時刻はすでに4時30分。往復ともで30分ほどかかるので、パスしました。 -
5時30分、杖立温泉に着きました。
← 杖立橋
章くん、高校の修学旅行で、この温泉に宿泊しています。どこの旅館に泊まったのかも覚えていませんが、この橋を渡ったことでしょう。 -
机に並びきらないはどのご馳走でした。
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食後、町を歩いてみました。
← これは、温泉の蒸気を利用した「せいろ」。
誰でもが使うことができ、蒸し玉子15分、ふかし芋30分、おこわ120分…などと目安が書いてありました。
今、豆が蒸されていました。町の中のところどころに据えられていて、大盛況でした。
でも、温泉宿は廃業しているところもたくさんあって、昔からの温泉郷の厳しさを見た思いでした。 -
聞こえてくるのは、杖立て川の瀬音と「ケッケッケ−ッ」という河鹿蛙の美しくもどこか物悲しい鳴き声。
杖立川の川面に宿の明かりが揺れて、湯煙の中、山里は静かに暮れていきます。
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この旅行記へのコメント (3)
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- 門出さん 2013/08/02 08:59:51
- 中学生の時の修学旅行先でした
- おはようございます。
もう随分昔になりますが長崎に住んでいる時の中学校の修学旅行先でした。自然の素晴らしさを初めて感動した記憶が昨日の様によみがえりました。
写真の掲載有難うございました。
- akkiy363672さん からの返信 2013/10/30 10:14:38
- RE: 中学生の時の修学旅行先でした
- コメントをいただきありがとうございます。長い間、気づかずにおりまして、たいへん失礼をいたしました。
長崎からは、中学の修学旅行先なのですね。私どもの三重県からは、当時はほとんどの高校が長崎〜島原〜熊本〜阿蘇〜大分のコースでした。私も、あの頃のさまざまな出来事を思い出しながらの旅でした。
新しい発見とともに、昔の記憶をよみがえらせる旅もいいものですね。
- 門出さん からの返信 2013/10/30 10:46:54
- RE: 中学生の時の修学旅行先でした
- > おはようございます。
> もう随分昔になりますが長崎に住んでいる時の中学校の修学旅行先でした。自然の素晴らしさを初めて感動した記憶が昨日の様によみがえりました。
> 写真の掲載有難うございました。
>
ご返信有難うございます。
リタイアする迄は仕事や家族でよく旅行に行っていましたが今は偶に長崎の実家に帰るだけになりました。
季節柄、健康に留意してお過ごし下さいませ。
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