2013/06/01 - 2013/06/02
47位(同エリア66件中)
かとぽんさん
ほぼ不眠不休でのりこんだ東北六魂祭。
東北6県の魂の力が福島に結集しひとつになって作り上げた六魂祭。
力強くまた美しいパレードを堪能し、
長い一日は終わりを告げる。
翌日は宿の近くの飯坂温泉郷めぐりからスタート。
神社仏閣好きの次男ご希望の護国神社をたずね
きのうのジンギスカンのお店のご主人がおしえてくれた
福島名物円盤ギョーザとやらをいただきます。
そのあとは福島を横断して沿岸部の南相馬市へ。
震災から2年が経過したいま、果たしてどれほど復興が進んでいるのか確かめにいきます。
-
昨夜は20時頃飯坂温泉に到着し、さっさと風呂に入って爆睡しました。
6時に目覚めて部屋の窓のカーテンを開けたら
飯坂温泉郷が一望できる雄大な眺めが広がってます。
( ´・∀・`)へー昨夜は暗くてごちゃごちゃしたところを走って
なんだかよくわからなかったけど
こんな眺めのいい場所に建ってたんだ〜と感心してふと下を見ると・・・・ -
手前の廃業した旅館らしき建物の壁面が無残に剥げ落ち崩れ落ちてた・・・
((((;゚Д゚)))ぞー
こちら側の宿とはくっつきそうなくらい接近してます。
解体するにもこんな崖に建ってちゃ作業も困難を極めそう。
飯坂温泉も温泉街としてはちょっとさびれ気味で苦境に立たされてるんかなぁと厳しい現実を目の当たりにして考えさせられてしまう。 -
そうこうしているうちに部屋をノックする音が。
すると宿のご主人らしき人が
「今からお部屋に朝食を用意しますのでお布団を上げさせていただきます」と。
ひえ〜朝ごはんは部屋食だったんですねー
てっきり下の広間で食べるのかと思ってたので布団も敷きっぱなしでした
(;^_^A アセアセ・・・ -
朝ごはんは品数も豊富で食べきれないほど。
六魂祭でいつも苦労するのは宿とりですが
今回は福島市で開催日程が決まってからすぐ予約したので
市内に確保することが出来ました。
旅館とは名ばかり(シツレイ)の古い宿でしたが
1泊朝食付きで6,900円ととってもお値打ちで
一応温泉もあったので満足です。 -
福島の天気予報をやってます。
今日もお天気はよさそう。
それにしても各地の天気が
会津、中通り、浜通りとわけられてるんですねぇ〜
愛知県だと西部地方東部地方の2種類くらいだけどw -
朝ごはんを食べ終えちょっと一服、
昨夜はヘトヘトで気づかなかったがテーブルにはこんなお茶菓子もおいてありました。 -
9:00チェックアウトを済ませて宿を後にします。
仲居さんたちがお見送りに出てきてくれました。
お世話になりました〜 -
さて、出発前にちょっと飯坂温泉郷を散策しましょう。
-
旧堀切邸見学者用駐車場に車をとめ、
まずは常泉寺を見学。
りっぱな老松がおでむかえ。 -
旧堀切邸
1578(天正6)年に梅山太郎左衛門菅原治善が若狭国(現在の福井県)から当時の上飯坂村に移住し、名を「若狭」と改め、「川跡田畑4町歩(約39,700?)あまりを開作」し、農業・養蚕に力を入れていきました。
また、村を流れる赤川がたびたび氾濫し被害がでるため、「堀を切って」赤川の流れを変え、埋め立てた場所を田圃や宅地にしたことから、ここの地名を「堀切」とし、治善のことを「堀切」と呼ぶようになりました。
江戸時代、堀切家は大庄屋として財力を蓄え、飢饉時の農民救済など地域の経済に大きく貢献しました。 (HPより引用) -
表門より入って右手にある離れに入り、入館料?を払おうとすると
「ここは入場無料ですよ。よかったら下駄をお貸ししますので近所を下駄履きで歩いてみてください。奥に足湯もあります。タオルも無料でお貸しします」と、まぁ至れり尽くせりのサービスです。
昨日のジンギスカンじゃないけどほんとに福島の方は商売っ気ないんですねw -
靴と靴下は預かってもらい
下駄をお借りして館内を下駄履きで散策します。 -
まずは正面の十間蔵から拝見。
1775年に建立された蔵で桁行が10間(約18m)です。
主に米蔵として使われていましたが
時代によっては酒蔵などにも使用されました。
建立時代が判明するものとして福島県内最大級の土蔵であり平成19年に福島市の有形文化財に指定されています。
(しおりより引用) -
中へ入るとひんやりしてはるか奥まで見通せます。
この中に米俵がぎっしり詰まってたんでしょーか。 -
何の花でしょう??
アジサイみたいな葉っぱですが。 -
下蔵と呼ばれる新しく建てられたイベント用に使われる建物の前の観客スペースは現在除染作業の真っ最中。
2m近く掘り下げた土を黒い土のうのような袋に詰めこんでます。
こんな情景が福島のそこかしこで見られるのだが
ほんとに気の遠くなるような作業です。 -
足湯・手湯コーナーにやってきました。
手前の方が湯溜り→手湯→足湯→立ち湯→足湯というふうに配置されてます。
足湯は41℃〜43℃手湯は44℃立ち湯は36℃湯溜りは50℃だそーです。 -
立ったままでお湯に浸かれる立ち湯です。
底に敷いてある黒石が適度に足の裏を刺激するw -
立ち湯の向こうにも足湯が2箇所。
みなさん思い思いの場所でくつろいでます。 -
足湯に浸かりながら見渡す景色はというと、
-
庭園の真ん中にどっかりかまえている井戸小屋です。
堀切家の建物の中で明治13年の建築当時からあったのは
表門、主家、十間蔵、そしてこの井戸小屋です。 -
足湯からあがり今度は主屋へ〜
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主家は明治13年の火災で焼けてしまったが翌年再建された近代和風住宅です。
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建て坪84坪
主な部屋数は9部屋
被災後の応急的な建設にも関わらず
内部は入念な座敷飾りなどが施されています。 -
天上も高く船底造りになっていたり
天窓採光などにも工夫の凝らされた造作。 -
1800年(寛政12年)老中を辞して白河に戻った松平定信が地方領地の巡視を兼ねて飯坂温泉に立ち寄った際に堀切家に滞在し、摺上川で舟遊びをしたり茶会などをもよしたりしました。
飯坂を発つ前日定信はここを「詠帰亭」と名づけて扁額に書き記し主に与えた。(館内の案内板より引用) -
主家に併設された3つの蔵のうち中の蔵に入ります。
-
1階は蔵座敷、
中央には据付の耐火金庫がでーんと鎮座。 -
年季の入った箱階段。
江戸時代の狭い町家などでスペースを有効利用するために考えられた先人の知恵です。
お友達が家を新築するとき階段をこれにしたかったけど
高価すぎて諦めたといってました。 -
今度はその隣の道具蔵へ
こちらも明治13年火災以前の建物。 -
第14代当主堀切良平さんの長男善兵衛さんの旅行カバン?が置いてあります。
善兵衛さんは衆議院議長、駐イタリア大使などをつとめ近代政治史にその名を残しています。
その弟の善次郎さんは東京市長、内務大臣などをつとめ関東大震災後の東京復興に尽力、
末弟の久五郎さんは衆議院議員として福島経済界に大きな役割を果たした。
(しおりより) -
主家の屋根のスレート葺きに使われた宮城県石巻の特産の硯石。
屋根材にもこだわりがあるんですね。 -
ここでも除染作業がおこなわれています。
雨樋付近はやはり数値が高いんでしょーか。
こんな風景が福島の町からなくなるのはいつのことなんだろうか。 -
堀切家の見学を終え飯坂温泉街を散策します。
飯坂温泉には9箇所の共同浴場がありますが
その中の鯖湖湯にやってきました。 -
鯖湖湯は飯坂温泉発祥の地とされ、元禄2年(1689年)奥の細道の途中に立ち寄った松尾芭蕉が湯につかったと伝えられる名湯です。
アルカリ性単純温泉
泉温 51.0度
浴槽温度47度前後
(源泉かけ流しのため熱いお湯が特徴)
大人200円
小人100円
結構熱いので入るときは水でうすめてさますそうです。 -
鯖湖神社
境内には「飯坂温泉発祥の地」の碑、俳人 正岡子規らが飯坂を詠んだ句碑が建てられています。
お隣には身体の癒したい所に温泉をかけると良くなると伝えられている「泉仏 お湯かけ薬師如来」も祀られています。
さすが温泉町ですね。 -
飯坂温泉発祥の地の石碑があります。
その昔、ヤマトタケルノミコトも東征の折に病に伏し
この佐波子湯(鯖湖湯)で湯治するとたちまち平癒したとのこと。
霊験あらたかな温泉なんですねーw -
芭蕉と曾良入浴の地の石碑
元禄2年(1689年)5月に松尾芭蕉とその弟子河合曾良の2人が
ここ飯坂に立ち寄ったとされています。
「おくのほそ道」にしるされた文面には
宿を借りたのが粗末な貧家で灯かりもないのでいろりのそばで寝たとか、夜に大雨が降ると雨漏りしてノミや蚊に刺されて眠れなかったとか、
さんざんな目にあったと書いてありますw -
「あ〜しあわせ湯」という足湯があります。
「足合わせ」になってしまうくらい湯舟が狭いため、あ〜しあわせと語呂を合わせたネーミングの足湯。
たしかに狭いし、足湯から上がるとき腰掛けるところが濡れちゃうと思うんですがw -
木造3階建ての温泉宿って珍しいですねー
-
その後
信達三十三観音 第12番札所 「満願寺」へ
満願寺なんて縁起のいい名前のお寺だな〜と思いながら石段を上っていくと・・・・ -
神社仏閣好きの次男が御朱印帳に記帳してもらおうと思ったら
ここは無人寺のようでお堂も閉まってて観音様も拝めない。
すごすごと満願寺をあとにするが
あとで調べたところによると
「御朱印は観音堂の隣に住んでいる方が押してくださいます。」とかいてありました。
_| ̄|○ -
途中で見かけた野菜自動販売機
卵の自販機は見たことがありますが
こんなのもあるんですねぇ。
中を見ると大きなキャベツ1玉とさやえんどうが1袋で驚きの100円!
すごいボリュームなので思わず2個も買ってしまうw -
八幡神社へやってきました〜
こちらもなかなか立派な鳥居がお出迎え。
秋の例大祭では日本3大けんか祭りと異名をとるけんか祭りがここで行われるそうです。
大勢の若衆に担がれた6台の太鼓屋台を従え、御旅所を出発した神輿を先頭に境内に入り乱れると、神輿の宮入りを阻む屋台が激しくぶつかり合う。揺れる提灯の灯明が夜空を焦がし、負けじと打ち鳴らす太鼓の音が大地を轟かす様は圧巻だそうです。
そんな勇壮なけんか祭り、一度秋にもおとずれてみたいもんです。 -
参道わきにある大きな銀杏の木には貼紙が。
「ギンナンを拾う場合は神の恵みに感謝して潰さずにそのままお持ち帰りください。守れないと神様がみていますよ」と書いてあります。
みなさん、守ってくださいね〜w -
立派な社殿が姿を現しました。
時をさかのぼること天喜4年(1056年)、
奥州に出陣した源義家がこの地にさしかかったとき
空に長くたなびく八条の雲を見て、
あたかも源氏の白旗が大空に翻るかの様に、
義家は守護神の八幡大神が戦勝の験として示されたものと信じ、
必勝祈願のためにここにあらたに分霊を迎え祀ったとされています。
(八幡神社HPより) -
ここにも大わらじが奉納されていました。
秋の例大祭以外にも氏子青年会が中心となって
いろんな催しものを開催したり
近隣住民からも愛されているようです。 -
旅先でいつも気になる物件情報
鉄筋コンクリート2階3階
6畳、4.5畳2間
トイレ、台所、都市ガス配備
今年中ご契約の方
27,000円のところ25,000円です!
やすっ
飯坂温泉内なので風呂は完備されてないんですねw -
その後飯坂温泉をはなれて次男ご希望の護国神社へやってきました。
六魂祭の会場近くの信夫山公園内にあるので交通規制でなかなか近づけず
やっとの思いでやってきたら駐車場は六魂祭目当ての客たちに占拠されて満車でした
(;^_^A アセアセ・・・ -
なんとか隙間に車をとめて護国神社を参拝。
この神社は明治期に創建されて130年と、比較的新しい神社のようですが大変立派な社殿です。
境内施設は福島の街の活性化のために無料で貸し出してくれるそうです。
コンサート、マジックショー、舞踊、神楽、フリーマーケット利用目的は様々のようです。
毎年8月or9月にはMusica Festa Fukushima(ムジカ フェスタ フクシマ)なるイベントが護国神社境内で行われてるようです。 -
社務所で次男がご朱印を頂いてる間待っていると
傍らには梅の木が。
大きな梅がたわわに実ってます。 -
さて、護国神社を参拝したあとは
福島市内をはなれる前に最後の目的地、
昨日ジンギスカン屋さんのご主人がおしえてくれた福島名物
円盤餃子を食べにいきます。
ほんとは飯坂温泉郷にある「ひたち」というお店をご主人は推してくれていたが
営業時間の関係でそこは諦め、
通りすがりのコンビニで聞いたお店餃子の照井というお店をたずねますが
またここにも行列が・・・w -
このあとのことを考えると行列に加わるのはどうかと迷ったが
せっかく福島まで来て名物も食べられないのでは・・・っ、ということで
行列に参戦!
ラッキーなことにグループが多かったため
2人だけの我々は「お席の都合で***」ということで
お先に入店できました。 -
席に着くなりメニューを物色。
「今日は六魂祭の関係で追加注文はお受けできません〜」とのこと。 -
次男はらぁ麺630円を注文
-
私は例の円盤餃子1皿22個1,100円を注文し次男と半分こでいただきました。
餃子は大目の油で焼いてあるのか。
けっこう皮はパリパリに焦げてました。
中は野菜中心でサクサク美味しかったです。
浜松餃子だと円盤の真ん中はモヤシだが
福島の円盤餃子は真ん中も餃子ですw -
さて、お腹も満たされたところで福島市内を後にして
沿岸部の南相馬をめざします。
昨日ジンギスカンのお店のご主人から聞いたとおり、
比較的走り易いという国道399号線を通るルートでむかいます。
福島市内から30分ほど走ると飯舘村の標識が現れました。
山間部であるにも関わらず、原発事故の影響による放射線量が深刻な数値に達したため避難を余儀なくされた地域です。 -
かなたに小学校らしき建物が見えます。
土手に白石小学校と白く書かれてあります。
今日は日曜日でお休みなので人の気配はありません。 -
道の駅「ワクワクまつり」と書いてありますが
営業してる様子はありません。
建物の看板はブルーシートで覆われています。 -
だんだん、異様な雰囲気に気がつき始める。
この村に入ってから人の姿をみていない。
見渡す景色も田園風景というよりは
雑草が生い茂って荒れ果てたかんじです。 -
あと19kmで南相馬、という標識。
山間部のせいか辺りは次第にガスがかかってきました。 -
時折車は行き交うのだが
沿道の民家には人の住んでる気配がない。
一部の帰宅困難地域を除いて
避難区域もかなり減ったと聞くが
まだ到底普段の生活に戻ってるとはいいがたい状況・・・ -
道路もかなりいたみが進みガスはさらに濃くなってきました。
なんとも心細い気持ち。
このあたりが峠になるんだろうか。 -
12号線を東に進み、ようやく飯舘村を抜け南相馬市の原町地区にでてくる。
-
市街地に入って住民の姿を目にしてホッとするのもつかの間、
あっという間に市街地を通り抜けると今度は一面の平原が現れる。
すでに被災区域に迷い込んでいました。 -
ここは海岸線から2kmほどのところだが
民家は津波の被害を受け破損がはげしいです。 -
すでに取り壊して撤去したのか基礎部分だけが残った状態も。
-
ところどころに残る大木も塩害のせいか枯れかかっているものも。
道路も途中で通行止めになっていたり亀裂が入っていたりして
四苦八苦しながら海岸線まで近づく。 -
沿岸地帯までやってきて車をとめ、
辺りを見回すと一面の荒野。
はるかむこうにガレキの山が古墳のように盛り上がって見えます。
日曜日なので作業してる人の姿も見受けられない。 -
堤防までやってきました。
引き切らなかった水がそのままたまって
湿地帯のようになってます。
無残に崩れた堤防はそのまま剥き出しで危険な状態。 -
巨大な堤防のコンクリート板がもろくも崩れ去ってしまっている。
自然の猛威をあらためて思い知る。 -
階段の横の堤防はごっそりこそげとられてしまっていた。
信じられないようなエネルギーです。 -
堤防の上に上がって海岸を眺めると
波消しブロックがこの部分だけ大きく移動している。
これも津波の力なんだろうか。 -
見渡す限りの荒野。
人の気配は全くかんじられません。 -
無残な光景に言葉もなく立ち尽くす。
彼方に建物が見受けられますがおそらくあそこも被害を受けてるのでしょう。 -
陸地側なのにこんな池になってしまってます。
-
ここもごっそり崩れてしまった堤防。
震災後2年以上経ってもこんな状態で放置されてるとは。 -
ここは新田川という川だったのだが
津波でかなり地形が変わってしまったようです。
津波で海岸から運ばれてきた波消しブロックが無数に散らばっていた。 -
川の堤防だったはずの土手もかなり亀裂がはいってるので
危険なかんじです。 -
さきほど見えた建物です。
地図上では渋佐排水機場となってました。
あんな沿岸ではもろに津波を受けたことは容易に想像できます。 -
地形がかわってしまって私は近づけませんでしたが
次男が中まで行った所やはり屋内は壊滅状態だったようです。 -
シロツメクサや千日紅が元気に花を咲かせている以外には
なんの生命のエネルギーも感じない。 -
ガレキの処理作業の重機も今日は無言で首をうなだれる。
-
種類別に分別されたガレキの山。
こちらは畳の残骸でしょうか。 -
ここは材木です。
-
ここは墓石です。
無残としかいいようがない。 -
ガレキの山のシルエットからは
復興の声はいっこうに聞こえてこない。 -
八坂神社の真新しい鳥居と祠がありました。
平成24年8月に地域の人たちの寄付で再建したようです。
一面の荒野にポツンとたたずむ祠がもの哀しくかんじます。 -
この一帯は霊園だったのだろうか。
-
お地蔵さまの首が無残なことに。
-
いたましい津波の爪あとです。
-
やすらぎの地とは到底かけ離れた世界。
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カラスがわがもの顔でとびまわってます。
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津波の爪あとはそこかしこに。
-
自然の力に唖然とするばかり
-
-
産廃処理場の横を通りかかると
こんな横断幕が
かいてあるスローガンに何故か虚しさをかんじる。 -
処理場の中の廃棄されたもの言わぬ車たち。
無残です。 -
堤防の復旧工事の案内板があるが
工事期間の表記はいっさいなし。 -
トラックとか大型車ばかりが集められた廃棄場。
-
この辺りは完全に堤防が消滅してしまってます。
気休め?の土のうが並べられてるけど。 -
民家はもろに被害を受けたらしく
生活してる気配は全くかんじない。 -
家の1階部分がごっそりこそげとられてしまっています。
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災害基本法によりここからは立ち入り禁止区域。
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コンビニも無残。
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沿道には被災してそのまま放置された車が至る所に。
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カーショップだろうか?
もう何のお店かもわからないくらい破壊されてしまってる。 -
自動車の修理工場?
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中はもぬけの空状態。
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ガレキの中でおよぐ鯉のぼりがもの哀しい。
-
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まだ新築間もないような家も無残な状態に。
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完全にへしゃげてしまった家屋。
-
-
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だんだん重々しい気分になってきたので住宅地をあとにし、
国道6号線を南下しいける所までいってみようということに。 -
前方に何か標識が。
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ここから9km先
警戒区域とあります。
急に緊張感が。 -
沿道にものものしい雰囲気の警備の車や人が。
-
国道6号からの横道はすべて封鎖されてるようです。
-
-
ついに検問の場所までやってきました。
ここからが原発から20km圏内の区域のようです。
通行証の提示をもとめられるが
もちろんそんなもの持ってません。 -
と、いうことで
Uターンをさせられました。
ちなみに品川ナンバーの前の車もおなじくUターン。
ここで私たちの旅も終着点をむかえる。 -
帰路にむかうため道を急ぐ。
どの道から帰るか迷ったが
日没もせまってるなか
往きに通った飯舘村の道をひきかえすのはどうも気が進まないので
帰りは常磐自動車道で相馬まで北上し
115号線を走ることに。 -
常磐自動車道は南相馬から相馬までだけ開通してました。
ちなみに通行料は無料です。 -
ETCのバーのないゲートを通るのは初めてですw
-
あっというまに相馬ICです。
辺りはもう薄暗くなってきました。 -
IC近くのコンビニでトイレを借り、一路福島市へ。
-
街路灯ひとつない真っ暗闇の中をひた走る。
動物とかが飛び出してきそうです。 -
帰路は次男と交代しつつ順調に走行、仮眠もはさみながら
途中ガソリンの給油ランプが点灯してるのに気づくのが遅れ、
ヒヤヒヤ走行もありましたがなんとか無事に
翌日の昼前には自宅に到着しましたー。
全走行距離1576kmでした。
これから夏に向けて東北の夏祭りが目白押しです。
みなさん、ぜひお出かけを!
この旅行記のタグ
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この旅行記へのコメント (3)
-
- ミッキーマーチさん 2013/06/24 10:50:21
- はじめまして
- はじめまして、かとんぼさん
訪問、投票ありがとうございます
1576?の旅、お疲れさまでした!
東北の祭りが集結する六魂祭凄い人出ですね。実は、仙台の七夕しか(しかも30分くらい)見たことがないんです。六魂祭も機会がなくて…
夫の実家は飯舘村です。4世代同居の大家族も今はバラバラ。義父母は、福島市、埼玉(我が家)神奈川と回り、どうしても福島に戻りたくて仮設住宅に入り、現在は、南相馬に戻ってきた義姉の庭に家を建てて住んでいます。
多くの人が、同じようにあちこちを転々とし、自分の家に帰ることもできずにいます。1日も早い復興を心から望みます
と、重くなってしまいましたが、これからもよろしくお願いします♪
- かとぽんさん からの返信 2013/06/24 21:40:03
- RE: はじめまして
- ミッキーマーチさん
書き込みをありがとうございます!
私の旅行記と近い旅行記、ということで
ミッキーマーチさんの旅行記がリンクされててそこからおじゃましました〜
ご主人のご実家が飯舘村なんですねー
あの事故がなければ本当にのどかで雄大な風景が広がっててとてもいい村だったと思います。
住み慣れた故郷を離れざるを得なかったご家族の方がたのお気持ちを考えると胸が痛みます。
私の住む愛知県にも福島から避難されておられる方たちが
今日国と東電を相手取って損害賠償の訴訟を起こしたというニュースを聞きました。
何の落ち度もない人々が突然故郷を追われて見知らぬ地で暮らさねばならないご苦労や精神的苦痛は計り知れませんね。(´・ω・`)
年老いた義父母様では尚更です。
いくら放射線量が減ったからといっても生活の基盤が失われてしまっては戻るにも戻れないでしょう。
元通りの飯舘村になるまでには気の遠くなるような時間と労力とお金がかかることでしょうがどうかその日の来るのを信じてつよく生きて頂きたいです。
遠く離れた地で暮らすわれわれの中では次第にその記憶が薄れつつあり危機感をおぼえます。
旅行記を見た方が現実の厳しさを知ってなにか行動を起こすきっかけにでもなれたら幸いです。
これからも微力ですが私も東北の姿を見つめ続けて応援していきたいです。
・・・と、かたい話はこれくらいにしまして、
私の名前なんですが、「かとんぼ」ではなく「かとぽん」(katopon)と申します(笑)
これからもよろしくお願い致します。
かとぽん
- ミッキーマーチさん からの返信 2013/06/25 00:34:11
- RE: はじめまして
- こんばんは。かとぽんさん
お名前間違えて、すみません…確認しながら打ったつもりだったんですが…(-_-;)
又、おじゃませてくださいね。
ミッキーマーチ
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